レイに届くための秘策
最強の力を手にした代償は、俺達の心を間違い無く蝕んでいた。
「それでも……」
俺は心の中に浮かんだ言葉を、そのまま口に出した。
「ふむ?」
「それでも、俺は誰かを救うために力を手に入れたんだ。正義のヒーローになるために。だから、玲も苦しんでいるのなら、俺が救ってみせる」
そして、弱かった自分と決別するんだ。
後悔に押しつぶされないように俺は改めて、自分の目的を口にした。
すると、その覚悟を聞いたトレートスが何故か手を叩いて笑い出した。
「ぷっ、あはは! さすが、俺様にも適正があった男だ。いいねぇ。その強い意志、折れぬ心、どこまでも真っ直ぐな憧れ。どうだい紅葉、こいつは至れると思うか?」
「至れぬ者と契約する気はない。リク、せいぜい後悔して強くなると良い」
紅葉が俺から指を離し、また離れていく。
至るという言葉の意味が分からなかったが、俺が尋ねる前に紅葉は話しを先に進めてしまう。
「ということで、直近の課題は雷獣レイとエクレールとの接触じゃな。一応面倒臭くなる前に言っておくが、シルヴィアの願いを叶えるためにも、七原典は共闘関係にあらねばならん。先走って一人でつっこむなよ?」
「わ、分かってますよ。大丈夫です! それに、リクさんと一緒にいたいですし」
紅葉はジト目をシルヴィアに向けて注意すると、シルヴィアは慌てて両手と首を振って否定した。
紅葉はそれを見ると、またリクの方へと視線を向けてきた。
「なにやら良からぬ企みを感じるが、今は置いておく。とりあえず、我に策がある」
「紅葉の策の方がよっぽどよからぬ企みな気がするぞ……?」
「くくく。大丈夫じゃ。今、ランカー狩りをしているのは雷光騎団。ならば、我らも雷光騎団に入るぞ」
「やっぱりか……」
玲と共闘関係になるために玲の部下になる。
でも紅葉の意図はきっと別の場所にある。
「紅葉。お前、その後に雷光騎団の全てを食らうつもりだろ?」
「くくく。よく気がついたな。だが、この策は二段構え。単純に奴らの部下になっても、我らは頂点に辿りつけぬ。じゃが、我にとっては絶好の狩り場じゃ」
「部下を倒されまくって玲が怒ったら、どうやって玲と共闘しようって言うんだよ?」
「くくく。この世界では互いをどう扱うかを賭けて戦うことも出来る。雷獣と戦い、やつを叩き潰せば、雷獣も我らの下僕じゃ」
「うわー……やっぱ悪い策だったな」
紅葉のえげつないやり方に俺は思わずため息をついた。
裏切りの末に力で玲を従わせようとすれば、俺と玲の友情は破壊されて、きっと俺は後悔する。
そこまで紅葉は計算して、俺の後悔を食らおうとしているはずだ。
だからこそ、俺はこの刀に反逆しないといけない。
俺が自分の後悔に押しつぶされないように。
「俺は雷光騎団と戦う道を選ぶ」
「ほぉっ?」
「少なくとも、俺は玲が噂通り他人から全てを奪おうとしているとは思えない。だから、雷光騎団を捕らえて、玲の真意を聞き出す」
「後悔するぞ? レイが他人から全てを奪えと命令を出しているのなら、君の些末な希望は撃ち砕かれるぞ?」
「構わない。俺は玲を信じる。俺が好きな玲を信じたいんだ」
俺はハッキリと自分の希望を口にした。
(りっ君のことが好きだからね。それに、あたし正義のヒーローになりたいの)
昔、玲が俺に言ってくれた言葉を、俺はまだ信じたい。
例え、玲に裏切られたとしても、その時は俺が玲の代わりに正義のヒーローになって、玲を救ってやれば良い。
「くくく……ははは! ふははは! 面白いことを言いおるわ! 良かろう! その狂気と覚悟に免じて許す!」
「恩に着るよ」
自分でも狂っていると思う。
好きな人を助けるために、好きな人と敵対する道を選んだ。
闘技場で会った時、玲が俺に言った言葉は、逃げるための言葉だと何となく思った。
だから、気持ちは真っ直ぐぶつけないといけないと思ったんだ。
「むっー、リクさんはそんなレイさんのことが好きなんですか?」
シルヴィアがふくれっ面で俺を睨み付けてくる。
むすっとしていても可愛らしいシルヴィアに俺は小さく笑った。
「あぁ、俺を助けてくれた正義のヒーローだ」
「ヒーロー? リクさん七原典も持って、こんなに強いのに?」
「昔は喧嘩で勝ったことがないんだ。虐められてた。でも、玲はそんな俺をいっつも助けてくれたんだ。男相手に殴り合いの喧嘩で勝ったりしてたよ」
「へー……。私にとってのリクさんみたいですね」
「俺が?」
「はい。リクさんは私のヒーローですっ」
目を輝かせて詰め寄るシルヴィアは、やけに胸元を強調していて俺は内心ドキリとした。
この積極性も七原典の影響だというのか。
紅葉とトレートスがいなければ、衝動で押し倒したかも知れない。
かわりに紅葉がシルヴィアの頬を引っ張って、俺から引きはがした。
「おい、小娘、我のリクにべたべたとくっつくな。さっさと離れて、その使えない脳みそをつかって、どうやって雷光騎団に接触するかを考えろ」
「いたたっ、何か私に対する当たり強いですよ!?」
「気のせいじゃ」
「策はありますので離してくださいっ」
「ほぉ?」
紅葉から解放されたシルヴィアは左手で頬をさすりながら、右手の人差し指を立てた。
「今日リクさんが倒した人達の中には、雷光騎団に借金をしている人達がいます。その人達が借金を返すには、ギルドカードか現金かどちらかを雷光騎団に渡さなければなりません。そこを取り押さえましょう」
「くくく、良い策じゃな。驚く顔が見られそうじゃ。借金の取引場所を探るのはシルヴィアに任せるぞ?」
「了解です。リクさんのためにやってみせます」
紅葉の意地悪な笑顔とシルヴィアの明るい笑顔が向き合う。
あの二人はもうやる気満々だ。もう俺も後には戻れない。前に進むしか無い。
「シルヴィア。今からすぐに頼めるか?」
「はいっ。トレートスさん行きましょう! 一番近い取引の日程を聞き出すんです!」
俺の言うことを聞いてすぐさま飛んで行くシルヴィアの様子は、忠犬のようだった。