第8話
第8話
"捜索開始"
和宮病院地下1階…
武司、風香、瑞希の3人が階段を降りて先に進んでいく。
廊下のような場所に出た時、武司が廊下を照らしている照明を見た。
「電気が生きていて幸いだったな」
「不幸中の…だけどね」
「でも、ちょっと薄暗い気もします…」
怯えた様子でそう言う瑞希。
すると、まるで彼女を驚かすように、階段の後ろにあるスペースで脚立が大きな音と共に倒れた。
「きゃあッ!?」
「…大袈裟ね。脚立が倒れただけじゃない」
「いや、それだけじゃないみたいだぞ」
武司がそう言うと、階段の後ろから患者がゆっくりと出て来た。
「赤城のお嬢ちゃん。君の消音器付きの銃で始末してくれ」
「おっけー」
風香が患者に向けて3回、引き金を引く。
弾はそれぞれ肩、首、眉間に命中し、患者は倒れて動かなくなった。
「良い腕だ」
「どうも」
慎重に進んでいく3人。
曲がり角があると、必ず武司が道の先を覗き込んで安全を確認する。
そして、3つ目の曲がり角の先を覗き込んだ時、1体の患者が背中を向けていた。
武司はナイフを取り出して、音を殺して近付き患者の首に突き刺した。
風香が患者の死体を跨ぎ、ナイフをしまう武司に訊く。
「おじさん。これからどこを調べるの?」
「怪しい部屋さ」
「大雑把ですね…」
武司の返答に苦笑いする瑞希。
すると、風香が近くにあった部屋を指差して言った。
「霊安室だ」
「怪しいな」
「…どういう基準で怪しいかを決めてるんですか?」
武司はゆっくり扉を開け、部屋の中にショットガンを構える。
安全を確認した風香が入って行き、照明のスイッチを点けた。
しばらくしてから照明が点き、3人は中の異様な光景に驚愕した。
「死体が無い…?」
風香の言葉通り、死体を入れる袋の中は、全て何も入っていなかった。
「死体の無い霊安室なんかあるはずがねぇ。恐らく、実験に使ったんだろうな」
「あ…、1つだけ入ってます」
瑞希の居た場所の近くに、1つだけ膨らんでいる袋があった。
その袋を開けようとした武司を、瑞希が慌てて止める。
「ま、待ってください!開けるんですか…?」
「あぁ、調べてみる」
「わ、わかりました」
瑞希は袋から目を逸らした。
「何でこれだけ入ってるんだろ」
袋を見ながら呟く風香。
武司が袋を開けてみると、その中には原形を留めていない人間の死体が入っていた。
「うわ…」
「…これじゃあ実験しても無駄だな」
「な、何が入ってたんですか?」
「見ない方が良いよ」
「う、うん」
武司は袋を閉じ、部屋を見回した。
「間違いないな。病院の死体を実験道具にしやがった」
「速水さんに報告すれば?」
「そうだな」
武司が無線機を使おうとした時、部屋の外で物音がした。
「何だ…?」
「私見てくる!」
「待って風香ちゃん!」
風香は瑞希の制止を無視して部屋を出る。
彼女は何となく、物音を立てた人物が茜ではないかと思った。
部屋を出ると、そこにはさっきまで無かった患者の死体が転がっていた。
そして、その患者を仕留めた人物の後ろ姿を見て、風香は歓喜を隠せなかった。
「茜!」
その人物は確かに、和宮高校で別れた茜だった。
彼女が振り返り、風香を見て驚く。
「…風香ちゃん!?どうしてここに居るのよ!」
風香は質問に答えずに、茜の胸に飛び込んだ。
「い、いきなり抱きつかないでよ!」
「………」
ただ黙って茜の胸に顔を埋める風香。
すると、霊安室から武司と瑞希も出て来た。
武司が茜を見て、和宮高校で共闘した事を思い出す。
「おや、あんたは…」
「あら、こんばんは。他の人はどうしたのかしら?」
「上に居る。手分けして捜索してる最中でな」
「そう。…霊安室で、何をしていたの?」
「ただの捜索さ。だが、とんでもない事がわかったぞ」
「とんでもない事?」
茜が訊き返すと、武司は頷いて答えた。
「あぁ。この病院の死体を使って、実験を行っていたみたいなんだ」
「D細菌の実験ね?」
「…そうだ。だが、犯人の目星は全く付かない」
「わかったわ。私も同行させて頂戴。力になるわよ」
「助かる」
茜は視線を武司から、自分の胸元の風香に移した。
「…風香ちゃん。そろそろ離してくれないかしら?」
「………」
「…泣いてる?」
「うるさい!泣いてない!」
風香が泣き声でそう言う。
そんな風香を見た茜は、彼女を強く抱きしめた。
「心配してくれて、ありがとうね」
「心配なんか…してないし」
しかしそんな中、武司は茜を疑いの眼差しで見ていた。
「(何故、D細菌の名前を知っている…?)」
「…何かしら?」
視線に気付いた茜が武司を見返す。
武司は咄嗟に質問を考えた。
「あんた、銃は持ってないのか?」
「大丈夫よ。無くても戦えるわ」
「…そうか」
茜の返答に、武司の疑いは更に深まる。
「(少なくとも、ただの生存者では無いな…)」
「あの…」
武司の隣に居た瑞希が口を開いた。
「紹介が遅れたわね。神崎茜よ」
茜は瑞希が訊こうとした事を答えた。
「あ…、桜井瑞希です」
「よろしくね、瑞希ちゃん」
微笑みかける茜。
瑞希は思わず笑顔になった。
「さて、そろそろ先に進むぞ」
武司が3人を見て言う。
茜は今だに抱きついたままの風香を剥がそうとしながら頷いた。
「そうね。…風香ちゃん、そろそろ離れよっか」
「…しょうがないなぁ」
その後、茜が加わり4人になった地下捜索チームは、武司を先頭に先へ進み出した。
一番後ろに付いて背後を警戒していた茜が、武司に聞こえないように風香に訊く。
「…あの男、何者なの?」
「おじさんの事?特殊なんとか部隊って言ってたよ」
「そうじゃなくて…。いえ、何でもないわ…」
茜は諦めたように列の後ろに戻った。
そして、武司の背中を見る。
「(私の正体、バレてないわよね…?)」
武司と茜は、お互いを疑いの目で見るようになった。
「(まぁ、今の所は敵でも無さそうだし、しばらく様子を見てみるか…)」
武司は捜索状況を有紀奈に連絡しようと、無線機を取り出した。
「速水、聞こえるか?」
和宮病院エントランス…
「さて、どこから当たろうかしら」
「とりあえずここから離れましょうよ…」
晴香が辺りに転がる死体を見て、探索する場所を決めている有紀奈に懇願する。
「あら、慣れたんじゃないの?」
「うぅ…、こんなに転がってたら耐えられませんよ…」
「それもそうね。じゃあ、廊下の方でも調べましょう」
「はい…」
2人はエントランスから離れ、廊下を歩き始める。
しかし、エントランスほどでは無かったが、廊下にも死体は多かった。
晴香が弱音を吐く。
「勘弁してよぉ…」
「我慢しなさい。…にしても、確かに多すぎるわね」
「みんな、患者に襲われた人達なんですかね…?」
「恐らく…ね」
有紀奈は何かに納得しない様子だった。
それに気付いた晴香が、有紀奈の顔を覗き込む。
「…どうしたんですか?」
「…患者が1体も居ないのは、おかしくないかしら」
「そう言えば…」
その時、晴香の言葉を遮るように突然、廊下の窓ガラスが割れて複数の患者が現れた。
それと同時に、廊下に並ぶ扉もいくつか開き、そこからも患者が現れる。
2人はあっという間に、約20体近くの患者に囲まれた。
「い…いきなりすぎるわよ!」
「有紀奈さん!こっちです!」
晴香はすぐ近くにあった扉を開け、有紀奈を引っ張って中に入った。
すぐに扉を閉めて2人掛かりで抑える。
有紀奈は扉を抑えながら部屋の中を見渡し、何かを見つけて走っていった。
「晴香ちゃん!ちょっと頑張ってて!」
「えぇ!?ま、待ってくださいよ!」
晴香は突然の事に動転しながらも、必死に扉を押さえ続ける。
しばらくして戻って来た有紀奈が、部屋に置いてあったベッドを押して持ってきて、扉の前に配置した。
有紀奈は少し安堵した様子で扉を見る。
「これでしばらく大丈夫かしら」
「急いで脱出しないと…」
晴香は部屋の中を見渡し、脱出できる場所を探す。
すぐに窓を見つけ、そこに駆け寄った。
「ここから出られそうですね!」
「…ちょっと待って!」
有紀奈は慌てた様子で、窓を開けようとした晴香を止めた。
そして、無言で窓の外を指差す。
晴香が窓の外を見てみると、まだこちらに気付いていない患者が数体彷徨いていた。
晴香は小声になって有紀奈に訊く。
「ど…どうするんですか?」
「…あそこの非常階段、見える?」
「見えますけど…、結構距離ありますよ?」
「他に道は無いわ。外の患者に気付かれないように行くわよ」
晴香は後ろを振り向き、扉を見ながら廊下に居る患者を思い出して溜め息を吐いた。
「それしか…無いですよね」
「無いと思うわ」
「…わかりました。行きましょう」
窓は大きめな造りだったので、くぐる事は簡単だった。
2人は壁沿いにゆっくり歩き始める。
「(こういう時、何か踏んづけて音が出るのってお約束だよね…。気を付けなきゃ…)」
晴香は足元を見ながら慎重に歩いた。
「…止まって」
有紀奈が突然立ち止まり、非常階段を見ながら晴香に囁く。
晴香は有紀奈の視線を辿り、立ち止まった意味を理解した。
「いい位置に居るもんですね…」
非常階段の目の前に居る1体の患者を見ながら呟く晴香。
「…よし」
有紀奈は足元に落ちていた小石を拾い上げ、非常階段から離れた場所に投げた。
患者が音に反応し、小石の元に歩いていく。
「ふぅ…。行きましょう」
「天才ですね」
全てが上手くいったと思ったその時だった。
『速水、聞こえるか?』
「ッ!?」
無線機から流れた武司の声に、その場に居る患者が全員反応した。
『おい、聞こえてるか?とんでもない事が…』
「「バカぁ!」」
非常階段を目指して走り出す2人。
有紀奈は走りながら無線機の電源を切った。
「何で切っとかないんですか!」
「切るの忘れてたの!」
階段を登り、有紀奈が2階の廊下へ続く扉を開けようとする。
しかし、扉は鍵が掛かっていた。
「3階に上がりましょう!」
「…いえ、今の地形を利用すれば、全滅できるかも」
有紀奈はそう言って階段の下を見下ろし、患者の数を確認する。
「11体ね。晴香ちゃん、迎撃するわよ」
「で…出来るんですか?」
「3階に行ったって、鍵が掛かってたら同じ事じゃない。それなら、ここで全滅させましょう。危なくなっても退路はあるわ」
「了解です!」
有紀奈が最初に言った通り、地形は彼女達に味方していた。
先頭に居る患者を撃てば、その患者が後ろに居る患者を巻き込みながら転がり落ちていくので、接近される心配は無かった。
しかし、11体以上は倒したはずなのに、患者は次々と階段を登ってくる。
「ど…どうなってるの!?」
「有紀奈さん!私達が出て来た窓から、患者がどんどん出てきてます!」
有紀奈は窓から流れるように出て来る大量の患者を見て舌打ちする。
「もう扉を破ったのね…」
「このままじゃ、弾が無くなっちゃいますよ!」
「晴香ちゃん、階段の方をお願い」
有紀奈が自分のサブマシンガンを晴香に渡し、手榴弾を2つ取り出す。
「…1つでいいんじゃないですか?」
「こ…今回は2つで合ってるはずよ!」
有紀奈は手榴弾のピンを抜き、患者が出て来ている窓に向かって立て続けに投げた。
2回の爆発に、そこにいた全員の患者と、その付近の建物が粉々になった。
「今までで一番酷いです!」
「うるさい!何とかなったからいいのよ!」
それから、階段の下に居る残りの患者を全滅させた後、2人は3階へ登っていった。
有紀奈は登った先にあった3階の廊下に続く扉を開けようとする。
「やっぱり、開かないわね」
「1階に戻るのは…」
「自殺行為になるわ」
「ですよねー…」
ふと、有紀奈が武司の連絡を思い出し、無線機を取り出した。
「そういえば、さっき何か言ってたわよね」
「…あの時、"バカ"って言っちゃった気がします」
「良いんじゃない?私も言ったわけだし」
「良くないです!」
有紀奈は無線機の電源を入れ、武司に向けて話し始めた。
「山口、私よ」
『やっと出たか…。何があった?』
「患者から逃げてたの」
『なるほど。それで、何故俺は"バカ"と言われた?』
「バカな事をやってくれたからよ」
『…は?』
武司が何かを言おうとしたが、有紀奈が先に喋って遮った。
「さっき何か言ってたけど、どうしたの?」
『…地下にあった霊安室を調べてみたんだが、死体が無かった』
「死体が…?」
『あぁ。恐らく、D細菌の実験に使ったんだと思う。…そっちは何かあったか?』
「いいえ」
『そうか。こっちは引き続き、地下を調べてみる』
「了解」
有紀奈は無線を切り、溜め息を吐いた。
「さて…、今からどうしましょ」
和宮病院2階廊下…
「冴島さんって、彼女とか居ないんですか?」
「殺すぞ」
「…居ないんだ」
有紀奈達が居た1階に比べ、達也と美咲が捜索している2階には死体が少なかった。
「関係の無い事を訊くな。一歩間違えば死ぬんだぞ」
「もしかして、女友達も居ないとか?」
「いい加減にしろ。撃たれたいか」
「すみませんでした」
患者も1体すら見えず、美咲は達也に軽口を叩くぐらい安心していた。
「けっ…、あのチビよりマシだと思ったが、お前も変わらんな」
「どういう意味ですか!」
「あいつとは違う意味でうぜぇんだよ」
「ひどい!そんなんじゃ彼女できませんよ!」
「お前なぁ…」
その時、ガラスの割れる音が2人に聞こえた。
「1階からか…?」
近くの窓を開け、下を見下ろす達也。
大量の患者が、1階の廊下に入り込んでいる光景が見えた。
「…速水達、大丈夫か?」
「多いですね…10体以上は居ますよ?」
「構わねぇ。見に行くぞ」
2人は階段の元へ走っていった。
「離れるなよ」
「わかってますって」
階段を降りて1階の廊下に出る。
しかし、既に大量の患者で埋め尽くされていた。
「何だこの数…」
「有紀奈さんは…!?」
「…大丈夫だ。多分、別の場所に居る。上に戻るぞ」
「え…?戻るんですか?」
「数が多すぎる。多勢に無勢だ」
2人は階段を登って2階に戻るが、1階に居た患者も何体か付いてきてしまった。
「付いてくんな!」
達也が階段を登ってくる患者に発砲する。
5体ほど倒した所で、患者は居なくなった。
「これだけか…」
「残りは1階に居る…って事ですよね?」
「そういう事だ。一応、速水に連絡を…」
その時、外から爆発音が2回鳴り響いた。
「今度は何だ!?」
「こっち側です!」
美咲が窓の下を見てみると、大量に転がる患者の死体と、地面に付いている爆発の跡を発見した。
「爆発の跡…だな」
達也もそれを見て呟く。
すると、美咲が突然、窓から身を乗り出した。
「おい、早まるな」
「銃声が…聞こえます」
「あ?」
「銃声ですよ!銃声!」
それを聞いた達也は、彼女に倣って窓から身を乗り出して耳を澄ました。
「…あっちの方か」
銃声の主は有紀奈と晴香だったが、彼女達が居る非常階段は2人から見て死角の場所にあった。
「非常階段がある方ですね。行ってみますか?」
「よし、行こう」
2人が非常階段に向かっている途中、達也が無線機を取り出した。
「速水、おい速水」
「…通じないんですか?」
「電源を切ったみたいだ。何故かはわからんが…」
そして、非常階段への入り口に着いたが、達也がドアノブを回して鍵が掛かっていることに気付く。
「くそ、鍵が掛かってやがる…」
その時有紀奈達は丁度、非常階段の3階部分に居た。
第8話 終