幼なじみとの邂逅
戦神協会本部が鎮座する都市マルスに到着すると、一気に賑やかになった。
石畳の道路はしっかりしていて歩きやすく、良く切りそろえられた街路樹も並んでいて、癒しを与えてくれる。
建物は石灰が塗られているのか、壁が真っ白な建物ばかりだ。
一階建ての小さな建物から、五階建てくらいの高い建物まである。
道行く人々は武器を持っている人と、持っていない人の二人一組で動いている。
「なぁ、紅葉。ウィルグロウと人間の違いは何だ?」
「手の甲を見て見よ。このように契約の印がある者がウィルグロウじゃ」
紅葉が俺の方に手を差し出してくると、その手には黒い幾何学模様が描かれていた。
第一印象は契約の魔法陣だ。
それを理解してもう一度周りを見ながら歩いていると、確かに手の甲に模様のついた人が多い。
「あ、ホントだ。言われてみれば、手に何かの模様がついている人が、必ず模様のない人の近くにいる」
「この印に戦いの経験が刻まれていき、契約者の力になる訳じゃ」
「なるほど」
「ほれ、話をしている内に見えてきたぞ。本部じゃ」
本部と言われて指さされた建物の第一印象は闘技場だった。
円形の巨大な建物で、正面玄関に続く道には武器を掲げる石像が建ち並んでいる。
賭け事をしているのか、対戦表の隣にレートが書かれた看板を掲げる受付口まである。
「闘技場みたいだな」
「闘技場じゃからな」
「え? 本当に闘技場なのか?」
「権利、地位、名誉、金、欲しい物があるのなら力を示せ。戦神協会の象徴のような場所じゃろ?」
「うん。……でも、力が無かったらどうなるんだ?」
「とりあえず今は、そうやって下を考える余裕がある人間は少ないとだけ言っておこうかの。ほれ、行くぞ。さっさと登録を済まさねば、少し面倒臭い目をみる」
早足で闘技場のような協会本部へと歩いて行く紅葉を追いかけて、俺も協会本部へと入った。
すると、中は意外と静かで厳かな雰囲気になっていた。
有り体に言えば教会の中と言った感じだろうか。
光を受けて鮮やかな色を見せるステンドグラスには、先ほどの石像とよく似た絵が描いてある。
黒くて丸い影と戦っているような絵だ。
「推薦状はお持ちですか?」
「あ、はい」
不意に声を掛けられた俺は反射的にポケットから封筒を取り出した。
ロープを着て身体の線を隠している受付嬢は、封筒を受け取ると代わりに一枚の小さなカードを手渡してきた。
「おめでとうございます。これであなたは戦神協会の一員であり、国を守るための協会戦士となりました。あなたのギルドカードです。倒した魔物や人の情報はあなたのグロウウィルを通じて記録されます」
「ありがとうございます。えっと、このカード使って何が出来るんですか?」
「グレードによってあなたに与えられる設備が変わります。宿泊施設、薬などの支給品、給金などあなたの生活全てに関与します。グレードを稼ぐにはあなたに割り振られる実務を達成するか、グレードを賭けて他の協会戦士と戦って勝利してください」
「賭け試合? ここでやってるやつですか?」
「えぇ、ここでも出来ますし、路上でも問題ありません。全てはギルドカードに記録されます」
「便利なもんだなぁ」
あまりの便利さに俺は素に戻ってギルドカードを眺めた。
自分と紅葉の写真がついた銀色のカード。学生証や免許証みたいだ。
「では、研修の代わりに実際に序列戦を見てみましょう。ちょうど今日の決勝戦がおこなわれる頃です。どうぞ。そちらから」
受付のお姉さんが指さした階段を上がっていると、闘技場内の歓声が聞こえてきた。
そのまま階段を上がりきると、闘技場の一階に出たらしい。
観客席の下で、戦士達が戦う舞台の真ん前にあたる最高の位置だ。
「剣の門より現れたのは、ギルドランク千位! 硬い魔物などなんのその。今日もそのパワーで挑戦者達を叩き潰した岩石砕きのバーボルン! そして、鉄球のジーク!」
実況者の声が聞こえると、右側の門から人影が現れた。
はげた筋肉隆々のおっさんが棘のついた巨大な柄付き鉄球を担いでいる。
バーボルンのおっさんは闘技場の中央に立つと柄をブン回して、観客の声援に応えていた。
風を切る音の重さは、鉄球が張りぼてではないことを雄弁に物語っていた。
「続いて盾の門より現れたのは、ギルドランクを駆け上がる速度もまさに雷光! 一週間前のギルドランクは九万二千位。それが今では千五百位! 誰が呼んだか雷獣のレイと大槌エクレールのペアだ!」
レイという名を聞いて、俺は反射的に目を鉄球のおっさんとは反対側に向けた。
「玲……お前なのか!?」
そこにいたのは、前の世界で突如いなくなってしまった幼なじみの顔だった。
黒い長い髪を左側でまとめるサイドテールの髪型、子猫を感じさせるような幼い顔立ちと小柄な身長の可愛らしい女の子だ。
服装は現地の人の衣服だろうか、動きやすそうなコートとミニスカートをはいている。
自分の身長よりも遙かに大きな大槌は、ハンマー部分も丸太のように太く大きい。
そんな大槌を難なく肩に担いでいることさえ除けば、本人だと思っただろう。
特別な力も才能も無いまま虐めに耐え抜いていた彼女が、自分から戦いの場に出ていることを、俺はにわかに信じられなかった。
「さーて、今日の栄光はどちらの手に渡るぅ!? ベテランの意地に、新進気鋭の雷獣が牙をむく! 千位代序列戦! 決勝戦開始!」
俺の困惑と驚きをよそに、司会者は試合のゴングを鳴らした。
そして、ほぼ同時に突風が闘技場に吹き荒れた。
俺のいた場所まで土煙が襲ってくる。
「なっ、なんということでしょう!? 試合は始まったばかりだというのに、一撃目でこの威力! 闘技場の空気が全て吹き飛んだかのような衝撃です! エクレールがオリジナルセブンだという噂も真実味を帯びる威力です! ですが、さすがベテラン、バーボルン! しっかり相殺しました!」
場を盛り上げるためなのか、司会者は興奮気味で大げさに語っている。
おかげで会場は大盛り上がりだ。
だが、俺は逆に血の気が引くような思いをした。
「……玲の奴。笑ってる?」
「そのようじゃな。あやつ、戦いに愉しみを見出しておる。相殺とは言っておるが、あれは力の一割も出しておらんぞ」
俺の疑問に紅葉は即答した。
必死の形相のおっさんに対して、レイは余裕たっぷりといった笑みを見せていた。
彼女にはまだ力が秘められている。だが、その底がさっぱり見えない。
「リク、一気に動くぞ。瞬きすら惜しめ」
紅葉がそう言うと、おっさんが飛び上がり、鉄球を大きく振りかぶった。
「出た! 必殺の脳天砕きだ! って、なにいいい!?」
おっさんの全重量をかけた渾身の一撃を、レイは下から大槌を振り上げて打ち返した。
打ち勝ったのは遙かに小柄なレイだった。
衝撃でおっさんは手から鉄球を離してしまい、完全に無防備になってしまう。
そして次の瞬間、ライオンのような形の雷を帯びた大槌が、咆哮をあげながらおっさんの身体にめり込んだ。
「一の唄型、雷獣哮!」
俺の知る玲とまったく同じ声が会場に轟くと、おっさんは弾丸のように吹き飛び、壁にめりこんでいる。
「試合終了! 勝者は雷獣レイ! いいや、これはもはや伝説上のオリジナルセブン、雷帝の再誕か!? では、次の彼女の活躍に期待しましょう!」
司会者が試合の終わりを告げる。
会場も賭けに負けたせいか、落胆の声と怨嗟の声がレイに投げられていた。
俺は未だに彼女が戸山玲だとは信じられなかったけど、確かめられずにはいられなかった。
ずっと会いたかった。謝りたかった玲にやっと会えたんだ。次なんて待っていられるか。
「玲!」
「収まりが効かぬのは承知しておったが、やはり飛び出したか」
俺が叫びながら闘技場の中に飛び込むと、紅葉も横についてきた。
「おっーと!? 名試合を見てこらえきれなくなった乱入者か!? ギルドの見学席から戦士達が現れた!」
突然の乱入者に会場はどよめいているが、そんなものは気にせずに俺はもう一度彼女の名前を叫ぶ。
「君は戸山玲なのか!?」
「……霧山君?」
「やっぱ、玲なのか! 心配したんだぞ!」
彼女は俺の名前を知っている。間違い無い。
彼女は戸山玲だ。
やっと会えた。謝りたいことも、聞きたいことも、話したいことも、一杯あるんだ。
そう思って駆け寄ろうとした瞬間、紅葉に手を掴まれた。
「リク、我を抜け! 急げ!」
「え、でも。あいつは俺の幼なじみで――」
「やられるぞ!」
「え? なっ!?」
俺が紅葉に気を取られていると、いつのまにか玲に懐に入られていた。
「私に近づかないで。私を見ないで。私は君の知ってる戸山玲じゃない。君の知らないレイに生まれ変わったの。だから、そんな眩しい目で私を見ないで!」
哮る玲の言葉とともに、目の前でバチバチと静電気が弾けるような音と、青白い火花が散る。
「リクッ! 抜けっ!」
「紅葉!」
咄嗟に紅葉の手を握ると、手の中に炎に包まれた刀の鞘が現れた。
刹那、その炎を全て吹き飛ばすかのような衝撃が俺に襲いかかる。
一瞬にして玲の姿小さくなった。
十メートルほどは吹き飛ばされただろう。
紅葉で防がなければ、一撃で意識を持って行かれると思うほどの威力だ。
「私はもう百代。今のあなたを倒しても私にとっては意味が無い。私と話しがしたいのなら、私に勝ってから言えば良い。それがギルドの掟よ。せいぜいグレードを溜めてランクを上げてから勝負しにきなさい」
レイがそう言って身を翻すと、彼女の大槌がまばゆい雷を放ち、人の形へと変化した。
金髪碧眼の背の高い女性。豊満な胸と腰は武器に負けず劣らずダイナミックな形をした女性だ。
大槌エクレールと思われる彼女は、こちらに顔だけ振り向くと、寒気がするような笑顔を一瞬向けてきた。
そんな彼女達の姿を俺は呆然と見送っていると、脳内で紅葉が囁いてきた。
「間違い無く、武器はあのエクレールじゃったな。どうじゃリク。探し人は見つかったか?」
「あぁ……見つけた。でも……あれじゃ」
「あの小娘も言っておったじゃろ。この世界では力が全て。勝った者が負けた者から勝利の報酬を得る。つまりあの小娘と戦うに値する対価を得なければ、君は永遠に彼女と喋ることも叶わないのじゃよ。そして、逆に言えば対価さえあれば、いつでも呼び出せる」
「……分かった。やってやろうじゃないか。対価っていうのはさっきのグレードだな?」
「あぁ、そうじゃ」
俺は玲にもう一度会うためにグレードを確かめようとすると、警備の人がこっちに向かって走ってきた。
「その前に逃げておけ。協会の警備班、守護騎士をのしても、グレードは稼げんし、目をつけられたら厄介じゃ。あやつらだけは理の外じゃからな」
「って、うわ、そっか。俺乱入者状態か!?」
「今更じゃな! 掴まれば問答無用でグレードが奪われるぞ。ほれ、逃げよ!」
紅葉の助言で冷静になった俺は、後ろ髪引かれる思いでその場から逃げるように走り去った。
だが、この世界でやることは決まった。
魔物を倒し、人助けをする正義のヒーローとなって、グレードを稼ぐ。
そして、この闘技場でもう一度、戸山玲と勝負をする。
俺は彼女と今度こそ聞けなかった話を話し合おうと、心に誓った。