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三度逢う迄

作者: ユダガワ

本当はこれを書くことが恐ろしい。否が応にもあの夢を思い出さざるを得ないからだ。

あれを見てからもう半年以上が過ぎた。しかしあの光景は今思い返しても未だに寒気を覚える。

生気のない白い肌、目に痛いほどの深紅の着物、どれも瞼の裏に焼き付いて離れない。


本来ならば私の記憶の奥底に眠らせるのが正解だったかもしれない。

だがそれでも私はキーを叩くのである。あの時私が感じた、にじり寄るような言い知れぬ恐怖を

君達読者に理解して欲しいのだ。

今から私が書こうとしているのは今から丁度1年ほど前に見た夢についてである。

小説の体で書いているが、かつて私が実際に体験したことだ。

先ほどあれを見てから半年ほどが過ぎたと書いた。ここで矛盾が生じる。だがこれは決して間違いではない。

しかもこの矛盾が今でも私を苦しめている。この理由は追々書いていくことにしよう。


私は夢の中でビジネスホテルに泊まることになった。

古さを感じるものの、掃除が隅々まで行き渡り清潔で立派な建物であった。

そこでチェックインを済ませ鍵を受け取り、色々と注意事項を聞いていると受付の男は奇妙な事を口にした。


もし赤い着物の少女を見かけても決して近付かないで下さい、と。


これを聞いた時背筋に冷たいものが流れたのを覚えている。

しかし私は分かりました、と一言言ってエレベーターで部屋に入ってしまった。

普段の私ならこの時根掘り葉掘り細かく聞いていただろう。だが夢の中の話なのでそうすることは出来なかった。今思い返すと非常に残念でならない。もっと注意深く行動していればよかったのである。


さて部屋に着き荷物を下ろしてこれから何をしようかと考えていた。

この時先ほど聞いた話が気になったが特に行動を起こそうとは思わなかった。要するに会わなければいいのだ。だからもう寝ることに決めた。


ここから先記憶が途切れる。気が付いたら廊下の向こうにそれがいた。

年の頃5、6歳といった所か。薄暗い中でもはっきりと色が分かる赤い着物を着ていた。

髪はまっすぐ肩辺りまで伸ばし、無表情でこちらをジッと見つめている。

これがさっき言っていた話か、と私はぼんやり考えていたが途端に恐ろしくなって逃げ出した。

まず部屋に戻ろう、そう考えて廊下を曲がった。

しかし甘かった。丁度私が泊まっている部屋のドアの前にその娘が立っていた。

相も変わらず無表情で部屋のドアを見上げている。


ありえない。どうして俺の部屋の位置が分かった?何故俺より後ろにいたのに先回りしている?

俺なんかよりずっと小柄なのに、何故だ?


この時私の頭は恐怖で一杯だった。とにかく外へ逃げる事を考えエレベーターホールへ向かった。

逃げている間、受付の男が言った言葉が頭の中で何回も繰り返された。

赤い着物の少女を見かけても決して近付かないで下さい。


何故だ?俺は確かにあの子に会ったが決して近付いちゃいない。こんなビジネスホテルで着物を着ている奴なんていない。一目見れば異様だと感じるはずだ。だから俺が近付くはずがないんだ。


理不尽だ。そう思う頃にエレベーターホールに到着した。

急いでエレベーターに乗り込み1のボタンを押す。

エレベーターのドアが閉まりこれで大丈夫だろう、そう思い一息ついた。

しかしエレベーターは4階で止まった。私のいた部屋は5階だが、4階に止まる理由はない。

どうして4階に止まったのだろうと考えていると、ドアが開きホールから廊下の奥まで見えた。


廊下の奥の方にはあの少女がいた。

やはり彼女はこちらを見つめるばかりであった。

いやそれだけではない。両手で何かボールのような丸い物を持っている。

この時の私はそれが何なのか考える余裕はなかった。

パニックになっていた。上の階にいたはずのあの少女が何故ここにいるのか。

追ってくるには早すぎる。一体どうやって?


ただひたすらここから逃げたい。そればかり考えていた。

「閉」のボタンを連打しドアが閉まったが恐怖と焦りは高まる一方だった。

このまま1階に着けば……


エレベーターは3階で止まった。あの少女が向こうにいる。

私は「閉」のボタンを狂ったように押し続けた。

ドアは無事に閉まったが、生きた心地がしなかった。

あることに気づいてしまった。


近づいてきている。


エレベーターと少女の距離が4階の時よりも短くなっていたのだ。

きっとこのままいけば徐々に近づいてきて、そして……


捕まる。


そう確信した。しかし最早逃げようがなかった。

私がいるのはエレベーターの中、ドア以外逃げる場所はない。

しかもドアが開けばあの少女が待ち構えている。


私はその場にへたり込んでしまった。逃げようがない。全身の力が抜けてしまった。

そして泣きだした。20はとうに過ぎていたが、私は声を上げて泣き、目からとめどなく涙があふれ出てくる。あまりにもやるせなかった。こんな僻地のビジネスホテルで訳も分からぬものによって命を落としてしまうのかと思うと、悲しくて悲しくて涙が止まらなかった。


エレベーターが2階に着いた。しかしドアは開かなかった。

その代わりにドアの向こうから歌が聞こえる。

幼い少女の声で童謡のようなメロディーを歌っている。


あいつがすぐ傍まで来ている。


童謡が聞こえてきた事で摩耗していた私の心は、恐怖で更にすり減っていく。

そしてチーンという軽快な音と共にドアが開いた。




以上が私の夢の顛末だ。過ぎた事を書くとはいえ、やはり書くのは気が進まない。

そして今の話が私の彼女との1度目の遭遇だった。


実は彼女とはその後もう一度会っている。

それが今から半年前の話になるのだ。


2度目の遭遇の話は至って簡潔だった。

だがこの話を読む前に皆想像してほしいのだ。


異質な、あまりに異質な少女が目の前に現れた。

そして徐々に追い詰めてくる。逃げようにも逃げ場はない。

ただ恐怖が近付いてくるのを待つのみなのである。

この体験をもう一度する羽目になったのだ。

想像できるだろうか。


私は以前と寸分違わない夢をもう一度見たのだ。

古いビジネスホテル、一階毎に止まるエレベーター、そして廊下の向こうから徐々に近づく少女。

あの時と全く変わらない。全て再現されている。

この時の私の気持ちを読者諸君は想像できるだろうか。


そして2度目の夢は私の心を更にすり減らす事が起きた。

2階のドアが開いた後も夢が続いていたのだった。

そこに立っていたのは紛れもなくあの少女だった。


今度は彼女を全貌をまじまじと見る羽目になる。


髪は墨で塗ったように黒く、真っ赤な着物を着ていた。

肌はおしろいを塗ったように白かったが、唇は紅を差したように赤い。

そして両手には手毬を持ち、不気味な笑顔を浮かべていた。


ここまでが2度目の夢だ。

目が覚めた時は冷や汗をびっしょりとかいていた。

ただ悪夢を見ただけではこうはならない。

私はこの時初めて同じ夢を見たのだ。その上夢が続いている。

目が覚めても気が気ではなかった。

この後寝てしまったらまたこの夢の続きを見るのではないか。

そう考えるととても恐ろしくて暫くは満足に眠れなかった。


彼女との邂逅は今までで2度だ。

だが諺にあるように「2度あることは3度ある」。

今のところ彼女に出会う事は無いが、今後出会わないとは限らない。

そうなると3度目の遭遇では一体どうなってしまうのだろうか。

3度目の邂逅を迎えても無事に私は生きている事ができるのだろうか。

そして彼女は何者なのだろうか。

謎ばかりの夢である。




追記:この話を書くまで忘れていたが祖母の家に市松人形があった。赤い着物を着て肩まで垂らした髪だった。4年ほど前まで飾ってあったが近頃は飾らなくなり、物置にしまいこんでいるそうだ。そしてもう1つ記しておく必要がある事がある。上記の市松人形とは別にもう1体市松人形があったそうだ。こちらの方は私の妹用に買ったものだが、妹が怖がるので何処かへやったらしい。それが家の何処かに深くしまわれているのか既に捨てられてしまったのかは分からない。



                           


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