初序列戦
協会の守護騎士を無事まいた俺は、街の裏路地で息を整えていた。
「もう、追いかけて来てないだろ」
「そのようじゃな。なら、我も刀の形をしている必要はなかろう」
紅葉ももとの人の姿に戻ったことで、俺は路地から出ようとしたが、適当に逃げてきたせいで、道が分からなくなっていた。
ただ、考えてみれば行くあても特に無いし、ぶらぶらしてみるかと思って、俺は適当に観光気分で路地をうろつくことにした。
「路地は人通りが少ないんだな?」
「そうじゃの。主要な物は大概大通りにあるしな。まぁ、力の無い物がこういう狭苦しいところで肩身の狭い想いをしながら、暮らしておる訳じゃ」
「肩身の狭い暮らし?」
そもそも、この世界の人達がどのように暮らしているのか分からない俺からすれば、悠々自適な暮らしも肩身の狭い暮らしも想像出来なかった。
「それってどんな――」
「あぁん!? 出すもん出せや!」
紅葉にどんな暮らしなのか聞こうとしたら、男の大声が俺の声をかき消した。
「話が違うじゃないですか!? 契約書では!」
続いて泣き声のような女性の声が聞こえてきた。
何があったのか気になった俺は、声のした方へと身体の向きを変えた。
「リク、君は首をつっこむ気か?」
「ダメか?」
「くくく。まさか? 行かぬ気なら、我からつっこませておったわ。荒事になる可能性もある。我を抜く用意をしておくがよい」
「ありがとう。紅葉。急ぐぞ!」
予想以上に協力的な紅葉に俺は少し疑問を感じたが、今はそれ以上にやらないといけないことがある。
正義のヒーローになるための力を得たのなら、見逃せない事態かもしれないのだ。
「そんなの卑怯です! こんな潰れた小さな文字、見える訳ないじゃないですか!?」
「見てねぇてめぇが悪い!」
肌が茶色に焼けた肌の大男が茶髪の少女の首を掴んで、壁に押しつけている。
マントを羽織った少女は抵抗しようと、必死に相手の手を掴んでいる。
それに、やりとりを聞いていても、痴話げんかとも思えない。
決めた。やっぱり止めるべきだ。
「おいっ! 止めろ!」
「あぁん? なんだてめぇ?」
俺の声に反応した男が、少女の首を掴んだままこちらへ顔を向けた。
なんでこの世界はこうも柄の悪い返事をする奴ばかりなんだろうか。
「その手を離せ」
「何の正義感に燃えているのか知らんが、こいつが実務報酬を誤魔化してるのが悪いんだぜ? 俺は正当な取り分を要求しているだけだ」
大男は全く悪びれた様子も無く、聞き慣れない単位を口にしている。
恐らく金銭のことだろう。
金髪の少女は闘志の宿った目で、男を睨み付けながら苦しそうに言葉を吐き出している。
「何がっ……正当な実務報酬ですかっ……。報酬比率が一対九っておかしいでしょっ……!」
「あぁっ!? てめぇは十万台、俺は一万台。ランクの違いが貢献度の違いだ! 恨むなら自分の弱さを恨め!」
「くっ……あぁっ……」
喉を締め付けられた少女が苦悶の声を漏らす。
その瞬間、俺は紅葉に手を伸ばしていた。
「良い顔になっておるぞ。リク」
「こいつを切り伏せるぞ。紅葉」
紅葉の炎から刀を取り出して俺は、紅の刃を抜いた。
「おい、てめぇ、俺と勝負しろ」
「ほぉ、ガキが粋がるじゃねぇか? ギルドカードを出せ。受けてやる」
刀を大男に向けると、彼は少女から手を離して懐からギルドカードを取り出した。
空中に光る文字が映し出され、名前と階級、そしてグレードの数値が現れる。
《ベーグウッド=クー。ランキング五万五千。グレード8500》
俺も真似をしてギルドカードを取り出すと、何もしていないのに文字が浮かび上がった。
一万台と言いつつ、こいつ五万台だったのか。随分、さばを読んだな。
対する俺も、この時初めて自分のランキングを知った。
《キリヤマ=リク。ランキング十万九千五百。グレード50》
俺達のランキングは絶望的に離れているように見えた。
そのせいか、大男ことベーグウッドは額を抑えて大笑いを始める。
「クカカカ! てめぇ新入りか! おもしれぇ。普段ならこんな勝負受けてやらねぇんだが、大サービスだ。受けてやる。代わりにてめぇはグレードを全額賭けろ」
「良いだろう。グレード五十、全てを賭けてお前と戦う」
「クカカカ! ランキングの差は四倍だ。万が一、いんや、億が一、てめーが俺に勝てたら補正でたんまりグレードが貰えるかもな!」
余裕を見せて笑うベーグウッドは背中から槍を取り出すと、真っ直ぐ穂先を俺に向けてきた。
路地裏という閉所環境では横の動きが制限される。
そんな場所で槍対刀だ。こっちが不利なのは分かっている。
でも、俺はもう逃げないと決めた。弱い自分とはさようならをしたんだ。
「さぁ、新入り。教育してやるよ! 勝負を始める時はギルドカードに誓約の言葉を言うんだ。宣誓!」
「宣誓!」
誓約の言葉を交わすと、お互いのギルドカードがぶつかり、上空に飛んでいった。
「余所見してる場合かド新人!」
誓約の言葉とほぼ同時にベーグウッドが槍を前に突き出して、突っ込んで来た。
遅い。橋の時の男よりは速いが、玲の速度に比べれば止まっているように見える。
俺が刃の先を槍の穂先に当てて軌道を反らすと、ベーグウッドは目を見開いて、あわてて槍を引っ込めようとした。
それと同時に、紅葉が頭の中で言葉を囁き始めた。
「その太刀筋は朧、火で揺らぐ幻の刃なり。言霊に宿る技の名は」
「「剣技。一の唄型、陽炎!」」
俺は頭の中で聞こえた紅葉の言葉を叫びながら、身体が自然に動くのに身を任せた。
下から刀を振り上げ、槍を上に弾き飛ばす。
そして、がら空きになったベーグウッドの頭に向かって、思いっきり刀を振り下ろした。
「なっ、バカなこの俺が……一撃……だと?」
頭から足まで真っ二つになるよう切られたベーグウッドは、俺の目の前で白目を剥いてその場に倒れた。
「よし、倒した。えっと、君大丈夫か?」
「あ、あなたは一体……」
「霧山リク。今日から戦神協会に入ったんだ。こいつは俺のグロウウィルの紅葉。怪我はないか?」
俺は彼女に紅い刀を指さしながら自己紹介を済ませた。
さすがに異世界から転生しましたと言って、納得されることはないだろうと思ったからだ。
「私はシルヴィアです。助けてくれてありがとうございますリク様。お強いんですね」
「様付けは勘弁して欲しいなぁ……。何か慣れない」
「では、リクさんで良いですか?」
「うん、それなら、大丈夫。って、ギルドカードが戻ってきた」
すっかり忘れていたギルドカードが俺の目の前に降りてきた。
輝く文字が更新されて、ギルドランクとグレードの値が増えていた。
《ギルドランク149999。グレード1200》
「へー、一気に増えたな。千ちょっと増えただけで、一気に四万位駆け上がったぞ。ねぇ、シルヴィアさん。十万台のランキングって団子状態にでもなってるのか?」
「え、あ、はい。ゴブリン退治だと千までしか貰えないので、それ以上だと強くなって別の魔物か、ランカーを倒さないといけないんです。だから、そこで止まる人も結構多くて、ベーグウッドを倒したことで、階級が一気に次の段階に進んだんだと思います、って、その強さで本当にリクさんは入ったばかりなんですか!?」
シルヴィアがハッとしたような表情になって、驚いていた。
何故驚かれているのか分からないけど、今は街を案内してくれる人が必要だ。
「あぁ、だから、街のことを教えてくれると助かる。ちょっと遠い所から来たせいで、土地勘が全然無いんだ」
「えっと、来たばかりというと、もしかして実務も受けたこと無いですか?」
「うん。無い」
「お金も?」
「お金……そういうのもあるのか。って、あって当然だよなぁ……。どうやって稼ぐんだ?」
困った事に同化している紅葉も、さっきから黙っている。
「なるほど。……よし、分かりました。助けて貰ったお礼に街案内します。ついでに時間もありますし、実務。一緒に受けませんか?」
「いいのか?」
「あっ、後でもめるのは嫌なので、報酬は最初っから半々ですからね?」
「あぁ、もちろん――」
お願いする。と言いかけた途端、さっきまでだんまりだった紅葉が姿を現した。
「四六じゃ。そっちが四でこっちが六」
「紅葉!?」
「野宿は嫌じゃが、それと同等に下位序列向けの雑魚寝部屋も嫌じゃ。せっかく助けてやったのだから、宿代と食事代ぐらいは稼がせてもらわんとな」
「別に俺はそんなつもりで助けた訳じゃっ!」
紅葉のワガママを否定しようとしたら、冷たい視線を向けられた。
またもや機嫌を悪くして拗ねているのだろうか。
「紅葉さん、先ほどはありがとうございました。私、シルヴィアって言います」
「ふむ。感謝が出来る程度の礼儀は持ち合わせた小娘ではあったか」
腕を組んでふんぞり返る紅葉の様子に、俺は頭をぽりぽりかいた。
この刀ロリ娘、礼儀にうるさい割には、喧嘩をふっかけることが多いぞ。
「それと違って、我が主の何たる薄情なことか。我が力を貸してやっているのに、感謝の一つも言わぬ。良い寝床と良い食事も与えようとせぬ。まったく」
恨めしい目をこちらに向けてくる紅葉に、シルヴィアは苦笑いしていた。
あ、もしかして、紅葉のやつ、敵を倒しても一言なかったから拗ねているのか!?
「紅葉。さっきは俺に応えてくれてありがとう。それと急に一瞬力が湧いたんだけど、あれも紅葉のおかげか?」
「ふふん。いかにも。我らに蓄積された経験を意志を唄して、君の身体で技を使わせたのじゃよ」
「スキルか。何となく、玲の使ってた技に似てたけど、もしかして、玲の技を食らって覚えたのか?」
「まぁ、少しは痛い目をみたかいがあったという物じゃな。あやつにとってはあれが最も力を抜いた技だったみたいじゃが、使える物は使う。それだけじゃ」
「敵を倒したり、攻撃を受けて技が使えるようになるのか。なるほど、紅葉。ありがとう」
「ふん。別に君のためじゃない。寝床は個室が良いだけじゃ」
ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く紅葉に、俺はもう一度頭をかいた。
「って、ことなんだけど、それでも良いか?」
「えぇ、あそこでグレードを奪われてたら、私すっごく困ることになったので、それぐらいのお礼で済むのなら十分です」
「ありがとう」
初めて人を助けられたことで、俺は内心とても舞い上がっていた。
そして、同時に気を引き締めた。
正義のヒーローとして、これからも誰かを助けることで、俺はもう一度レイに会いに行く。
今度は誰も助けられなかった俺じゃなくて、誰かを助けられる俺として。