第17話
第17話
"予定の変更"
「ねぇお姉ちゃん、ここから脱出した後って、学校に行かなくても良いんだよね?」
風香がショットガンを発砲しながら、背後に居る晴香に訊いた。
「今訊くことじゃないでしょ!」
「いや、そこをハッキリしてもらえないと、今後のやる気がね?」
それを聞いて呆れる晴香。
「何それ…。まぁ、行かなくていいも何も、私達は学校には"行けなくなった"からね…」
「確かに。転校先もお金も無いか」
「はぁ…。高校中退かぁ…」
そんな2人の前に、茜が患者を蹴り飛ばしながらやってきた。
「随分と余裕があるみたいね?何を話してたの?」
「今後の事」
風香の返答に興味を持つ茜。
「へぇ…。どうするつもり?」
「他人の釜の飯を食う」
「えー…」
「冗談だよ」
屋上に入ってきた患者の数は少なかったので、3人は5分もしない内に全滅させる事ができた。
ヘリを待っている間、晴香が茜にこんな事を訊く。
「茜さん。高校に行かない事って、やっぱりマズいですよね…?」
「マズい…って、どういう意味?」
茜の質問に、晴香は曖昧な口調で答える。
「その…何というか、就職先が無い…みたいな…」
そんな晴香に、茜は優しく微笑みかけた。
「まぁ、行けるのであれば、行った方が良いわね。…晴香ちゃん、学校って本当に自分に必要なのかって、考えた事ある?」
「え…?」
「学校は行くのが当たり前、って考えてるでしょ?」
「は、はい…」
頷く晴香。
風香も聞いてないふりをしていながら、話に耳を傾けていた。
「確かに、今の時代は高校までが義務教育なんて言われているし、実際それなりの職に就くとしたなら、その話は否定できないわ。それに、世間からの目も変わってくる」
茜は少し間を開けた後、話を続ける。
「でもね、高校を出なくたって、生きていく事ぐらいできるのよ?現に、そういう人達だって沢山居るわ」
「…えーと」
晴香は茜の話を、いまいち理解する事ができなかった。
茜は補足するように話を続ける。
「つまり、自分が就く事のできる仕事は減るけど、確実に1つはあるって話よ。それでもやっぱり、高卒とか大卒の人間とは金額的に差が出ちゃうけどね」
「うーん…。それなら、やっぱり出た方が…」
晴香がそう言うと、茜は腕を組みながらこう言った。
「私が言いたいのは、仕事が全てじゃないって事よ」
「あ…」
晴香の反応を見て笑う茜。
「うふふ…、やっぱりそこを勘違いしてたみたいね。いい?高い物が欲しいとか、贅沢な暮らしをしたいっていう人ならいざ知らず、そうじゃない人は、ただお金を稼いだって余るだけじゃない」
「で、でも、貯金はあった方が良いじゃないんですか?」
「その通りよ。私達は人間だから、病に襲われたり事故に合ったりして、急にお金が必要になる可能性だって十分にあるわ」
「そうですよね…」
俯く晴香。
すると、茜は声を明るくしてこう言った。
「でも、例え中卒で給料の安い場所に勤めたとしても、真面目に働いていればそんな額は何ともないのよ?それより、毎日毎日365日仕事ばかりで、自分のやりたい事が全くできなくなる方が、私はずっと怖いわね」
「自分の…やりたい事?」
「そう。確かに、中卒の人は他の人に比べて、生活を安定させる仕事に就く事が難しいはず。でもそんな人は、自分で何をするか決められる時間が豊富なのよ」
「なるほど…」
すると、突然茜が風香に抱き付いた。
「ちょ、な、何!?」
「だから2人には言っておくわ。高校に行っても行かなくても、どんな仕事に就いても、自分の進む道だけは間違えないでね?」
「はい!」
「何で抱きつくのよ!早く離してよ!」
「あぁそれと、どんな人生でも"我慢"は必要なの。わかった?風香ちゃん」
「いいから離せ!」
「嫌よ~ん。あなた抱き心地良いから~」
晴香はその光景を見て苦笑いしていたが、確かな敬意と感謝の気持ちを、茜に抱いていた。
一方…
「有紀奈さん。部隊の本部って、遠いんですか?」
和宮町の上空を飛ぶヘリの中で、美咲が有紀奈に訊く。
「いえ、すぐに着くわ」
美咲はそれを聞いて、どこか安心したような表情を見せた。
「そうですか…」
「…どうしたの?」
「早く晴香達を迎えに行きたいんです。ここまで来て死んじゃったら…私…」
「…大丈夫よ。茜が居るわ」
すると、瑞希が有紀奈の様子がおかしい事に気付く。
「速水さん?汗、凄いですけど…」
「ちょっと…肩の痛みがね…。でも、大丈夫だから…」
有紀奈は心配させないように、痛みを我慢して笑顔を作った。
その後、ヘリが和宮町から少し離れた場所の上空で止まり、着陸を始める。
「ここが本部…なんですか?」
「えぇ、下に見える建物がそうよ」
美咲は立ち上がって下を覗き込もうとしたが、寸前で止めて椅子に戻った。
「(高いんだった…)」
ヘリの着陸と同時に、部隊の人間と思われる人物が何人か集まってくる。
有紀奈はヘリから降り、その中の1人に和宮町で手に入れた証拠品を渡した。
そして再びヘリに乗り込み、2人を見る。
「どうしたの?早く降りなさい」
すると、有紀奈の言葉を聞いた美咲が、突然こんな事を言った。
「…有紀奈さん!降りてください!」
「…はぁ?」
キョトンとする有紀奈。
「な、何で?」
「肩です!安静にしてなきゃダメですよ!」
「別に大丈夫よ…」
有紀奈がそう言うが、瑞希も美咲に便乗した。
「連絡は私達がしますから、速水さんは肩を治してください。お願いします」
「あなた達…」
「その子達の言う通りだ。お前は降りな」
ヘリの操縦士にまでそう言われ、有紀奈は渋々といった様子でヘリから降りる。
「…わかったわよ。ただし、絶対に全員連れて帰ってきなさい。いいわね?」
「当然ですよ!」
美咲が笑顔で親指を立てながらそう言うと、有紀奈は彼女と同じ事をしてこう言った。
「待ってるわよ!」
「はい!」
離陸するヘリ。
有紀奈は再び和宮町に戻っていくヘリを、見えなくなるまで見つめていた。
「操縦士さん!もっと急いでくださいよ!」
ヘリの中で、操縦士を急かす美咲。
「これが全速力だよ…」
操縦士はそう言った後、美咲が持っている銃に目を移した。
「その銃、貰ったのか?」
「はい、冴島さんに…」
「へぇ…。よく渡されたな…」
操縦士は達也がどうなったかは知っていたが、銃を美咲に渡したという事までは知らなかった。
「やっぱり誰にもさわらせなかった、って話は本当なんですか?」
「本当さ。毎日使うわけでも無いのに、あいつは暇さえあれば銃の手入れをしていたよ」
懐かしむようにそう言い、美咲に顔を向ける。
「その銃、大切にしてやってくれ。冴島の為にな」
「そのつもりですよ」
美咲はそう言った後、思い出したように操縦士に訊いた。
「そういえば、私達が平然と銃を使ってる事については、驚かないんですか?」
「いや、驚いてるさ」
「そうは見えませんけど…」
「そんな事はない。心底驚いてる」
少し間を置いた後、言葉の続きを小声で呟く。
「どうしてそんなに、銃が似合っちまってるのかね…」
「何か言いました?」
「いや何も」
その頃…
「ヘリ、遅いね」
欠伸を噛み殺しながら、ヘリが消えていった方向を眺める風香。
「そんなに早く来ないでしょ」
そう言う晴香も、彼女と同じく欠伸をしていた。
「姉妹揃ってそんなに欠伸しないでよ…。こっちにまで移りそうじゃない」
そう言って欠伸をする茜。
それを見て、風香は子供っぽく笑いながら茜を指差した。
「移った~」
「こ、これは私の欠伸よ」
「誰の欠伸とかあるんですか…?」
その時、巨大生物が落ちていったフェンスの方向から、ガラスが割れたような音が聞こえた。
身構える3人。
耳を澄ましてみると、壁を叩いているような音も聞こえてきた。
その音を聞いて、茜が苦笑しながら呟く。
「…この高さから落ちて生きている生物なんて、果たしてこの世に居るのかしらね」
「茜さん…?それってまさか…」
壁を叩いているような音が、3人にどんどん近付いてくる。
そして、音を発していた正体が、破れたフェンスの場所から姿を現した。
「やっぱり…」
茜がそれを見て、大きな溜め息を吐く。
それは、屋上から落ちて死んだはずの巨大生物だった。
「待ってください…何か変です…」
現れた巨大生物を見て、晴香が震えた声で呟く。
すると、突然巨大生物がその場にうずくまり、苦しそうにうなり始めた。
「あいつ、まさか…」
茜が患者の口元に付いている血液を見てそう言った瞬間、巨大生物の口から肉塊のような物が吐き出された。
「うわ…」
風香が苦い顔をして目を背ける。
晴香も同じ反応だった。
「一体何を…」
「あいつ、他の患者を喰ったわね…」
「えぇ!?」
茜の推測は当たっており、肉塊の中には服の布切れや骨などが混ざっていた。
風香はそれを横目で見ながら茜に訊く。
「…何で喰ったの?」
「それはわからないわ。でも、生き返った事は確かなようね…」
巨大生物は吐瀉を終え、ゆっくりと立ち上がって3人を見た。
「(さっきとは比べ物にならない雰囲気ね…。患者を食べた事によって、何かが変わったの…?)」
事実、茜の予想通り巨大生物にはある変化があった。
他の患者を捕食した事によって、その患者の体内に流れるD細菌を自分の物にしてしまったのだ。
それにより、見た目は変わらないものの、体力や筋力は数倍に膨れ上がっていた。
「やるしか無いわね…」
茜がそう呟いた瞬間、下に降りる階段の方から声がした。
「あなた達、急いで逃げなさい」
3人がそちらを見てみると、そこには和宮病院にて危機に陥った晴香を助けたキングが居た。
彼女は片手にデザートイーグルを握り締めながら、巨大生物の元に歩いていく。
「この"兵器"はそこら辺の患者とは格が違うの。戦っても殺されるわよ」
「兵器…?」
晴香が呟く。
「D細菌を使って人工的に作られた生物の事よ」
茜はそう教えた後、キングを冷たい目で見た。
「何しに来たのよ。あなた達の目的は既に…」
「手厳しいわね。助けに来てあげたのよ?」
「信じるとでも?」
「信じてもらわなくても助けるわ。あなただけだったら助けないけど…」
「どういう事よ」
キングは茜の質問に答えずに、晴香を一目見た後巨大生物に銃を構えた。
「(今、私を見てた…?)」
晴香がキングの事を茜に訊こうとする前に、風香が訊いた。
「茜、あの人誰?」
「…腐れ縁よ。さぁ、逃げるわよ」
「ま、待ってください!」
階段の方へ走り出そうとした茜を、晴香が止める。
「あの人、私と会ったこと、無い…ですよね?」
「え?」
茜は思わず晴香の顔を見返した。
「どういう事?」
「…いえ、何でもないです。すみません…」
茜は晴香に言葉の意味を訊こうとしたが、それを止めて階段に向かう。
しかし、階段を降りている時に、風香が晴香の肩を掴んだ。
「お姉ちゃん。さっきのはどういう事なの?」
「風香…」
晴香は立ち止まり、振り向いて階段の上を見ながら言った。
「あの人ね、さっき私を見てたの。…凄く優しい目で」
「優しい目…?」
「うん…。母さんみたいに優しい目…」
晴香はそう言った後、再び階段を降り始めながら心の中でこう呟いた。
「(どうかご無事で…)」
同時刻…
彼女達が居る市庁舎に向かっているヘリの中で、美咲が持っている無線機が鳴り出した。
「茜さんですか?」
『あれ、美咲ちゃん?』
無線機の向こうで、茜が驚きの声を上げる。
「有紀奈さんには降りてもらいました。肩の事がありますし…」
『なるほど。それじゃああなたに聞いてもらうわ。今、訳あって屋上から離れてるの』
「離れてる…?」
『えぇ。だから、別の場所で拾ってもらえないかしら?』
「別の場所って、どこですか?」
茜は少し考えた後、答えを出した。
『和宮高校に来てもらえるかしら?そこなら直ぐに到着できるわ』
「わかりました。こっちも向かいます」
『頼んだわよ』
美咲が無線機を切ると同時に、操縦士が訊いてくる。
「脱出場所の変更か?」
「はい。和宮高校に向かうそうです」
「和宮高校…、近くにあった学校か。了解」
すると、美咲の隣に座っている瑞希が、不安そうな表情で訊いてきた。
「あの…、何かあったんですか…?」
「…わからない。でも大丈夫、みんな無事みたいだよ」
瑞希を安心させる為にそう言ったものの、彼女自身も不安で推し潰されそうだった。
「(みんな無事…だよね)」
茜を先頭に、階段を駆け下りる3人。
「茜、和宮高校に行くの?」
風香の質問に、茜は顔を前に向けたまま答えた。
「そうよ。ヘリが着陸できて、一番近い場所よ」
続けて晴香が別のことを質問する。
「茜さん、あの人…大丈夫なんですか?」
「…腹立たしいけど大丈夫よ。奴を殺すことはできないと思うわ」
そんな茜を見て、風香が目を細めながら訊いた。
「仲、悪いんだ」
「裏切る前から気に入らなかったわ」
すると、茜の言葉に晴香が反応した。
「裏切る前からって、どういう意味ですか?」
「あなたには言ってなかったわね…。今の女はD細菌の製作者、私はその元部下よ」
それを聞いて絶句する晴香。
「いきなりでごめんね。でも、言うタイミングが中々無くて…」
「い、いえ…」
D細菌の製作者が目の前に居ると知ったら、本来は怒りや憎悪を抱くはずだが、晴香はその感情を掻き消す程の驚きを感じていた。
茜がそんな事に加担する人間とは思えなかったからである。
「し、信じられません…」
「本当よ?」
「じゃあ、何で私達を助けてくれるんですか?」
「罪滅ぼし、だってさ」
茜の代わりに、風香が答える。
「罪滅ぼし…?」
「そうよ。バカみたいな話でしょ?」
茜が力無く笑いながらそう言うと、晴香はそれを否定した。
「…とんでもないですよ。私は茜さんに助けてもらっているんですから、毒突くつもりなんてありません」
「晴香ちゃん…」
「それに、私には茜さんが悪い人には見えないんです。何か理由があって関わったんですよね?」
「…その質問には、脱出してから答えてあげる。今は生き残る事を優先するわよ」
「はい!」
そこで会話は終わり、茜は2人にバレないように目に溜まっている涙を拭った。
「(もう、何でそんなに優しいのよ…あなた達は…)」
6階まで到着した時に、風香がある事を思い出した。
「そういえば、4階の階段はどうすんの?」
「みんなでジャンプ!」
「ふざけんな」
「冗談よ。私が先に降りて、ハシゴを下から支えるわ」
それを聞いて、晴香が苦笑する。
「ま、また見るんですか…?」
「えぇ」
「清々しく返事しないでください!」
4階に到着すると、早速茜が階段から飛び降りた。
かなりの高さがあったにも関わらず、平然と着地してハシゴの下に向かう。
「さ、いいわよ」
「解せない」
「え?」
「何でもないよ」
風香は話を誤魔化すと、スカートを押さえながらハシゴを渡った。
そして渡りきった後、いきなり茜をひっぱたく。
「痛ッ!何でよ!?」
「確信」
「酷い!」
続けて渡り始める晴香。
ふと、晴香が視線を自分の足元から茜に移してみると、彼女は予想通りの行動を取っていた。
「あ、茜さんッ!」
「うん。恥じらってる感じが何とも言えないわ」
茜は再び風香にひっぱたかれた。
4階を無事通過した3人は、再び階段を降り始める。
それからは患者との遭遇も一切無く、すぐに1階まで到着できた。
ロビーを抜けて外に出たその時、3人近くで轟音と共に大きな振動が響いた。
「ちっ…、しつこいわね…!」
現れたのは、屋上から飛び降りてきた巨大生物。
それを見て、晴香は頭が真っ白になった。
「(そんな…、それじゃああの人は…)」
第17話 終




