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友葉学園シリーズ

【友葉学園】飯テロリスト

作者: 田中 友仁葉

さっと暖簾をくぐった瞬間、醤油ベースの芳醇なスープの香りが鼻腔をくすぐる。


そして、耳は大人しく他の客たちの麺を啜る音を静かに受け入れているようだ。


私は空いている席に腰をかけると、壁にぞんざいに貼り付けられているチラシの裏に書かれた『油豚骨らーめん』を所望する。


しかし、注文がくるまでの時間も有意義に使うべきである。水でらーめんの油を受け入れられるように清めておく。


また、テーブルにかかってあるメニューにも目を通しておく。なるほど、ここは替え玉が3回まで無料らしい。


そんなことをしている間に目の前に見た目は王道のそれである日本ラーメンがコトンと置かれる。


早速冷めないうちにいただくことにしよう。


…………

……


もっちりとしていながらも歯切れの良い麺が味の濃いスープとともに口の中へするりと入っていく。同時に口に入り込んだ脂身が口でトロけるようだ。


周りのチャーシューやメンマだけでなく、モヤシやネギも薬味とは言わせんばかりに存在感の主張をしてくる。 まさにどれも高い状態でバランスが取られているようだ。


「……あのさヤーちゃん。黙って食べれないかな」


「これでも静かにしてるつもりだが?」


「いや、アンタ今度録音しながら食べてみ? 凄い食レポしてるから」


「そんなわけないだろう」


*****


私、八橋(やつはし) 智慧(ちえ)はしがない普通の高校生である。

まあ当て言うならば、周りからは癖である私の軍人気味た話し方と食事をするときに絶対食レポすることから『飯テロリスト』という称号をいただいてることだろう。


ちなみに私にその自覚はない。

ただ私は美味しいものを食べることが好き……用はグルメなだけなのだ。


そして、飯テロリストと言われる理由がもう一つある。


「そこの商店街を通るとソースが鉄板に落ち焦げた香ばしい匂いとカツオと絡んでジュンジュンという心地の良い音が聞こえてきて、それに吊られるようにプラスチックの容器に入れてもらった火傷しそうな程熱々のお好み焼きを青海苔が歯に付くのを無視しながら頬張るとジュンワリといった擬音の通り生地に沁みたソースが口の中に……」


「……えっとヤーちゃん。これから4時間目なんだけど……」


「だからなんだ? 私はこの美味しさを共有したいだけであってだな……」


「わ、わかったって……あとで一緒に行こう」


……まあ私も多少は自覚していたが、これが飯テロリストと呼ばれる一番の理由だろう。


「でもヤーちゃんいつもそんなに美味しい場所知ってるのに太らないよね?」


「付いた脂肪の分は燃やしてるからな。それに……」


「それに?」


「貧乳でデブが一番醜いからな……」


私は自分の胸を見下げるとハァとため息をついた。


「え、あ、ああ、うん、そ、そうかも……ね」


「……すまないな。返しにくい答えで」


「だ、大丈夫だよ! これからだって!」


*****


淡いオレンジ紙で包んだサックリとした白色の生地に被りつくと、熱くてホクホクのミートソースととろりとしたチーズが口の中で絡んでジャガイモの素朴な味がアクセントとなって味に深みが出ている。


150円でもこんなご馳走にありつけるとは流石ワゴン車、侮れんな……。


「……」


「……」


「……な、何かようで?」


というのもベンチで座って食べている目の前でこちらをじっくりと見てくる学園の先輩が涎を垂らしながらこちらを見ているのである。


「食べたいです!」


「え……!?」


「美味しいですぅ!!」


その瞬間、突然私の手に持っているミートパイが先輩に一口ほど食べられてしまった。


「ああっこらぁ!! 雛ぁ!!」


「え!? あ、ご、ご主人さまぁ! こ、これはですね。ひ、拾い食いではなくてですね……」


「とにかく謝れ!! あ、あのさごめんな! こいつバカだから道徳がなってないっていうか……」


「ごめんなさい。 とても美味しそうに食べておられたのでつい……」


……突然のことに開いた口がふさがらない。


ま、まあミートパイのことはまあいい。それよりも気になることがあるんだが、なんだご主人様って?


「あ、いや、構いません。そんなに高いものでもないので、それに自分の好きなものを美味しいって言ってもらえるのは嬉しいですから」


「……すんすん」


「……え、えっとあの」


「こ、こら雛」


なんか凄い匂いを嗅いで来た。


そ、そんな臭うだろうか?


「この人凄くいい匂いします! 他にも美味しいところ知ってますか!?」


「え!? あ、は、はい」


「ご主人様!! 私、この人に通います!!」


「だ、だめに決まってるだろ!!」


……えーと


ここは、どうすれば?


「え、えっと私で良ければ構いませんよ?」


「え!?」


「あ、いやでも美味しいのを共有するのは嬉しいですし」


「で、でもこいつバカ舌だぞ?」


……ふむ。


「構いません。私の舌肥えてますから。それに一緒に食べる人がいてうれしいですから」


「やった!! よろしくお願いします!!」


「い、いや、俺はまだ……本当にいいの?」


「構いません。それに美味しそうに食べているのを見るの好きですから」


私は無意識に微笑みながら先輩に言った。


*****


翌日 放課後


「……ヤーちゃん。あの校門の近くにいるのって上級生の人だよね?」


ふと見るとふくよかな目立つボディの女性が立っていた。


「……すまない用事だ。 あの人にいい店を教える約束がある」


「そ、そうなんだ? すごい見てるけど、変な人じゃない?」


「……偏見はよせ。多分変な人だが、危ない人ではないと思う」


私は友人と別れると先輩に近づいた。


「パイの人!」


「……その呼び名はなんですか。あと早速ですか」


「いえ! 名前知りませんから! あと早速です! ……あと自分らしい話し方でいいですよ?」


……先輩には言われたくないが


「……では、私は八橋 智慧だ。よろしく頼む、先輩」


「……余計堅苦しくなっちゃいましたか。私は雛……内川 雛です! こちらこそです!」


*****


とりあえず最初は帰り道の商店街を抜け、下町通りに入り右に曲がったところへ行くことにする。


「これは……うどん屋ですか?」


「そうだ。格安だがかなり美味い」


「楽しみです!」


暖簾をくぐると威勢の良い中年男性の声が上がる。


私たちは席に着くと、早速空の椀が運ばれてきた。


「ぬぁっ!? こ、これは俗に言う『おあずけ』ってやつですか!?」


「お、落ち着け内川先輩。 これはセルフだ。自身で出汁や具、麺を選ぶシステム」


「おお! なるほどです!」


私たちは早速カウンターにて麺や具を選び始めた。


ふむ、ネギも竹輪天もキラキラと輝いているようだ。


目移りしていると麺を湯引きしている男から声をかけられた。


「お嬢ちゃん、熱いのと冷たいのどっちにするんだ?」


「熱いのを頼む」


「私も熱いのがいいです!」


それぞれ好みと、その後麺の茹で具合も答えると早速椀に素うどんが盛り付けられた。


「では具だな。セルフとはいえ、それぞれ金はかかるから気をつけるように」


「はい! 大丈夫です!」


ふむ。 不安だ。


*****


「……それ大丈夫なのか?」


「はい! 全部1つずつしか入れてませんから!」


「なるほど……計算すると2350円といったところか。この店の安さには唖然とさせられるな」


「ええっ!? う、うどんに……2000円!?」


……あとで少し継ぎ足そう。


「……仕方ないです。 入れちゃったものはどうしようもないですからね」


そういうと、忘れたかのようにガツガツと食べ始めた。 ふむ、むしろ気持ちがいいな。


「さて、では私も」


割り箸をペキンと割り、早速薄茶色のつゆから白い麺を引き上げる。そして、湯気に顔を当てながらツルツルと口に滑り入れる。

もっちりとしたコシがある真っ直ぐな麺は出汁の味もしっかりと持ち上げており、鰹節のコクのある香りが鼻から抜けるようだ。


具ももっちりとした蒲鉾、麺に絡みつくとろろ昆布と良いアクセントになっている。

特にエビ天は、出汁がじんわりと染みているのにさっくりとした衣の中からプリプリの海老が躍りでるようで磯の香りが口の中に広がってくるみたいだ。


「……」


気がつけば内川先輩がこちらを見ている。


「どうしました」


「いえ、食べながらよく喋れるなぁと思いまして」


「迷惑だろうか」


「いえ! むしろ楽しいです!」


私は少し驚いた。

こういう反応は初だったからだ。


「私もそんな風に伝えられるようになりたいです……」


「あ、いや。私のは癖だから……」


「癖でも凄いです……えっと、その喉にへばりつくような麺の粘り気が……」


「……無理するな。美味しいなら正直に美味しいとだけ言えば店の人も喜ぶ」


これが食事に対する礼儀だと言うと、内川先輩は嬉しそうに微笑んだ。


*****


「美味しかったです!」


「それは良かった」


お金が飛んでしまったが、まあいいだろう。レシートで返してくれるとは思う。


「じゃあ明日も楽しみにしてますから!」


「……? ま、まて。 先輩明日も来るつもりなのか?」


「もちろんです! 美味しいものを食べられるなら何処へでもついていきますよ!」


衝撃発言に驚き、拒否をしようと思ったが、内川先輩の悪びれない顔を見るとどうでもよくなってしまうのだった。


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