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C.D.V-M.R|O  作者: フーデリッヒ・シュタイナー
CAPUT I : Initium dilectionis
10/12

Subita vale

 目覚めると私は寝室で寝ていた。昨日の記憶が曖昧だ。不思議とベッドへ入った覚えがない。

 確か彼女の……そう、彼女の風呂を覗いてしまったのだ。私は足先しか見ていないがきっと怒っているだろう。


 時計を見ると時刻は8時50分だった。いつもと同じなら後10分で彼女が起こしに来てくれるだろう。

 私は彼女がどう出るか少しだけ楽しみで、10分だけ狸寝入りをして待つことにした。


 だが一向に彼女は現れない。それどころか現れる気配もない。ふと時計を見ると9時7分。それならばこっちから向かってやろうと寝室を出て階段を降りるとそこには少女の姿はなかった。

 テーブルの上には食事とメモ書きがあった。


『いつまで経っても起きないので先に行っています。担任には体調不良と伝えておくので焦らず来てください。自業自得ですからね。』


 すっかり今日が休日の気分でいたが、今日は平日だった。始業は8時30分だから何をどう頑張っても遅刻だ。今更焦っても遅い。

 私はゆっくりと食事をし、着替えて学校へ向かった。



 今日は学校の空気が違う、校門前まで来てそれを感じた。よく分からないが普段とは何かが違う。

「ああ、何やってるんだ。早くグラウンドに行くぞ。」

 たまたまうろついていた担任に捕まってグラウンドへ入ると何やら式典をしていた。


「今日で第2次アルメイシア独立戦争終結から丁度15年だからな。」


 説明を求めるような視線を担任に送ったらしっかりと言葉になって返答があった。


「アルメイシア独立戦争……。」


 少女が四肢を失いかけた事件のあった調印式から15年が経った。併合記念日だ。

 式典場に少女の姿はなく、私は担任の目を盗んで式典を抜け出して屋上へと向かったが、そこにも少女はいない。

教室、会議室、体育館、倉庫、そのどこにも彼女は居ず、校内にはいないものだろうと考えた。

とりあえず今から式典に戻るのも少しだけ抵抗があったので暇潰しに私は図書館へ行った。


 図書館はいつでも静かだが、今日はいつにも増して静かだ。そう思って書架をあさっていると誰かが本のページをめくる音がした。私は慌ててそちらに向かうと少女が写真集のような、大型本を広げていた。


「どうした?こんな所で。」


 私に声をかけられると少女は驚いて本を閉じた。


「驚かさないでくださいよ。まさか今さっき起きたとは言いませんよね。」

「あー、ああ、もちろん。ところで何を見てたんだ?」


 それを聞くと少女は寂しそうに微笑んで言った。


「両親です。お母さんと、お父さん。」

「本に載っているのか?見ても?」

「公開図書です。構いませんよ。」


 そう言って少女はあるページを開き直して私の方へ差し出した。

 それは調印式の写真だった。豪華な衣装に身を包んだアルメイシアの参謀総長が停戦の書類をロシア首相に提出している様子を写した写真が見開きで載っている。


「そうか、お前もこの会場に……。」

「ええ、これがお父さんです。」


 彼女が指差したのはアルメイシアの参謀総長だった。


「何を言っているんだ?」

「だから、私のお父さんはアルメイシアの参謀総長で、お母さんはその護衛兵だったのですよ。」

「と言う事はお前は、アルメイシア人か!」

「ええ、そうです。遺産は国家に徴収されず、ちゃんと私が相続しました。」


 これで謎が一つ解けた。彼女がアルメイシアの話をすると嫌そうな顔をするのも無理はない。


「そうだったのか……。」

「それで、これですよ。」


 彼女がページをめくると次のページも見開きで、2人の人間が少女の両親を射殺した瞬間の写真だ。

「私は幸せですよ。親の生前の姿と死の瞬間をこうしていつでも見られるのですから。」


 ぽつりと呟く少女はすっかり沈みきっていた。


「これ、軍人だな。」

「え?」

「公式発表では犯人は一般人という事になっていたが、今初めてこの写真を見て分かったんだ。2人が持っている拳銃はロシア軍が15年前から正規採用しているものだし、それにこの男の構え。見たことあるんだ、これは……」


 父親の構え方だ。そう言おうとして口を閉じる。


「これは……?」


 父親だ。この顔は見覚えがある。それともう一人は私の母親だ。発砲の直後の姿勢が母親のものだ。


「どうしたのですか?」


 少女が目の前で手を振る。


「ああ、いや。気のせいだ。」

「そうですか……?なら良いのですが。」

「今日はもう帰るよ。」

「式典の後の授業はどうするのですか?」

「いい。」

「いいって……。分かりました。」

「それと少し寄るところがあるから、今日は遅くなるかもしれない。」

「分かりました。」


 私は警備員の目を盗んで校門を乗り越え、自宅へと帰った。



「ただいまー。開けてよ。」


 家に戻ると、扉を数回ノックしながら叫ぶ。ドアからは懐かしい音がする。


「何だ。」


 父親が姿を現す。


「ちょっと訊きたい事があるんだけど、いいかな。」

「構わん。入れ。」


 気のせいか小さな溜め息をついて予想以上に簡単に入れてもらえた。


「それで。」

「今日からちょうど15年前の事。」

「そうか、今日は併合記念日だったな。」

「あの調印式でアルメイシアの参謀総長とその護衛を射殺したの、民間人って話だったけど、あれ父さんでしょ。」


 それを聞いた瞬間、父親の表情が一瞬にして険しくなる。


「お前、それを誰から聞いた?」

「学校図書だよ。『アルメイシアの成立と消滅』って本に大きく写真が載っていたんだ。」

「……どうして分かった。」

「構え方と顔だよ。ほんの少しだけ顔が見えていたのと、拳銃。あれはあの当時も今も退役した人も含めて軍の関係者しか所有していなかったはずだよ。」

「軍人の子供は軍人になるのか……。」


 小さな声で父親が呟く。


「え……?」

「そうだ。あれは俺達だ。」

「気のせいであって欲しかった。」

「どうして。俺も母さんも、あの時に勲章を誰にも知られずに受け取って、名誉除隊となる話だった。でも俺と母さんはそれを辞退して今では指導員として勤務しているんだ。それでアルメイシアの残党に命を狙われないように、あれは民間人だったという情報が流れた。一部の人間はお前が言ったように拳銃の話をしたが、お前は知らないだろう。あれはこちらの軍人が戦場で殺された時に鹵獲されたものをあの勇敢な市民が奪還したという話と、戦場跡で取得したという話が出てうやむやになった末に結局忘れられたんだ。」

「軍人はそういうものなのか?」

「ああ。命令を受ければいくらそれが非人道的であろうが遂行せねばいけない。だから軽い覚悟ではやっていけないぞ。」

「そっか、ありがとう。」

「また出て行くのか。」

「もうちょっと考えさせて。」

「そうか。」


 それだけ言うと父は席を立ち、部屋へと戻ってしまった。

 私は仕方なく少女の家へ戻ることにした。その帰り道、彼女に真実を話すべきか否かで私の頭はいっぱいだった。

もし彼女にこのことを話せばきっと私は嫌われるだろう。それどころか親の仇と同じ扱いを受け、憎まれすらしてしまうかもしれない。

かと言ってこれを黙っていたとしてもいずれはばれてしまうかもしれない。図書館でのやり取りで察されていたとしたら、私はどのみち彼女からは嫌われるだろう。


 そんな事を考えているうちに少女の家の前まで戻ってきた。玄関ドアをノックする直前で手が止まる。

私は彼女に嘘をついて良いのだろうか。これは私のための嘘であって、保身でしかないのではないのか、と。


「どうしたのですか?」


 背後から声がする。


「聞いてますか?今帰りました。鍵を持っていたはずですよ?この間合鍵を渡したじゃありませんか。」

「あ、そう言えば……。」

「無くしたのですか?それとも、私に顔を合わせづらい理由が?」

「いや、そういう訳じゃないが……。」

「とにかく中に入りましょう。外は寒いですよ。」

「そうだな。鍵、持ってるか?多分私のは家の中だ。」

「はいはい、分かりました。」


 少女は横目に私の顔を伺いながら私のすぐそばを通る。ふわっと漂う彼女の匂いが鼻をくすぐり、もう少しだけ一緒にいたいと、嘘をついてでもそうあっていたいと私に思わせた。


「おかえりなさい、ほら!」


 玄関から少女が叫んでいる。もう少しだけなら、良いだろう。


「ただいま。」


 結局こうして私は何事もなかったかのように少女の家で生活を始めた。





 それから数日が経った。彼女も私もすっかりこの生活に慣れていた。彼女はいつまでも丁寧に話すが、それでもその口調からは今まで以上に親しみを感じられた。

 私も彼女に教わりつつも料理を学び、簡単な料理なら出来るようにはなっていた。

 そんな中のある休日の事だった。


「ご両親はどうですか?」

「両親?」


 思わず訊き返してしまう。両親の話を切り出したということはやはり気付いてしまったのだろうか。


「ええ、ご両親です。もちろんそちらの。」

「分かった。話すよ。」

「話す……?」

「ああ、そうだ。実は……。」

「実は?」

「あー……やっぱりいいか。」


 少女がむすっと膨れる。


「いい訳ないじゃないですか!気になりますよ!」

「そうか?じゃあ言うけど、怒るなよ?」

「内容によります。」


 少女が息を呑む。


「実は……。」

「実は……?」

「晩ご飯の買い物、してたんだ。」

「えっ?」


 あまりに拍子抜けな話題だったので、彼女は素っ頓狂な声を出す。


「両親と店で一緒になってさ。晩ご飯の買い物付き合ったんだ。」

「は、はあ……。」

「それでな、お前も料理するようになったのかー、って。」

「そうですか、それは良かったです。」


 少々残念そうに肩を落とすと共に安堵の表情を見せる彼女。


「ということで、今日も買い物へ行こうと思う。親と会わないうちにな。」

「えっと、そうですか。」

「今日は俺が作るよ。」

 「じゃあお願いします。私は食器を?」

「ああ、それで良いかな。」

「先に行ってきてはどうでしょう。その間に私はお風呂でも入っていますから。」

「別に構わないが……まだ昼過ぎだぞ?」

「だってまた覗かれるかもしれないじゃないですか。」

「またその事言ってるのか!何度も言っているけど、そもそも私は覗きたくてあそこにいた訳じゃないし、それに足先しか見ていないって何度も何度も……!」


 必死な説明がより言い訳のように聞こえる。


「そんなに必死にならなくても良いじゃないですか。」

「誤解されてはかなわない。」

「一度、一緒にどうでしょう。」

「ん?何だって?」


 私は興奮していたせいかよく聞こえていなかった。


「いえ、いいんです。」


 少女は微笑んでいたが、やはり少しだけ寂しそうに見える。


「とにかく、行ってくる。」

「あ、私も行きますよ。」

「そうか、じゃあ準備して行こう。」

「はい!」


 嬉しそうな少女の顔。これも偽りの上にあると考えると心が痛む。

ただ、きっとこれで良いんだ。こうして都合の悪い事は全て偽って生きていけば良いんだ。


 私達は買い物へ行って帰り、料理をして食卓についた。いつもと何も変わらない、普通の風景だった。


「それで、あの写真集ですが。」


 急に彼女が話を切り出す。


「どれだ?」

「ほら、調印式の。」

「ああ、それがどうしたって?」

「男の構えを見たことがあると言っていましたよね。知り合いだったのですか?」


 表情こそ変わらないものの、少女の両手はその袖を強く握っていた。

 私は何も言えず、黙り込んでしまった。


「どうしたのですか?」


 それは心配しているいつもの口調ではなく、明らかに私を尋問しているようであった。


「分かった。本当は黙っていたかったけど。」


 少女の目つきが鋭くなる。


「俺の……両親だ。」


 少女は驚くと同時に少しだけ残念そうな顔をして、より強く自分の袖を掴んで震える声で言った。



「出て行って。」



 私は何も言う事はなかった。黙って席を立ち、玄関へ向かって歩いていった。

背後から大きな音がする。きっとテーブルを殴りでもしたのだろう。

 それから、すすり泣く声。

 私は親の仇が目の前にいたならば、後先の事など全く考えずに殺しているだろうと思う。だが彼女は違う。いや、もしかしたら私はこの後背中を刺されるかもしれない。だがそれでも構わないと思う。何故だか仕方ないと思えるのだ。親の罪を子が被るのは血の呪い。例え自分に罪がなくとも、親の罪を背負っている。こればかりは仕方が無いと諦めて。

 私は出来るだけゆっくり歩いた。だが靴を履いても少女は来ない。きっと動いていない。


 私は扉を開け、小さな声で「行ってくる」と言い、家に帰った。


 親は以前のように快く出迎えてくれた。その後少女の家に私を泊めていた礼を言おうと電話をしたが誰も出なかったらしい。


 そうして私はそのまま卒業を迎え、親の了承のもとで空軍に入隊した。あれから一度も屋上へは踏み入る事もなく、その鉄製の重い扉の鍵はずっと私の机の引き出しの中にしまわれる事となった。

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