第6話
第6話
"患者の突然変異"
和宮高校…
4人は生存者が居ると思われる教室の前で、静かに中の様子を窺っていた。
「静かだな」
達也が小声で呟く。
すると、武司がハンドサインで、達也に"突撃しよう"と告げて扉の前に立った。
達也は扉の横に張り付き、武司の合図を待つ。
風香と美咲も、焦った様子で達也の後ろに付いた。
そして、武司が合図と共に扉を蹴破った。
4人は素早く部屋に入り、敵影の有無を確認する。
「クリア」
達也のその言葉で、3人は銃を下ろした。
そして、教室に漂う悪臭に気づく。
「血の臭い…か」
武司が辺りを見渡しながら呟く。
「あ…」
美咲がロッカーの近くで何かを見つける。
それは変わり果てた姿の生存者だった。
達也が舌打ちする。
「手遅れだったか…」
その時、突然教室の窓ガラスが割れ、何かが飛び込んできた。
4人は一斉に銃を構える。
「何よあれ…」
教室に飛び込んできた物を見て、美咲が震えた声で呟く。
その正体は、壁に張り付けるほど発達した鋭利な爪を持った患者であった。
「こんな奴、見た事ねぇぞ!」
達也はそう言って、その患者から距離を取る。
すると突然、患者が達也の元に信じられない早さで接近した。
そして、達也の頭に爪を振り下ろす。
「うぉッ!?」
達也は爪が当たる寸前に、左に転がって攻撃を避けた。
患者は床に刺さった爪を引き抜き、達也が転がった方向に歩いていく。
その時、風香が患者の足元に椅子を投げた。
耳障りな音が教室に響く。
患者は椅子が落ちた所に歩いていき、辺りを見渡し始めた。
その様子を見ていた風香が小声で呟く。
「やっぱり…。あいつ、目が見えないんだ」
武司も風香に倣い、小声で訊いた。
「…音で敵を探してるって事か?」
「そうみたい。…良い作戦があるんだけど」
「言ってみな」
風香は静かに武司の隣まで行き、作戦を告げた。
一方、達也は転がった所から立ち上がらずに、静かに様子を見ている。
そして美咲は、風香の作戦に耳を傾けていた。
患者は相変わらず、辺りを見渡してその場から動かない。
「よし、行くよ」
風香はそう言って、近くにあった椅子を自分の前の床に思い切り叩き付けた。
患者が反応し、風香の元に飛びかかる。
風香は患者に気付かれないように、その場から離れた。
患者は風香が居た場所に爪を振り下ろす。
そして、息を殺して潜んでいた武司が、ショットガンを患者の頭に突き付けて、引き金を引いた。
患者の首から上が無くなる。
しかし、患者が最後の力で振り回した爪が、武司の左肩に突き刺さった。
「ぐぅ…!」
武司は患者を蹴り飛ばして、壁にもたれかかる。
蹴られた患者は倒れ、そのまま動かなくなった。
「おっさん!」
達也が武司の元に駆け付ける。
武司は負傷した左肩を右手で押さえながら、力無く笑った。
「ははは…。死に際の攻撃は、予想外だったな…」
風香は武司の傷口を見て泣きそうになる。
「おじさん…。私の作戦のせいで…」
「自分を責めちゃいけねぇよ。お嬢ちゃんの作戦は最善策だった。俺に、運が無かっただけさ」
「出血が…!早く保健室に行って手当てしましょう!」
4人は美咲の提案で、保健室に向かうことにした。
達也が武司の肩を持ち、風香と美咲が先導する。
保健室は1階にあるので、4人はまず階段に向かった。
しかし、階段の前に複数の患者を発見する。
「邪魔しないで!」
美咲は銃を構えて、患者を撃ち始める。
風香も患者に少しずつ近付きながら発砲し、正確に弾を命中させていく。
そして風香が、最後の1体に跳び蹴りを放った。
蹴られた患者は階段を転がり落ちていき、下まで着いた時には、首がありえない方向を向いていた。
美咲が風香を見て唖然とする。
視線に気付いた風香は、美咲を見てこう言った。
「1回、やってみたかったの」
「そ…そう」
階段を下りて1階の廊下に出ると、そこにも複数の患者が待ち受けていた。
「おっさん。ちょっとここで待っててくれ。あと、これ借りるぜ」
達也が武司を階段に座らし、武司のショットガンを持って先導する2人の隣に行く。
「援護する。早めに片付けるぞ」
「どうも」
「…そこは、"ありがとうございます"じゃないのか?」
「いいじゃん別に」
「…まぁ、いいんだよ?うん」
3人は正面に居る患者に向かって発砲を始める。
達也の撃つショットガンが強力な事もあり、患者は1体も3人に接近できずに全滅した。
達也が武司の元に戻る。
「待たせたな。行くぞ」
美咲と風香が先に保健室の中を調べ、安全を確認した後、2人を連れてきた。
達也は武司をソファに座らせ、止血する為の道具を探す。
「あ、そう言えば」
風香がポケットから、病院で茜に渡された止血剤を取り出した。
「でかした!」
達也はそれを受け取り、包帯を持ってきて武司の左腕を治療した。
「…そう言えば、血液感染するんだったな」
治療している途中で、武司がそう呟いた。
「黙ってろ!噛まれてなけりゃ大丈夫だ!」
達也は不安になり、思わず声を荒げた。
「まぁ、今の所は大丈夫だ。もしも"その時"が来たら、意識がある内にみんなから離れる」
「そんな…」
武司の言葉に、美咲が動揺する。
風香は、何て声を掛ければ良いのかわからずに、ただ黙っていた。
場の空気が重くなり、耐えられなくなった武司が突然、笑い出した。
「はっはっは!まだ死ぬと決まった訳じゃないんだ。冴島の言う通り、噛まれなければセーフなのかもしれん。ほら、先を急ぐぞ」
「怪我は…?」
風香が心配そうに訊くと、武司は相変わらず笑いながら答えた。
「血は止まったから大丈夫さ。心配かけたな」
すると、達也が武司の元まで行き、借りていたショットガンを返した。
「…おっさん。少しでもおかしいと思ったら、誰かに言えよ。いいな?」
「わかってらぁ」
4人は保健室を出て廊下を進む。
途中で、美咲は辺りに漂う血の臭いに慣れてしまった事に気付いた。
「(慣れって怖いな…)」
既に全滅させてしまったのか、玄関に着くまで患者は1体も出てこなかった。
4人は校庭に出ると、いつもより外の空気を清々しく感じた。
「さてと、とりあえずガキ共を脱出させるか」
「そうだな。その後、"イプシロン"の捜索に移ろう」
「え?冴島さん達は脱出しないんですか?」
美咲が訊くと、武司が答えた。
「俺達の任務は生存者の救出と、ある場所の捜索なんだ」
「ある場所の捜索…?」
風香が武司の言葉を繰り返す。
「そうだ。発祥地と思われる場所らしい」
「…有紀奈さんも、行くんですよね?」
「あぁ。君達を脱出させた後に、合流して向かう」
美咲はそれを聞いて、もじもじしながら武司にこんな事を頼んだ。
「私も…連れてってくれませんか?」
「おや、何故だい?」
「有紀奈さんに…、しっかり謝りたいし…」
美咲がそう言うと、風香も武司に訊いた。
「じゃあ、私も行って良いよね?」
「おい待てガキ共。付いて来たら、生きて帰れるかはわからねぇぞ。それでも付いてくんのか?」
達也の忠告に、美咲は強く頷いて見せた。
「はい。大丈夫です」
「…これじゃ、止めても勝手に付いてくるな。そっちは何で付いてくるんだ?」
達也が風香に訊くと、彼女は茜がくれた銃を見ながら答えた。
「…あいつが心配だから」
緑木公園噴水エリア…
「…噴水、改めて見ると酷いですね」
有紀奈の手榴弾が破壊した噴水を見て、晴香が苦笑いする。
「しょ…しょうがないじゃない。敵の数が多かったんだから」
「それはありますけど…」
「ほら、進むわよ!」
2人は噴水エリアを出て駐車場の近くに出た。
ここで患者に遭遇した事を思い出し、銃を構えながら進む2人。
すると、遊具エリアに続く道から3体の患者が現れた。
2人は素早く狙いを付けて、あっという間に3体とも射殺する。
「晴香ちゃん。才能あるわね」
晴香の撃った弾は、患者の頭を撃ち抜いていた。
「その才能は、喜んでいい才能なんですかね…」
晴香が困惑気味に言う。
その時、有紀奈の無線機が鳴った。
「冴島?」
『そうだ。こっちの用事は済んだ。まだ公園に居るのか?』
「えぇ。"アルファ"に居た生存者は何人?」
『…訊くな』
「…ごめんなさい」
有紀奈は救出が失敗した事を察した。
『とりあえず合流しよう。今からそっちに向かう』
「了解」
有紀奈は無線を切って、遊具エリアに続く道を見た。
「この道もちょっと危ないわね…。晴香ちゃん、迂回できないかしら?」
「できますよ。こっちです」
晴香は駐車場への道の向かいにある道に向かった。
その先には、ベンチや自動販売機などが沢山設置されている休憩所があった。
そこを通り抜けた先は、もう既に遊具エリアの一角だった。
「知り尽くしてるわね」
「最近は来てなかったんですけど、中はほとんど覚えてるんで」
遊具エリアには、ちょっとした小さい遊具から、一周するだけで疲れてしまいそうなアトラクション型の遊具などが沢山あった。
しかし、遊具の周りには死体や血痕などがあり、晴香の記憶にある公園の面影とは完全に違った。
「あちこちに患者が居るみたい。気を抜かないようにね」
「了解です」
2人は辺りを見回しながらゆっくりと進む。
1体の患者がこちらに気付いて近付いて来るが、有紀奈に一瞬で頭を撃ち抜かれる。
その時だった。
「助けてー!」
近くにあったアトラクション型の遊具の方から、助けを求める声が聞こえた。
2人がそっちを見てみると、遊具の上でこちらに手を振っている少女が居た。
そして少女がいる遊具の下には、大量の患者が蠢いていた。
「ちょっと多いわね…」
「どうするんですか?」
「…よし」
有紀奈が突然、空に向かって銃を発砲する。
患者は銃声に気付き、こちらに向かってきた。
「ゆ…有紀奈さん!?何やってるんですか!?」
「彼女が居る遊具から、患者を遠ざけるわよ」
2人は患者と一定の距離を保ちながら、ゆっくりと遊具から離れていく。
遊具から充分離れた時、有紀奈が手榴弾を取り出した。
晴香はそれを見て苦笑いする。
「…遊具を巻き込まないでくださいね」
「わ…わかってるわよ!」
手榴弾のピンを抜いて、患者の集団の真ん中に投げ込む。
凄まじい爆音と共に、患者は全員吹っ飛んだ。
「ふっ…。さて、行きましょうか」
「どや顔するのやめてもらえませんか…?」
すると、遊具の上に居た少女が2人の前にやって来た。
「ありがとうございます!助かりました!」
「どういたしまして。生存者はあなた1人かしら?」
「遊具の上にもう1人居ます!噛まれちゃったんですけど…」
それを聞いた2人が、顔を見合わせる。
遊具の上に駆けつけると、患者に噛まれた首を手で押さえている少女が居た。
「噛まれてどのくらい?」
「えーと…、1時間くらいです」
有紀奈の質問に、少女が曖昧に答える。
「…残念だけど、噛まれてしまった人は、みんな患者になるわ」
「か…患者?」
「あの化け物の名称よ」
それを聞いた少女の顔色が、一気に青ざめる。
「そ…そんな」
「楽にさせてあげましょう。…晴香ちゃん、向こうで待ってて」
「…わかりました。行こ?」
晴香が少女を連れて遊具から離れる。
そして、少女の気を逸らすために話しかけた。
「私、赤城晴香って言うの。あなたは?」
訊かれた少女は、驚いた様子で答えた。
「あ…、桜井瑞希です。…あの、赤城風香ちゃんのお姉さんですか?」
「あれ、妹の事を知ってるの?」
「私、風香ちゃんと同じ学校の生徒なんです」
晴香が瑞希と名乗った少女を改めて見てみると、確かに風香と同じ制服を着ていた。
「そうだったんだ。いつも仲良くしてくれてありがとね」
「…でも風香ちゃん、学校だといつも1人で居るんですよ。"1人の方が気楽"って言って」
「あの子、そういう風にいつも強がってるけど、本当は寂しがり屋なのよ」
瑞希がそれを聞いて驚く。
「そうなんですか?」
「だから、これからも一緒に居てあげてね?」
「勿論ですよ!」
一方…
「…私の声、聞こえるかしら?」
患者に噛まれてしまった少女に話し掛ける有紀奈。
「あ…あなたは?」
「まぁ、警察みたいなものよ。体の具合はどう?」
少女の体は震えており、目を開けているのも辛そうだった。
「頭が痛いです…。それに…何も考えられない…」
「(もうダメみたいね…)」
すると、少女は笑みを浮かべてこう言った。
「私を…殺してください。もうダメな事は自分が一番わかります。だから…早く楽になりたいんです…」
それを聞いた有紀奈は、銃を取り出して少女に構える。
「…友達に何か言いたいことはある?」
「いいえ…、さっき十分話しましたから…。」
「そう…」
有紀奈が引き金に指を掛けた時、少女が顔を上げた。
「待ってください…。あなたの…名前…、訊いてもいいですか?」
「…速水有紀奈よ」
有紀奈が名前を教えると、少女は笑って彼女を見た。
「速水…有紀奈さん。…ありがとう」
「…安らかに眠ってね」
有紀奈は引き金を引いた。
その銃声は、晴香と瑞希の場所まで届いた。
「あ…」
瑞希が遊具の方を見て、泣き崩れる。
彼女は友人に、最後に泣いてる姿を見せたくなかったので、ずっと涙を堪えていた。
晴香がそっと、抱きしめる。
「自分の事に泣いてくれる友達が居て、あの子も幸せだったはずだよ…」
悲しげな表情で戻ってきた有紀奈が、晴香にこう言った。
「早く終わらせるわよ。こんな悪夢…」
「…はい」
晴香は泣きじゃくる瑞希を見ながら、小さく頷いた。
和宮高校…
「篠原、この辺にある公園ってわかるか?」
「多分、緑木公園じゃないですかね」
達也の質問に答える美咲。
「案内してくれ」
「わかりました」
4人は校庭を出て、有紀奈達の待つ緑木公園へと向かった。
しばらく歩いた所で、周りを見ながら風香が呟いた。
「さっきから、1体も患者が居ないね」
「良いことじゃねぇか」
達也がそう言うが、武司はどうも落ち着かないようだった。
「おかしすぎる。1体も居ないってのは怪しいな」
しかし、次に4人が見た光景によって、その謎は解けた。
先程教室で戦った爪の発達した患者が、他の患者を捕まえて捕食していたのだ。
「なるほど、それじゃあ居ないわけだ…」
達也が銃を構えてそう呟く。
すると、武司が達也の銃を下ろさせた。
「気付かれないように逃げよう。音を立てなければ大丈夫だ」
「迂回しましょう。こっちです」
美咲が別の通路に向かう。
その先は、達也と武司と有紀奈の3人が最初に居た、森林地帯の近くだった。
達也が美咲を見て言う。
「ちょっと寄り道していいか?」
「はい。どこに行くんですか?」
「無駄にはならねぇハズだ。付いて来い」
そう言って、森林地帯の中に入っていく達也。
そこには、達也達が乗ってきた軍用トラックが止めてあった。
「中に武器と弾薬がある。好きなの持っていきな」
「え、いいんですか?」
「この状況じゃ誰も文句は言わねぇだろう」
一番先にトラックに入って行ったのは、風香だった。
「じゃあ遠慮無く」
「ほら、お嬢ちゃんも何か選びな」
「わ…わかりました」
達也と武司はそれぞれ使っている弾薬や手榴弾を持ち、風香はアサルトライフル、美咲はサブマシンガンを持って出て来た。
風香は上機嫌になって銃を見る。
「やっぱり、こういう感じの方が強いよね」
「慣れない内は連射しないで、単発で撃てよ」
達也が風香に、構え方や再装填の方法を教える。
美咲はその様子を見て、武司に銃の事を訊く事にした。
「おじさん。撃ち方教えてくれませんか?」
「そうだな…、これと言って無いんだが、冴島の言う通り連射はダメだ。肩が壊れるからな。ちょっと貸してみな」
武司は美咲の銃の射撃モードを、単発式に切り替えて渡した。
「これで大丈夫だ。狙いの付け方は、拳銃とあまり変わらないからな」
「わかりました。ありがとうございます」
そんな美咲を見て、達也が風香に言う。
「お前も篠原を見習ってみたらどうだ?年上に敬語を使う点とかな…」
「いいじゃん別に」
「…そうだよな。うん」
4人は準備を整え、緑木公園へと再出発した。
第6話 終