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Demonic Days  作者: 白川脩
20/22

第20話


第20話

"新たな障害"


「やっと、脱出できるんですね…」


和宮高校の廊下を歩きながら、瑞希が疲れ気味にそう言った。


「油断しちゃダメよ?家に帰るまでが…って言うじゃない」


「少なくともこれ、遠足では無いよね」


茜の言葉を聞いて溜め息を吐く風香。


「ちょっとスリルのある遠足、って感じだったと思わない?」


「思わない」


「冷たいわねぇ…。そういうキャラは一部にしかウケないわよ?」


「別にそういうつもりじゃ…」


「あら、ツンデレが加わるなら話は別ね」


「何言ってんのこいつ…」


一同は巨大生物という脅威が無くなった安堵感と、もうすぐ脱出できるという期待感により、恐怖や不安といった感情をすっかり忘れていた。


そんな中でも、気を抜かずに辺りを警戒している人物が1人。


「晴香?どうしたの、やけに静かじゃん」


辺りを警戒する晴香に、美咲が話し掛けた。


「何か、雰囲気が変じゃない…?」


辺りを見回しながらそう言う晴香。


「雰囲気…?」


一同がその言葉を聞いて、晴香を見つめる。


「うん。上手く表せないんだけど、妙に静かっていうか…」


「確かに静かだけど…」


その時、どこかからガラスが割れる音が鳴り響いた。


「…急いで出ましょう」


早足で歩き始める茜。


それに付いていきながら、風香が横目で晴香を見る。


「お姉ちゃんの勘、当たってたみたいだね」


晴香はそれを聞くと、深い溜め息を吐いて呟いた。


「当たってほしくないけどね…」



和宮高校校庭…


外に出ると、いつの間にか天気は雨になっていた。


「雨…?」


「雨だね」


「雨だ」


「雨ですね」


「雨ね」


豪雨とまでは行かないものの、降っている雨は5分も当たればずぶ濡れになるような量だった。


思わず苦い顔になる美咲。


「うわぁ…制服透けちゃうよ…」


茜がその言葉を聞いて、目を光らせる。


「あなた達、ガラスを割った奴が刻々と近付いてきてるのよ?迷う余地なんてッ…!」


「こっちから行こう。体育館を迂回すれば濡れずに済むから」


風香は1人で盛り上がっている茜を無視して、体育館へと繋がる道を指差した。


「なッ…」


「ほら行くよ」


「はい…」


屋根に覆われている道を歩き出す5人。


途中まで来た時、美咲が校庭を見渡しながら、晴香に話し掛けた。


「ねぇ晴香。何か信じられないよね…」


「何が?」


「私達はもう、朝起きて、登校して、嫌々勉強して、友達とバカ話して帰る…そんな平凡な事が、もう出来なくなっちゃった、って事」


「………」


美咲の話を聞いた晴香は、何とも思っていなかった平凡な日常を思い出し、泣きそうになる。


「"幸せは失ってから気付く"…なんて言うけど、今ならわかる気がするな、私」


「美咲…」


晴香に泣き声で名前を呼ばれた美咲は、焦った様子で笑い出した。


「で、でもさ!幸せは他にもあるから、泣く程の事でも無いでしょ!」


それを聞いた晴香は、涙を拭って小さく笑う。


「そう…だよね。ごめん、泣いたりして…」


「謝る事じゃ無いよ。晴香」


その様子を後ろから見ていた茜が、顎に手を当てながら風香に囁いた。


「アリね」


「黙れば?」


その後、5人は体育館を抜けて、何事もなく駐車場に辿り着く事が出来た。


そこまで来た時、5人を雨から防いでいた屋根が途切れる。


「あらあら、ここからは屋根が無いわね」


茜は満面の笑みを浮かべながら、実に嬉しそうな声でそう言った。


「…くっ」


「風香ちゃん、何で悔しそうにしてるの…?」


瑞希の質問に、茜が風香を指差しながら答えた。


「瑞希ちゃん。この子はね、恥じらってるのよ」


「指差すな!」


結局、5人は雨の中を進んでいく事になった。


「ひゃっ!」


雨粒の予想以上の冷たさに驚く瑞希。


「今の声最高よ」


「び、びっくりしちゃって…」


「うふふ…他のみんなも雨の冷たさに驚いてあられもない声を…」


茜が後ろを振り返ってみると、晴香、風香、美咲の3人は彼女との距離を離して歩いていた。


「見るな変態」


胸元を腕で隠しながら睨む風香。


「あら…そんなに離れなくてもいいじゃない」


茜が嫌らしい目で3人を見ながらそう言うと、晴香がダメ元で彼女に訊いた。


「じゃあ見ないでくれますか?」


「それは無理」


「ですよねー…」


雨に打たれながらも歩き続ける3人。


すると、美咲が見覚えのある建物を見つけて立ち止まった。


「あ…」


そこは、彼女が達也と武司と出会った工場だった。


立ち止まった美咲に気付き、茜が振り返る。


「美咲ちゃん、どうしたの?」


「あの、ここで少し雨宿りしませんか?」


美咲は工場の中を指差しながら、そう提案した。


「いいわよ。さぁみんな、風邪引いちゃうから服を脱い…」


「黙れ!」


風香はもはや、茜をひっぱたく事に抵抗を全く感じなくなっていた。



「(こんなに暗かったっけ…?)」


美咲は工場の中を見て、前に来た時よりも更に暗く感じた。


天気のせいである事はわかっているが、暗さの原因は他にもあるような気がした。


その暗さに、茜が愚痴をこぼす。


「暗いわねぇ…これじゃ見えないじゃない」


「…何が?」


「…て、敵影よ」


風香の威圧に、茜は思わず目を逸らした。


「(ちょっと前の事なのに、随分懐かしく感じるな…)」


周りを見渡す美咲。


雨宿りというのは口実で、実際の理由は達也と武司の事を思い出したいという事だった。


「美咲?」


そこに、晴香がやってくる。


「あ、晴香。どうしたの?」


「この場所、何か思い出でもあるの?」


「え?」


本心を言い当てられた美咲は、思わず驚いた様子を見せる。


「あはは!図星でしょ?」


「ま、まぁね…。この場所、私が有紀奈さんに怒られて自棄になった後、辿り着いた場所でさ」


「あの時、ここにいたんだ」


「うん。それで冴島さんに会って、"生き残る為に引き金を引け"って教えてもらったんだ」


「冴島さん…何だかんだ言っても、優しい人だったよね…」


晴香がそう言うと、美咲は目元を拭いながら笑ってこう言った。


「…ここに来たらね、もしかしたら会えるんじゃないかな、なんて思ったの。…バカみたいだよね」


「美咲…」


晴香が何かを言おうとした時、2人の近くで突然大きな鉄材が落下した。


鳴り響くけたたましい音。


「な、何!?」


晴香が先に銃を構え、美咲もそれに倣って銃を構える。


離れていた他の皆も、音を聞きつけてすぐにやってきた。


「どうしたの!?」


「茜さん。急に鉄材が落ちてきて…」


その時、5人の頭上に向かって大きな鉄材が飛んできた。


一斉にしゃがむ5人。


「な、何今の…」


風香が立ち上がりながら呟くと、奥の暗闇から鉄材を投げてきた正体が姿を現す。


「こいつ…倒したはずじゃ‥」


一同は、現れた巨大生物を見て驚愕した。


「恐らく別の個体ね。傷が1つも見当たらないわ」


「別の個体って…こんな物が量産されてるんですか!?」


茜の話を聞いて、恐怖におののく晴香。


「信じがたいけど、そう考えるしか無いわ。流石に木端微塵になったんだから、あの個体は完全に死んだはず」


「話はいいから、どうすんの?」


風香は茜の推測を遮って、銃を構えながらそう訊いた。


「どうすんのって、あなたやる気満々じゃない…」


茜が苦笑いしながら風香を見ると、彼女の視線が巨大生物の少し上の方に向けられている事に気付く。


「…何見てるの?」


「あれ、上手く使えないかな」


「あれ?」


風香が見ていた物は、2階の通路にある大量の鉄材だった。


「あいつの上に落としてやれば終わりだよ」


「そうは言うけどねぇ…。囮が必要…」


茜はそこまで言い掛けて、"言ってしまった"という顔をする。


「そう、囮が必要なんだ」


「…わかったわよ。間違っても私を巻き込まないでよね?」


「わかってるって。みんな、付いてきて!」


風香を先頭に、茜以外の全員は2階への階段に向かった。


「風香、どうするつもりなの?」


階段を駆け上がりながら、晴香が風香に訊く。


「茜が囮になって、鉄材の下まであいつを誘導するの。後はわかるでしょ?」


「その作戦、茜さんが危なくないかな…?」


美咲が不安そうに訊くと、風香は悩む間もなく即答した。


「大丈夫っしょ」


「いいのかな、これで…」


2階に到着して、手すり越しに下の様子を見る。


2階は壁沿いに作られた通路だけで構成されており、1階が見渡せるようになっていた。


「大丈夫そうだね。よし行こう」


「風香、茜さんの扱い酷くない…?」


鉄材の元へ走っていく4人。


しかし、途中で不測の事態に遭遇し、立ち止まる。


「患者見るの、懐かしい気がするね」


「呑気な事言ってる場合じゃ無いでしょ!」


正面から、大量の患者がこちらに向かってきていた。


その瞬間、工場の中がうっすらと明るくなる。


工場の中の暗さは天気の他に、大量の患者によって窓から入るはずの光が遮られていた事にあった。


それを見て納得する美咲。


「(通りで暗かった訳だね…)」


先頭に居る風香の発砲に続けて、他の全員も目の前の患者の掃討に取りかかった。



一方、下に1人で残った茜は、手を出さずに巨大生物の様子見に徹していた。


「(攻撃パターンや癖は前の個体とは違うのかしら…?)」


しばらく観察していると、巨大生物の方から攻撃を仕掛けてきた。


「(痺れを切らしたわね)」


茜は巨大生物の突進を容易く避け、背後に回る。


すると、巨大生物は振り向きざまに爪を振ってきた。


後ろに素早くステップして、その攻撃も避ける。


「(前の個体よりも押してくるわね)」


心の中で呟く茜。


巨大生物の攻撃は終わらず、続けて爪を振り回してきた。


一発一発を慎重に見切って、全て避けきる。


そして、攻撃が終わった後の一瞬の隙を突いて、巨大生物の右足に蹴りを入れた。


バランスを崩す巨大生物。


茜はそのチャンスを見逃さずに、勢いよく顎を蹴り上げた。


「(攻め方は違っても、攻撃方法は大して変わらないわね)」


転倒した巨大生物が立ち上がり、茜に強い眼差しを向ける。


「うふふ。ほら、来なさいよ」


髪を掻き上げながら、余裕の笑みを浮かべる茜。


すると、巨大生物は茜に背を向け、風香達が上がっていった階段に向かって走り出した。


「あっ!それはダメよ!」


茜は焦ったように後を追う。


しかし、巨大生物には階段を登る気など無かった。


突然振り向いて、走ってくる茜に爪を向ける。


それは、和宮高校の屋上にて、ヘリの操縦士が引っ掛かったフェイントと全く同じ物だった。


あの時と同じように、巨大生物は勢いよく走ってきた茜に爪を押し出す。


しかし、茜はそれを見抜いていた。


「残念でした!」


巨大生物の腕に飛び乗り、顔面に膝蹴りを入れる。


巨大生物は予想外の反撃に驚き、受け身を取る事を忘れて、派手に転倒した。


「初歩的ね。そんな攻撃当たるもんですか」


立ち上がる巨大生物に対し、茜は人差し指を曲げて挑発した。


それが通じたのかはわからないが、巨大生物は爪を振り回しながら突進して来る。


「うふふ。計画通りね」


茜は巨大生物を連れて、風香に指摘された鉄材の下まで向かった。



「数が減ってきたね。進むよ」


ショットガンに弾を込めながら、目の前に居る患者の集団を見て指示を出す風香。


「風香ちゃん。こっちの通路から迂回できそうだよ」


美咲が左手側にある通路を指差して教える。


しかし、風香は立ち止まらずに真っ直ぐ進んだ。


「そっちは危険。挟まれたらどうしようも無いからね」


「そ、そっか…」


風香に対する任せておけばなんとかなりそうな安心感に、驚く一同。


「風香ちゃん、何か変わりました?」


瑞希が風香に聞こえないように訊くと、晴香が小声で答えた。


「元々こういう環境で弱るような子じゃなかったけど、まさかここまでとは…」


「むしろ活き活きしてるように見えるのは私だけ…?」


「大丈夫。私もだから…」


呆れた様子で顔を見合わせる晴香と美咲。


それに気付いた風香は、鋭い目つきで2人を睨みつけた。


「戦ってよ」


「ご…ごめん…」


4人は目の前の患者を倒し、難なく鉄材の場所まで辿り着く事が出来た。


「茜は…」


下を見下ろしながら呟く風香。


すると、こちらに手を振っている茜の姿が見えた。


「遅かったわね!」


「あんたが早すぎるの!とりあえず、あいつを鉄材の下に転ばせて」


「はい?」


突然の無理難題にキョトンとする茜。


しかし、風香は表情ひとつ変えずに、言葉を繰り返した。


「転ばせて」


「はーい…」


何を言っても無駄だと思った茜は、説得を諦めて巨大生物の方に振り返った。


「風香、本当に大丈夫…なの…?」


その様子を見ていた晴香が、不安げな表情で風香に訊く。


すると風香は、晴香を見て面倒臭そうに答えた。


「はぁ…。お姉ちゃん、いい加減にしてよ。たまには信じようと思わない?」


「でも…」


「でも?」


「…ごめん。信じてみる」


姉の方が弱気で妹の方が強気というこの姉妹を見て、美咲と瑞希は苦笑いしていた。


「えーと…晴香さんがお姉さんで、風香ちゃんが妹さんなんですよね…?」


「そのはずなんだけどなぁ…」


「そこの2人!ボーっとしてないで一緒に鉄材落とす方法考えてよ!」


「…え、考えて無かったの!?」


そう訊かれ、恥ずかしそうに答える風香。


「だって、ボタンとか押せば何とかなるかなって思ったから…」


「ボタンなんて無いよ!元々落とす為に置いてある訳じゃないよ!」


「だ、誰にだって間違いはあるし…」


「開き直らないでよ!」


そんなやりとりをしていると、下から茜の声が聞こえてきた。


「そっちは準備出来たかしら?」


「え、もう転ばせたの…?」


焦った様子で風香が下を見下ろしてみると、丁度茜が巨大生物の攻撃を避けて、重い蹴りを1発お見舞いしている所だった。


「まずい…あの調子じゃ1分もしない内に転ばせる事ぐらいできちゃう…。その時にまだ鉄材を落とせない状態だったら私のプライドが…」


風香の独り言を聞き、瑞希が驚いて呟く。


「へ?プライド?」


「な、何でもない!」


そこで再び、茜の声が聞こえた。


「今よ!落として!」


「うっ…」


顔をしかめる風香。


「い、急いで落とす方法を…」


瑞希が慌てた様子で辺りを見渡すものの、当然何も思い浮かばない。


「この際皆で押して…」


「こんなにデカい鉄材を押すなんて無理だよ!しかも10個以上はあるし!」


晴香の出した意見も、美咲によって却下される。


そこに、茜の焦ったような声が聞こえてきた。


「ちょ、ちょっと!?早く落としてよ!」


「落とし方がわからないんだよぉ!」


風香は焦燥感に耐えかねて、吹っ切れたようにそう叫び、鉄材を思い切り蹴りつけた。


すると、蹴りつけた鉄材から軋むような音がした。


「…あれ」


「風香!もう1回蹴って!」


「う、うん」


晴香に言われた通り、風香はもう1度同じように鉄材を蹴りつける。


今度は軋む音と共に、上に積んである鉄材が微かに動いた。


「もう1度!」


「てりゃあ!」


風香が勢い良く鉄材に向かってドロップキックを放つと、上の方に積んである3本の鉄材が下に落ちていった。


3本の鉄材は凄まじい勢いで、転倒している巨大生物の元に落下する。


鉄材の下敷きになった巨大生物は頭が潰れたらしく、一瞬で動かなくなった。


「はぁ…。何とかなったね…」


その場に座り込む晴香。


「やった!倒した!」


無邪気な笑顔を浮かべて、近くに居る美咲とハイタッチをする瑞希。


鉄材を落とした本人である風香は、ドロップキックをした後の状態のまま、立ち上がらずに倒れていた。


「足が…痛い…」


「お疲れ様。風香」


晴香が座ったまま微笑みかけると、風香は恥ずかしそうに顔を背けた。


「あら、何か色々と大変だったみたいね…」


いつの間にか来ていた茜が、疲労困憊している風香を見て呟く。


「鉄材を落とす方法がわからなかったんですよ…。結局、最後は力ずくでしたけど…」


晴香の話を聞いて、思わず笑い出す茜。


「あははは!力ずくで落とすとは傑作ね。そういえば、途中で誰かさんが叫んでたわね。"落とし方がわからないんだよぉ!"って」


「言わないで!」


風香は顔を真っ赤にしながら立ち上がった。


「うふふ。さぁみんな、雨も止んだし、そろそろ行きましょうか」


茜が指差した窓の外では、空に浮かぶ雲の隙間から、とても眩しい太陽が顔を覗かせていた。


第20話 終




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