最終話
最終話
"始まりの終わり"
和宮町から少し離れた場所にある、多くの水田に囲まれた道。
茜が運転しているトラックは、その道を走っていた。
「茜」
ずっと隣で黙っていた風香に突然名前を呼ばれ、茜は少し反応が遅れる。
「…なーに?」
「あの患者の事、説明してよ」
風香の言葉を聞いて、後ろの3人も茜に視線を移した。
「…あの患者はね、合同庁舎で山口のじいさんを殺した張本人よ」
「…え?」
茜は話を続ける。
「合同庁舎に居た時、有紀奈と2人で10階を探索していた時に会ったの」
「私達が屋上に居た時…ですか?」
「えぇ、そうよ」
茜は美咲の質問に頷いた後、少し間を開けて、その時の事を思い出しながら、再び話し始めた。
「…確か、巨大生物と戦ってたの。1番目のね。それで、その時巨大生物の体に切創がある事に気付いて、もしかしたらこいつらは敵同士なんじゃないか、って思ったのよ」
「敵同士…?」
瑞希が呟く。
「例えば、盲目の患者。奴は他の患者を殺して捕食してたでしょ?つまり、奴等には仲間意識っていう物が無いのよ。例外はあるけどね」
「例外…巨大生物の事?」
風香が窓の外を見つめたまま訊く。
「その通り。森林地帯で最後に戦っていた時、巨大生物は集まってくる患者には1回も手を出さなかったからね。恐らく、利用出来ると踏んでの判断だったのだと思うわ」
茜がそう答えると、続けて晴香が質問した。
「でも、仲間を認識できない患者の方が巨大生物に手を出さなかったのは、どういう事だったんですか?」
「…本能じゃないかしら?」
「本能…ですか?」
「患者は、"巨大生物には勝てない"と本能でわかっていたから手を出さなかった…って所じゃない?」
茜自身もその謎の真意は不明らしく、疑問形でそう答えた。
それを聞いた晴香は、緑木公園にて有紀奈に、"何故、患者は人間に攻撃してくるのか"と聞いた時の事を思い出す。
「(そういえば有紀奈さんも、患者の防衛本能の事、言ってたっけ)」
「他に質問はあるかしら?」
茜が4人に訊くと、風香が口を開いた。
「あの患者は、どうして私達を助けてくれたの?」
「あぁ、その事なんだけど、合同庁舎の件には続きがあるのよ」
「続き?」
「そう。さっき言ったけど、その患者と巨大生物を戦わせてみる事にしたら、見事に成功してね。巨大生物は動かなくなったわ」
静かに茜の話を聞く4人。
「それで、残った患者を倒そうとした時、ちょっと不思議な事が起きたの」
「…もったいぶらないでよ」
急かす風香に、茜は笑いかけた後、話を続けた。
「うふふ…。その患者が私達に向かって、"ごめんなさい"って言ったのよ」
「…ごめんなさい?」
耳を疑う美咲。
他の3人も、同じ反応だった。
「私と有紀奈も信じられなかったわ。でも、そいつは私達に手を出さずに、そのままどっか行っちゃったのよ」
「待ってください。その患者、おじさんを殺した事を謝ったんですか?」
瑞希の質問に、茜は曖昧に頷く。
「恐らくね。信じがたいけど、あの患者にはまだ人間としての意識があったのかもしれないわ」
「だとしたら、おかしくない?」
「え?」
茜が驚いて、風香を見る。
「だって、その患者に意識があるとしたら、まずおじさんを殺すことは無いでしょ」
「うーん…そう言われてみれば、そうよね…」
すると、静かに話を聞いていた晴香が、呟くようにこう言った。
「罪滅ぼし…ですかね?」
「罪滅ぼし…か。…そうかもしれないわね」
笑顔でそう言った茜を、風香が見つめる。
「…何で笑ってんの?」
「私とあの患者、似たもの同士だったんだって思ってね…」
「似たもの同士?」
「あの患者は山口のじいさんを殺した事への罪滅ぼし。私は1つの街と大勢の命を奪った事への罪滅ぼし。やってる事は同じ"償い"よ。…まぁ、私の場合は一生かかっても償えないけど…」
それを聞いて、静まる4人。
しかし、すぐに風香がその沈黙を破った。
「あんたが居なかったら、私は死んでた。恐らく、お姉ちゃんも美咲も瑞希も、もしかしたら速水さんも、みんな死んでた」
風香は病院で手に入れた母親の携帯を取り出し、話を続ける。
「…そりゃ、あんたのやった事は許されないけどね。でも、もう十分罪滅ぼしはしたんじゃないかな。少なくとも、私はあんたに感謝してる」
「…ありがとう」
茜の一言を最後に、5人の会話は終わった。
それからしばらくすると、風香、美咲、瑞希の3人が寝息を立て始め、起きているのは運転している茜と、窓の外を眺めている晴香だけになった。
「眠くないの?」
晴香が起きている事に気付いた茜が、彼女にそう 訊く。
「眠いはずなんですけど、何か寝付けなくて…」
「まぁ、さっきまで生きるか死ぬかの状況だったからね」
「あはは…」
苦笑いをする晴香。
それと同時に、茜に聞きたかった事を思い出した。
「あの、茜さん」
「何かしら?」
「D細菌の製作に関わった理由…教えてくれませんか…?」
「ん…」
予想外の質問に、面食らう茜。
「…そういえば、脱出した後に教えるって言ったっけ。…良いわよ、教えてあげる」
茜は少し間をあけた後、ゆっくりと話し始めた。
「もう6年になるわね。始まりは両親を亡くした時だったかしら」
「…事故ですか?」
「母はね。父は病気。私には養ってくれる人が居なかったから、1人暮らしを余儀なくされたわ。当然、高校に行くお金なんて無かったから、自主退学するしか無かった」
それを聞いて、驚く晴香。
「茜さんって、高校中退なんですか…?」
「驚いた?」
「かなり…」
茜は晴香の反応を見て、笑いながら話を続けた。
「うふふ。それから、やる事もなくその日暮らしの生活を送っていた時、あいつ…明美に会ったのよ」
「明美さんに…」
「えぇ。前に言った通り、その頃にはもうそれなりの武術を習得していたから、今思えば、その点を買われたのかもしれないわね。奴は私を拾ってくれたの」
そのまま話を続ける茜。
「最初は銃器の製造とかを任されたわ。その時にはまだ、罪悪感とかは無かったっけ。とにかく拾ってくれた事に感謝してたからね」
「その時にはまだ…ですか?」
「拾われてしばらく…確か、半年くらいね。私が作った銃を買った男が、ある一家を惨殺するっていう事件が起きたの」
それを聞いて、無言になる晴香。
「その事件を知って、自分のやってる事を改めて自覚したわ。…少しずつ、組織に嫌悪感を抱くようになったの」
「嫌悪感…」
「それでも拾われた恩ってのがあるし、しばらくは我慢してその仕事をこなしていたわ。…でもね、今年に入って、とうとう我慢の限界が来ちゃったのよね。独断で組織を抜けたの」
「そうだったんですか…」
茜はそれで話を終えようとしたが、晴香は質問を変えて話を続けた。
「もう1つ、良いですか?」
「いいわよ」
「茜さんは、どうして和宮町に来たんですか?」
「それはね…」
茜が話を始めようとした時、助手席で寝ていた風香が、突然大きな欠伸と共に目を覚ました。
「あら、随分と早いお目覚めね」
「うるさくて起きちゃったの」
「それは失礼」
「…話、続けてよ」
風香は途中から2人の会話を聞いていたらしく、話の続きを聞きたがる。
すると、茜は風香を見てこう言った。
「あなたには話さなかったっけ?」
「そうだっけ?」
「そうよ」
「じゃあ改めてって事で」
「はいはい…」
茜は視線を正面に戻して、話し始める。
「私がこの町に来た日は、今回の騒動が起きる前日…2日前ね。理由は明美達が作った兵器、D細菌が取引に使われたって事を知ったからよ」
「端から明美さんの邪魔をするつもりで来たの?」
「阻止…って言って欲しいわね」
風香の質問に、少し不機嫌そうに答える茜。
「…ま、結局何も出来なかったんだけど」
そう言った後、茜は続けてこう呟いた。
「何も…出来なかった…」
それを聞いた風香が、ある事を思い出す。
「茜。合同庁舎に行く前、"少女1人さえ守れなかった"って言ってたよね。何があったの?」
茜はその事を思い出したくないらしく、苦笑しながら話を始めた。
「…記憶力良いのね。あなたと病院の前で会う前の事よ。緑木公園って場所で、逃げ遅れた少女を見つけたの。丁度、風香ちゃんと同じくらいの子だったかしら」
「緑木公園で?」
「えぇ。その子、友達と一緒に居たらしいんだけど、患者から逃げている時にはぐれちゃったらしくて、1人で遊具の上に避難してたの。それで、私が周りの患者を殲滅したんだけど…」
茜の声が暗くなる。
「…その子は隠れてた患者に首を噛まれちゃったの」
話を聞いている2人は、何と言っていいのかわからずに、押し黙っていた。
「私は正直に、感染の事を話したわ。…嘘なんかつけなかった。そしたら彼女はね、優しく笑いながら"ありがとう"って言ったの」
「ありがとう…?」
晴香が呟く。
「うん…。あの子、1人きりで相当寂しかったんだと思う。…私と会った時の彼女の笑顔、今だにハッキリと覚えてるわ」
「その子、死んじゃったの…?」
風香が訊くと、茜は首を横に振りながら答えた。
「わからないわ…」
「わからない…?」
「あの子は私に、"逃げてください"って言ったの。…私はどうする事も出来なかった。彼女を遊具の上に運んで、言われた通り公園を去ったわ」
ふと、風香が茜を見てみると、彼女の目元には涙が溜まっていた。
「私はあの子を見捨てたのよ…。気の利いた言葉の1つもかけてあげられなかった…」
「…ごめん。変な事思い出させて」
「…いえ、良いのよ」
涙を拭う茜。
「(その少女って…)」
晴香には心当たりがあったが、口には出さなかった。
また、風香もその少女に心当たりがあるらしく、茜から目を逸らすように窓の外を見て黙り込む。
そして、何となく景色に視線を配りながら、呟くようにこう言った。
「…少なくともその子、最期は1人じゃなかったと思うよ」
「…どうしてわかるの?」
「…勘だよ」
風香は嘘をつく。
「…そう」
会話はそこで終わり、車内に長い沈黙が訪れた。
しばらく続いた気まずい空気を、晴香が破る。
「そういえば茜さん、道はわかるんですか?」
「そういえばわからないわね…」
「美咲を起こしますか?」
「いえ、寝かせてあげましょう」
茜はそう言って無線機を取り出す。
連絡先は有紀奈だった。
「応答を願うわ」
『全員、無事ね?』
「当然よ。道を教えてもらえる?」
『美咲ちゃんか瑞希ちゃんに訊けばいいじゃない』
「寝ちゃったのよ」
『なるほど…』
その後の有紀奈の話によると、部隊の本部は今居る場所から10分程で着く場所にあった。
無線機をしまって、起きている晴香にその事を教える。
風香は再び眠りについていた。
「あと10分ですか?」
「えぇ。やっと、落ち着けるわね」
茜は少し間を開けた後、晴香にこんな事を訊いた。
「…これから、どうするの?」
「え?」
「これからよ。学校に行くの?」
すると、晴香は少し考える素振りを見せた後、静かに答えた。
「学校に行くのは…止めようと思います」
「あら、どうして?」
どこか嬉しそうに訊く茜。
「私、茜さんのお話を聞いて、生きて帰れたらやりたい事をやりたいなって思ってたんです」
「やりたい事?」
「実は、パン屋でバイトをしてみたかったんです…」
晴香が恥ずかしそうにそう言うと、茜は優しく微笑んだ。
「女の子らしいわね。あなたが看板娘なら、その店は大繁盛間違いなしよ」
「えへへ…」
嬉しそうに笑う晴香。
「…でも、あんな事言ったけど正直な話、人の倍以上は苦労する事になるわよ?」
「私は、覚悟の上で言ってます」
バックミラーに映っている晴香の顔を見て、茜は安心したように笑った。
「…そう。四の五の言うつもりは無いわ。応援してあげる」
「ありがとうございます!」
有紀奈が待つ本部へと走り続けるトラック。
こうして、悪魔に取り憑かれたような日々は幕を閉じた。
「…ちなみにその店、おさわりOK?」
「そういうお店じゃないです!」
翌日…
「風香!いい加減起きなさい!」
部隊の本部の中にある1つの部屋から、晴香の怒鳴り声が響く。
「…まだ12時じゃん」
風香は面倒臭そうに顔を上げて時計を見る。
「もう12時でしょ!」
「いいじゃん別に。予定無いし、寝かせてよ」
あの騒動から無事生還した6人。
彼女達は部隊の本部に用意された部屋で、しばらくの間過ごす事になった。
とはいえ、有紀奈だけは元から部隊の人間なので何も変わらない。
そんな有紀奈が、風香の部屋に入ってきた。
「…今、お目覚めかしら?」
「速水さん、おはようございます」
「こんにちは…が正しい時間よ」
「あ、そっか。…ご飯は?」
「…今作ってるよ」
溜め息混じりにそう答える晴香。
風香はそれを聞いて立ち上がり、大きな欠伸をしながら部屋を出た。
「じゃあシャワー浴びてくる」
同時に部屋を出て、風香の後ろ姿を見て苦笑いする有紀奈。
「何というか、自由な子ね…」
「お恥ずかしい限りです…」
調理室…
「美咲ちゃん、この塩を少し鍋に入れてもらえる?」
「…これ砂糖です」
「あら…」
美咲と瑞希、茜の3人は、調理室にて昼食の準備をしていた。
そこに、優子がやってくる。
「いい匂いね」
「そろそろ出来るわよ」
茜の言葉を聞いて、火にかかっている鍋の中を覗きこむ優子。
「シチューかしら?」
「あら、もしかして嫌い?」
「大好きよ」
「それは良かったわ」
すると、瑞希が頭に巻いている三角巾を外しながら、優子に訊いた。
「あの、この部隊って、女性は速水さんと中原さんだけなんですか?」
「他にも沢山居るわよ?でも、有紀奈以外の女性隊員は私みたいにオペレーターとか、食事の調理関連に就いているから、銃を持って戦うのは彼女だけね」
「速水さんだけ…なんですか?」
「えぇ。本人が希望したのよ」
それを聞いた茜が、笑いを堪えながら呟く。
「彼女のエプロン姿…想像しただけで笑えてくるわね…」
「それは一体どういう意味かしら?」
いつの間にか背後に居た有紀奈が、茜を鬼のような形相で睨みながらそう言った。
「あ、あら…いつの間に…」
「答えなさいよ」
「深い意味は無いわ…」
「………」
「わ、悪かったわよ…」
その後、食堂に人数分の食事が並べられ、シャワーを浴び終わった風香もやってきた。
「…え、昼からシチュー?」
「いいじゃない。自信作よ?」
「まぁいいけどさ…」
そう言って、何となく茜の隣に座る風香。
「…デレたの?」
「は?」
食事が始まり、茜の作ったシチューの味に感嘆する一同。
「おいしいです!茜さん!」
「うふふ、ありがとう晴香ちゃん。でも、あなたの方がおいし…」
茜が言い切る前に、彼女の足を風香が踏みつけた。
「いたたたたっ!」
「…そのキャラそろそろ止めたら?」
「キャラじゃないわ。マジよ」
「………」
「にしても意外ね。料理が得意だったなんて。ちょっと見直したわ」
「私も驚きましたよ!手付き、凄かったです!」
有紀奈とその隣に座る美咲が茜にそう言うと、彼女は嬉しそうに笑って見せた。
「元々料理が好きだったの。誰かに振る舞ったのは、今回が初めてなんだけどね」
「自己満足ってやつ?」
風香が嫌味っぽく訊くと、茜は首を傾げながら答えた。
「だって、友人に振る舞おうとすると、"何か睡眠薬とか入ってそう"とか言って食べてくれないんだもの。失礼しちゃうわ」
「凄くわかるな、その人の言ってる事」
「どういう事?」
そう訊いてきたのは、茜の本性を知らない優子。
「こいつ、ガチの同性愛者なんです」
風香が茜を指差しながら教えると、優子は引きつった笑顔を作った。
「あ、あはは…そうなんだ…」
「こら風香ちゃん。間違った事を教えちゃダメじゃない。私はただ美少女が好きなだけよ」
「私、間違った事何も言ってないけど」
そんな傍ら、暗い表情でシチューを見つめている人物が1人居た。
「…瑞希ちゃん?」
有紀奈がその様子に気付き、話し掛ける。
「………」
「瑞希ちゃーん」
「…は、はい!?」
「食べないの?」
すると、瑞希の顔が見る見るうちに真っ赤になっていった。
「に…にんじんが…」
「にんじん?」
「食べられないんです…」
「………」
笑いを堪える有紀奈。
何とか吹き出すのを耐え抜き、瑞希に微笑みかけた。
「それじゃあ端に寄せておいて。私が食べてあげるから」
「あ、ありがとうございます!」
そんな2人のやりとりをこっそりと見ていた風香と茜。
「…何か食べてほしい物は?」
茜が訊くと、風香は恥ずかしそうに小声で答えた。
「…たまねぎ」
「(可愛い…)」
食事が終わり、有紀奈と優子が仕事に戻る。
「それじゃ、私達は戻るわね」
「じゃあね~」
それに続くように、美咲と風香も立ち上がった。
「私達は、冴島さんとおじさんのお墓に行ってくるね」
「お供えする約束しちゃったから、行くしかないか…」
瑞希と茜も立ち上がる。
「それじゃあ、みんなでお散歩にでも行きませんか?」
「それはデートのお誘いね?もちろん行くわ」
ただ1人、椅子に座ったままの晴香。
「私はちょっと休んでるね。2人で行ってきなよ」
それを聞いた瑞希が何か言おうとしたが、茜が遮るように彼女の腕を掴んで食堂を出た。
「さぁどこに行きたい?個人的にあなたの水着姿が見たいわね」
「プールの季節はまだ遠いです!」
遠退いていく2人の声。
食堂には、晴香1人だけが残った。
「茜さん、私が1人になりたかった事、見抜いてくれたのかな…?」
他に誰も居ない食堂で、晴香が呟く。
「高校…どうしようかな…」
そう言いつつも、彼女は既に自分の歩む道を決めていた。
「ま、行かないけど」
一方…
美咲と風香は、それぞれ達也と武司に渡された物を持って、2人の墓の前に居た。
達也のハンドガンを、美咲が静かに置く。
「冴島さん、何とか生きて帰れました…」
その隣で、ショットガンを手放さずに武司の墓を見つめる風香。
「おじさん。これ、やっぱり貰ってもいいかな」
返事が返ってこないことは百も承知。
それでも2人は、今は亡き達也と武司に語りかけた。
「ありがとうございました…」
「安らかに…」
その後風香は別の墓の前に立ち、ゆっくりと手を合わせる。
そして、目を閉じたまま小声で、囁くようにこう言った。
「…母さんもね」
その頃、晴香を残して食堂から出た茜と瑞希の2人は、気ままに建物の中を歩き回っていた。
途中、茜が瑞希に訊く。
「瑞希ちゃんは、これからどうするのかしら?」
すると、瑞希は悩む間も無く即答した。
「私は、新しい学校を探します。流石に中学は出ないと…」
「あら、中学中退っていう肩書きも、案外清々しいわよ?」
「そ、そうですか…」
茜の言葉に困惑する瑞希。
そこに、大量の書類やファイルを抱えた有紀奈と、その後ろに居る優子が現れた。
「中学中退…ねぇ」
「あら、ごきげんよう」
「…茜、話があるわ」
「私には無いけど」
「…いいから来て頂戴」
茜を引っ張って連れて行く有紀奈。
「瑞希ちゃんは、私とお茶でもしましょ?」
「は、はい…」
瑞希は困惑しながらも、優子に付いていった。
「…話って?」
有紀奈が茜を連れて入った部屋は、人気の無い倉庫のような場所だった。
「…実は、私とは違う部隊の隊員が、あの町の地下を探索していたの」
「それで?」
「地下でも患者が発見されたのよ」
「…つまり?」
「…飲み込みが悪いのね。被害が拡大する可能性があるのよ」
有紀奈はそう言って、抱えていた書類を机の上に置き、その中から何枚か抜き取って茜に渡す。
「地下で撮影された写真よ」
その書類には、盲目の患者や巨大生物など、和宮町にて遭遇した生物が写っていた。
「…地下から別の町に行き着く可能性があるって事ね?」
「えぇ。今その対策をしているけれど、思いの外数が多くてね…」
茜は書類を机の上に置き、腕を組んで壁にもたれかかる。
「何も終わっちゃいないのかしらね」
「むしろ始まりよ。…悪夢のような日々のね」
有紀奈がそう言うと、茜は静かに笑いながら倉庫を出た。
「うふふ…。終わりの始まり…って所かしら」
最終話 終




