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「ちょっと、さっきの事だけど、ギルド規約なんて私はちゃんと教えて貰った記憶はないんだけど?」


 出入り口付近では目立ってしまうかも知れないから、冒険者ギルドを出てしばらく歩いてから私はセスに詰め寄った。


「うん。俺も教えた記憶はないかな」

「おい、ちょっと待て。何を平然と答えてるの」


 『何か問題でも?』と副音声が聞こえてきそうな程、余りにも平然と言うものだから間違えてたのは私の方かなって一瞬思ってしまう。そんな筈がないのにね。


「だって、特筆して言うべきだと思う事は無いんだよね。例えば、ギルド建物内では私闘禁止だとか、ランク昇格の為にはどうすれば良いだとか、カードの色の意味だとか、基本的な事は知ってるだろう?後は、実際にやってみないと分からない事だったり、暗黙の了解内容だとか地方ローカルルールくらいかな?」

「確かに基本的な所は押さえてあると思う。だから、あの場でそれを聞く意味は無かっただろうし、あそこで聞いていたら指導者との仲を不審に思われたかも知れないって言うのは、ちょっと考えたら分かる。けど、その“実際にやってみないと分からない事だったり、暗黙の了解内容だとかローカルルール”こそ指導者が教えないといけないモノなんじゃないの?」


 どこにも載っていないルール。それを破ったからと言って何か罰則がある訳じゃない。

 けれど、それを破ることによって他の冒険者から白い目で見られたり、酷い時にはちょっとした嫌がらせとか任務妨害されるような事が原因で命を落とす事があるかも知れないっていうのは何となく想像できる。

 単に、無知ゆえに格上の魔物に挑んだり等の無謀な行為で死傷率を下げるためだけでなく、冒険者同士でそうならない様にする為にも見習い制度はあるんじゃないの。

 そんな思いを込めてセスを見上げれば、ザワリと空気が揺れたような気がした。


「確かにそうかも知れないけど、君は何か勘違いしてるんじゃないかな」


 微笑んでいるのに変わりはないけれど、その目の奥に宿る光はけして穏やかなものではない。


「君が誰かのイイ様に使われるのが面白くなかったから、逃げるのに手を貸したし、ある程度一人でこなせる様になるまでも手を貸す事を約束しよう。けど、それは飽くまで俺の気まぐれなんだって事、忘れちゃったワケじゃないよね?」


 まるでチェシャネコの様にニンマリと笑うセス。その空気に気圧されて瞬き一つ出来ないでいる私の様子を一瞥すると、ゆっくりと瞬いた。そしてフと、その空気を掻き消すかのように短く息を吐いた。


「なんてね。君が余りにもしつこいからさ、イジワルしてみたんだけど、そんなに“吃驚”するとは思わなかったよ」


 小さくなっていた雑踏の音が還ってくる。

ホッとして詰めていた息を吐き出して肩を撫でおろした事に驚く。そうか、どうやら私は竦んでいたらしいと気付かされたから。


「まあ、ホンネを言うと?暗黙の了解とか全部教えるの面倒だなって言うだけなんだけど、ごめんネ?」


 今。私は多分、試されている。その証拠にほら、表情とは裏腹にセスの瞳はまだ笑っていない。

 だから、私は口元に弧を描いて笑うように息を吐き出した。


「何それ。セスの気まぐれで次第では教えてくれるって事?そんなんじゃあ、逆に教えて貰わない方が断然ましってもんよね。だって、気まぐれの更に気まぐれで絶対に嘘を教えてくるんだもん。それで知ったかして変に恥を掻くよりも、知らなかったまま失敗した方が断然恥ずかしくないわ」


 胸を張り虚勢を張る。アンタの脅しなんて全然ダメージになんかなってないんだと言う様に。


「失敗する様を見て笑いたいなら笑えば良いわ。その代り、責任を持って結末の最後まで見ていなさいよね。驚きの結末を見せてあげるわ」


 主導権を握っているのは飽くまでも私の方なのだと声高に主張するために。


「それと、さっきから私の頭を一々掴むのは止めてよね。私の頭を一体何だと思ってるの。あんなに押さえつけられて、まだまだ成長期なのに背が伸びなかったらどうしてくれるの?」


けれど、いつまでもこうしている訳にはいかないので、敢えて空気を崩す。

 さっきまでの様な、お腹から出すようなものではなく、唇を尖らせ、怒ってる事を強調した低い声。

 あれくらいの事でセスが私の事を投げ出すとは思えないけれど、短くはないであろうこれから過ごす旅路は、今迄よりも二人きりの時間が長く濃いものになるだろう。

そんな中、気不味い思いをしながらの旅路なんて御免被る。しかも多分、気不味く思うのは私だけだ。それは余りにも不公平ってもんじゃない?


「あんなちょっと押さえた程度で伸びなくなるようなら、元々そんなに伸びる予定じゃあ無かったって事だよ。期待するのは止めて置いたら?」


 どうやら、セスも私の思惑に乗ってくれる事にしたらしく、さっきまでの雰囲気を消し去り“いつもの様に”ニヤリと笑う。


「失礼ね。ご先祖様の殆どが身長高かったらしいから、よほどの事がない限り私の背はまだまだ伸びるはずなんだから」

「よほどの事ねえ。けど確か、ホビットとかドワーフ、ムスとかの血も入ってなかったっけ?」

「そんな大昔の血なんて殆ど残ってないって。隔世遺伝なんて滅多にあるもんじゃないわ」

「でも、可能性はゼロじゃあない訳だ」

「もしそうだとしたら、今だってもっと低い筈。でも、そうじゃないから違う筈よ」


 揚げ足をとる様な言い方に反論しながら思い出す。

 誕生日の祝いのパーティーの為にと、ドレスを新調する為に測ったばかりの身長は確か、丁度120センチだった。

 成人してもドワーフは150センチにも届かない位が平均で、ホビットに至っては今の私よりも低い110センチ位が平均身長だった筈だ。

 という事は、彼らが子供の頃にはもっと小さかった筈なので、その遺伝子を強く受け継いでいる可能性はほぼないに等しいと思っても大丈夫だろう。

 それに、と古書にあった家系図を思い出す。比較的最近書き加えられていたアノ種族はむしろ大きい方じゃなかっただろうか。

 種族の存在値も現在確認されている中でも最も高いあたいだから、可能性としてはこっちに似る方が高いんじゃないかと思ってる。

けどまあそれも、この世界でも遺伝って言葉が通じる事が大前提ではあるんだけどね。だって、顔とか髪色とか似てる人達は似てるけど、親子でも兄弟でも全く似てない事なんてざらにあるからね。

まあ、そのお陰でこうしてセスと二人で歩いてても不思議に思われない、と言うか、顔の殆どはゴーグルで隠れてるし髪の色さえ分からない位フードを深く被ってるから首を傾げられるとしたらこっちにだったわ。

 戦闘中でもないのに、ここまでして普段から顔を隠す人は少ないから流石にちょっと目立つらしく、チラチラ視線を感じるし。

 でも、それだけだ。少ないだけで、こういう格好をしている人が居ない訳じゃない。だから、不思議には思っても声を掛けてきたり触ろうとして来たり攫おうとして来たり誘拐しようとして来たりなんかしない。

 家に居た頃はこんな怪しい恰好をする訳にもいかなかったから、割としょっちゅうそういう事があったからなあ。と思い出しただけでゲッソリする。

 よくこれで人間不信にならなかったよなあと自分を褒めてあげたい。いや、まあ、若干はそうなってる気もしなくはないけど、顔を隠してるからとはいえ、普通に喋れてるからそこまで酷くはないんじゃないかなって自分では思ってるんだけど。

他に比較する対象がいないから、自分じゃあよく分からないんだよね。でも、今は特に困っている事じゃないから、無理に考える事でもないし。


「そんな事よりもさあ、まだお腹空いてるままなんだけど」


 人の三大欲求の内の一つを満たす事の方が先決だ。補給する物が美味しい物だと尚良し。

 だって、ギルドに入る前に少し食べたせいで胃が刺激されたのか、食べる前よりも余計にお腹が空いた気がするし。

 今にも鳴り出しそうなお腹に手を当てながら、食事を提供していそうなお店に目を向ける。

 心なしか良い匂いも漂ってきてる気もするし、あそことか入っても良いだろうか。


「ホント、君のそういう所、結構スキだよ」


 美味しそうな匂いを漂わせている店の前を通り過ぎる度に、名残惜しく視線を向けていたらクスクスという笑い声が降ってきた。犯人は言わずもがな一人しかいない。

 隣を見上げればやっぱりセスが笑っていた。


「ハイハイ悪かったわね、子供っぽくて。でも、食べ足りて無かったのはギルドに入る前からなんだから仕方ないでしょ」

「うん?別に子供っぽいから笑った訳じゃ無いよ?」

「じゃあなんで笑ってるのよ」


 現在進行形でクスクス笑いを止める様子のないセスを睨み上げても、まるで効果はないようで。


「思った事がつい口に出ちゃっただけで特に意味はないから。それよりもご飯だっけ。残念だけどやっぱり屋台になるよ」

「屋台のご飯になるのは別に良いけど、そうじゃなくて誤魔化そうとしないでよ」


 「ホントの事なんだけどなあ」と苦笑気味に言うけど、前科は数え切れない程あるし、笑った事に対する答えにはなってないから。

 でも、一度こう誤魔化しに来るとセスは中々折れてはくれないし、折らそうとしてもそれまでに費やさないといけない労力の事を思うと諦めた方が得策だった。

こういう風に特に意味もなく言わない事はよくあるし、それに逐一付き合ってやる義理はないからね。


「もういいわ。それよりも、さっき通って来た道とは違うみたいだけど、これからどこに行くつもりなの?」

「うーん、そうだなあ。どこに行くと思う?」


 私達の間で急な話題変更はよくある事で、セスも慣れた様に喋り出す。けれど、それは答えでは無かった。


「質問を質問で返さないでよ。……そうね、取り合えずこのまま帝国を抜けて陸路で獣人族領にってところ?」


 ステータス画面の一部にはこの世界の地図も載っている。それは訪れた事がある場所しか細かいところは載らないようなゲームにはよくある物だ。けれど、一応全体を描いた世界地図としては役に立つし、現在位置や向いている方向何かも分かる便利な物がある。

 でも、こんな道端で画面操作をする訳にもいかないので、脳内にぼんやりとだけど地図を思い浮かべた。

 この世界の地図は竜族の住む島を中心として書かれている物が多いので必然的にそれになるけど。

 それで、その地図によれば、海に囲まれた竜族の住む島を中心に海を隔ててはいるものの、その周りを緩やかな円を描くようにした大陸が存在している。その大陸は大まかに分けて三つ存在する。

一つは人族、つまり私達の様な何も特徴のない種族が多く住んでいる土地。

 一つは獣人族、創作物なんかでもよくあった、人の体に獣の耳尻尾が生えているだけの者から獣そのままの姿の者が二足歩行している様な人達が多く住んでいる土地。

 一つは魔族、他の種族よりも魔物に近い生態を持つ者達が多く住んでいる土地。

 それぞれにもっと細かな種族が存在しているけれど、大まかに分けるとこうなる。

 後は、ファンタジーなら付き物のエルフやドワーフなんかの妖精族も居るが、彼らはそろって獣人族領に住んでいるので入れるとしたら獣人枠かな。

 こんな風に大陸は離れているけれど、実際に離れているのは魔族領だけで、獣人族領には歩いて行ける所が一か所だけ存在する。

 それが、キルクルス運河に架かる橋だ。元々大陸続きであったそこを、魚人族協力の元で建設したらしい。と、確かそうヘルプ説明に載っていた気がする。

 海路も無い訳じゃないけど、レベルの低い今行くのは不安が残る。一応泳げはするけど、基本的に逃げ場がないじゃん水の中って。

 水夫以外にも護衛の冒険者を雇っていたりだとかして安全を期しているらしいけどさあ。

 そういう事から、陸路であって欲しいと思う気持ちもあって、言ってみたのだ。

 まあ多分、外れてないんじゃないかなと思う。だって、セスがちょっと詰まんなさそうな顔をしてるし。


「残念だけど正解かな。他領に行くには基本、海路しかない。でも、護衛じゃない冒険者が船に乗るのは居ない訳じゃ無いけど、俺のランク、しかも見習い(コブ)付きで海を渡ろうって奴は目立つだろうしね。けどまあ、もし海路を選んだとしても君に魔族領はまだ早そうだからどっちにしろ獣人族領に行く事になってただろうけど」


その後に続いた「魔族領に置き去りもそれはそれで面白そうではあるけど」という呟きは聞こえなかった事にして、未だ見ぬ土地に思いを馳せた。


「じゃあ、取り敢えずの目的地は獣人族領かあ。何が美味しいか楽しみだなあ」

「君は食べる事が本当に好きだよねえ」

「まあね!ここって、食べる事以外の楽しみってあんまり無いからね」


 即答すれば、何故か溜息が還ってきた。解せぬ。


「頼むから食べ過ぎでプクプク太って子豚ちゃんみたいにはならないでね」


 溜息の後に言われた内容が一瞬理解出来なくて、理解出来た内容に目を吊り上げた。


「こ、こぶ。太ってないし!今は成長期だから食べちゃうのは仕方ないんだし!」

「ハイハイ、じゃあそういう事にしておいてあげるよ」

「太ってないし!」

「ハイハイ。あ、あそこのとか良いんじゃないかな」

「クッ」


 全くもって取り合おうとしないセスが指さす方へつられて目を向ければ、そこには確かに良い匂いを漂わせて来る屋台の姿が。

 でも、このまま乗せられてしまうのは癪だ。けど、お腹は空いたままだ。

 悩むけれど、本能の欲求には逆らえそうにない。葛藤は一瞬だった。


「私は太ってなんかないんだからね!!」


 捨て台詞よろしくそう言い残して、屋台に向かってダッシュした。

 その屋台で買った串焼き肉は大変美味しかったです。





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