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歩きながら食べるインセオは美味しかったけど、やっぱり一つだとちょっと物足りない。私が足りない位なんだから、何歳なのかは知らないけど外見は成人男性であるセスも足りてない筈だ。という事は次はどの店のにするんだろうか。またセスのおススメにする?いっその事、直感で選んでも良いよね。
なーんて屋台の中をチラホラ窺っていたけれど、段々と屋台の数が少なくなっていった。始めは、まだお目当ての物が無いのかなあ何て思っていたけれど、一つ、また一つと屋台の数が減っていくにつれ、雲行きが怪しいくなってきた。そしてとうとう前方に屋台が一つも無くなってしまった。
この先に目当ての物があるのか?いや、でも、どう見ても建物しかなさそうなんだけど。さっきまでの屋台街みたいな物とは違い、軒下に看板が提げられているそれはどう見たって普通のお店達だ。気が変わって店内で食事を取る気になったんだろうか?セスの気紛れは確かに多いけどさあ。
どうするんだろう。と良い方に考えていたから、内心ワクテカしながらセスの半歩後ろを歩いていたんだけど。
「何か期待してたみたいだけど、もう着いたよ」
「え、」
先に止まったセスにつられるように足を止め、「ほら」とどこかを見る先を追いかければ、そこには。
「今日の目的地、“冒険者ギルド”だよ」
「ここが……」
素材を売る時とかも全部セスに任せてたし、色々あって遠目に見た事はあっても、実際にこんなに間近で見るのは初めてだった。
冒険者同士が結婚して子供が出来る事は少なくない。けど、依頼や買取なども同じ建物でするのでそれなりに混雑するような中に子供を連れて来るような人はいない。グズったりちょっと目を離した隙に何をするか分からないからだ。
他にも、子供が嫌いな冒険者が出入りしているかも知れない。そういう人達と接触して、いちゃもんを付けられる位ならまだ良いけど、何も言わずに突然殴り殺されてしまうかも知れないからだ。
勿論、建物内では抜刀など、暴力行為は禁止されている筈だけれど、一歩外に出ればそうはいかない。そんな中、相手からすればちょっと振り払っただけレベルなら許されているのだ。けれど、冒険者になるくらいレベルが高く、身体能力の高い大人がレベルの低い子供相手にそんな事をすればどうなるか目に見えている。この世界では、前の世界よりもそういう事がよく起きる。
だから、片親か同じパーティーメンバーの誰かが子守をしている間に、誰かが代表としてギルドの建物へ来るのだ。
一応罰則はあるものの、その刑罰は前の世界と比べるとかなり軽く感じられるものばかりだった筈だ。だから、自己防衛はダイジ。
そういう訳もあって近付いた事すらない。フードとかで顔を隠したら、一見ホビット族の様に見えるから大丈夫だとは思うんだけど、それはそれでまた別の意味でからまれるらしいから駄目だってさあ。
けど、これぞ“ザ・ファンタジー”って感じる内の一つだよねえ。と、つい緩む頬は隠せそうにない。
顔を隠していても、そんな風にそわそわしているのは隠れ切れていなかったのか、セスが笑う。まあ、これだけそわそわしてるのを見たら笑ってしまうのも分かるから、別に良いんだけどね。
「手続きが終わったらまた何か食べさせてあげるから、終わるまでちゃあんと我慢するんだよ?」
けれど、セスが笑ったのにはそれだけが理由じゃなかったみたいだ。
お腹いっぱいになるまで食べられず、微妙な空腹感と戦わざるおえなくてつい不機嫌になってしまったのは自覚していた。けど、それも一瞬の事で、すぐにそわそわし始めた様子がおかしかったんだろう。
でも、まるで我儘を言う小さい子に向けるような言い方。それに内容!
小さい子がコロコロ表情を変える様子は微笑ましくてつい笑ってしまう事もあるだろう。けど、セス(こいつ)は絶対に違うと言い切れる。何故なら、こいつは私の精神がそれなりに年を経た人間だと知っているからだ。
確かにちょっと子供っぽかったかも知れないけど、仕方ないじゃん。精神は肉体に引き摺られるものだって、偉い人も言ってた。気がするし。
だから笑った内容は分かるからまだ流す事が出来るけど、内容は別だ。
「何が『何か期待してたみたいだけど』よ!分かってたんなら寄ってくれても良かったじゃんか。ほんの数分の事でしょ?」
コイツ、分かっててのあの所業か!きっと、次はどこの店にするんだろうかとワクワクしていた事も含めて笑っているに違いない。
キッと睨みあげれば――目は見えてないだろうけど雰囲気で伝わるだろう――セスは相変らずワザとらしい笑みを浮かべている。
「嫌だなあ。君がお腹を空かせてると知っててワザと寄り道しなかったと思ってるの?言掛かりも良いところだよ。君が食べ足りなかったなんてさっき気付いたし、急いでいたのは、午前中で終わるような依頼をこなした連中がもう直ぐ帰ってくるから、そいつらで混む前に終わらせたいからだよ?」
「嘘吐くな!」と怒鳴ってやりたいところだけど、冒険者ギルドへ実際に出入りした事の無い私では真偽の程が分からない。それでも、さっき主張したみたいに、ほんの数分程度で直ぐに込み合うとは思えなかった。
いやでも、待つんだ私。ここで更に怒鳴ったりしたら奴が“これだからお子様は”とこちらを嗤う理由を更に作ってしまう事になるだろう。それだけは避けたい。
それに、こうして悪戯に時間を消費してしまうのは、逃亡中の私達にとっては良くないだろう。
だからけして、用事を済ませて早くご飯が食べたいからじゃ別にないんだからね!
と内心で誰得な妙なツンデレを発揮させながら「なら、早く行こうか」とセスを追い越し扉へ手を掛ける。
だから背後で、それまでの葛藤を全て見抜いたセスが笑っていた事は、幸か不幸か知らないままだった。
何かあった時に出入りし易い様にするためか、まるで西部劇に出て来るような外からでも中の様子が見える両開きの扉の片方に手を掛けた。
ギィ、と少々立て付けの悪そうな音をさせて開いて踏み入った内部では、向かって右側の壁に依頼表なのか、何かが書かれた紙が所狭しと張り付けられており、左側にはいくつかの丸テーブルが並んで置かれていた。まあ、扉が扉だから入る前から殆ど見えてたんだけど。
扉が開いた音に反応した人が何人か振り返ってこちらを怪訝そうに見ていたけれど、すぐ後ろから入って来たセスを見たのだろう。視線が背後へと動いて、納得したように談笑へと戻っていった。
どうやらからまれる事は無さそうだと、少し残念に思いながらも同時にホッと安堵もしていた。
冒険者ギルドに登録に来たら――内容がちょっとした違う、例えば質の悪い連中があからさまに弱そうな外見をしているから、いびり倒す為だったりとか、保護者目線の人達が本当に冒険者になっても大丈夫かどうか見極める為だったりとかで――絡まれる、っていうのはもはやテンプレだからね。特によく見掛けたのは前者だった。
折角、そんな記憶を持って生まれ変わったんだから、そういう経験もしてみたいよねとは思っていたから、ちょっと残念なのだ。
質の悪い奴は総じてレベルとかもそんなに高くはないような奴が多いのもテンプレだったから、もし絡まれたとしても引けを取らない位には鍛えているつもりだ。でも、それは飽く迄レベルとかの話で、実際に対峙していたらビビっちゃってただろうな、と思う。
魔物は相手にした事があっても、対人は余り経験が無い。それプラス、前世の事勿れ主義が足を引っ張る。こればっかりは、これから経験を積むしかないよねーと前向きに考えてはいる。考えては、いる。
心持ち遠い目になりながら、中に進んでいく。一番奥にカウンターがあるから、あそこが受付と思われる。って言うか、上の方の看板に書いてあった。“受付”と“買取”って。
まあ、簡単な単語位は大抵の人も読めるからね。でないと色々支障をきたすからだ。依頼を受けようと探そうにも、一々誰かに音読してもらわないといけなかったり。そんな理由から、最低限の識字率は意外と低くはない。まあ、ちょっとでも専門的になると読めなくなる人が多いけど。レベル的に言うと、小学校低学年レベル位かな?いや、公立の学び舎がそんなに発達してないにしては結構あると思うんだよね。
そんな事を考えながら“受付”と書かれてある方へと真っ直ぐ進んで行ったら、途中で肩を掴まれた。
もしかして来た!?と一瞬思ったけど、それは良く知る気配のセスだった。登録するんだから“受付”で多分合ってるよね。と勝手に進んでたけど、もしかして違ったんだろうか。
何で止められたんだろうと思っていると、セスはわざわざ屈んで耳元に口を寄せた。
「子供が全く動じずに受付のカウンターの方へ進んで行ってたら、流石に目立っちゃうと思うよ?」
「え、そう?」
「そうなの。何度か来た事があるギルドなら兎も角、初めて見る子供がギルドで迷う事無く進んでたらちょっとおかしいでしょ」
「そうかなあ」
「まあ、君が納得するかしないかはこの際どうでも良いけど、登録するには俺のタグがいるんだし、一人で行っても意味ないよ」
「いや、後ろ付いて来てるの知ってたから」
「……ハア、もうイイや。取り敢えず行こうか」
面倒臭くなったのかそう言うと、まだ納得しかねている今度は私を置いてセスの方が先に歩き出す。
「ちょっと待っ」
慌てて駆け寄ろうとした私はそこで幾つかの視線を感じた。隠そうとしていないからスキルレベルが低くても気付けたんだろうけど、これは。
悪意を感じられないその視線に内心首を傾げながら、バレない様に様子を窺った。まあ、ゴーグルをしてるから気付かれ難いとは思うけど。
そうやって探った視線の主は、さっきセスが言ってたみたいにちょうど閑散期なのか人が少ないから直ぐに分かった。でも、今もこっちを見ていたから合いそうになった視線にヒヤッとして、表情を見て頬を引き攣らせた。
何というか、何か微笑ましい物でも見ているかのようだ。と思って、その微笑ましい物に行きついたからだ。
さっきのセスとのやり取りのどこに一体微笑ましさがあったと言うのだろうか。あれか、つい先に行っちゃって怒られた子供とその親にでも見えたというのか。
つい忘れがちになるけど、そう言えばまだまだ小さい子供の身長だったわ。と思い出して渇いた笑い声が小さく漏れる。
そして何も無かった事にして改めてセスの後を追った。だって、これ以上深く考えると何かがゴリゴリ削られそうだったから。