七原典の武器
街に戻って実務報酬を貰った俺達は、秘密の話をするために宿屋の個室を取った。
部屋には俺と紅葉のペア。そして、シルヴィアとトレートスの四人がいる。
シルヴィアは初めて宿屋に泊まったようで、物珍しそうに部屋をキョロキョロと見回している。
ついさっき死んで転生したとは、信じられなくなる姿だ。
「リク、話を始めても良いかな?」
「あぁ、頼む」
「さーてと、まずは七原典じゃが、名前の通り七つある。後悔を断ち切る刀、無謀な願いを貫く槍、怒りで叩き潰す大槌、絶望を砕く拳、愛に振り回される斧、逃れられぬ悪夢の弓、本心を偽り続ける杖。どれも感情に起因して強くなる武器じゃ」
どれもこれも、どこか物騒で暗い印象を受ける武器の名に、俺はツバを飲み込んだ。
俺の中の後悔。シルヴィアの無謀な願い。
どちらにも心当たりがある。
「我らは意志を力に変える武器。そして、意志を食らって強くなる武器じゃ。その中でも原典と呼ばれる我らはより純粋な意志を好む。我ならリク、君の強い後悔じゃ」
「ちなみに俺様は、弱っちー癖に叶うはずの無い夢を抱き続けるシルヴィアの無謀さを主に糧にしてるって訳さ」
紅葉とトレートスが俺達の顔を見ながら語りかけてきた。
俺の後悔は力が無くて幼なじみを助けられなかったことで、シルヴィアが世界を救うことだ。
「ちょっと待て。確か闘技場でレイのエクレールもオリジナルセブンって言われていなかったか?」
「あぁ、そうじゃ。お主の幼なじみである戸山玲も、七原典、怒りで叩き潰す大槌、エクレールと契約しておるぞ。あやつの力の意志は怒りじゃ」
「なっ!? お前やっぱ知ってたんじゃねぇか!」
「黙っておったのには理由がある。まずはそれを聞け」
俺が立ち上がって叫ぶと、紅葉は手を前に押し出して俺を制止してきた。
「我ら七原典の作られた目的。それは一万年に一度発生する大崩壊を阻止するためじゃ」
「大崩壊? 今のこの世界の異常のことか?」
「あぁ、それを止めるには誰よりも強い力が必要となる。その力を得るための仕組みが戦神協会のギルドランクじゃ。何十万の人の力を束ねる頂点に立つことで、ようやく滅びに立ち向かえる戦士に君達はなるんだ」
「ちょっと待ってくれ。それ、みんな知ってるのか?」
「知るわけがなかろう。自分達がたった七人の人間のための糧だと知ったら、序列制度は崩壊するし、誰も戦おうとはしない。誰もが神話と化した我ら七原典が、己の武器や魂に宿ると信じて鍛錬に励んでおる」
紅葉は何の感傷もなく、悲嘆もなく、哀れみも無く言い切った。
あまりにも理不尽で非情なこの世界の仕組みに、俺は絶句した。
自分の力が誰かに奪われるためだけにあるのなら、必死に生きている意味はなんなのだろうか。今日戦って来た人達の恨み言のむなしさは何なのだろう。
俺は無力さに必死に抗う彼らを切り捨てたが、あれは正しいことだったのだろうか。
異世界人の俺でさえ絶句した事実を、現地で生まれたシルヴィアはどう思うのだろう?
自分達が信じていた基盤が崩れて、絶望するのか、怒るのか、俺は恐る恐る彼女の顔色をうかがった。
「わ、私が七原典の所持者……。本当に私が?」
シルヴィアは自分の状況が信じられないのか、引きつった顔で笑っていた。
「シルヴィア大丈夫か?」
「やりましたっ! 私もリクさんと一緒に戦えます! 自分の足で歩いて、自分の手で夢を叶えられます!」
俺が心配してシルヴィアに声をかけると、彼女は俺の手をとって喜びを爆発させた。
俺の予想とは全く正反対な反応に、俺の思考は一瞬固まった。
「考えるだけムダじゃよリク。そやつは無謀な願いを貫く槍に選ばれた奴じゃ。自分の無謀な夢に近づけることが何よりの喜び。他のことなど気にも留めぬさ。じゃが、リク。お主なら心の中で火が点いたじゃろ?」
「それはそうだろ。だって、どれだけ頑張って生きてきても、その人生が他人に捧げるためだけの物だなんて、俺には耐えられない」
「その正義感から来る怒り。そして、既にその人達を踏みにじってしまったことの後悔」
紅葉言葉を発しながら一歩一歩ゆっくりと俺に近づいてくると、紅葉は人差し指を俺の顎の下に当ててきた。
「その後悔が我の力になる。優しさというのは諸刃じゃなぁ? リク。これからもその優しさを失うなよ?」
優しくも妖艶で、耳の奥まで震えるような色気のある声を紅葉が俺の耳元で囁いた。
「全く紅葉は相変わらず趣味が悪いぜ。またそうやって人の心を後悔に染め上げる。明るく行こうぜ? 明るくさ」
トーレストが紅葉の肩の向こう側で、くつろぎながら気楽に言葉を発していた。
七原典と呼ばれる彼女達のことを、玲も知っているのだろうか。
もし知っているのなら、俺以上に正義感の強かった彼女なら激しく怒っているのかもしれない。
その怒りが玲を戦い続ける少女、雷獣に変えてしまったのだろう。
俺には変えることの出来ない後悔を、シルヴィアには周りが分からなくなる視野の狭さを、玲には自分の感情をも潰す怒りを、七原典と呼ばれる武器は押しつけてきた。
最強の力を手にした代償は、俺達の心を間違い無く蝕んでいたのだと思う。