第2話
第2話
"特殊兵器対策部隊"
「目的地点に到達。任務を開始する」
和宮町の外れにある森林地帯にて、黒い軍服に身を包んだ青年が、無線機に向かって決まったセリフを言う。
無線の向こうから、返答が返ってくる。
『了解。念の為、任務の再確認をするわ。まずは避難所に設定された3箇所に行って生存者を"デルタ"へ誘導。次に"イプシロン"の捜索。そして"ゼータ"にてヘリで脱出よ』
「おっと…。"暗号"はもう始まってるのか?」
無線の向こうの人物が、呆れた様子で喋る。
『もうそこは作戦地帯よ?今回の事件は人為的かもしれないんだから、捜索地帯を聞かれたらマズいでしょ』
「それもそうだな。…さて、そろそろ始める。切るぞ」
『了解。幸運を』
無線を切って、背負っていたアサルトライフルを両手に持つ。
彼は、特殊兵器対策部隊の隊員、冴島達也である。
「やっと終わったか。作戦開始時間はもう過ぎてる。急ぐぞ」
そう言って、達也の後ろから、重々しいショットガンを肩に乗せた中年の男が姿を見せる。
彼の名前は山口武司、達也と同じ部隊の隊員である。
「あれ。…速水は?」
「ここよ」
達也と武司が声のした方を見ると、無線で作戦内容を再確認している女性が居た。
彼女は速水有紀奈、部隊で唯一の女性である。
彼女が無線を切り、2人を見て言う。
「今回の任務の敵は"患者"と呼ばれる例のウィルスの感染体よ。あんた達にわかるように例えるなら、ゾンビって言うのが適切かしら」
「ほほう…。ゾンビって事は、噛まれたらお仲間になっちまうのかな?」
武司が冗談のつもりで有紀奈に訊くが、彼女は即答する。
「ええ。それ以外にも感染方法はあるけど、主に血液感染よ」
それを聞いた達也が、独り言のように呟いた。
「"アレ"みたいだな…俺は"2"が好きだった」
「やっぱり若いのには、見る目がねぇな。"1"が一番に決まってらぁ」
「何の話よ…」
特殊兵器対策部隊の3人は、森を抜けて町に入っていった。
3人がまず向かう場所は、生存者が集まる予定の3つのポイント。
そこに行き生存者の有無を確認する事が、最初の目標である。
住宅街を歩いている時、武司が異変に気づく。
「なぁ2人共。人っ子1人居ないってのはおかしくねぇか?緊急速報から、まだそんなに時間は経ってないはずだし」
「逃げ遅れた奴らは、とっくに殺されてるだろ」
達也は背中を向けたまま答えた。
「だとしても、死体が無いわ」
有紀奈が周りを見ながら言う。
その時、通路の先に患者の姿が見えた。
「…あれが患者か。射殺許可は出てるんだよな?」
達也が銃を構える。
「任務の妨害をしてくる場合はね。まぁ、細かいことは気にしなくて良いと思うわ」
「しょうがねぇ。こいつらは始末するか」
武司が患者にショットガンを発砲する。
それに続き、達也と有紀奈も追撃すると、患者は瞬く間に動かなくなった。
「ちょろいなもんだな。もう少し手応えがあってもいいと思うぜ」
「油断するな、冴島。次が来るぞ」
武司が顎でしゃくった方向には、銃声に反応して集まってきた患者が多数いた。
「蟻を踏みつぶすのは趣味じゃねぇが、これも任務だしな」
達也が銃を再装填して構え直した時、有紀奈が目の前の患者の群れの奥に、他の患者から走って逃げている3人の少女を見つけた。
患者の群れに銃を構える有紀奈。
「生存者ね。助けるわよ」
「待て、速水。こいつらを相手してる暇はない。あの娘達の確保が優先だ。迂回するぞ」
武司の提案に納得した有紀奈は銃を下ろし、右手側にあった細い通路へ向かう。
それに続く達也が、走りながら愚痴をこぼした。
「けっ…。敵に背中を向けるとはね」
「俺達の任務は奴らを殺す事じゃない。…無駄な戦闘は控えるんだ」
武司がそう言うと、達也はつまらなさそうに鼻で笑った。
細い通路を抜けた所で、有紀奈が少女達を見つけた。
「あなた達!ちょっと待って!」
有紀奈の呼びかけに、少女の1人が気づき、他の2人とこちらへ向かってくる。
その時、後ろから追いかけてきた患者の群れに、達也が気づいた。
「しつけぇ奴らだな。…速水、ここは俺とおっさんで何とかする。ガキ共連れて先に行け」
「了解。合流ポイントは…ここから一番近い"アルファ"にしましょう。それじゃ、頼んだわよ」
2人にそう言って、有紀奈は少女達の元へ駆けつけた。
「あなた達、怪我はない?」
「は…はい。あの…あなたは?」
髪をツインテールに纏めた少女が、不安そうに有紀奈に訊ねる。
「特殊兵器対策部隊の者よ。安心して、あなた達を助けにきたの」
「特殊兵器…対策部隊?」
ショートヘアーの少女が有紀奈の手元の銃を見つめながら呟く。
有紀奈は患者の少ない通路を見つけると、3人を見ながら通路を指差す。
「細かい話は後でしてあげるわ。今は、ここから脱出しましょう。私から離れないでね」
「わ…わかりました!避難場所は、和宮高校って言う所です」
ショートヘアーの少女がそう言って、有紀奈に避難場所の位置を伝えた。
「(和宮高校…"アルファ"じゃない。丁度良いわ)」
4人が通路に入ると、向こうから2体の患者がこちらに向かってきた。
「うっ…!2体も…!」
ツインテールの少女の後ろに隠れているポニーテールの少女が怯えた様子でそう呟くが、有紀奈はひるむ様子も無く、銃を構えながら前進し、射程範囲まで近づくなり突然発砲した。
動かなくなる患者。
「さ、急ぐわよ」
少女達は呆然とした様子で、有紀奈の声に無言で頷いた。
和宮高校…
4人は目的地に着いたが、その光景に目を疑った。
バリケードになっていた校門は患者によって使い物になっておらず、校庭には大量の患者と、無残に喰い殺された死体が転がっていた。
「う…ぇ…」
ポニーテールの少女が手で口を抑えて吐き気を抑える。
有紀奈は舌打ちをして周りを見渡した。
「(参ったわね…ここがやられてるなんて…。それよりも、ひとまず彼女達を別の場所に避難させないと…)」
有紀奈は少し離れた所にコンビニを見つけ、3人を連れて向かう。
扉を力ずくで開けて中に入り、店の中に患者が居ないか確認する。
「(大丈夫みたいね…)」
銃を肩に掛け、少女達の方を見る。
「ここならしばらくは安全だと思うわ。…十分に気を休めて頂戴」
「ははは…。すみません、あんなの…映画とかでしか見たことないし…」
ショートヘアーの少女が苦笑しながら言う。
有紀奈は腕を組んで外を見た。
「それで正常よ。…こんな状態で言うのも何だけど、速水有紀奈よ。あなた達は?」
「あっ…。私、篠原美咲って言います。こっちのツインテールが赤城晴香で、そっちのポニーテールが赤城風香です」
慌てたように紹介する美咲に、有紀奈が小さく微笑みかける。
「ありがとう。あなた達は和宮高校の生徒かしら?」
「はい。風香は和宮中学ですけど」
さっきの光景にかなりショックを受けたらしく、風香の気分が悪いことは一目でわかった。
晴香も見てみるが、やはり顔色が悪い。
そして、美咲に視線を戻した。
「あなたは気分、悪くないの?」
そう訊かれた美咲は、恥ずかしそうに答えた。
「強がってるだけですよ…。速水さんは、怖くないんですか…?」
「場数を踏めば、どうって事無くなるわ。…それと、"有紀奈"でいいわよ」
「は…はい!有紀奈さん!」
同時刻…
達也が最後の患者の頭を撃ち抜き、銃を下ろす。
「…今ので全部か」
「急いで速水と合流するぞ」
武司が無線機に向かって話しかける。
「速水、こっちは片付いた。そっちはどうだ?」
『"アルファ"はもう既に患者の手に掛かってたわ。今、近くのコンビニで生存者と避難してる』
「そうか…。今からそちらに向かう」
『了解。切るわよ』
武司が無線を切ると、達也が訊いてくる。
「無事なのか?」
「あぁ。だが、"アルファ"はもうダメらしい。あいつは、その近くにあるコンビニに生存者と居る。行くぞ」
その時、近くで女の悲鳴が上がった。
「冴島、少し寄り道するぞ」
「へいへい…」
2人は急いで悲鳴の元へ駆けつけるが、既に患者が生存者を捕まえた後だった。
武司が顔をしかめる。
「手遅れだったか…」
「おっさん。囲まれたぜ」
達也にそう言われ、周りを見渡すと、いつの間にか大量の患者に囲まれていた。
武司は無線機に再び話しかける。
「速水。すまんが少し遅れそうだ。先に生存者を脱出させてやってくれ」
『…無茶はしないようにね。それじゃ、先に生存者と"デルタ"に向かうわ』
武司が無線を切って、達也に訊いた。
「多数の敵との戦い方。訓練でやったな?」
「バカにすんじゃねぇ。こんな量、楽勝だ」
2人は背中合わせになり、患者を撃ち始めた。
和宮高校付近…
武司から話を聞き、コンビニを出てデルタへと向かう有紀奈達。
美咲が有紀奈に訊く。
「あの…仲間の人は…」
「…あいつらなら大丈夫。私達は先に進むわよ」
有紀奈はそう言った後、立ち止まって美咲を見た。
「さて、私は出来る限りあなた達の護衛に最善を尽くす。…でも一応、あなたにこれを渡しとくわ」
「本物の…銃」
美咲の手に、有紀奈からハンドガンが渡される。
「正直、晴香ちゃんと風香ちゃんはショックを受けているから、戦わせるのは危険な状態なの。でも、あなたなら安心して銃を渡せるわ」
気まずそうな晴香。
美咲が焦った様子で有紀奈に訊く。
「な…何で私が!銃なんて一度も…」
有紀奈は肩に背負っていたサブマシンガンを手に持ち、美咲の顔を見ないで言った。
「…私が死んだら、あなたが2人を守るのよ。わかった?」
美咲が有紀奈を見ると、さっきまでの優しい表情ではなく、冷たくて厳しい表情をしていた。
その表情を見て、美咲は覚悟を決める。
「わかりました…。引き金を引けば、弾が出るんですよね…?」
「えぇ。予備の弾も渡しておくわ。それと、敵と会ったとき以外、トリガーから指を離しておいてね。…間違っても、暴発させちゃダメよ?」
「あ…。…はい、わかりました!」
美咲は、有紀奈の表情が一瞬、優しくなった気がした。
第2話 終