第19話
第19話
"巨大生物との決着"
美咲達の窮地に反して、晴香達3人はゆっくりと和宮高校に向かっていた。
「茜さん、急がなくていいんですか…?」
「急ぎたい?」
「急ぎましょうよ…」
「どうしよっかなぁ~」
「何ですかそのノリ…」
3人が曲がり角を曲がると、その先に和宮高校の一角が見えた。
「意外と早かったわね」
上機嫌の茜。
その隣にいる風香が、道路に何かを見つけた。
「…あ」
立ち止まる風香。
「…どうしたの?」
晴香が風香の視線を辿ってみると、その先に校舎の屋上から落とされた操縦士の死体が転がっていた。
「嘘…でしょ?」
駆け寄る3人。
しかし、巨大生物による腹部への致命傷に加えて屋上からの落下。
当然、即死だった。
「…急ぐ必要がありそうね」
茜が屋上を見上げて呟く。
晴香はそれを聞くと、泣き出しそうな表情になって呟いた。
「美咲…瑞希ちゃん…」
「…急ご」
焦燥感を隠しながら歩き出す風香。
しかし、2人が殺されるかもしれないという不安に襲われ、5歩も歩かない内に走りに変えた。
2人もそれに合わせて走り出す。
「(ごめんなさい。約束は守れなかったわ、有紀奈…)」
茜は顔だけ後ろに向けて、操縦士の死体を見る。
「(でも、この子達は守ってみせるわ。…見てなさいよ?)」
心の中でそう決心して、屋上に向かう足を早めた。
和宮高校屋上…
「(さて、まずは…)」
美咲が巨大生物に向けて、何発か発砲する。
ダメージを負った様子は無いが、巨大生物は振り向いて美咲の方を見た。
「瑞希ちゃん!今の内に戻ってきて!」
美咲の言葉と同時に走り出す瑞希。
しかし、巨大生物はそれを見逃さなかった。
素早く振り向き、瑞希を追いかける。
すると、それを予測していたかのように、美咲が巨大生物の背中に向かって走り出した。
そして、巨大生物の背中に勢い良く体当たりをする。
突然の死角からの攻撃に、巨大生物は思わず転倒した。
「助かりました…」
「安心するのは逃げ切ってからだよ!」
屋上の出口の扉に走っていく2人。
美咲が扉を開けようとした時、ある事に気付いた。
「しまった…」
鍵が掛かっていたのだ。
美咲は開かないとわかっていながらも、ドアノブを何度も捻る。
「そんな…!嘘でしょ!?」
「篠原さん!」
瑞希に肩を叩かれて、巨大生物が立ち上がってこちらに歩いて来ている事を知った。
「ま、まずい!」
銃を構えて、焦ったようにひたすら連射する美咲。
しかし、銃の反動によってほとんどの銃弾は命中しなかった。
「来ないで!来ないでよ!」
その時、パニックに陥っている彼女の耳に、聞こえるはずの無い声が聞こえた。
『落ち着け』
「…え?」
思わず引き金から指を離す。
「(冴島…さん…?)」
呆然としていた彼女に、巨大生物が爪を構えて飛びかかった。
我に返った美咲は瑞希を抱えて、その攻撃を避ける。
そして、全力で走って巨大生物との距離を離した。
「(幻聴聞いちゃったよ…)」
複雑な表情をしている美咲を見て、心配する瑞希。
「あの…どうしたんですか…?」
「んーと…幻聴がね…」
「へ?」
「何でもない!とにかく、この状況を何とかするよ!」
「は、はい!」
2人は振り返って巨大生物を見る。
「弱点とか、無いんですかね…?」
「弱点かぁ…」
美咲が巨大生物の心臓の部分に銃口を向け、引き金を引く。
しかし、これといった反応は無かった。
「…ダメみたいですね」
「うーん…」
その時、美咲が持っている無線機が鳴り出した。
「私です」
『美咲ちゃん?無事なのね?』
無線機の向こうから、茜の心配そうな声が聞こえてくる。
「私と瑞希ちゃんは無事です。でも…」
『わかってる。…下で死体を見たわ』
「下で…?」
『今着いた所なのよ。屋上に居るのかしら?』
「はい。目の前に例の奴が居ますけど…」
『…え?今?』
「今です」
『…マジ?』
「マジです」
『それを先に言いなさい!今向かうわ!』
美咲は茜が無線を切った事を確認して、無線機をしまった。
「神崎さんですか?」
「うん。…何か怒られた」
「そ、そうですか…」
そこで会話を止め、相変わらずゆっくりと歩いている巨大生物に再び目を向ける美咲。
「何か腹立ってきた…」
「な、何に対してですか?」
「あの歩き方」
「着眼点がチンピラみたいじゃないですか…」
「くそー…私達の相手は余裕みたいな感じが腹立つ!」
「お、落ち着いてください!」
美咲はそんな事を言ってはいるが、さっきよりは至極冷静であった。
「(ひたすら冷静に…ですよね、冴島さん)」
一方…
「茜さん!待ってくださいよ!」
「待てない!」
美咲達が待つ屋上に向かう3人。
既に、屋上の1つ前の階段まで到着していた。
茜は遅れている2人を置いていきながらも、全速力で階段を駆け上がっていく。
そんな彼女の後ろ姿を見て、風香は小声で呟いた。
「茜、怖いんだね」
「…風香?」
「これ以上誰も死なせない、っていう意志が何となく伝わってくるの」
そう言って、階段を上る速さを上げる。
「ま、私も同じ考えだけどさ」
「ま、待ってよ!」
2人が茜に追いついたのは、屋上への扉の前に着いた時だった。
「開かないわね」
ドアノブを捻る茜。
「私に任せて」
「風香、どうするの?」
「こうするの」
風香は扉の前に立つと、いきなりドアノブをショットガンで撃ち壊した。
それに続いて、鍵が無くなった扉を茜が蹴破る。
「とつげーき!」
勢い良く屋上に入っていく茜と風香。
晴香は頭を抱えながら、ゆっくりと出て来た。
「鍵って何の為にあるんだっけ…」
そんな風に突然現れた3人を見て、驚く美咲と瑞希。
また、巨大生物も現れた茜の方を見ていた。
「瑞希ちゃん、今の内にあっちに行くよ!」
視線を外している巨大生物の横を駆け抜ける2人。
巨大生物がそれに気付いて爪を振るが、空振りしただけであった。
美咲は茜の元に行き、安堵した様子で話し始める。
「随分早かったですね、茜さん」
「無事みたいで良かったわ。…あら、ヘリが悲惨な事になってるじゃない」
「真っ先にやられました…。どうやって脱出するんですか?」
訊かれた茜は、目の前に居る巨大生物を指差して答えた。
「その話は後でしましょう。今は掃除が優先よ」
「了解です」
銃を構える5人。
茜の合図と同時に、一斉射撃が始まった。
大量の銃弾を受けて、明らかに怯んでいる様子を見せる巨大生物。
しかし、絶命に至らしめる事は出来そうになかった。
その様子を見て、風香が茜に視線を送る。
「…え?何その視線」
「出番」
「勘弁してよ…。あれを相手に1人で接近戦は無謀だって」
「つまり、明美さんが居たから戦えた、って事?」
「肯定せざるを得ないわね」
その会話を聞いていた晴香は、どこか嬉しそうな表情をしていた。
「(茜さん、本当は明美さんを信用してるんだ)」
その時、合同庁舎の方の空から、ヘリが近付いてくる音がした。
「ヘリ…?」
呟く美咲。
すると、瑞希がこちらに向かってくるヘリを見つけて指差した。
「皆さん!あっちです!」
全員が見てみると、そのヘリの中に明美が見えた。
「明美さん!」
晴香が歓喜の声を上げる。
明美はそれを見て微笑んだ後、ヘリの中から一丁のロケットランチャーを投げ落とした。
「プレゼントよ」
茜はそれを拾った後、ヘリを見上げる。
「どういうつもり?」
「その兵器を放っておくのは危険過ぎるから、始末した方が私達にとっても得だと思っただけよ」
「始末させる、でしょうが」
「細かい事は気にしないの。隙を狙って確実に当てなさい。いいわね?」
「わかってるわよ」
茜の返事を聞いた明美は、晴香を一目見た後、ヘリの扉を閉める。
そのヘリは、すぐに遠くの空に消えていった。
「全く、渡すだけ渡して逃げるなんて、中途半端な善意ね」
茜は愚痴をこぼした後、ロケットランチャーを持って美咲の前に立つ。
そして、それを彼女に渡した。
「あなたの射撃能力なら、これも使えるハズよ。頼んでいい?」
「わ…私が?」
「えぇ。私は奴を混乱させてみるから、隙が出来たらあなたの判断で撃ってね」
美咲は迷うこと無く、それを受け取った。
「わかりました!任せてください!」
「うふふ、任せたわよ」
ゆっくりと振り向き、巨大生物に向かって歩いていく茜。
「さぁ、かかってきなさい」
茜の挑発に乗ったかのように、巨大生物は雄叫びを上げた。
巨大生物の突進を避けて、背中に軽い蹴りを入れる。
「(一回掴まれたら終わりね…)」
茜は素早く距離を取った。
攻め立ててくる巨大生物。
茜は後退しながら、その攻撃を全て見切って避けた。
「すごい…」
晴香が銃を下ろして、茜の動きに思わず見とれる。
「でもあいつ、苦戦してる」
「え?」
風香の言葉に、驚きを隠せない晴香。
「さっきから反撃のチャンスがあるのに何もしてない。多分、手を出せないんだと思う」
「手を出せない…?」
「下手に攻撃して1回でも見切られたら、それで終わりだからね」
「そ、そっか…」
「でも、このままじゃ隙なんて…」
美咲が手に持っているロケットランチャーを見ながらそう呟く。
それを聞いた風香は、突然自分のショットガンを瑞希に渡した。
「持ってて」
「う、うん…」
困惑する瑞希。
「ふ、風香ちゃん?やめた方が…」
美咲は彼女が取ろうとしている行動を察して、止めようとした。
しかし、風香はそれを無視して歩き出す。
「大丈夫。攻撃パターンは何となく覚えたから」
「ちょ、ちょっと!待ちなさい!」
晴香が風香の袖を掴もうとしたが、風香が走り出す方が早かった。
「茜!」
「なッ…!?」
走ってくる風香を見て、言葉を失う茜。
その時、風香に気付いた巨大生物が振り向いて、彼女を迎え撃つように爪を構えた。
風香は巨大生物の背中に跳び蹴りを入れるつもりで走っていたので、突然立ち止まる事が出来ない。
ハズだった。
「甘いよ!」
全速力で走っていた風香がニヤリと笑い、急ブレーキをかけたかのように体を止める。
巨大生物は予想だにしなかったその行動に、慌てて爪を振り回した。
当然、そんな攻撃が当たるはずもなく、風香はそれを軽々と避ける。
そして、巨大生物の後ろにいる茜に呼び掛けた。
「今だよ!茜!」
「承知!」
背中を見せている巨大生物の後頭部に、茜は跳躍して回し蹴りを放つ。
巨大生物は派手に転倒した。
その絶好のチャンスを逃がすはずもなく、美咲は重そうにロケットランチャーを構える。
「2人共!離れて!」
横転する風香と、バク転する茜。
2人が離れた事を確認した美咲は、巨大生物に狙いを付けて引き金を引いた。
「(お願い、当たって…!)」
巨大生物に向かって飛んでいく弾頭。
しかし、美咲の願いを裏切るように、事態は悪い方向へと進んだ。
巨大生物が素早く立ち上がって、飛んで来る弾頭に爪を構えたのだ。
一瞬にして、全員の顔色が変化する。
「(そんな…!)」
ロケットランチャーを手放す美咲。
「(弾かれる…!)」
思わず目を閉じる晴香。
最後の切り札であるロケットランチャーの弾頭は、巨大生物の爪に容易く弾かれてしまった。
望みを打ち砕かれて、絶望感に包まれる少女達。
全てを諦めた、その時だった。
1発の銃声が響き、弾かれたハズの弾頭が突然、巨大生物の目の前で凄まじい爆音と共に炸裂した。
「な、何!?」
晴香が立ち込める硝煙を見つめていると、その先に銃を構えている茜が立っていた。
「セーフね…」
巨大生物が弾頭を弾いた瞬間、それを茜が1発で撃ち抜いて、即座に爆発させたのだ。
結果、その爆発を至近距離で受けた巨大生物は、跡形も無く消し飛んだ。
「倒した…みたいだね…」
嬉しそうにそう呟いて、ゆっくりと立ち上がる風香。
「やった!倒した!」
歓声を上げながら喜ぶ晴香、美咲、瑞希の3人。
茜は全身の力が抜けたかのように、その場に崩れて座り込んだ。
「はぁ…しんどかったわ…」
「大丈夫?」
風香が手を差し出すと、茜はそれを掴んで思い切り引っ張った。
「わっ!」
茜に覆い被さるように倒れる風香。
茜は風香を抱きしめながら、力無く笑った。
「一瞬だったけど、あんなプレッシャーはもう懲り懲りね…」
「わかったから離して」
離れようとする風香を、更に強く抱きしめる。
「それより!どうしてあんな無謀な事をしたのよ!」
「いいじゃん別に。あいつの動きは何度も見てたし、自信もあったから。…痛いんだけど」
「生きてる証拠よ!」
そう言って、更に力を込める茜。
「ちょ、痛い痛い!本当に痛い!」
「今回くらい楽しませてよ~」
「嫌だ!離せ百合女!」
「あら、あなた今いけない事言っちゃったわね。お仕置きよ~」
「お姉ちゃん助けて!」
助けを求められた晴香は、苦笑しながら手を振った。
「…ごめん」
「薄情者!」
こうして少女達は、最後の障害であった巨大生物の撃破を成し遂げたのであった。
「さてと、そろそろ脱出を…」
大破しているヘリを見て、巨大生物にヘリを壊されたという事を思い出す茜。
「そういえば、ヘリは壊されちゃったんですよね…」
瑞希もそれを思い出したように、そう言った。
「どうするんですか?」
晴香がヘリから茜へと視線を移して訊く。
「うーん…、取りあえず有紀奈に訊いてみるとするわ」
茜はそう言って美咲から無線機を受け取り、有紀奈に繋いだ。
「やっほー」
『…無事みたいね』
「えぇ。…操縦士の彼以外は全員ね」
『や、やられたの?』
「例のヤツにね。一応、倒す事は出来たけど。…ごめんなさい」
『終わった事を責める程、性格悪くないわよ』
有紀奈の言葉に、茜は小さく微笑んだ。
「ありがとう…」
『…らしくないわね』
「そうかしら」
気恥ずかしくなった有紀奈は、慌てたように話題を変える。
『…そんな事より、ヘリの操縦はできるの?』
「ヘリの操縦は一通りできるけど、ぶっ壊れたヘリの操縦は出来ないわね」
『は?』
「壊されたのよ。例のヤツに」
黙り込む有紀奈。
「…どしたの?」
『…今出せるヘリは1つも無いのよ』
「あら…」
『あら、じゃないわよ。どうするつもり?』
有紀奈に訊かれた茜は、合同庁舎に行く前に寄ったトラックの事を思い出した。
「弾薬の補充をしたトラックって、まだ置いてある?」
『今丁度、回収部隊が向かってるけど、中止させましょうか?』
「頼むわ。それを使わせてもらうわね」
『良いけど…道はわかるの?』
「美咲ちゃんと瑞希ちゃんに場所を教えてもらうから大丈夫よ」
『了解。わからなかったら連絡して頂戴。切るわよ』
「じゃあね~」
無線機をしまって振り向く茜。
「みんな、弾薬の補充をしたトラックの所まで行くわよ。今はヘリが出せないらしいの」
「トラックって、町の外れの方に止めてあるヤツですか?」
美咲がトラックを思い出しながら訊く。
「えぇ。それで脱出するわ」
「…茜、免許持ってんの?」
風香が疑うように訊くと、茜は腕を組みながら答えた。
「失礼ね。免許ぐらい持ってるわよ」
「ふーん」
「…トラックは運転した事無いけど」
「…え?」
「さぁ、行くわよ!」
5人はトラックが止めてある森林地帯を目指して、ゆっくりと歩き始めた。
第19話 終




