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門の向こう側に広がっているのは何の変哲もない只の平原の筈なのに、何かが違って見える気がするのはきっと、初めて見る土地だからというだけではない気がする。
視線とか、違和感を感じる訳でもないのにこうも違って見えるのは、多分気の持ちようの違い何だろうと思うけど。
自分の事だけど客観的に分析するのって難しいから今一よく分かんないわ。
「で、これからどういうルートで行くの?」
「それを言っちゃうと楽しみが減っちゃうんじゃない?」
「……セス?」
「ハイハイ。相変わらずご主人様は短気だねぇ。ミルクが足りて無いんじゃないかな。色々と」
「無駄口叩いてないでさっさと言う」
お喋りな人の事をよく“口から先に生まれた”なんて言うけれど、セスこそそうなんじゃないかと思うくらい余計な一言が多い。
ていうか、色々とって何だ色々とって。きっと碌な事じゃないだろうから聞かないけど!
「そうだなあ、ルート的には沿岸部じゃなくて山脈沿いに行く予定だよ。人影は少ないけど、木を隠すなら森の中の敢えて逆を行こうかなって」
「確かに船だと一気に行けるけど、特定されると逃げ場も無くなっちゃうし陸路を行く方が安全かもね。けど、ルゼーナス山脈、かあ」
「体力面とかで不安が残るから、君的にはまだ馬車とか使った方が良いし速いんだろうけど、足が付くと面倒だからね」
「ハイハイすいませんね体力無くて」
「これでも褒めてるんだよ?その歳にしては動けてるって。流石は異邦人だよね」
乗り合い馬車は都市間を行くので、道々を見張られていたら直ぐにバレてしまう。
速度で言うならリーチがある今の内に騎獣貸し屋で騎獣を借りた方が更に距離を稼げるんだろう。
けど、あれを借りるには身分証明がいるから直ぐに足が付いてしまう。もし仮に偽造証明書を持っていたとしても――セスなら持っていそうだけど、聞いたら駄目な気がする――どこかでバレてしまう危険性があるから出来たら避けたいしってところ?。
セスなら他の方法も思い付いて実行出来そうなものだけど。
って考えてたら聞き逃しそうになったけど、“その歳にしては”って何。
“その歳にしては”って事はもっと動けるだろうって思ってたって事でしょうよ。
お前の基準はどんだけ高いんだ。と慄きながら、地図を脳内で思い浮かばせる。
地図では、横長の大陸と水平になるようにして山々が連なっていたから、山間部を行こうとなると自然と山脈沿いになる。
自領内をウロウロしてはいたものの、領地は大陸の端にある。だから、山脈の名前は知っていたけれど丁度大陸の真ん中辺りにあるから見た事がない。
標高が一万メートル越えの山とか、精々が二、三千メートルのものしか見た事がないから、どれだけ大きいのか想像がつかなくて結構楽しみだったりする。まあ、竜の里の山はそれよりもまた遥かに高いらしけど。
木々の上の方に見える白いのがそうだろうか?さっきから明らかに雲とは違う質感の白い何かが見えてたんだよね。
こういう時に画面を開いて地図を覗きながら歩けたら良いんだけど、あれって、半透明だけど常に視界を結構覆うから邪魔なんだよね。
出来ない事は無いけど、それを仕舞う暇なく戦闘になったら本当に邪魔だからなあ。
以前、油断してたらセスに嵌められた事があるんだよね。
セス曰く「割と安全が保障されている屋敷でも街中でもないのに油断しているのが悪い。それに、あれくらいの雑魚に後れを取るようじゃあ、ね?まあ、ホントなら屋敷内でも安全とは限らないんだけど、あそこはちょっと面倒だからなあ」だって。
確かに正論だったけど、確かに当時の私でも対処できる位の雑魚だったけど、まるでセスがけしかけたかの物言いに抗議をしたけど、奴はのらりくらりと交わすだけ。
しかも、屋敷内でも隙さえあれば何かけしかけるって暗に言ってたし。でも、あそこは面倒って何。屋敷のセキュリティーにも手を出したのか。
でも駄目だったのかザマァって笑えなかった。だって、“面倒”って事は、“出来ない事は無い”って事でしょう?
ウチのセキュリティーは王城の物よりも強固だって聞いた事があるから、心配になった。主にお城の警備が。
そういった面を考えると、国からセスを引き離せたのは良かったのかも知れない。まあ、私のメンタルと引き換えだけど。
心持ちゲッソリしながらセスを見上げれば、私の心中など知らない奴はいつも通り笑みを浮かべている。知らない、筈だよね?と怖くなったのは内緒だ。思考を探るスキルは無かった筈だし。
「ああ、君がさっきまで見てたのがそうだよ。大体、百キロちょっとってトコだったかな。野営準備しなくちゃいけなくなる位には着くと思うよ」
現在地が分かる地図もなしに目測で断言できるのは、地図を記憶しているからだろうか。
地図を記憶しているにしても、目測にしても、両方出来ていない私からすれば凄い事に変わりはないけど。
今の時刻は大体十二時少し前だ。この時期の日没は大体夜の六時位で、日の出が朝の五時位。
日が昇ってから直ぐ出発するのに合わせるとして、逆算して大体十時前頃には着いておきたいところだ。
という事は百キロちょっとを十時間位で行くって事だ。時速にして約十キロちょっと。マラソン選手はもっと速い速度だけど、あれって、三時間足らずだし。
先ず、舗装された道じゃない所を十時間も走らなくちゃいけないなんて、前世では考えられないよね。
しかも、途中で食事をとったり、他の事にも時間が取られるだろうし?時間換算すればもっと速く走らないといけないんじゃないかな。
でも、出来ない事は無さそう、かな。今世でもこんなに長い距離と時間を走った事は無いけど、そう思えるだけのステータスはある。
それに、出来ないと誰かさんに馬鹿にされそうなのが嫌だからちょっと無理してでも走り切って見せるわ。
「そうだ。知ってるとは思うけど、あの辺に居る魔物は今までのよりちょっと強いけど、大丈夫だよね?」
だから、気合を入れてるところに何でそう茶々を入れるかなあ。まあ、俄然やる気は出たけど。
こういう所があるから揶揄われるんだって分ってる。分かってるけど直らないものは直らない。
キッと睨み上げれば、雰囲気を察したのかセスは口角を更に上げて私の頭を撫でる。
子ども扱いするなって振り払いたいところだけど、それが逆に子供っぽくてまた揶揄われるのが落ちだ。
それに、前よりも撫で方が上手くなってる事に絆されてしまう。
あの、ぎこちない手つきではないのだ。
暫くしてその手が離れたけど、セスはそんな私の心の内を知らないんだろうなって思う。
だって、知ってたらもう撫でてくることは無くなると思うんだよね。意外と照れ屋だからなあ。
「何笑ってるの?口元以前に雰囲気でバレバレなんだけど」
「え、いや何でも無いよ。ただ、知らない所に行くのが楽しみなだけ」
「ふうん?まあ、そういう事にしておいてあげるよ。そんなに元気なら予定地よりも更に先に行けそうだしね」
「え、マジか」
誤魔化そうとして墓穴を掘ってしまったらしい。
ヒクリ、と頬が引き攣る私とは反対に、セスは楽し気に笑う。
「君の狼狽える姿が面白かったから、その事は保留にしておいてあげるよ。そろそろ道を外れるしね」
何とも上から目線で腹が立つけど、背に腹は代えられない。これ以上墓穴を掘って自滅するのは避けたいし。息を吐き出して精神を落ち着かせる。
道を外れて行くとなればどんな些細な出来事だって直ぐに命に関わる事になりかねない。油断は禁物だ。
セスは殆ど手を出してはくれない。手を出してくれるのは、明らかに私の手には負えないと判断した時だけ。
些細な事で死んでしまうのは油断してるのが悪いのだと、態度が、目が語る。
時には明らかに格上のモノが襲って来た時にだって助けてはくれない事もある。
そこで死んでしまうならそれまでだ。仕える(弄ぶ)にも値しない存在だと嗤うのだ。
何のための従者で護衛で保護役かと毎回問いただしたくはなるけど、元々居なかったら助けてくれなかった時に死んでいたかも知れないし、アイツに馬鹿にされるかも知れないと思えば死の半歩手前でだって頑張ってこれた。
そういったところでは感謝しているのだ。只、その状況を敢えて作り出した時を除く。
まあ、今は逃亡優先だから敢えて危機的状況を作り出したりはしないだろうから、普通の警戒だけで良いかな。
意識して気配察知スキルの感知レベルを上げていく。街中でレベルを上げたままだとまだ人酔いするから下げてたんだよね。セスにはまだまだって笑われるけど。
ついでに、気配を遮断するスキルもオンにしておく。
こうやって意識だけでスキルを発動したりレベル変動出来るようになるまで苦労したけど、その甲斐有って戦闘は格段にスムーズになった。
それまでは一々画面を開いて項目選択しないと発動出来なかったから、隙が出来たりと色々大変だったんだよね。
ゲームだったら待ち時間のあるのとか、設定しておいたらボタン一つで連撃出来てたのしかやった事が無かったし。
そもそも、画面の向こうだったから視点も俯瞰で全体を確認しながら出来てて、直接戦うなんてした事無かったからその違いや恐怖との戦いの方がきつかったかも。
でもまあ、ゲームでは出来なかった微調整とかも出来るようになったし、面白い発見もあるしで、悪い事ばっかりじゃないのが救いかな。
舗装されておらず、道らしき道も無いけど、木々の背が高く日が差し込まないせいか背の高い草花が生えていないお陰で視界はそんなに悪くない。
暗い事を除けばだけど。レベルは未だ低いけど、暗視スキルは取得済みだから多少暗くても問題ない。
そうして進んでいれば、何かを発見する事もある。
スキルが前方の方で何か生き物の気配を感知したので、その方角に向かって少しだけ意識を割く。
気配の感じや大きさからして多分そうだろうと予測を立てながら、遠見のスキルを発動させて見れば、やっぱりアクリスだった。
こういう木々が大きい場所は、関節がない後ろ足を持っているせいで横たわれず、眠る時凭れても倒れない程度大きな木を必要とするアクリスが好んでよく住んでいる。
けど、アクリスは草食獣だし大人しい性格をしているので問題はない。むしろ問題があるとすればその直ぐ側に居る小さい方だろう。
ほら、気配を絶ってはいたけど姿まで消してはいなかったから気付かれた。まだ姿を辺りに溶け込ませる幻覚系のスキルは取れてないんだよね。
気付いた途端に逃げ出すアクリスとは違い、小さいのは逃げ出さずむしろやる気満々でこちらを威嚇し始める。
額にある角をグルグルと回転させ威嚇するのはホーンラビットだ。
名前の通りウサギの額に角が生えている見た目をしていて、草食のくせにやけに好戦的なのも特徴の一つだ。
見た目が可愛らしいからと言って侮る事なかれ。見た目通りウサギの様に俊敏な動きで翻弄し、回転する角で刺す攻撃は可愛くないから。
でもやっぱり見た目に騙される人が多くて、初見殺しの異名まで持つような奴なのだ。
今にも襲い掛からんと角を更に高速回転させ、後ろ足をタップさせているのを見て、こちらも戦闘態勢を――取らずに奴の攻撃範囲外を通り抜けた。
だって、もう何度も戦った事があって素材の在庫も一杯ある。得る物としたら経験値位だろうけど、微々たるものだ。
所詮は初見、つまり新人が相手をするくらいの奴を相手にする時間がもったいない。それが些細な時間であってもだ。
もし仮に相手をするなら、きちんと素材になるようにまでしないと気が済まないんだよね。
放置して他の魔物にでも食わせればいいと言われたらそうなんだけど、勿体無い精神が邪魔をするんだ。
今だって、せっかくエンカウントしたのにスルーしなくちゃいけなくて心が痛む。けど倒して放置とかそれ以上に痛むからさあ。
そうこう言ってる内にまたアクリスが二頭三頭、ホーンラビットが一匹二匹三、四、五、六。全部スルー。
「他の事に気を割く余裕があるなら、もっと早くても問題なさそうだね」
「え」
勿体無い勿体無いと心の中で呟いていたのが体にも表れていたのか、気もそぞろなのがセスにバレてしまっていたらしい。
私の返答など端から聞くつもりはなかったのだろう。セスは言い終えるや否や加速し、その姿を小さくさせていく。
このまま置いて行ってくれて、離れられたらどんなに良いか。でも、セスは離れて行ってくれないんだろうなあ。
追い付けなかったら戻って来て馬鹿にするんだろうし、きっとそれだけじゃ無くてまた酷い目に遭わされそうなのが手に取るようにわかる。
しかも、今もギリギリ追い付けなくもない速度で走ってるのが憎い。
でも、普通に追いかけてたら少し難しいかも。って事で魔力を余分に消費して加速スキルのレベルを上げる。
今までのスキルだけだったら魔力自動回復スキルの回復でギリギリプラスマイナス零だったんだけど、今は減っていく一方だ。
自動回復スキルのレベルがもう少し高かったら良いんだけど、これって中々熟練度が上がらないし、ポイントで上げようにもポイントも馬鹿みたいに喰うから上げれないままなんだよね。
魔力が減り過ぎると気持ち悪くなってくるし、眩暈とか貧血に似た症状に襲われる。最終的には気絶落ちだ。だから、いつまで持つかなあって不安でしょうがない。
まあ、そうなる前には魔力回復薬飲むけどほら、自動で回復してくれるのに飲むとか、戦闘中以外だと勿体無く感じるんだよね。
この勿体無い病は死んでも治らなかったらしい。
遠ざかっていた背中に追い付きながら苦笑を零した。