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C.D.V-M.R|O  作者: フーデリッヒ・シュタイナー
CAPUT II : Memoriam reduxit pulvis congesta
12/12

Occursu

 風の通る音と時折聞こえる水滴の落ちる音、その他は一切音のない不気味な建物に足を踏み入れた途端、私達は妙な感覚を覚えた。


「これです。今私達はこの入口から入って、この通路がこれです。」


 見取り図を指差しながら男の研究員が色々と話す。


「これから向かうのはこの保護室なので、3通りの経路があります。最短の経路は昇降機を使うものですが、見ての通り電力が上手く回っていません。配電盤を操作されている可能性もあります。」


 建物自体は比較的新しく、真っ白な壁は清潔そうな印象がある。だが電気がついている区画とそうでない区画があるのだ。


「それで。」


 隣の隊員が訊く。


「はい、その他の2つの経路ですが、片方は非常階段を使う道、もう片方は職員用通路です。」

「普通の道は無いのか。」

「普通、というのも変ですが、当然患者用の道はありません。職員用通路の方が早いでしょうが、警備担当者がいなければ安全保護機構を解除できません。」

「で、そいつとは連絡が取れないと。」

「そうです。」

「なら道は一つだな。」


 私たちはそう言って顔を見合わせた。


「念のため言っておきますと、非常階段にも患者の脱走防止用の機構は存在しています。暴動の際にどちらか、または両方破壊されたのでしょう。」

「分かった。ならば非常階段を使おう。道も簡単そうだしな。」


 一度この階の端まで行き、そこから非常階段を降りれば管理区域へ降りられる。そこで扉を操作しながら、その階の患者を数人保護室へと連れ込んで実験をする。その間他の階からの部外者の侵入、又は外部への被験体の脱出を防ぐために該当の扉以外は全て施錠、封鎖し、必要ならば隊員に警備させる。完璧な計画だった。


<こちら司令部。様子はどうだ。>

<こちらズミヤー、経路を確認しました。準備完了。>

<こちらアスィォール。準備完了。>

<こちら司令部、了解。作戦開始。神のご加護を。>


 皆が一斉に動き出す。銃身に取り付けられたフラッシュライトが前方の視界を確保してくれる。


「おい、何だこれ。」


 少し進んでから先頭で私の隣にいた隊員が呟く。


「人間だ。一度隊を止めろ。」

「了解。」

<アスィォール、停止せよ。>

<了解。>

「これは病死か?」


 隊列の奥から研究員が先頭へと出て来てしゃがむ。


「ええ、恐らくそうでしょう。それにしても酷い死体だ……。」


 死体は腐敗こそしてはいないものの、軽く焼けただれたようになっていた。その上、その死体の背中は何かがおかしかった。


「おい、こいつの背中を見てくれ。」

「ん?どうした?」

「なあ、これ……。」


 私は死体の背中に黒い巨大な腫瘍のようなものがあるのを見つけた。


「これは……粉瘤でしょうか。直接の死因ではないでしょう。」


 研究員が横から言う。


「粉瘤か。まあ俺は詳しくないからな。研究員が言うならそうなんだろう。」


<司令部、ズミヤー、どうした?>

<ズミヤー、司令部、道中の死者について少し気になる点があったが解決した。任務に戻る。>

<ズミヤー、アスィォール、行くぞ。>

<アスィォール、ズミヤー、了解。>


 隊は再び進み始めた。その後もいくつかの死体を見つけながら突き当たりまで来た。


「左だな。」

「ええ、左です。」


 気付くと先程まで私達と話していた研究員ではない、女の研究員が私の後ろにいた。


「ここを直進して突き当たったら右手に非常階段の扉があるんだな?」

「はい。非常階段の扉の施錠は電子錠です。生体認証と暗号鍵を使って開けられます。」

「君がか?」

「いえ、暗号鍵の情報はありますが生体認証が不可能です。」

「生きてる職員はいないのかよ?」


 横から仲間が口を挟む。


「生きていてもどこか隠れているんだろう。どのみち爆破しかないな。爆薬は。」

「もちろんここに。装甲車を持ってこなかった分大量の重火器がありますよ!」

「司令部にな。さっきのストレラは。」

「あれは向きません。誰かがC-4爆薬を持っていたはずです。」

「私が。」


 隊列の後方から声がする。どうしてこんな適当な編成なのだろうか。


「よし、着いたら出て来い。」



 薄暗い長い廊下に五月蠅く響く幾十もの足音。そればかりがしばらく響いていたかと思えば、突如後方で銃声がした。


「どうした!」

<アスィォール、何があった。>

<司令部、ズミヤー、後方から銃声!>

「敵だ!」

「敵……?」

「民間人か?発砲許可は出ていないはずだぞ。」

「無闇に殺すな!」


 皆が混乱する。訓練を受けた連中とは思えない慌てぶりだ。


<ズミヤー、アスィォール、状況を報告しろ。>

<アスィォール、ズミヤー、後方から何かが走って来たとの事。現在確認中。>

<ズミヤー、司令部、発砲があった。停止中。アスィォールに確認を。>

<司令部、ズミヤー、了解。>


 全く慌ただしい。私は少しでも先を確認しようと銃身を進行方向へと向けると壊れたパイプから噴き出す蒸気の霧の中にぼんやりと人影が見えた。


「おい、正面に何かいるぞ。撃つなよ。ついて来い。」


 私は後ろを向いていた左右の隊員の背中を叩いて指示した。


「慎重にな。動いてはいないようだ。攻撃されるまでこちらは攻撃するな。相手が銃を持っていない限り発砲は禁止だ。」

「撃っちまえばいいじゃないか。」

「あれが感染していない、防護服を着た警備主任だったらどうする。もう少し考えろ。片っ端から撃つくらいならこの施設を最初から焼き払っているよ。」

「どうしてそうしないんだ?」

「さあ?命令だ。仕方ないだろう」


 話しながら人影に近付く。徐々に輪郭がはっきりとしてくる。


「あれは防護服じゃないな。患者か?」

「いや、関係者だろう。」

「浮いていないか?」

「左右を確認していろ。私は正面を。」


 私はそう言って左右を警戒させる。嫌な予感――厳密に言うと見取り図でこの左右には軽度の症状の患者を収容している部屋がある。そうして私はその部屋の扉の方向まで確認はしていなかったのだ。


「何だこいつは……。」


 対象まで5m程の距離になってようやっとはっきりと姿を確認出来るようになった。

それは医者であろう人間だったが、ある程度太さのあるテグスで天井から吊られていた。


「どうして気付かなかったんだ。」

「この体勢だ。仕方がない。」


 自然な立ち方をしていた。ややかかとが浮いている以外は何も不自然なところはなかった。


「一度戻ろう。」


 私が隊列に戻ろうと振り返った瞬間、横からエアロックが開放されたような音がした。


「何だ?」

「動け!一度退くぞ!隊列に合流するんだ!」


 思えば私までもが信じられない行動を取っていた。単独行動をしても大丈夫だという確信があったのは相手が戦闘訓練を受けていないという事と大した武器を持っていないという予測からだったが、大きな判断ミスだった。


「銃は使うな!いいな!発砲は……」


 私が叫んだ瞬間、銃声が響いた。


「撃つなと言った!」

「俺じゃないぞ!」

「もう一人か、どこへ行った!」


 3人いたチームのうち1人がついて来ていない。


「交戦中か?援護へ!」

「ダメだ!隊列へ戻れ!」


 こうして走ると待機していた隊列までは相当な距離があった。


<隊長、発砲したのですか?>

<俺じゃない。合流する。前進しろ。>

<了解。前進します。>


<ズミヤー、アスィォール、どうだ。>

<アスィォール、ズミヤー、大丈夫です。物資も隊員も無事です。>

<あの銃声は。>

<後方から武器を持った民間人が飛びかかって来たということです。鉄パイプを持っていました。>

<了解。前進しろ。>

<了解。>


 走って隊列に合流すると私ともう一人は即座に振り返って銃を構える。


「よし、このまま前進するぞ。左右はもう良い。後の2人はそこから前方を警戒しろ。」

「了解。」


 隊列は蒸気の霧の中へと入る。


「気味が悪いですね……。」

「私語は慎め。」

「隊長、前方に何かいます。」

「あれは死体だ。吊られているだけだ。」

「動いているような気が……。」

「そんな訳無いだろう。怯える事はない。」


 先程まで怯えていた私もこれだけ仲間がいると心強い。だが他の隊員はどうやらそうではないらしい。

 死体まで近付くと、何か様子がおかしかった。


「周辺を警戒しろ。何かいる。」

「そいつ、動いてるぞ!」


 慌てて銃を死体に向けると、確かに動いた。フラッシュライトが眩しかったのだろう。少しだけ声が聞こえた。


「ちょうど良い。研究員。」

「はい。」


 後ろから研究員が出てきて死体へと近付く。


「こいつはどうだ?」

「どうって、生きているのではないでしょうか。」

「違う、実験に使えるかって訊いてるんだ。」

「これでこいつが感染しているというなら好都合です。」

「聞いたか。お前とお前は左右を警戒していろ。拘束してからこいつを吊るしているロープを切断してアスィォールに運ばせるんだ。箱の上にでも乗っけておけ。」

「了解。」

<アスィォール、そちらに被験体を送る。地面に置いておくから回収して箱にでも乗っけて運んでくれ。>

<了解した。道端に置いておいてくれ。しっかり拘束してくれよ。>

<その間停止だ。司令部へ、こちらズミヤー、アスィォールと共に一時停止する。>

<いちいち報告しなくてもよろしい。>

<了解。>


 私は死体とは言い切れない死体に近付いてその目を覗きこんでみる。目の輝きは失われており、何だか寒気がする。さらに、彼の瞳には色が無いのだ。希望も何も失ってしまったのであろう。

 彼の目をこれ以上見ていると深淵に吸い込まれてしまいそうになるので、私は目を逸らして脇道に逸れる。まだ先にも同じような死体があると思うと気が重い。


「隊長、これって誰のしわざでしょうか?」

「そんなの、決まって……。」


 ふと思いついた事を言おうとして、自分の脳内で生まれた文章を読み直してぞっとする。急に辺りの空気が悍ましく重苦しく私に纏わり付き、私を動かすまいとするかのように、その思考は私にとって衝撃的であった。


「隊長?」

「いや、何でもない。きっと警備隊がまだ生存しているんだろう。トラップだったのさ。」

「私にはそうは見えませんが。」

「俺にはどうだっていい。私語は慎め。」

「は。」

 彼が敬礼すると、ちょうどもう一人が彼の拘束を終えたと叫ぶ。


<アスィォール、動くぞ。しっかり回収してくれよ。他の者は近づくな。>

<了解。>


 ゆっくりと歩みを進める。恐ろしいほどこの施設は綺麗だ。所々血がべったりと付着しているが、それを見なければ基本的に綺麗であった。今は逆にそれが私達の不安を煽るのであった。



 しばらく歩くと、フラッシュライトが壁を照らす。突き当りだ。


「よし、非常階段はどこだ。」


 そう言いつつふと右を向けば、無残にも破壊された鉄製の扉が見える。


「恐ろしいな、あいつら爆薬も使わずにこれを破ったっていうのか?」

「いえ、恐らくこれは爆薬です。」


 一人が残骸を見ながら言う。


「施設内に武器が?」

「恐らく施設内の薬品から作ったのでしょう。もし彼らが我々に対処する考えを持っているならば、IEDなどがある可能性も考慮しないといけないかもしれません。」

「IED……。厄介な奴等だ。俺たちは助けに来ているというのに、何故。」

「もしもですよ。もしも。」


 と、その瞬間、私の目の前に水滴が落ちた。


「何だ……?」


 ライトを上に向けると、そこにはダクトがあった。


「水漏れか……?水なんてこんな施設で、一体……。」


 直後、上から私の眼前に黒い塊が落下してくる。


 「下がれ!何だこれは。」


 よく見れば人の身体のようにも見えたが、しかし良く分からない。研究員を呼ぼうと思ったが、私の直感はまずいと言っている。こいつは罠だ。そうでなければ、警告だ。


「離れろ。」

「了解、あれはどうしましょう。あれに近づかないなら先へ進めませんよ。」

「分かっている。考えているんだ。」

<こちらアスィォール、何か必要か?>

<いや、大丈夫だ。遠慮しておく。>


 目の前で沈黙する黒い塊は、恐らく人の一部だ。最初の吊るされた男も、そしてこいつも。やはり我々が彼らのテリトリーに入る事を警告しているのだろう。これは見せしめだ。『お前達もこういう風になるぞ』、と。それでも我々は行かなければならない。


「前進する。あれに近づくな。動いたら容赦なく撃て。」

「了解。」



 我々は決意と共に、べったりと肌にまとわり付く衣服と空気も連れて、地下の管理区画へと続く壁の穴をくぐった。

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