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お嬢様、元令嬢になる


 草木も眠るような真夜中に、私は全身黒ずくめの男に俵担ぎされて移動していた。

 ジェットコースターも真っ青な速さと上下運動に舌を噛まないようにするので精一杯で、抗議の声も出ない。

 ガクガクと揺れる視界に細くなった月が二つ、並んでいるのが見える。

 ぼんやりとした思考の中、それを視界に納めながら瞬きを何度か繰り返す事によって、幾分か思考する余裕が戻り、思い出す。

 涙が出ない私はなんて薄情な娘なんだろうか。

──つい先程、両親が殺されたというのに。

 自分のあまりにもの動揺の少なさに思わず自嘲した。


 そして、あれから一体どれくらい走り続けただろうか。随分長かったようにも、とっても短かったようにも感じられる頃に男はようやく立ち止まり私を解放した。

 けれど、ぼんやりとだが思考する余裕は戻っても、手足に力が入らずその場に崩れ落ちる。

 せめて座るだけでもして体勢を整えないとな、とは思うものの身体はいう事を聞きそうにない。でも、その状態で居続ける事をこの男は許しはしない。


「ねえ、いつまでそうして呆けたフリしてるつもり?」

「……フリ、とは随分失礼だねセス。ついさっき、両親が目の前で殺されたんだから、呆然となるのは、当たり前の事だと思うんだけど」


 自身の思っていたものよりもたどたどしい口調に内心驚く。身体は意外と軟弱だったらしい。まあ、落とされた時点で動かなかったから何となく分かってたけど。


「ヘェ、君にも両親を悼む心なんて存在したんだね」


 その声だけで、顔を見ずとも分かる。男──セスが目に怪しい光を宿らせ、愉悦に満ちた表情を浮かべているのが。

 口は、少したどたどしいものの動かせた。なら次は指先。動かせるようになったのを確認して手を握る、開くを数度繰り返す。


「……何が、言いたいの」

「別に?ただ、前世とやらの記憶がある転生者や異邦人にとって肉親と言えど、二度目の親にそこまで情を移せるほどなのかな、って」

「……人は情の生き物よ。記憶持ち故に、相手から気持ち悪がられず無償の愛とまでは行かずとも、慈しまれながら何年も同じ時を共有し過ごせば、無下にも出来ないし情も移るよ」

「ふぅん。そんなものなんだ?」


 訳あって両親と一緒に暮らせなくなった子供が別の夫婦に引き取られるなんて話は、この世界でも前の世界でもそう珍しい事じゃない。

 特にこの世界は魔物という怪物のせいで亡くなってしまう人は後を絶たないから、余計に多いんじゃないかな。でもそんな感情は、


「まあ、セスには分からないだろうけどね」


 そう言い終えて上半身を起こす。ようやく自力で身体を動かせるまで回復出来たみたいで一安心した。と言っても足の方はまだ力を入れ難いんだけれど。まあそれも、治るのは時間の問題だろうけど。

 そこでようやく今日始めてまともにセスの姿を見る。いつもは、透明度の高い海を思い浮かべさせられるような、毛先に向けて薄い色合いになるように鮮やかな青色ではなく、このまま夜に溶けてしまいそうな程に濃い紫色の髪のセスが居た。

 服装もいつもの従者の物ではなく、ピッタリと身体の線に沿うような黒衣を纏っていて、その黒衣はまるで闇そのものを纏っているかのようだった。

 その姿を見るのはこれで三度目だ。その姿こそがセスの本来の姿なのだろうけれど、その姿を見る時は大抵、厄介事が起きた後なのであまり歓迎できない姿だ。

 そんな私の内心を余所に、セスは嗤う。


「そんなツマンナイ感情、分からないし分かりたくもないかなァ。まあ、使えそうな情報(ネタ)ではあるけど──で、これからどうするつもりだ?」


 愉悦に満ちた笑みを引き込め突然、その眼に剣呑な光を宿らせる。やっぱり感傷に浸る僅かな時間さえも与えてはくれないらしい。

 ぼんやりとだけど、偽装工作をしていてくれた事を覚えている。けれど、どれくらいの距離を移動できたのか正確には分からないし、追っ手が居ないとも限らないから早々に行動に移らなくちゃいけないのは分かってはいる、けれど。


「そうだなぁ」


 こんなに早く襲撃までされるとは思っていなかったので、色々練っていた計画が全て台無しになってしまった。

 そもそも、先日にようやく七歳になったので、祝福という名の戸籍登録をするべく、吉日を選んで神殿へと向かった帰り道だった。七歳になるまで子供は神の子とされ、戸籍登録も出来ていなかったのがようやく解禁されたからだ。

 神の子とはその実、七歳になるまで位の子供は死にやすい事に起因している。そして、神様に愛されてしまったために神様の元へ還ったという事にして人々を慰めるためにそう言われいる、と私は思っているのだけど、強ち間違ってはいないと思う。

 まあ、それはさて置き、これからの事だ。

 当初の予定では貴族としての生活を享受しつつ、スキルやレベルを上げられたら、良いな程度であった。けれど、誕生日を迎えた翌日、お父様から我が家の“秘密”を明かされてしまいそれは見直される事になった。

 “血”で選ばれてしまったからには逃れる事は出来ないらしい。

 それ、を絶対に回避するには私自身が強くならなければならない。それを思うと、私は選ばれなかった伯父様が羨ましいのだけれど。


「……伯父様は、余程我が家に御執心なんだね。“血”で選ばれなかったと言うだけで、弟にその座を奪われてしまったから?」


 伯父様の方が貴族らしい貴族で、頭も切れ当主に相応しいと言われていたのは知っている。本人はその度に否定していたけれど、やっぱり、当主になりたかったのかなあ。

 崖から落ちる前に見えたあの顔は、確かに伯父様の所の家令だった。

 お陰で計画は狂いに狂ってしまったけれど、ある意味良かったのかも知れない。あのままあの家に居たらレベル上げは満足に出来なかっただろうしね。

 けれど、唯一つ、問題があるとしたら。


「ギルドに登録できるのって、十才からなんだよね……」


 異世界のテンプレよろしく、この世界にも冒険者ギルドが存在している。

 どこの国にも属さず、常に中立の組織として世界中に存在しているそれは、何を隠そう、過去に存在した同胞者達が立ち上げた物らしい。

 この世界がまだゲームだった頃には冒険者ギルドという制度は無かったらしい。

 けれど、転移、又は転生した先駆者達は、“せっかくの剣と魔法の世界なのにギルドが無いなんて!”と嘆いた結果、“無いのなら、創ってしまえ、ホトトギス”をうたい文句に圧倒的武力を持って各国に認めさせたとかなんとか。

 そんな内容が、先祖代々伝わる我が家のとある古書に書かれていた。

 そんな先駆者達のおかげで私もそのシステムを享受できる訳なんだけど、何故年齢制限を設けたし。と物申したい。いや、ある程度体が出来てくるのがそのくらいの年齢で、安全性を考慮したのは何となく分かるけども。


「確か、仮登録っていうのがあった筈だから、それで登録したら良いんじゃないかな?」

「……仮登録は保証者が必要なのはセスも知ってるでしょ?」


 その子どもが、無知故に危険な事をしないように導き、保護をする事を誓った者が保証者となる事で十才以下でも登録出来るようになっている。ただし、その冒険者のランクが一定以上であることが必須条件だ。

 詳しい事はよく分からないけれど、その他にも色々面倒な事があるらしい。だから、そんな手間をかけてまで他人の子どもを登録させてくれる冒険者はいない。

 それにより、当然ながら十才以下で登録している子どもの大半は冒険者の子どもである事が多い。それ以外となると、商業ギルドか職人ギルドの師弟くらいだ。

 まあ、お金を積んで依頼として出せないこともないけど、常識を持った人達には断られそうだ。長期依頼を出せるくらいお金があるのなら家に帰れと、家出娘扱いされたらマズいし、簡単に依頼に飛び付いて来そうな下種は流石にゴメンだし。

 そんな、私が思い付くような事をセスが知らないはずが無い。何言ってんのとジト目で見やれば、ヤツはわざとらしく口角を上げた。


「オレが保証者になるってのは、考えなかった訳じゃないよね?」


 確かに、セスなら条件を一応満たしているから、と脳裏に過った。けれど、


「……そんな事をしてもセスにメリットは無いでしょ。何が目的なの」

「メリットならあるよ。これからも側で君の成長を見ていられるっていう、分かりやすい権利になるじゃないか」

「それのどこがメリットになるって?命の対価には命を……今回助けてもらった事で貸しは十分返してもらったと思うし、契約は解除しようか。最近は飽きてきたって言ってたし、ちょうど良いんじゃないかな」


 セスの提案は一見、私にメリットばかりのようにも思えるけれど、デメリットが無い訳じゃない。一番大きなデメリットを上げるとすれば、“セスが着いて来る事自体”だろうか。

 勿論、メリットの方が大きいのは確かなんだけど、セスと四六時中一緒に居るという精神的苦痛を考えると、天秤の秤はグラグラと揺れ動く。

 それに、今登録出来なかったとしても、三年くらいなら何とかならない事もないのだ。

 イベントリには換金出来そうな宝飾品がいくつかあるし、今まで両親には内緒でこっそり集めてきた素材や武具の数々、スキル上げのために作っていた薬もある。

 子供ゆえに多少は足元を見られるだろうが、換金すればそれなりの金額にはなるだろう。そうすれば、宿を選ばなければ少なくとも三年間位の宿代にはなるはずだ。その三年の間も無収入という訳ではない。レベル上げを兼ねて狩ったり採取してきた物の素材などを売ればいい。

 それに最悪、宿屋に泊まらずとも野営という名の野宿をするっていう手段もあるし。でもまあ、それは魔物なんかよりも恐ろしいモノも居るから、本当に最後の手段だけど。

 なんて事をつらつらと考えてみるけれど、答えは既に決まっているようなものだろう。


「考えてる時間は、もうあんまりないと思うよ?」

「……もう決めてるクセに」


 セスは笑みを浮かべるだけで答えない。

 どうしても私の口から言わせたいらしい。ああもう、本当に性格が悪いなあと内心ゲンナリするものの、時間がないというのは割と本当の事だと思うし、仕方がない。私は覚悟を決める事にした。


「良いよ。もう、セスの好きにしたら良いんじゃないかな」


 そう告げた途端、笑みを深めるセス。やっぱりと言うか、どうやらこの答えで正解だったらしい。


「それじゃあ、許可も下りた事だし、好きにさせてもらおうかな。俺の女神マイ・デア


 そう言ってワザとらしくも恭しく跪いてみせるセスに「はいはい、もう良いから。早く行こうか」と手をヒラヒラさせる。

 女神なんて言われたら普通、色んな――羞恥とか黒歴史的な――意味で憤死しそうになるけれど、甘い雰囲気でもなく皮肉だと知っているし、何度も言われていれば慣れもする。

 それに、今はここに他の人の目がないのが大きい。流石に衆人観衆の目があれば、恥ずか死ねるけどね。

 「つれないなあ」なんて言ってるけど、お前の気持なんか知ったこっちゃない。

 私の態度が変わらなさそうだと悟ったのか、セスは苦笑しながら肩を竦めた。


「それで、これからの事なんだけど、このまま国境を越えようかなって思ってるんだよね」


 あっさりと告げられたその内容に思わず目を丸くする。


「国境を?うん?という事は、今更確認するんだけど、領地方面じゃなくて中央へ向かっていたっていう事?」

「ホント、今更だけど、そうだよ。だって、あそこは大陸の端にあるんだよ?しかも、海路を行こうにも大潮が邪魔をするような、ね。そんな、逃げ場の少なくなる土地には行かないよね。こっちにとってホームでも、敵側むこうにとってもホームなんだから、そんな所にワザワザ行く訳ないだろう?」


 言われてみれば確かにそうだ。暗殺を企てる位なのだから、家を乗っ取るための下準備なども終わっているだろう。

 例えもし今無事に帰る事が出来たとしても、先代である祖父母はもう居らず、曽祖父の行方が分からない以上、後見人は伯父になるのだろう。そうすれば後はどうなるかなど目に見えている。

 傀儡にするには精神が自立しすぎているしその手の魔術には多少耐性があるから、そんな事をするよりも今回のように事故に見せかけて殺す方が簡単だ。そして、良くて幽閉か。

 自身のありえたであろう未来に思いを巡らせていたけれど、「それに」とまだ続ける様子のセスに意識を戻した。


「冒険者ギルドに登録するのなら、国は出ておいた方が良いからね。だって、君は大人しくしているつもりでも、周囲から見れば普通じゃない事をしでかしている可能性は高い。そうしたら、いくら偽装工作が上手く行ったとしても“君だ”と知られるのは時間の問題になってくるだろう。そうしたら、いくらあのギルドが中立を謳っていても席を置いている国から正式に依頼が出されたら断るのは不自然だし、立場を悪くするから断らないだろう。そんな中、子供の登録者が少なくはないとはいえ人の口に戸は立てられないから足取りを追われるのは簡単だと思うよ。でも、少なくとも国境を越えて登録をしておけば情報が伝達するまで多少は時間がかかる。そうして時間を稼げば、君一人でも対処できる位の力を付ける事が出来ると思うんだよね」


 こんな短い間にそこまで考えられるとか、流石に潜ってきた修羅場の数が違うだけの事はあるな。と妙な関心さえ覚える。

 確かに、子供一人で過ごしているのは流石に目につくし。逃げようにも、悔しいけどまだ手練れの者には敵わない。

 印象が凄く変わるからせめて髪の色だけでも変えられたら良いんだけど、普通の染料は勿論、魔法薬の染料でさえ染める事が出来ないのだこの髪は。

 何度かお遊びで試してみたけれど、全てダメ。途中、意地になって取り寄せられるだけの染料を試したし、偶に自作すると言うセスに作ってもらった物も試してみたけれど、惨敗だった。あれは、流石のセスもお手上げだったなあ。

 それに、直ぐに国境を超えるのは良い手だと思う。この世界の別種族の中は一部を除いてそんなに悪くはないみたいで、国境を越える事自体は簡単だ。

 それは、この世界には魔物という共通する敵が居るからだろうと推測出来る。人間は敵が居ないとお互いで争い始める生き物だからね。

 それなら同じ種族であるヒューマン種の国なら尚更だ。と言いたいところだけれど、一組だけ少し気まずい国がある。それが、我が国と多分今から向かおうとしている国だ。

 我が国が出来たのはおよそ九百年前で、その時既に在った帝国から独立する形で建国されたのだ。その時、我が家も何かしら関わってしまったらしい事は古書を読んで知っている。

 もう千年くらいは昔の話にも関わらず、表面的には穏やかに交流しているけれど裏では未だにちょっとギスギスしているらしいから呆れたものだ。

 長命種でもないのだから当事者で当時を実際に知っている人――我が家の縁者除く――はもう居ない。だから妥協すればいいのに、国の面子がと、それが出来ないでいるんだろうなあと思う。面倒臭そうだ。

 そんな国相手に、自国の古い貴族の家の娘のために自国の者を送り込む事をするだろうか。多分しないだろうと思う。だって、“高々貴族の娘一人”のために国が動く事は滅多にない。

 国家転覆するような事件なら兎も角、お家騒動でなら尚更の事。まあ、実際にはそれよりもっと酷い事件なんだけどね。事実を知る人は今、この国に私一人しかいないんだから仕方がない。

 伯父さまはどちらかというと面子が大事だと言う人だったし、そもそもその事を知らないしね。

 そう言ったお国事情からして、国境を越える事は賛成なんだけど。考え事をしていて下に下がっていた視線を上げ、チラッとセスを見上げる。視線が合ったセスにニッコリと微笑まれたけど、見なかった事にして視線を反対方向へ流した。

 表面上は問題がないから、国境自体を越える事は本当に簡単なのだ。国境にある関所で身分証明を提示すれば良いだけの話なのだから。でも、今の私には何もない。

 装いこそ貴族令嬢の物だけれど、そうだと示す物は何もない。と言うか、バレたら意味がないので当然、“私”として越える事は元から考えていなかった。

 ギルドで登録して身分証明書を、というのはセスと話をして却下されている。セス本人が無しだと言っているのだからそれ以外の方法なんだろうけど、それ以外の方法とは何ぞや。

 とそこまで考えて思考を放棄した。だって、どう考えても合法的手段じゃないのは確かだ。

 でも、“いくつ罪を犯すんだろうか”と考えて“緊急事態だから仕方ないよね”から“バレなきゃ問題ない”に至ったところで私も人の事は言えないよなあと苦笑する。

 この世界は前の世界よりもそういった側面が多いから毒されたかなあ、と他のせいにもしてみる。元からその要素がなければこんなにも簡単に染まりはしないだろうという言葉は聞こえない。


「さて、と。方向性も決まったし、そろそろ出発でもしようか」


 心の整理がついた事を見抜いてだろう。セスがこちらに向けて手の平を差し出した。

 時間は余り無いとか言いつつも、こうして多少は時間をくれるセスは何だかんだ言って優しいところもあるのだ。さっきまでの事だって、あれは本当に時間がなかったから何の説明もなく担がれたんだろう。

 それを口に出すと、照れ隠しなのか扱いが本当に雑になるから言わないけど。でも、放り落とした事は許してないからな。あれは別に必要なかっただろうに。

 私は、どうでもいい事以外は根に持つタイプなのだ。いつかこの恨み晴らしてやる。そう決意しながらセスの手を掴んで立ち上がった。





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