第15話
第15話
"絶対の誓い"
「…誰だ」
武司が背後に居る誰かに気付き、素早く振り向いてショットガンを構える。
そこに居たのは、1体の患者だった。
「何だ…?」
しかし、普通の患者がふらつきながら歩いているのに比べ、目の前にいる患者はやけに姿勢良く真っ直ぐに歩いていた。
そして両手には、2つの大きなナイフが握られている。
「武器持ちか…」
武司がショットガンの引き金を引き、患者の腹に穴を開けた。
しかし、その患者は一瞬怯んだだけで、武司に向かって歩き続けた。
「何だと…!?」
今度は胸を撃ち抜くが、患者の反応はさっきと同じだった。
「(ま、まずい…!)」
滅多に感じることが無かった恐怖に捕らわれ、思わず動けなくなる武司。
患者は武司の前に立ち、不気味に口元を歪めた。
「………」
「瑞希、どうしたの?」
廊下を歩いていて、突然立ち止まった瑞希を風香が見る。
「銃声…」
「え?」
「いや、今銃声が…」
瑞希の言葉を聞いた有紀奈が、無線機を取り出す。
「山口、応答して」
『………』
「…山口?」
すると、嫌な予感を感じた茜が、武司の居る部屋に向かって走り出した。
急いで追う風香。
「茜!」
「彼はあの部屋に入ったはずよ!」
茜が部屋の扉を蹴って開ける。
その部屋の地面は、血の海になっていた。
「おじさん!居るの!?」
風香が声を上げるが、返事は返ってこない。
茜は血の跡が奥に続いている事に気付き、それを辿っていった。
「………」
辿った先には、壁にもたれて腹部を手で押さえている血まみれの武司が居た。
武司は茜に気付き、ゆっくりと顔を上げる。
「…あんたか。見ての通り、少ししくじっちまったよ…」
「…切創?」
茜が武司の負った傷を見て呟く。
「ナイフを持ってた…。撃っても死なない患者だったよ…」
「…何ですって?」
その時、2人の前に風香が現れる。
風香は武司を見て、目を丸くした。
「おじ…さん…?」
「すまんな、お嬢ちゃん。情けない姿を見せちまって…」
「…刺されただけなら感染しないよね?おじさん、死なないよね?」
風香はそう言ったが、武司は腹部を10箇所以上は刺されており、とても軽い傷とは言えなかった。
「ねぇ、何とか言ってよ…」
「…出血が酷すぎるわね」
「…え?」
「傷も深いわ。助かる可能性は…」
茜は少し間を空けた後、小さい声で言葉の続きを言った。
「…無いわ」
武司はそれを聞いて、力無く笑った。
「随分とはっきり言うんだな…。だが、あんたの言う通りさ。こうして意識を保ってるだけで、精一杯だよ…」
「…どうして?」
風香が目に涙を浮かべながら、武司を見る。
「何でみんな死んじゃうの…?もう見たくないよ…!人が死ぬのなんて!」
すると、武司は風香を見て優しく笑った。
「そう泣くな。俺は、患者になって君達を襲う事にならなくて良かったと思ってる。…そうだ、お嬢ちゃん、これを貰ってくれないか?」
武司はそう言って、自分の愛銃であるショットガンを風香に渡した。
「これを…私に…?」
受け取ったショットガンを見ながら風香が訊くと、武司は自分の手を見つめながら答えた。
「あの世にまで銃を持って行きたくは無いんでな。…せめて、"あっち"では平穏に暮らしたい。だから、お嬢ちゃんが使ってくれ」
「おじさん…」
「あと、これを頼む…」
武司が取り出した物は、病院で拾った達也のハンドガンだった。
「奴の墓に供えてやってくれ。…頼んだぞ」
風香は涙をこぼしながら、強く頷いた。
武司がそれを見て、安心したように微笑む。
「よし、頑張れよ。…姉さん、これを」
武司が茜に渡した物は、さっき手に入れたファイルだった。
「これは…?」
「病院での実験、どうやらこの街のお偉いさんも知っていたみたいなんだ。その中に書いてある…」
「…わかったわ」
茜がファイルを受け取ると、武司はずっと耐えていたのか、咳き込んで吐血した。
「みんなを…頼むぞ…」
「えぇ。…必ず守るわ」
武司は2人が部屋から出て行ったのを確認すると、ポケットから煙草の箱を取り出した。
「最後の1本か…」
箱の中を見て、そう呟く。
その最後の1本をくわえて、空になった箱を握りつぶし、ポケットにしまってライターを取り出した。
火を点けて、ゆっくりと吸い込む。
「(冴島、予定より早いが、今からそっちに行くぜ…)」
武司は宙をうねる煙を見つめながら、心の中で呟いた。
そして、窓から見える青空を一目見た後、ゆっくりと目を瞑る。
「(ちくしょう、無念だなぁ…)」
武司の口元から、煙草が落ちた。
茜と風香が部屋を出ると、有紀奈が腕を組みながら壁に寄りかかって待っていた。
「おじさんは…?」
有紀奈の隣に居る瑞希の質問に、風香は静かに首を横に振る。
それを見た瑞希は、風香の胸に顔を埋めて泣き出した。
茜は有紀奈の隣に行って腕を組み、顔を見ないで訊く。
「行かないのね」
「…いつも言ってたわ。"死に際は1人が良い"って」
「そう…」
「これが最後の犠牲よ。もう、誰も死なせない…」
「…絶対に、ね」
2人は拳をぶつけ合って誓った。
その時、廊下の先から晴香と美咲が大きなハシゴを持ってやってきた。
「橋になりそうな物、ありましたよ!」
美咲がそう言うと、茜は2人が持っているハシゴを見て微笑んだ。
「あら、お手柄ね」
「…何かあったんですか?」
風香の胸に顔をうずめて泣いている瑞希を見て、晴香が有紀奈に訊く。
有紀奈は、武司の亡骸がある部屋の扉を見ながら答えた。
「…山口が死んだわ」
「…え!?」
「おじさんが…!?」
ハシゴを置いて、部屋の中に入ろうとする晴香と美咲。
そんな2人を見て、風香が口を開いた。
「待って。…死に際は1人が良いらしいよ」
それを聞いた2人は、部屋に入るのを止めた。
「…ところで、あいつは誰に殺されたの?」
有紀奈が茜に訊く。
「ナイフを持った不死身の患者…、と言っていたわ」
「不死身…?」
「えぇ。にわかには信じられないけどね」
「…まぁ、不死身ぐらいじゃなきゃ、あいつは殺されないわね」
「…相当、信用してたのね」
「…別に」
すると、話を聞いていた美咲が茜に訊いた。
「不死身って…、勝ち目ないんじゃ…?」
「恐らくね。なるべく会わないようにしないと危険よ」
茜は、何故か廊下の先を眺めながらそう言う。
有紀奈がその視線に気付いて同じ所を見てみるが、何も無かった。
「…何か見たの?」
「見てはいないわ」
「と言うと?」
茜は目を細めて答えた。
「気配」
「…ふーん」
有紀奈は半信半疑と言った様子で茜を見た。
その後、6人は橋の代わりにするハシゴを持って、階段へと戻っていく。
その途中、さっきようやく泣き止んだ瑞希が風香にこんな事を言った。
「私達、誰かに見られてる気がする…」
「誰かって?」
風香が訊くと、瑞希は辺りを見回しながら答えた。
「わからない…。でも、今もどこかから視線を感じるの…」
「気のせいでしょ。患者ならそんな真似しないし」
「そうだよね…。ごめん、変なこと言って…」
そこで会話は終わったが、はぐらかした風香自身も本当は視線を感じていた。
「(気のせいだよ…)」
自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
彼女達が階段に到着した時、さっき茜が気配を感じた廊下の先で、ナイフを持って笑っている患者がこちらを見ていた。
「今思ったんだけど、そのハシゴを渡るのは危険じゃないかしら?」
茜が階段に架けられたハシゴを見て言った。
「誰かが支えればいいのよ」
有紀奈が茜を見つめる。
「…私なのね」
「よろしく頼むわ」
「はいはい…」
茜に支えてもらい、最初に有紀奈が渡った。
「大丈夫みたいよ。こっちからも支えるから、1人ずつ渡って頂戴」
「次、私が行く」
風香がハシゴに足を掛ける。
真ん中まで到着した時、茜のいやらしい視線に気が付いた。
急いでスカートを押さえる風香。
「…見ないでね?」
「もう見ないわ」
「見たのね!?」
「いいからさっさと渡る!」
「覚えてなさいよ!」
風香が渡りきると、次に晴香がハシゴに向かった。
振り返って茜を見る。
「み、見ないでくださいね…?」
「努力するわ」
「…わかりました」
晴香はゆっくりと渡りきった後、振り返って茜を見て訊いた。
「…見てないですよね?」
「もちろん」
「…何色でした?」
「白」
「見たんじゃないですか!」
「あ…」
次にハシゴの前に立ったのは瑞希。
「み、見るんですか…?」
「人生にはね、見なきゃいけない時があるのよ」
「そう…なんですか…?」
「瑞希、こんな奴の言葉聞かなくて良いから」
風香の言葉を聞いて、瑞希は苦笑いしながらハシゴを渡った。
「さ、次はあなたよ」
茜が残った美咲を見る。
「は、はい…。わかってます…」
美咲はハシゴの前に立つが、中々1歩目を踏み出す事が出来ない。
そんな彼女の様子を見て、茜が優しい声で訊いた。
「高い所、苦手なんだっけ?」
「すみません…」
「誰にだって苦手な物はあるわよ」
茜は少し間を置いた後、微笑みながら言葉の続きを言った。
「克服しろ、とは言わないわ。ここ1回だけ、頑張れる?」
「…わかりました」
自分の足をしっかり見据えながら、ハシゴに足をかける美咲。
「大丈夫。私が見てるわ」
「…何をですか?」
「色々!」
茜との会話で、美咲は緊張せずにハシゴを渡ることが出来た。
「さて、最後は私ね」
茜はハシゴから一旦離れて、体を伸ばす。
「どうするつもり?」
有紀奈が訊くと同時に、茜は勢いよく跳躍した。
「こうするのよん」
一度ハシゴの真ん中部分に着地し、そのままの勢いで再び跳躍して渡りきっしまった。
唖然とする有紀奈。
「あなた、常人離れしてるわね…」
「誉め言葉として受け取るわ」
階段を登っている時、美咲が茜にささやいた。
「茜さん、ありがとうございました」
「何のことかしら?」
「さっき勇気づけてくれたじゃないですか。そのお礼です」
美咲の言葉を聞いた茜は、思わず笑みを浮かべた。
「うふふ、律儀な子ね。お礼は、さっき十分見せてもらったから結構よ」
「…やっぱり見たんですね」
「堪能させてもらったわ」
「あはは…」
その会話を聞いていた有紀奈は、我慢の限界といった感じで茜に訊いた。
「ねぇ、あなたもしかして同性愛者だったりするの?」
「そういう訳じゃないけど、美少女は好きよ?」
「"好き"って、どれぐらいよ?」
聞き返す有紀奈に、茜は妙にキリッとした顔で答えた。
「自分の物にしたいくらい」
「それ同性愛じゃない…」
「ま、別にいいでしょ?」
「開き直るのね…」
階段をひたすら登る6人。
特に障害は無く、あっという間に10階に到着した。
廊下を見渡す有紀奈。
「この階に屋上への階段があるはず。探しましょう」
「手分けしますか?」
美咲の質問に、茜が答えた。
「これ以上犠牲は出したくないわ。時間を掛けてでも、全員で固まって探しましょう」
階段の捜索を始めた6人であったが、10階は案外広く、階段は中々見当たらなかった。
イラつき始める有紀奈。
「…何で無いのよ」
「絶対あるわ。カリカリしないの」
茜が宥めるようにそう言う。
その後、しばらく探索を続けていると、屋上に繋がる非常階段を見つけた。
有紀奈が扉に手をかける。
「なんだか非常階段ばかり使ってる気がするわ」
「非常事態なんだから良いじゃない」
茜は階段の上を覗き込みながらそう言った。
「狭いですね…」
美咲が言った通り非常階段はかなり狭く、嫌でも1人ずつ通る必要があった。
階段を登りながら、瑞希が呟く。
「挟み撃ちされたら…」
「縁起でもない事言わないでよ」
風香も同じ事を考え、その事態を恐れていたようだった。
屋上に着き、有紀奈が無線機を取り出す。
「本部、応答して」
『速水?無事なのね?』
無線機の向こうから、女性の声が聞こえた。
『状況の報告をお願いするわ』
「生存者の救出、及びに"イプシロン"の探索を終えて、今"ゼータ"に居るわ」
『了解、今ヘリを送るわ。トラックはもう使わないわね?』
「えぇ。何度か弾薬補給をしたから、中身はほとんど残ってないけど…」
『へぇ…、そんな激戦地だったんだ。まぁいいわ、そっちにも回収部隊を送っておく。しばらく待機してて』
「…ちょっと待って」
『どうしたの?』
「…冴島と山口が死んだわ」
有紀奈の言葉に、無線の向こうの人物が黙り込む。
「今回の事件は、やっぱり人為的な物だったわ。山口から証拠品を預かってる」
『…そう。その証拠品、絶対持ち帰って来てね』
「了解、切るわよ」
有紀奈は無線機をしまって、みんなの顔を見る。
「ヘリが来るまで待機よ。脱出した後は、一旦部隊で保護させてもらうわ」
「そういえば私達、家無くなったんだよね…」
風香の言葉を聞いて、美咲が寂しげに俯いて言った。
「実感湧かないけど、もう家も家族も…」
それを聞いて泣き出した瑞希を、晴香が優しく抱きしめる。
茜は、ただその様子を見ている事しか出来なかった。
「(考えてみれば、この子達って1日で多くの物を無くしたのよね…)」
そして、彼女達から目を逸らす。
「(私には、謝る資格すら無いか…)」
その時、突然有紀奈が俯いている茜を引っ張って、晴香達から離れた場所に連れて行く。
「いたたたっ!何よ急に…」
「何か変な音がしない…?」
「変な音…?」
茜が耳を澄ましながら辺りを見渡す。
すると、微かではあるが、確かに固い物同士を叩きつけているような音が聞こえた。
「下からみたいね…」
音が下から響いている事に気付く茜。
「気にならない?」
「確かめる気?」
茜が訊くと、有紀奈は晴香達を見ながら答えた。
「私達だけでね。これ以上、彼女達を戦わせたくないの…」
「…そうね」
2人は肩を並べて、晴香達の元に戻っていった。
「あ、有紀奈さん…」
美咲が目尻の涙を拭って、戻ってきた2人を見る。
「んー…、えーと…」
しかし、有紀奈は何と説明すれば良いのかわからずに、思わずうろたえてしまった。
「(正直に言ったりすれば、絶対に付いてくるわね…)」
「…どうしたんですか?」
そんな彼女を見て、晴香が不安そうに訊いてくる。
すると、有紀奈の代わりに茜が答えた。
「私達、ちょっと2人っきりでトイレに行ってくるわ」
「なっ…」
有紀奈が止める間もなく、狂言を続ける茜。
「案外、女同士も良いものよねぇ?」
「いや何を言って…」
「ねぇ?」
「いや…」
「ねぇ!?」
「(くっ…!)」
そんな2人を見て、4人は疑うというよりも、突然の衝撃にただただ呆然としていた。
茜が片目を閉じて、人差し指を立てながら4人に言う。
「そう言うわけだから、ちょっと行ってくるわ。付いて来ちゃダメよ?」
「い…行ってくるわ…」
階段を降りていく2人。
我に返った風香が、嘲笑しながら呟いた。
「いや、普通に怪しいって」
上手く騙せたと思って、ニコニコしながら階段を降りる茜。
「完璧だったわね」
その隣で、有紀奈は絶望しているかのような顔をしていた。
「何が完璧よ…」
「大丈夫。私達はそういう関係だ、って言い張れば良いのよ」
「良いわけ無いでしょ!…第一、何で同性にそういう好意を持つの?」
「あら、哲学的ね」
茜は少し考えた後、急に真顔になって有紀奈を見た。
「愛に形は無いのよッ!」
「…良いこと言ってるつもりなの?」
そんな事を話しながらも、2人は音のしていた10階の廊下に到着した。
「特に変わった様子は無さそうね」
辺りを見渡して安堵する茜。
「いえ、そうでもないわ」
「…何か見つけたの?」
「…これよ」
有紀奈が指差した場所には、不自然にへこんでいる壁があった。
「あの音は、誰かがこの壁に八つ当たりしてた音だったのね」
「冗談はよして頂戴。…1つだけじゃ無いわ、あそこにもある」
そのへこみは、壁の至る所に見つかった。
すると、茜がある事に気付く。
「傷と傷の間が一定の間隔になってるわ。随分と丁寧な八つ当たりね」
「一体誰が…」
その時、屋上で聞いたあの音が再び鳴り響いた。
「近い…!」
「来るわ!」
2人の近くにある曲がり角から、音を出している正体が現れる。
それは、庁舎の入り口で戦った巨大生物だった。
「よりによって、こいつなのね…」
「しかも、何かご立腹みたいよ?」
茜の言った通り巨大生物の息は荒くなっており、2人の前に現れた後も、怒りに身を任せて壁を叩いていた。
「あら、本当に八つ当たりなのね」
「放っといたら屋上に来るはず…。ここで仕留めましょう」
「私達だけで?」
茜の質問を聞いた有紀奈は、横目で彼女を見てこう言った。
「謙遜のつもり?」
「うふふ。わかってるじゃない」
2人はそれぞれ戦闘の構えに入る。
その時、巨大生物の体に多数の傷が付いていることに茜が気付いた。
「(あの切創…、似てるわね…)」
その傷は、武司の命を奪った切創によく似ていた。
第15話 終




