お嬢様、出発する1
草木も眠るような真夜中に、私は猿ぐつわで口を塞がれ手足を縛られた上にズタ袋に入れられて全身黒ずくめ――ではないものの、男に俵担ぎされて木々の間を渡る様に移動していた。
何だかつい最近同じような事があった気がするわあ。なんて、嫌なデジャヴを感じて溜息を吐きながら。
◇◇◇◇
屋台で買った串焼きを頬張りながら、恐らくメインストリートの一つであろう大きな道を抜け、門まで向かった。
その間、お行儀が悪いけどそんなの今更だしと開き直りながら、左手に串焼きを持ちながら右手でさっき貰ったばかりのカードを弄る。
「ねえ、ここの出入りってウチのトコと一緒?」
「そうだよ。と言うか、大体の所が同じ仕組みだよ」
「そっか。なら、何かマズそうなの片っ端から非表示にしていくわ」
「そうだね、俺もそうしておいた方が良いと思うよ。けど、弄りながらでもちゃんと着いて来なよ?」
「それぐらいなら余裕。ていうか、それに託けて変なとこに入り込まないでよ?」
「君がオネダリするならそうしてあげたいのは山々なんだけど、それはまた今度にしておこうか」
「いや、今も次も要らないから」
「うんうん。楽しみにしててよね」
「いや、要らないって言ってるよね!?」
てんで人の話を聞いていないセスの態度に思わずカードを操作していた手を止めて顔を上げた。
「あ、手が止まってるけど、そんな調子で間に合うかな?」
けれど、返ってきたのは正論で。私は折れるしかなかった。
「クッ、要らないからね!」
これはけして古典的なやり取りじゃなくて本心からの叫びだ。
と言うか、あの古典的なやり取りをセスが知ってる筈ないのにこういうやり取りは割と頻繁に起きる。
そして有言実行されて酷い目に遭うまでがデフォルトになっている。そんなデフォルトは嫌だ。
念を押すように言いながら睨むけれど、ゴーグル越しでなくとも睨みが効いた事は無い。
でも、今度こそ引っかからないからなと心の中で誓うけど、何かフラグっぽくなってしまった事は否めなくて溜息が出る。
溜息を吐いた私を笑う声が聞こえたけど、それに構っていたら本当に間に合わなくなるから無視してカードに目を戻す。
歩きながら端末を弄るのは危ないから前の世界ではやらなかったけど、この世界では気配察知スキルがあるから誰かにぶつかるという危険はない。ホント、スキルって便利。
それに今はただセスの後ろに着いて行くだけだから、奴が突然立ち止まったりしないかどうかだけ気にしてれば良いからすっごい楽だし。
カードは前の世界でも持っていたタッチパネル式端末なので操作も容易い。
難点を挙げるとしたら手が小さくて持ちにくいってところかな。まあ、後何年かしたら解消される問題だし、あんまり気にしない。
一番初めに表示される画面からスライドさせていってお目当てのステータス画面に移る。
今の私のレベルは丁度十だ。基本的には魔物を倒す事で上がるけれど、どういう仕組みなのか、この世界では生きているだけでも一定の年齢までレベルは上がる。
だからレベルはまあ、この年齢にしては少し高いかも知れないけど、冒険者見習いになるくらいならいてもおかしくはないだろう。
それに、レベルは公開している人の方が圧倒的に多いからを非公開にするのは逆にちょっと怪しいので弄らない方が良い。
このカードの不便な所がもう一つ見つかったわ。記載されているものを公開か非公開かしか選べない所だ。
まあ、無い物を有るとか、色々捏造出来ないようにするため何だろうけど。
問題はここからだ。先ずはレベル下にある簡易ステータス値。
転生者に見えるステータス画面とは異なり、体力・魔力・攻撃力・防御力・速さしか載っていない。
もっと細かく分かれていて面倒だからこっちだけで良いと思うわ。攻撃と防御が魔術と物理に分かれてたりスタミナとか精神力は分かるけど、知力って何ぞや。
学力?閃き力?何を基準にしてるのか今一よく分からない物とかもあるしさ。まあ今それを考えても仕方ないから置いとくけど。
簡易にしても増加系のスキルやポイントで直接ドーピングしたその値は、レベルに対して高すぎる。
ちょっと調子に乗り過ぎたかも知れないけど、このステータスがあったからこそ生き残れたんだから良しとしようと思う。
ここは非公開にしている人も少なくないって聞いたから私も非公開にする。
何でも、怪力だとバレたくないお嬢さん方は隠している人が多いのだとかなんとか。それって、非公開イコール怪力ってバレてるよねって思ったのは私だけじゃ無い筈。
怪力とかバレても別に問題ないけど、この数値は流石に高いから非公開にする。そうしても、ちょっと怪力なんだなって思われる程度だろう。それか、余りにも非力過ぎるんだろう、とかね。
ステータス値を非公開にした後、少しスクロールさせて同じ画面の下の方にある“称号”の項目を二度タップする。
称号は、私達だけに見える自身のステータス画面にもあって、名前の横に称号を設置するとそれに合わせてステータスが変動する便利な物だ。
けど、カードに表示されている今はそれもなく、文字通り只の肩書の呼び名でしかないから私達ってそれだけで有利だよね。
称号も非公開にしている人は結構いるらしい。みんな意外と見られたく無い物があるらしいね。私も見られたら恥ずかしい物が出来たら真っ先に非公開にしようと思うわ。
確実に犯罪と関わっていそうな物は自動ロックが掛かる使用になっていて動かせないみたいだけど、今の所そんなのは無いから大丈夫だ。誰かさんと違ってね。
でも、盗賊系とかのもあるらしいから本当に余程の物しかロックされてないみたいで、何だか加減が難しそうな事だ。
それはさて置き、こっちも問題あるものばかりだ。先ずは一番上に表示されている“転生者”の文字。バレると面倒なものの筆頭だろう。なのでサクッと非公開に。
更にその下にあるものも次々と非公開にしていく。
“???”って何だ“???”って。称号っていうのは二つ名みたいな物じゃないのか。普通は何かを成した後に得る物じゃないのだろうか。
まるでまだ取得してはいないけど、これから先確実に取得出来るよ!と主張しているみたいだ。そんなに主張するくらいなら、取得条件の開示を寄こせっての。
タップしてもスライドしてみても相変わらずうんともすんとも変わらない表示にイラっとする。
そんなのが幾つもあるから纏めて一括で変更したいけど出来なくて一つずつちまちまやらなきゃいけない事にまたイラっとする。
でも、やっぱり普通は“???”なんて表示はなく、あっても一部が読めないような物くらいらしい。
一部なら多少のヒント付きみたいな物だから取りやすそうで羨ましい限りだ。
かく言う私も、一部が読めない物が一つだけあるんだけど。
“???を従えし者”という物で、出てきたのは丁度セスを拾った辺りだからタイミング的に?の部分はセスの事を指しているんだろう。けど、未だ開示されていない事に首を傾げるしかない。
まあそれも珍しく、噂に上がるらしいから面倒でも消していく。更に面倒な事が起きるのは嫌だからね。
そう言えば、その部分を解明しようとセスを“疲れる方の鑑定”を使ってまで調べたのに、ステータスはおろか、名前すらも鑑定出来なかった。だから仮名を与えたりと色々忙しかったっけ。
暫くしてまた“疲れる方の鑑定”をしてみたけれど、一緒に過ごす間に増えたと思われる物しか分からなかった。従者とか執事のスキルとか称号とかね。
今やっても見える事はあんまり変わらないだろうからまだやらないけど。
自身が未知のモノすら暴く事の出来る筈の“鑑定”が通じないのは対象のモノよりも行った者が圧倒的に劣る場合だけだ。
それでも普通は名前位は分かる筈なんだけど、その名前すら見えないって一体何者なんだか。
どれだけ差があるのか分からないような者を制約で縛ってはいるものの、側に置くのは危険だと諭されなくても分かってた。
まあ、それすらも承知で側にいる事を許しているのは、許しても許さなくても危険な事に変わりないなら、少しでも有利な方が良いだろうという打算だ。
二回開放しようとして失敗したからなあ。一度目とは違い、二度目の今回はタイミング的に何も出来ないのか、何事も無さそうでホッとしてる。前回は酷い目に遭ったからね。
けど、三度目がどうなるかは分からない。
今回みたいに良いタイミングで上手い事出来たら良いけど、今回みたいな事件は御免被りたいから難しいところだ
最後に“逃亡者”と“追われし者”を非公開にする。
何かに追われて逃げていますと主張するそれ。基本的にギルドは国家の問題には関与しないけれど、どこで漏れるか分からないから可能性は低い方が良い。あと、目を付けられて保護対象になるのも面倒だしね。
これは未だ見た事がない称号だ。多分、昨日辺りにでも追加されたんだろう。状況的にピッタリすぎるそれに苦笑を零す。
それが終わると一つ前の画面に戻って、今度は“スキル”を二度タップする。
こっちはステータスや称号よりも面倒だ。
転生チートひゃっほい!って調子に乗っていた頃に、レベル制のゲームによくあるポイントで普通なら中々取れなさそうな物まで修得したからね。
因みに、ステータス能力値を上げるポイントとはまた別の物で、これはSpecial Favor Pointo 略してSFP、特恵典と言うらしい。
自我が芽生えて暫くしても得る事が出来なかった属性に、適性がないと得られない術や自分を追い込まないと得られないような希少な物を中心にして選んでいった。
その中でも、上げるのが難しい物のレベルはポイントを使って上げて行ったりだとかもして、弱冠七歳にしてはおかしい程の数とレベルになっている。
うん、無いわ。これはバレるわ。
スキルレベル十が上限値なのに対して異常耐性のレベルが二とかどれだけ修羅場を潜って来たんだよって言いたくなるレベルだわ。
四から漸く一人前って言われるから、数値的にはまだまだ低いけどこれ、毒とか麻痺とか睡眠とかの耐性の上位交換だから。其々の数値が全て上限に達して初めて得られるスキルだから。
これの他にも普通じゃあ得られない物ばかり。中には何でこれを選んだしと当時の自分に突っ込みたい物もあるわ。
時間が出来たら一度、効果とかの見直しでもしたいなあと思いながら、剣術とその派生のナイフや体術スキルのレベルを非公開にして、それ以外のスキルを全て非公開にしていくべく高速タップしていく。
このままの速さだと間に合いそうにないので、カードを両手持ちにするために串を口に咥える。
串とか咥えて端末を弄りながら歩くなんて危険極まりないが、背に腹は代えられない。
良い子はマネしちゃ駄目だよ!私は諸々のスキルレベルが高くて危なくないって確信してるからやってるんだからね!と内心で誰にともなく言い訳をしながら。
だって、もう既に門扉の下が見える所まで来てるんだもん。
時折噴き出すように笑うセスが憎い。こいつ、速くはしなかったけど、遅くもしてくれなかったんだよね。
頑張った甲斐があって、列の最後尾に並ぶ頃になっても終わらなかったけど、門を潜る前には何とか間に合った。
辿り着いた先にあった門は、ファンタジー映画なんかでよくある石造りの城壁の間に木製の観音開き式の扉が嵌め込まれている物だった。
これもファンタジーあるあるの一つだよね!と感動するのはもうやってあるから別に改めて観察する事もない。だって、同じような造りの門は家の領地内にもあるからね。
小さい村や町なんかではあまり見かけ無いけど、ここは城壁に囲まれる位には大きな都市だからか、出入りに審査が必要みたいだ。
でもそんなに厳しい物じゃないみたいで、並んでいる人数のわりに待ち時間は短かく、然程待たされる事無くもう直ぐ私達の番だった。
私はポイ捨てなんかはしないので腰に着けているポーチの中からゴミ袋を取り出して串を中に捨てる。ゴミ袋の中身は後でまとめて燃やしてしまうのだ。
そうしてから前の方の人達の様子を確認する。
その人達は慣れた様子でカードを取り出して門番の近くに置いてある台に向かってそれをかざしていた。
ふむ。どうやらやり方はウチの国と変わらないみたいだ。それに安心しつつ、このカードの信用性の高さに改めて驚かされる。
前の世界の、あの厳しい出入国検査の代わりがこのカードを調べるだけと考えれば、どれだけ信用されているかが分かるんじゃないかな。
武器を所持しているのが当然の世界なので、一々身体検査をするのが面倒だって言うのは分かるしこの方が楽だから私は大歓迎だけど。
セスが通り終え、私もそれに続いてこの町を後にした。
出入りを記録している筈だけど、この町でカードを発行した私は兎も角、セスはどうやってこの町に入ったんだろうか。
問題なく通れているから、どこかでカードを通してはいるんだろうけど、あの深夜では門はまだ閉まっていただろうに。
日が明けてから入ったんだろうか?常識的に考えるとそうなんだけど、セスだしなあ。
深く考えると負けな気がするからこれ以上は考えない事にしよう……。