第3話
第3話
"D細菌"
和宮高校の前を通る時、先頭を歩く有紀奈が小声で3人に言った。
「戦闘はなるべく避けたいわ。奴らに…患者に気づかれないように行くわよ」
4人は静かに校門の前を通り抜ける。
有紀奈が校庭の様子を見ると、相変わらずの地獄のような光景だった。
後ろの3人は校庭を見ないようにして、前を歩く人の背中を凝視しながら歩く。
学校が見えなくなった所まで来た時、ようやく晴香が口を開いた。
「あの…。訊きたいことがあるんですけど…」
「あら、もう大丈夫なの?」
有紀奈が訊くと、晴香が俯きながら答える。
「まだ…少し気分は悪いですけど、さっきよりはよくなりました…」
「晴香…」
美咲が心配した様子で晴香を見る。
一方で有紀奈は安心したように微笑みながら訊いた。
「そう、よかったわ。…訊きたいことって?」
「単刀直入に訊きますけど…。どうしてこんな事になったんですか?」
有紀奈は説明を忘れていたらしく、晴香に謝る。
「ごめんなさい。私、説明するって言ったわよね」
そして、彼女は軽く息を整えてから話し始めた。
「要所だけ纏めて話すわね。この街で、大規模なバイオテロが行われた可能性があるの」
近くに転がっていた死体を一目見て、話を続ける。
「今、そこら中に居る化け物…私達は"患者"と呼んでいるけど、アレは最近発見された人工ウィルス、通称"D細菌"に感染した人間よ。…人間とは言っても、人としての意識は完全に無くなっているけどね」
曲がり角の先に敵が居ないことを確認し、再び歩き始める。
「私達特殊兵器対策部隊は、生存者の救出と、この事件の犯人を見つけ出して確保する為に送り込まれたの」
「犯人…!?」
晴香が、話に出てきた"犯人"という単語に驚愕する。
有紀奈は話を補完するように話し始めた。
「言ったでしょ?D細菌は人工的なウィルスだって。犯人の目的はわからないけど、何らかの手段で1人にでも感染させる事が出来れば、あとはその感染した1人が勝手に感染を広げてくれるから、犯人が何もしなくてもこの街を壊滅させられる…って所だと思うわ」
美咲が、学校のある方角を見て呟く。
「どうして…この街なの…?」
「それは犯人に訊かないとわからないわね。ここまでの被害なら、何か明確な目的があっての犯行だとは思うけど」
有紀奈が美咲の独り言に答える。
そして、有紀奈もまた独り言のように呟いた。
「…でも、こんなウィルスを作る事ができる人間なんて、そうそう居やしないわ。一体どんな奴が…」
有紀奈がそう言いかけた時、前方に居た患者がこちらに気づいて近付いてきた。
美咲が震える手で銃を構える。
「や…やってやるんだから!」
「頭を狙いなさい。そうすれば早く済むわ」
有紀奈が晴香と風香の前に立ち、銃を構えずに美咲を見守る。
美咲は患者の頭に照準を合わせ、引き金を引いた。
しかし、弾は狙った場所から外れ、胸辺りに命中する。
「な…何で!?頭を狙ったのに!」
「引き金を引く時に目をつぶっちゃダメよ。銃をしっかり安定させて撃ちなさい」
美咲は有紀奈の指示通り、銃をしっかり握り締め、敵の頭をしっかり見ながら引き金を引いた。
すると、弾は狙いから少しズレたものの、見事に頭を貫通した。
倒れて動かなくなった患者を見て、美咲が銃を下ろす。
「や…やったの?」
「上出来よ。これなら、安心して援護を任せられるわね」
「ゆ…有紀奈さん…」
美咲が泣きそうな表情で有紀奈を見る。
「患者って…元々は人間だったんですよね…。私…」
美咲は自分のやった事を冷静に考えると、体が震えだした。
有紀奈は動かなくなった患者を見て言う。
「彼らはもう人間じゃないわ。それに、一度感染してしまえば助からないの。それなら、いっそ楽にしてあげた方が、私は良いと思うけど」
「で…でも、治す薬が見つかるかもしれないじゃないですか!」
美咲が興奮気味に有紀奈に怒鳴る。
すると、有紀奈が今まで見せたことのないほどの厳しい表情を見せた。
「あなたの同情に付き合ってる暇は無いの。私達は先に行くから、そこで泣いてなさい」
「ッ…!」
美咲は歯を食いしばりながら涙を流し、この場から離れるように走り去ってしまった。
「美咲!」
晴香が叫ぶが、その声は届かなかった。
追いかけようとする晴香を、有紀奈が捕まえる。
「は…離してください!美咲が…」
「丸腰で患者に遭遇したら、どうするつもり?」
晴香はどうしていいのかわからなくなり、有紀奈を見て泣き出してしまった。
有紀奈は晴香を抱きしめて宥めるが、その時風香が居なくなってる事に気づいた。
「…はぁ」
溜め息を吐きながら無線機に話し掛ける。
「冴島、山口、今どこに居るの?」
少し遅れて、無線機から達也の声が聞こえてきた。
『患者の集団と鬼ごっこ中だ。お前も来るか?』
「遠慮しとくわ…。ちょっと色々あって、生存者が2人はぐれたの。ショートヘアーの少女と、ポニーテールの少女、見つけたら連絡して頂戴」
『了解。そっちから泣き声が聞こえるが、俺は突っ込まないぜ』
達也がそう言って無線を切った。
有紀奈は美咲が走って行った方向を見て小さく呟く。
「素直に…なりたいものね」
和宮病院付近…
「(母さん…!)」
目的地の病院に向かって、ひたすら走り続ける風香。
「(じっとしてる事なんてできないよ!有紀奈さんに言っても却下されるだろうし…)」
発祥地の病院に入院している母親が心配になり、風香は1人で病院へ向かうことにした。
しかし、病院の周りには患者も多く、風香は物陰に隠れたままで中々近付けない。
「(どうしよう…。いくら何でも突っ走るのは…)」
「あなた…何してるの?」
突然、後ろから声を掛けられ、体が固まる。
「あら、ごめんね。驚かすつもりは無かったのだけれど」
「あ…あなたは?」
そう言いながら振り向くと、有紀奈達とは違う軍服を着た、長い黒髪の女性が立っていた。
「私は…警察の者よ。あなたは生存者かしら?」
「…そうですけど」
風香は素っ気なく答える。
しかし、その女性は笑顔で手を差し出した。
「神崎茜よ。よろしくね。お嬢ちゃん」
「…風香です」
茜と名乗った女性の意外な反応に、風香は思わず手を取ってしまう。
「風香ちゃんって言うんだ。ここで何してたのかな?」
「母さんが病院に入院してるの。だから…」
風香の言葉を遮るように、茜が喋り出す。
「残念ねぇ。あの病院はもうダメよ。生存者は1人も居ないわ」
「そ…そんな!まだ行ってみないとわからないじゃない!」
動揺する風香。
「あら、じゃあ行ってみる?」
「え…?」
茜の言葉は、まるで散歩にでも行くかのような軽い響きだった。
彼女は消音機付きのハンドガンを取り出し、病院の入り口をパッと見た後、風香に視線を戻す。
「ちょっとここで待っててね。軽く"掃除"してくるわ」
「ちょ…ちょっと!」
風香が制止しようとする前に、病院の入り口へと歩いて行ってしまった。
当然、患者の1体が茜に気づき、他の患者も集まってくる。その時だった。
茜が突然、前に居る患者の首に向かって回し蹴りを放つ。蹴られた患者は勢いよく倒れ、首が有り得ない方向を向いていた。
更に、左右にいた2体の患者の頭を撃ち抜き、最後に背後の患者を見もせずに蹴った後、倒れたところに踵落としを入れた。頭が破裂し、内容物があたりに飛び散る。
その光景を見て、風香は呆然とするだけだった。
「ふぅ…。さ、行くわよ」
「は…はい…」
患者の頭から飛び散った内容物を見ないように、茜の元へ駆け付ける。
病院の玄関の扉はバリケードに覆われていたが、茜が蹴破り、中に入っていく。
病院のエントランスは酷い荒れようで、病院の人間や患者の死体などで溢れかえっており、充満している臭いは言い表せない程の物だった。
「ッ!?」
風香は胃からこみ上げてくる物を抑えようとするが、我慢できずに吐き出した。
茜が風香の背中をさする。
「まぁ…。そりゃあそうなるわね。大丈夫?」
「はぁ…はぁ…。す、すいません…」
よろよろと歩き始める風香の足元で、何かが動いた。
それは、さっきまで微動だにしなかった死体だった。
突然、風香の足を掴む。
「い…嫌…」
恐怖のあまり、風香は声が出せなかった。
患者が足に噛みつこうとした瞬間、茜が患者の頭を蹴りつける。
信じがたい事に蹴った頭はもげて、ボールのように転がっていった。
その光景に、風香がまた吐き気を抑えようとするが、無駄だった。
「はぁ…。ここにいたら色々ダメね。風香ちゃん、ここ離れましょ?」
「うぅ…」
茜の肩を借り、階段から二階へ上がる。
しかし、二階もあまりエントランスと変わらなかった。
茜は近くにあった使われていない病室に入り、ベッドに風香を寝かせる。
「しばらく休みましょうか。さっきのは流石にマズかったわね…」
茜が、血の付いた自分の靴を見ながら言う。
「何で…平気なの?」
かすれた声で、天井を見ながら風香が言う。
茜は近くにあった椅子に腰掛け、苦笑いした。
「慣れってヤツかしら?慣れたくもないけどねぇ…」
風香は改めて茜を見つめる。
よく見ると、彼女の軍服は警察の物とは思えない物だった。
それに加えて徒者ではない身のこなし。
茜を見つめたまま、風香が恐る恐る訊く。
「あなたは…何者なの?」
風香の目を見た後、茜は観念したように話し始めた。
「風香ちゃんが思ってる通り、警察ってのは嘘。私は生物兵器"D細菌"の開発組織に居た者よ」
風香の頭が真っ白になった。
言葉を発したかったが、驚愕のあまり口が動かない。茜が話を続ける。
「この街でD細菌が悪用されるっていう情報を知って来たんだけど、手遅れだったようね」
風香がゆっくりと口を開き、小さい声で喋った。
「あ…あんたのせいで…」
「恨まれる仕事って事は承知の上よ。…私を殺す?」
茜はハンドガンを取り出し、風香に渡す振りをした。
風香は茜を睨んで、震えた声で怒鳴る。
「ふざけないでよ!どうして…そんな物作ったのよ!」
「依頼は絶対なの。…でも、完成してから気づいたわ。こんなの間違ってるって。だから私は、組織を裏切ってここに来たの」
「何のために…」
「罪滅ぼし…かな?」
茜は力無く笑い、椅子から立ち上がった。
「虫の良すぎる話よね。私が許せないなら殺してもらっても構わないわ。当然の事だもの」
風香はベッドから起き上がって、茜の前に立つ。
そして突然、茜の頬を思い切りひっぱたいた。
乾いた音が部屋に響く。
「痛ッ!」
「…とりあえず、今はこれで許しとく」
小声で呟く風香。
叩かれた茜は思わず呆然として風香を見つめる。
見つめられる事が苦手な風香は、茜から目をそらした。
「ま…まだ完全に許した訳じゃないから!」
風香が横目で茜を見てみると、彼女は涙を流していた。
思わず困惑する風香。
「え…?そ、そんなに痛かったかな…?」
「いえ、違うの…。ごめんなさい…本当に…」
茜は風香を優しく抱き締めて、一言だけ言った。
「ありがとう…」
第3話 終