戦神協会の試験
紅葉について行くと、景色は赤い渓谷から巨大な川へと変わった。
川の向こうには緑もあるし、人が住んでいるのか、白い煙もあがっている。
その向こう岸に渡るための橋は巨大な一つの跳ね橋だけで、渓谷側の入り口に槍を持った見張りが二人立っていた。
鋼で出来た胸当てと、頭をスッポリ覆う兜はファンタジーの兵士のようだった。
橋の作りや見張りの様子もあって、その周辺一帯は城の掘りを思わせた。
「そこの小僧の二人組や。通して貰えるかの?」
「あん? 随分生意気な武器だな。あんたら戦神協会のギルドカードはあるのか?」
「これから貰うところじゃ」
「ぷっ。ハハハ。何だ持っていたら奪ってやろうかと思ったが、お前らのようなちっさいガキと、ひょろっこい兄ちゃんじゃ、行くだけムダだ。せっかく楽にグレードが稼げると思ったんだがな。ハハハ」
俺は何故二人の見張りが突然笑い出したか分からなかった。
グレードって何だ? 金か?
だが、そんな俺を放置して、紅葉はあろうことか見張りを煽り始めた。
「ほぉ、外層の見張りをする下っ端の分際で良くもでかい口が叩けるの。いや、そのような口を叩くからこそ、下っ端なのだろうな。彼我の力量もはかれぬ愚か者め」
「あぁん!? ギルドランク八万台の俺が下っ端だと!? 二十万弱いる中でも中堅だぞ!」
「ま、この程度の奴らにも勝てぬようじゃ、確かに搾取されるだけか」
「てめぇ、このガキ!?」
見張りの怒りに火が点いたのか、紅葉に向かって拳が振り下ろされる。
「遅いのじゃよ」
その拳を最低限の動きだけで紅葉が避けた。
「お主ら程度に扱われる武器が可愛そうじゃな。リクよ。こやつらを叩き伏せるぞ」
いきなり戦えと言われて、俺は意味が分からず紅葉に理由を聞き返した。
「って、こいつら別に何も悪いことしてなくないか? それに喧嘩を売ったのは紅葉からだったような!?」
「君も難儀な男じゃな。この世界の通過儀礼や試験のようなもんじゃ。戦神協会に登録するには、戦神協会に属する人間を倒した証がいる。つまり、こいつを倒さねば、どのみち君は君の会いたい人間に会えぬということじゃな」
「あっ、なるほど。ガラの悪い試験官みたいなもんか」
「そういうもんじゃ。さぁ、手を出せリク。我を抜くが良い」
紅葉が差し出してきた手を握ると、彼女の身体が炎になり、炎は俺の手の中で刀の黒い鞘へと姿を変えた。
そして、当たり前のように頭の中から紅葉の声がし始める。
「さて、相手は既に戦闘態勢じゃ。さっさと切り捨ててしまえ」
頭の中で響く紅葉の勢いがある声に、俺は質問を返した。
「って、勢いにのって紅葉の刀を握ったけど、これで切ったら怪我するんじゃ!?」
「あぁ、そこは問題無い。我らウィルグロウは対魔物武器。人の場合、精神しか切れぬ。故に人は斬っても失神する程度じゃ。だから、構わず切り伏せるが良い」
斬っても大丈夫とは言うが、先ほどのゴブリンの斬れ具合を考えると簡単には信じられなかった。
紅葉の回答に半信半疑だった俺は、目の前の見張りにも同じことを聞いてみた。
「あんたら、ウィルグロウになら斬られても、本当に死なないんだな?」
「あぁ、だが、そんなことも知らない小僧に俺が負ける訳がないけどな。心配するなら自分の痛みと、気絶した後の財布の中身にしておけ!」
「そっか。安心した。全力で行かせて貰う!」
俺は刀の柄に手をかけて、相手の懐に飛び込んだ。
「なっ!? このガキッ!?」
「遅いっ!」
渾身の居合抜きが相手の胴を捉える。
赤い刀身は相手の腹を突き抜け、確かな手応えとともに横へと流れた。
相手が真っ二つに切れてもおかしくない斬撃だったが、血は一滴も垂れてこない。
「嘘……だろ……。こんなガキに……」
「気絶はしたけど、本当に切れないんだな」
倒れた男を見て俺が感心していると、彼の持っていた槍が光って小さな女の子に変わった。
金髪で白いワンピースを着た少女は俺の前に立つと、無表情のまま両手を挙げた。
「こちらの負けです。要求は何ですか?」
「えっと、この人を倒した証か何か貰えれば良いんだけど」
「そうですか。なら、これをお渡しします」
抑揚のない受け答えが終わると、槍の少女は男の足下にあった袋から、封筒を取り出して俺に手渡してきた。
「これは?」
「戦神協会への推薦状です。門番を倒した証として皆様にお渡ししています。これを持って戦神協会へ行けば、あなたにギルドカードを発行してくれるはずです」
「ありがとう。物のついでに教えて欲しいんだけど、グレードって何?」
「戦神協会の与える報酬ですね。貯まったグレードの量によって、与えられる住居や権利が変わります」
「なるほど」
俺は推薦状の入った封筒をズボンのポケットにつっこむと、思い出したかのようにもう一人の門番に目を向けた。
「あなたと戦う必要はあるかな?」
「い、いえっ、ありませんよ!? そ、それにギルドカードを持っていないあなた様が今私を倒しても、グレードは貰えないですよ!?」
「そっか。それなら良かった」
俺が刀を鞘にしまうと、鞘が炎に包まれ、紅葉が姿を現した。
「頂く物は頂いたし、さっさと行くのじゃ」
「あれ? 何か機嫌悪い?」
「そんなことはない!」
紅葉はそっけない様子ですたすたと俺の前を歩いていく。
何か小声でぶつくさと言ってはいるが、上手く聞き取れなかった。
「えっと、俺何か不味いことしたか?」
「君は我の話を信じずに、あのような男の話を信じるんじゃな!?」
予想外な紅葉の返答に、俺は何て答えれば良いか一瞬分からなくなった。
子供っぽくふくれっ面を見せる紅葉は、憎らしげな視線を俺に送り続けている。
「いやいや、だって、ゴブリンを真っ二つにした後に、人は切れませんって言われても、信じる方が難しいって!」
「でも、相手の男の言葉は信じたんじゃろ!? 何じゃ、我が小さいからか!?」
「いや、違うって。あいつが大丈夫だって言うから、紅葉の言葉を信じたんだ」
「なら、良し。我は寛大じゃからな。許す」
機嫌を戻した紅葉が前を向いて歩みをすすめる。
その後ろ姿を見て、俺は小さくため息をついた。
小さいけれど、喧嘩っ早くて、プライドだけは誰よりも高いらしい。
良く切れる刀だけに、取り扱いに注意ってことか。
大人しそうな見た目や口調とは違って、思った以上に大変な相棒を持ったと俺は先行きが少し不安になった。