Toy Cabinet
「ハロー、王様」
「この前よりくだけてねぇ!?」
「いやいや、気のせいだよキング」
「それは…あれを思い出すから…」
王様がため息をついた。今、玉座には王様ではなく、王様の従兄弟、隣国の王子が座っている。王様が座るから玉座なのだが、王子はそんなこと気にもしていない。王様はなくなく玉座の前の段差に腰かけた。
「あれってヘタレのことですか?」
宰相が扉を開けて入ってきた。王子が玉座に座っていても、王様が階段に座っていても顔色一つ変えない。
「だからそれを言うなと…!!」
「王様をヘタレと呼ばないように条例でも出しますか?」
「言ってるのはお前らだけだー!!」
「それならば私も言わせていただきましょう」
宰相が衣を翻しながら颯爽と歩いて王様の目の前にやってきた。膝を折って、座っている王様と目線を合わせる。王様がたじろいだ。
「な、なんだ」
「階段になど座っていらっしゃるとより、哀れに見えますよ」
宰相が鼻で笑って立ち上がる。王様を避けて、玉座にいる王子の側に立った。
「殿下、この国の王様になりませんか?」
「あぁ、やるやる」
うきうきと王子が答えた。
「軽っ!!どっちも軽っ!!」
「王様に子供がいないので、今のところ次の国王は殿下ですから、おかしくはありません」
「系図で言えばそのとおり!!けど、俺の前で冗談でもそんなこと言うな!!」
「やだなぁ、王様」
王子が嘲笑に近い笑い方をした。
「本気だよ」
「余計たち悪いわぁ!!」
王様が腰を上げて、玉座の真ん前に立った。
「玉座を返せ!!お前に座らせておいたら後が怖い!!」
「面白いのになぁ」
残念そうに王子が立ち上がる。誰にも座られないようにか、王様は王子が立ち上がってすぐに玉座に座った。しかし慌てすぎて玉座の豪奢な肘の部分に腰をぶつけ、鈍い痛みに呻き声をあげた。
「あほ…」
「誰だ、今あほって言ったやつは!!宰相か!!」
「違いますよ。そう思っても言いませんから」
「そうそう。思っても言わないって」
「じゃあ誰だよ」
「そこにいるじゃないですか」
宰相が扉の方を指差した。そこにはいつの間にか衛兵が立っていた。そう言われれば衛兵の声だった気がする。
「一体いつからいたんだ…」
「あれってヘタレですか、辺りからです」
「余計なことまでよく覚えておいでで」
衛兵の言葉に対して皮肉をこめて王様が言ったが、それはあっさりと無視された。
「そこからってことは宰相と同時ぐらいに来た?」
「そうですよ、殿下」
「先に知らせろ!!そして気配を消して立つな!!」
無表情の衛兵が階段の下までやってきた。彼ら三人を見上げて、そのまま止まる。
「なんですか?」
「………」
衛兵は何か言いたそうに王様を見ている。
「遠慮はいりませんよ」
「…いえ、何も言うことはありません」
「ここまで引っ張っておいて何も言わねぇのかよ!!」
勢いよく王様がツッコミを入れても衛兵は無視した。
「衛兵、持ち場を離れて大丈夫なんですか?」
衛兵はただ頷いた。隊長だから、抜けた時に兵を動かしたのだろう。こういうところで隊長格というのは便利だ。
「面白いことが起きそうな予感がしたので」
誰もが思っている疑問の答えを衛兵は言った。王子が頷く。
「具体的には王様にね」
「…てめぇら今日が何の日か」
王様が全て言う前に小さな爆発音が響いた。宰相がクラッカーの紐を引いたのだ。王様が呆気に取られている。
「ハッピーバースデー、王様」
「覚えてたのか…!!」
「忘れたと思ってたの?」
「心外ですね」
「忘れるわけなーいじゃないですかー!!」
扉が壊れると皆に思わせるほど大きな音を立てて神官が入ってきた。荷物をガラガラと台に乗せて運んでいる。布が被せてあるので中身は不明だ。
「十八歳の誕生日おめでとうございます、陛下」
「なんだ…?その荷物…」
フフフという擬音が似合いそうな声で神官が笑った。
「プレゼントですよ。陛下のためのプレゼント」
「そういえば何も用意してないなぁ」
「右に同じく」
「クラッカーしか用意してませんね」
「…衛兵から何かもらえるとは思ってないから別にいいけど、お前は従兄弟だろうが!!」
王様が王子を指差した。
「何?欲しかったの?だったら主張してくれないとねぇ」
「出来るか!!」
王様が今度は宰相を指差した。
「人を指差しちゃいけないと親に習いませんでしたか?」
「習わねぇよ!!親と教育係は別だろうが!!」
「私なんか幼い頃それでよく親に怒られたものです。そんなことも教」
「話ずれたー!!戻せ!!一回戻せ!!普通国王の誕生日は祭典とかあるもんだろうが!!」
「それはまぁ、そうですね」
宰相の代わりに神官が答えた。冠婚葬祭は神官の担当なので祭典も自動的に神官の仕事だ。
「しかし宰相が…」
「税金の無駄です」
「というので。別になくて困るような物でもありませんし」
「なんだこのコンビネーション!!てか、宰相!!祭典を税金の無駄って言うな!!」
宰相が冷ややかに笑い飛ばした。
「使った分の税金、王様の衣服や食事代から引いてもいいんですか?」
「……すいません。ごめんなさい。謝ります!!謝らせていただきます!!」
王様が平伏した。こうなると誰が偉いのか分からなくなる。
頭を下げている王様の肩にそっと神官が触れた。
「私のプレゼントを見て元気を出してください」
「神官…!!」
衛兵が荷物に被せられていた布を取った。バサバサっと積み上げられていた物が落ちる。綺麗な表紙の、本のようだ。
「…もっと王様として勉強しろって意味か…?」
「いえ、違います」
「じゃあ、その本の山はなんだ!!」
神官が笑いながらその中の一冊を手に取った。
「本じゃありません。これ全部、お見合い写真です」
神官が手に取った物を開いて見せた。写真の真ん中にドレス姿の女性が写っている。
「この国の富豪、貴族、他国の姫君までより取りみどりですよ!!しかも王様なら一夫多妻制なので何人でもいけます!!王様も結婚出来るし、私も王様の結婚のことをとやかく言わなくて済む。一石二鳥じゃないですか!!」
「どこが一石二鳥だ!!まだ早いって何度言ったら…!!」
神官がさっきまでのにこやかな表情をかき消して舌打ちした。
「これだからヘタレは…」
「しょうがないよ。ヘタレキングだもん」
「所詮ヘタレキングですからね」
「…それはどういう意味だ…!!」
宰相と王子が顔を見合わせた。そして二人同時に口を開く。
「キング・オブ・ヘタレ」
「…ヘタレの中の王様」
ボソッと衛兵が呟いた。
「だーかーらー!!なんで衛兵にまで言われなきゃいけないんだ!!」
「そりゃあもちろん…」
神官がにっこりと笑った。
「ヘタレキングだからです」
「…頼むから…せめて誕生日だけは平和に過ごさせてくれ…」
ノックをしてから兵が一人入ってきた。
「隊長、こんなところにいらっしゃったんですか」
何も言わない衛兵に変わって宰相が喋った。
「何か用ですか?」
「あ、お忙しいところ失礼して大変申し訳ありません」
「いい。言え」
王様が玉座にどっかりと座り直した。兵の登場で失いかけた自尊心を少し取り戻したらしい。
「陛下にお目通り願いたいと言う者が来ています。事前の約束などはありませんがどうしますか?」
「誰だ?」
「それが…」
兵が口ごもる。宰相が急かして、やっと重い口を開いた。
「陛下の娘と名乗っているのですが…」
その場にいた者達が唖然とした。
「…もう、子供がいたんですか…。それならそうと言っていただければどんな田舎娘でもすぐに王妃として迎え入れましたのに…」
「隠し子とはやるな」
「どこの娘ですか?すぐに迎えに行かせましょう!!」
「………」
王様と知らせを持ってきた兵以外が口々に言い出した。
「ちょっと待て!!隠し子はないから!!」
「またー。陛下、白々しい。現に来てるじゃないですか。ねぇ?」
神官が兵に向かって言った。兵が困った顔をしている。
「それが…息子と名乗る方と合わせて十人ほど来ておりまして…」
「十人…」
「それは…随分と子沢山ですね…」
「お前ら!!よく考えろ!!俺今、18歳になったところ!!この年でそんなに子供いたら異常!!」
「お帰りいただきますか?」
おずおずと兵が声をかけた。それに神官が答える。
「お通ししちゃってください」
「わ、わかりました」
兵はこの場にいるのが耐えられないとでも言うように、素早く退出していった。
「なんで!!神官が答える!!」
「お待たせしてはまずいでしょう」
「…ただその子供見たかっただけだろ…」
神官が凄くいい笑顔を浮かべた。
「王様ー!!」
甲高い声を上げながら子供達が駆け込んできた。さっきの兵が後ろから走らないように声をかけても、子供達はまったく聞こえていないようだ。
「似てませんね」
「似ててたまるか!!」
王様が宰相にツッコミを入れて、子供の方を向いた。
「俺の息子と娘って名乗ったのはお前らか」
子供達が王様の問いに答えようと喋り出した。声が重なっていて何を言っているのかわからない上に、とても騒がしい。
宰相が手を二回叩いた。子供達は途端に口を閉じ、宰相に注目している。
「少し静かにしていてくださいね。そこの一番大きい子」
背の一番高い少年が怪訝そうに自分を指差している。
「そう。あなたです。ちょっと前に出て、皆を代表として王様の質問に答えていただけますか?」
宰相に言われて少年が一歩前に出てきた。彼が口を開く。
「息子って名乗ったのは確かに僕らです」
「息子じゃないだろうが」
子供相手だからと王様のツッコミも少し弱めだ。
少年が目を丸くする。
「だって母さんが、国王っていうのはみんなの親なんだって…」
そっちか!!
王様は心の中でツッコミを入れた。
「後継の問題が解決しない…」
ドロドロとしたオーラが背後から漂ってきた。恐ろしくて後ろを振り返れない。
「…まぁ、その件はちょっと横においていただいてですね…」
「じゃあお前らは何の用でここに来たんだ」
本物の王様より王様らしさが増してきた王子が聞く。
「メリークリスマスと言いに来ました」
「あぁ、今日イブか」
自分の誕生日は覚えているのにクリスマスイブを忘れていた王様が呟いた。
「というわけで王様、クリスマスプレゼントちょうだい」
子供達が一斉に手を前に出した。
「な、なんで俺が…!!」
「だってクリスマスは親にプレゼントを貰う日でしょう?」
無邪気に少年が言った。王様=民の親というところからの発言だ。
「なんもねぇよ!!」
「衛兵」
宰相に呼ばれて衛兵隊長が顔を上げる。
「全員に飴でも持たせて帰しなさい」
一礼してから衛兵が子供達を連れて出ていった。
「そっかぁ…今日クリスマスイブか…。ねぇ王様、へこんでるとこ悪いけどさぁ」
「…なんだよ」
「クリスマスプレゼントくれ」
「だから何にも」
「あるってほら、それだよそれ」
王子が王様の頭の上を指した。もちろん、燦然と輝く王冠がある。
「王冠はやれねぇよ。国王のシンボルだろう」
「そうじゃなくてさ…王位をくれ」
「あ、そうですか。それなら…ってやるか!!」
しばらくは王子がいるから後継の問題は気にしなくていいだろうと神官は帰っていった。
宰相は彼らが騒いでいる横で黙々と執務を行なって…。
「うるさいですよ!!あなた達!!」
「すいませんでしたー!!」
書くと思っていなかった「Toy Box」の続編をクリスマス特別企画で頼まれたのでこんな感じで。
続編と言っても話がつながっているわけではないのでこっちから読みはじめても問題はありません。