一章 その二
「あの......!!よかったら私に魔術を教えてくれませんか......!!」
帰り際、声をかけられたので振り向くと、そこには見たことのない顔があった。髪を肩まで伸ばした色白の日本人である。確か名前は......
「ーーー佐野です。ごめんなさい、先に名乗るべきでした......。それで、あの......私に魔術を......」
僕が黙っていたので、彼女はもう一度同じことを言おうとする。
「待って待って。聞こえてたんだけど、ちょっと考え事をしてたんだ。でもどうして僕にそれを?」
我ながらわざとらしい質問だった。嫌われても文句は言えまい。
「去年第二選抜に選ばれてました......よね。私、ヒーラーの適性があるのでぜひ教えてもらいたいと思って......」
第二選抜とは、龍種討伐隊の第五まであるうちの小隊の一つであり、ヒーラーとはその小隊の快復役、緑色の魔術の使い手である。魔術には五つの色があり、小隊には分け隔てなく全ての色の魔術師が配属される。その第二選抜に去年まで、僕は所属していたのである。
「そう......。でも今は魔術が使えなくて。だからこのクラスにいるんじゃないか」
僕は今、諸事情あって魔術が使えない。ペーパーテストの成績が悪かったり、魔術の精度が一定より低いと、進級の際に、より下のクラスになる。しかし、魔術の使えなくなった僕はもはや最初からやり直し。俗に言う留年である。そんなわけで僕は今、一つ年下の人たちと同じクラスである。留年している人は空気が違うと言うが、まさか僕が第二選抜に所属していたことを知っているとは、思ってもみなかった。
「しかも僕は'赤色'だよ。緑色の君に教えられることは何もない。」
かなりきつく突っぱねた。しかし、
「高木さんが言ってました。赤色の他に緑と白も使えるって......」
高木とは、去年第二選抜で一緒だった一つ上の先輩である。やけに僕を気に入ってくれていたようだが、そうか。彼女を使ってどうにかしようと......。頭が痛くなる。
「だったら高木先輩に教えてもらうのが一番いいんじゃないのか?第二選抜時代は彼女が正ヒーラーだった......」
「...っ...!!」
彼女の目が一瞬変わったのを、僕は見逃さなかった。
「悪いけど、もう魔術は使えないんだ。そうだね、今の夢は精々サラリーマンさ......」
教室から出る際、背中にずっと嫌な視線を感じた。敵意を剥き出した嫌な視線。そういえば彼女のリボン、赤色だった。去年の僕と同じ......。迂闊だった。早く慣れなければ。