第7話
第7話
"合流"
4人が公園に向かっている途中、空は徐々に薄暗くなっていき、夜に近付いていた。
視界が悪くなった街では、患者がどこに潜んでいるのかが昼に比べてわかりづらくなった。
「暗くなってきましたね…」
「気を引き締めろよ」
達也が3人に注意を促す。
ふと、風香が武司を見て訊いた。
「おじさん、腕の方は大丈夫なの?」
「あぁ、今の所は何ともない」
武司が言う通り、彼の様子に異常は見当たらなかった。
達也が腕を組んで考える。
「だとすると、やっぱり噛まれた場合なのか?」
「わからん。だが、患者の体液が身体に入らなければいいのかもしれんな」
「つまり、爪で引っ掻かれたりしても大丈夫なんだ」
風香は納得した様子で頷いた。
その時、美咲が前方に何かを見つけて立ち止まる。
「待ってください。…あれ」
それは、人間を探して彷徨いている暴走状態の患者だった。
「何だ、笑ってやがるぞ」
達也が患者の笑い声を聞いてそう呟く。
しばらく様子を見ていると、その患者は1体だけじゃない事に気付いた。
武司が顔をしかめる。
「4体…、いや5体か?」
「様子がおかしいです…。逃げましょう」
美咲が迂回路を探す。
しかし、患者の1体がこちらに気付いた。
「気付かれた!」
舌打ちをする達也。
「来るよ!」
風香の掛け声と共に、戦闘が始まった。
4人はまず、5体の中の先頭に居る患者に集中砲火する。
蜂の巣になったその患者は倒れたが、残っている患者は変わらぬ速さで走ってきていた。
4人が再び銃を構え、今度は4体纏めて掃射する。
すると、2体の患者が倒れて動かなくなった。
残りの2体を仕留めようとするが、4人は銃の弾が無くなった事に気付き、素早くハンドガンを取り出す。
同時に4人の弾丸を受け、その2体も倒れて動かなくなった。
患者が全滅した事を確認し、4人は銃を下ろす。
風香は銃を再装填しながら、得意気な顔で達也を見た。
「ほら、私達が居た方が良いでしょ?」
「…かもな。先を急ぐぞ」
達也は他の患者が居ないか辺りを見渡した後、美咲に道案内を頼んだ。
「もうそろそろ着きますよ。…あ、見えました」
美咲が指差した方向に、晴香と有紀奈の待つ緑木公園が見えた。
「緑木公園って、ここの事だったんだ」
公園を見て、風香がそう呟く。
「…え?風香ちゃん、知らなかったの?」
「昔遊んでた公園の名前って、意外と知らないもんだよね。おじさん」
「何故俺に振る」
公園の駐車場に着くと、まず最初に有紀奈と晴香が仕留めた患者の死体が見えた。
駐車場を抜けて、公園の案内板の前に行き、達也が無線機に話し掛ける。
「速水、着いたぞ」
『遅かったわね。遊具エリアの方に居るわ。駐車場から見て右側よ』
達也が遊具エリアに続く道を見る。
「了解。生存者は無事か?」
『えぇ。2人共ね』
「2人?」
『公園に居た少女を確保したのよ。今、一緒にいるわ』
「…何か、少女ばっかだな。まぁいいや、今から向かう」
『了解』
達也は無線を切って、再び遊具エリアに続く道を見た。
「不気味だな…」
「いい道あるよ。こっち」
風香がそう言って向かった先は、晴香が有紀奈に案内したルートと同じだった。
「ここを抜ければ、遊具エリアだよ」
「へぇ、知り尽くしてるな」
「ここでやるかくれんぼは、無敗だったからね」
「…そうかい」
4人は遊具エリアに着くと、アトラクション型の遊具の上でこちらに手を振っている有紀奈の姿を見つけて、そちらに向かった。
「よう。楽しそうだな」
「患者を避けるには便利なのよ?あなた達も登ってきて頂戴」
その遊具の上に行くには、ハシゴの代わりに付けられている網を登る必要があった。
達也が溜め息を吐く。
「面倒くせぇなぁ…」
すると、美咲が顔を少し赤らめて、達也と武司に言った。
「…あの、先に2人に登ってもらってもいいですか?」
「どうして?」
達也が訊くと、風香が自分のスカートの裾をつまんで言った。
「変態」
達也の表情が一瞬で暗くなる。
「変態…だと」
武司は笑いながら網に手を掛けた。
「はっはっは!ほら、行くぞ冴島!」
「俺が…変態…だと」
美咲は落ち込んでいる達也を見て、風香に小声で言った。
「変態は言い過ぎだよ!」
「あれ?男って、"変態"って言われると喜ぶって聞いたことあるんだけど」
「それは一部の人だけ!っていうかどこで聞いたのよ!」
4人は全員登り終わり、遊具の上に7人が揃った。
「風香…無事で良かった…。どこに行ってたの?」
「…母さんの病院」
「…本当に?」
「こっち来て」
風香は遊具の隅に晴香を連れて行き、母親の最期の事を話し始めた。
一方で美咲は、有紀奈の姿を見るなり、突然胸に飛び込んで泣き始めた。
困惑する有紀奈。
「ちょっと…美咲ちゃん…」
「ごめんなさい…有紀奈さん…」
「いいから、泣かないで…」
有紀奈は美咲の頭を、そっと撫でた。
友人の亡骸が残っている遊具を見ていた瑞希の元に、武司が歩み寄る。
「山口武司だ。よろしくな、お嬢ちゃん」
「桜井瑞希です」
「その制服、赤城のお嬢ちゃんと同じ学校か?」
「はい。あの、警察の方…ですか?」
「特殊兵器対策部隊の者だ。そっちの茶髪が速水有紀奈、あっちで煙草を吹かしている奴は冴島達也だ」
武司は有紀奈と達也を指差して紹介する。
その後、瑞希が見ていた遊具を見て、武司が訊いた。
「あの遊具に、何かあるのか?」
「…友人が、噛まれたんです」
「…なるほど」
瑞希は友人の事を思い出し、思わず泣きそうになる。
そんな彼女の背中を、いつの間にか後ろに居た風香が叩いた。
「元気出しなよ。瑞希」
「風香ちゃん…」
「大切な人を亡くした気持ちは、私にもわかるけどね」
風香がそう言い、晴香と目を合わせる。
「あの子の為にも、泣かないで頑張ろ?」
晴香が瑞希に優しく笑いかる。
瑞希は目をこすり、武司と晴香と風香を見た。
「ありがとうございます…!」
すると、有紀奈がこちらにやって来てこう言った。
「みんな、ここで少し休むわよ。疲れてるでしょ?」
「言われてみれば…、少し疲れたかも」
風香が体を伸ばして欠伸をする。
その欠伸は晴香にも移った。
「…決まりね。休憩時間は1時間よ。全員、遊具から降りないように」
その後、晴香と風香と美咲と瑞希の4人はすぐに眠ってしまった。
4人の寝顔を見て微笑む有紀奈。
「相当、疲れてたのね」
「こんな事に巻き込まれたら、当然だろう」
「それもそうね。…冴島?」
有紀奈が、噴水エリアへと続く道を見つめている達也に呼び掛ける。
「…何だ?」
「どうしたのよ。ボーっとしちゃって」
「…お前、爪の長い患者は見た事あるか?」
「…無いけど」
達也の言葉を聞いた武司が、遊具の下を見下ろしながら呟いた。
「あいつなら、この高さぐらい何ともないな…」
「それが気がかりなんだよ」
「それなら、私達が見張りましょう」
3人はそれぞれ銃を持ち、遊具エリアを見渡し始める。
数体の患者が彷徨いてはいたが、こちらに気付く様子は無かった。
「通常の患者なら、気付いたとしても登っては来れないだろうな」
「だがよ、笑う患者は登ってくるんじゃねぇのか?」
達也がここに来る前に戦った暴走状態の患者を思い出す。
「登ってきたら蹴り落とせばいいさ」
「適当だな…」
しばらくして、達也がふと有紀奈を見てみると、彼女は銃を抱えたまま座り込んで寝息を立てていた。
「結局寝てんのかよ…」
「寝かせといてやろう。時間が来たら、起こせばいい」
「…俺も寝ていいか?」
「ダメだ。俺が暇になる」
「何だよそれ…」
そして1時間後…
「そろそろ時間だな。冴島、みんなを起こそう」
「ふぁ~…。死ぬほど暇だったぜ…」
「…あら、私寝ちゃってたの?」
達也の欠伸を聞いた有紀奈が目覚める。
「ガキ共、時間だ」
達也の呼び掛けに、風香以外の3人が目覚めた。
「…おい、てめぇも起きろ」
「…うるさいなぁ。起きてるよ」
「目を開けて立ち上がれ。5秒以内だ」
「指示されるのは嫌いなの」
達也は怒りを抑え、遊具の周りに患者が居ないか見渡した。
有紀奈が立ち上がり、武司を見る。
「とりあえず、この子達を脱出させましょう。それから…」
「あぁ、それなんだが…」
武司は有紀奈の言葉を遮り、風香と美咲が脱出しないで同行する事を話した。
それを聞いて呆れる有紀奈。
「あなた達ね…、最悪死ぬ可能性だってあるのよ?よく考えて…」
「じゃあ、私も行きます」
晴香が有紀奈の言葉を最後まで聞かずに、そう言った。
何かを言おうとした有紀奈を、武司が遮る。
「速水、この子達は何を言っても付いてくるだろうよ。危険極まりないが、連れて行こう」
「あんたまで…」
「ガタガタうるせぇ。こいつらだって覚悟の上で言ってんだ」
達也が頭を掻きながら言う。
「…わかったわよ。ただし、絶対に1人で行動しないこと。いいわね?」
晴香、美咲、風香の3人が頷き、7人は遊具を降りた。
患者に気付かれないように遊具エリアを出て、駐車場まで来た時に、瑞希が風香に小声で訊く。
「ねぇ風香ちゃん。…今からどこに行くの?」
「事件の発祥地」
「…それって危なくない?っていうか私も行く感じになってる?」
「いいじゃん別に。きっと退屈しないよ」
「退屈とかそういう問題じゃないんだけど…」
「いいから黙って付いてくればいいの」
「わ…わかった」
駐車場を抜けた先で、達也が辺りを見渡す。
「"イプシロン"って何処だっけ」
「確か、和宮病院っていう場所だった気がするわ」
有紀奈の返答に、晴香と風香が反応する。
「和宮…病院?」
「晴香ちゃん、知ってるの?」
「母さんが入院してた病院」
有紀奈の質問に、風香が答える。
すると、今度は美咲が風香に訊いた。
「お母さん、退院したの?」
「…死んだ」
風香の言葉に、沈黙が訪れる。
「…患者にやられたのか?」
沈黙を破ったのは達也だった。
「いや、私が行った時にはもう患者になってた」
「私が行った時?」
有紀奈が訊く。
「…勝手にはぐれた事は謝るけど、とにかく母さんが心配だったから」
「責めてるわけじゃないわ。…病院の様子はどうだった?」
「死屍累々」
「…そう」
「あの…、病院に行って何をするんですか?」
ずっと黙っていた美咲が口を開いた。
「あの病院の入院患者で、何者かがD細菌の実験をしていた可能性があるらしい。それを調べに行く」
達也が答える。
「D細菌って…何ですか?」
おずおずと訊いてきたのは瑞希だった。
「人間を患者に変えちまうウィルス…とでも言っておく」
達也の言葉に、瑞希は思わず友人の事を思い出してしまう。
そんな彼女の様子を見ていた風香が、病院へ続く道を指差して言った。
「話はもういいから早く行こうよ。ここに居たら危ないんじゃないの?」
その言葉により、7人は病院に向かった。
歩いている途中、風香が有紀奈の隣に行き、こんな事を訊いた。
「速水さんって、歳いくつなの?」
「…何よ急に」
「ちょっと気になったんで」
「そう言えば、私も気になるな…」
そう言って、晴香も有紀奈の隣に来た。
「確かに、有紀奈さんっていくつなのかな?」
美咲は晴香の隣に並ぶ。
「ど、どうでもいいでしょ?歳なんか…」
「教えてよ~」
風香が笑いながら言うと、有紀奈は真顔でこう答えた。
「…19よ」
「えっ」
「あっ」
「………」
驚く晴香、何かを察した美咲、無言になる風香。
「あ、あなた達!いつ患者が襲ってきても良いように気を引き締めなさい!」
有紀奈の顔が、見る見るうちに赤くなっていった。
前列を歩く武司が、隣に居た瑞希に小声で訊く。
「やっぱり、女は若く見られたいもんのか?」
「それはそうですよ」
「へぇ…」
達也はひたすら、笑いを堪えていた。
和宮病院…
「結構、でかいな」
捜索地帯"イプシロン"である和宮病院に到着し、達也が病院を見上げて呟く。
「手分けして捜索しましょう。地下に3人、上の階に4人で分かれるわよ」
「俺は地下に行こう。他は?」
武司がそう言うと、風香が前に出た。
「私も地下で」
「私もいいですか?」
瑞希が武司に訊く。
「いいとも。こいつを持っておけ」
武司はハンドガンを取り出し、瑞希に渡した。
「あ…ありがとうございます…」
「無理に使わなくて良い。使わざるを得ない状態になったら使いな」
「は…はい」
「チーム分けは大丈夫ね。さ、行くわよ」
有紀奈がそう言い、7人は病院の中へ入っていく。
風香以外の6人が、中の惨状に思わず怯んだ。
「みんな気を付けて、動くかもしれないよ」
風香が辺りに転がる患者を見ながら6人に言う。
瑞希は口と鼻を抑えながら呟いた。
「酷い臭い…。皆さんすごいですね…」
「慣れちゃったからね…」
晴香が溜め息混じりにそう言う。
有紀奈は地下へと繋がる階段を見つけ、武司、風香、瑞希の3人を見た。
「それじゃあ、ここで分かれましょう。何か見つけたら、ここで落ち合うわよ」
「了解。行くぞ、2人共」
3人は地下へと繋がる階段を降りて行った。
「私達も行きましょう。まずは1階よ」
「速水、少し危険だが、1階と2階を手分けして捜索しねぇか?」
達也が有紀奈に提案する。
すると、美咲が達也を見て言った。
「それなら私、冴島さんと行きます」
「わかったわ。あなた達は2階をお願い」
「了解。篠原、行くぞ」
4人は更にチーム分けをして、それぞれ1階と2階の捜索を始めた。
第7話 終




