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Demonic Days  作者: 白川脩
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第11話


第11話

"犠牲"


和宮病院地下2階…


「みんな、今から地上に戻るんだが、1つ上の階が大量の患者に埋め尽くされているらしい。気を引き締めて行くぞ」


武司が無線機をしまいながら、他の3人にそう告げる。


「上の階って、霊安室があった階でしょ?患者はそんなに居なかった気がするよ?」


一向に泣き止まない瑞希を抱き締めたまま、風香が訊いた。


「俺達がこの階に居る間に、上の階に居た患者が流れ込んできたんだろう」


「まさか、相手する気?」


茜が、男から奪ったハンドガンを見ながら訊く。


「他の道は無い。それに、仲間が既に1階で戦ってるんだ。急いで向かおう」


「わかった。…瑞希、行くよ」


瑞希は風香の胸から離れようとしない。


「ふぇ…怖かったよぉ…」


「だから…、もう終わったの。大丈夫なんだってば」


「うぅ…」


ようやく泣き止んだ瑞希は、風香の手を握りしめて歩き始めた。


その様子を見ていた茜が、武司にささやく。


「少女同士って、いいと思わない?」


「何の話だ」


4人は有紀奈達が待つ地下1階への階段を目指した。


階段の前まで来た時、風香が武司を見て訊く。


「作戦は?」


武司は少し考えた後、答えを出した。


「"各自、自由にやれ"」


「…は?」


「以上だ。行くぞ」


武司を先頭に、4人は地下1階への階段を登り始めた。



和宮病院地下1階…


「…思ったよりも多いわね」


目の前の患者の数に、思わず怯む茜。


最初に引き金を引いたのは風香だった。


「とにかく数を減らそう。進むのはその後だね」


「よし、やるぞ!」


武司の言葉で、茜と瑞希もそれぞれ射撃を始めた。


しかし、しばらくしてから4人は改めて患者の数を思い知る。


「いくら何でも多すぎます!」


瑞希が慣れない手つきで銃を再装填しながら、そう言う。


すると、風香が発砲しながら武司に訊いた。


「おじさん、爆弾とか持ってないの?」


「…無茶言うな。ここで使ったら壁や天井が崩れるぞ」


「…確かに」


「どうするの?このままじゃ埒があかないわ」


弾切れになったハンドガンをしまいながら、茜が訊く。


すると、武司は上を見上げて呟いた。


「ネズミになるか…」


「へ?ネ、ネズミ?」


「そうだ。姉さん、そこの通気孔に行けるか?」


武司はそう言って後ろを振り返り、人が通れるぐらいの大きな通気孔を指差す。


しかし、その通気孔は背を伸ばしても届かないほど高い位置にあった。


「結構高いわね…。行ってみるわ」


茜は通気孔に向かって走り出し、思い切り跳躍して右手を伸ばす。


茜の右手は、通気孔の縁に届いた。


「お見事だ!お嬢ちゃん達を引っ張り上げてくれ!」


武司の言葉を聞いた風香と瑞希は発砲を止め、急いで通気孔の下に駆け付けた。


茜が2人を引っ張り上げた後、武司を見る。


「あんたは引っ張れないわよ?」


「こう見えても、高校時代は陸上部だったんだ」


武司はそう言った後、茜と同じように通気孔に向かって跳躍し、手をかけてよじ登った。


「あら、やるわね」


「まだまだ現役さ」


「…あなた幾つ?」


武司は登り終えた後、自慢気に答えた。


「52だ」


「わーお…」


通気孔の中はそんなに狭くなく、屈めば移動できるくらいの大きさであった。


武司、瑞希、風香、茜の順に並んでひたすら先に進む4人。


途中、茜が武司に聞こえるように大きめの声で訊いた。


「ねぇ!どこに向かう気なの!」


訊かれた武司もまた、大声で返した。


「勘で階段の所まで行く!」


「勘!?バカ言わないで!」


すると、茜の前を進む風香が突然、立ち止まって真下にある網を見た。


その背中にぶつかる茜。


「ちょ、ちょっと!危ないじゃ…」


「お姉ちゃん達だ!」


「はいぃ!?」


網の下の通路に、患者と交戦中の有紀奈達が居た。


「本当だ…」


「よし、降りるぞ」


武司が網を取り外し、有紀奈達に呼び掛けた。


「おい!ちょっとどいてくれ!」


突然の天井からの武司の呼び掛けに、有紀奈は思わず驚いた。


「きゃぁっ!い、いきなり天井から現れないで頂戴!」


「おっさん!急いで降りてこい!患者が迫ってる!」


達也が患者を撃ちながら、武司に向かってそう言う。


「先にお嬢ちゃん達が降りるんだ。急げ!」


「わかった!」


「はい!」


風香と瑞希が飛び降りた時には、既に患者がかなり近付いてきていた。


「くそ…、これじゃ降りられんぞ!」


すると、茜が通気孔から顔だけ出して、先頭で戦っていた有紀奈に告げた。


「あなた達は先に脱出しなさい!後で合流するわ!」


「そっちはどうするのよ!…って、あなた誰よ!?」


「いいから行きなさい!」


下にいる6人は、やむを得ずに階段を登っていった。


武司はそれを見届けた後、真下に蠢く患者を見ながら茜に訊いた。


「さて、どうするんだ?」


「どうしましょう」


「おいおい…」



和宮病院エントランス…


「速水!どうすんだよ!」


「とりあえず2階に行きましょう!2人を置いて脱出はできないわ!」


有紀奈を先頭に、2階への階段を登って行く6人。


道中に患者は居なかったが、地下から大量の患者が6人を追いかけて来ていた。


美咲がそれを見て有紀奈に教える。


「有紀奈さん!こいつら付いて来ます!」


「ひたすら上に逃げるわよ!」


2階に着き、6人はバリケードの無い階段を目指してひたすら走る。


その時、最悪の事態に出くわしてしまった。


「有紀奈さん…、前に…」


晴香が見ていた物は、正面からゆっくりと歩いてくる盲目の患者だった。


6人がそれを見て立ち止まる。


「こんな時に…」


有紀奈が舌打ちして後ろを見る。


まだ距離はあるものの、大量の患者は着々と近付いてきていた。


すると、達也がアサルトライフルを美咲に渡し、近くにある窓ガラスの前に立った。


「俺が囮になる」


「そんな…、危険すぎますよ!」


達也は晴香の言葉を無視して、作戦を告げた。


「お前らはそこに居て静かにしてろ。俺が窓ガラスを割ってあいつの注意を引く。そしたら全力で走るんだ。いいな?」


作戦を聞いた美咲は、首を横に振ってそれを否定した。


「無茶です!殺されちゃいますって!」


「他に方法は無ぇ。やり過ごそうとしても、奴が通り過ぎる前に、後ろに居る患者共が追い付いちまう」


「…本気なのね?」


有紀奈は達也の顔を見て、静かに訊いた。


「あぁ。本気だ」


「…わかったわ」


有紀奈は晴香と美咲を引っ張って、達也の居る場所の向かいの位置に待機した。


「有紀奈さん!このままじゃ冴島さんが…」


「こいつは覚悟の上でやるって言ってるのよ。…信じましょう」


「…お前ら、準備しろ」


盲目の患者が音の聞こえる距離まで近付くと、達也は拳を握り締めてそう言った。


そして、思い切り窓ガラスを殴りつける。


ガラスの割れる音を聞いた盲目の患者は、達也の居る場所に突進してきた。


「今だ!走れッ!」


達也の号令と共に、待機していた5人が走り出した。


作戦は上手くいき、盲目の患者の横を通り抜けることに成功する。


しかし、盲目の患者の攻撃を避け損ねた達也が、患者の爪に串刺しにされてしまった。


思わず立ち止まる美咲。


「冴島さんッ!」


「バカ野郎ッ…、早く…行けぇ!」


「嫌だ!こんなの嫌だよ!」


泣き出す美咲に、達也は血を吐きながらも自分がどの道助からなかった事を話し始めた。


「…隠してたんだが、俺は…腕を噛まれたんだ」


「え…?」


「つまり、どの道…死んでたんだよ…。なら、最後にここで役に立たねぇとな…!」


盲目の患者が爪を抜こうとしたが、達也はそれを掴んで離さなかった。


「だから…、さっさと行け…。その銃はくれてやる…」


「冴島…さん…」


達也は、最期に笑って美咲を見た。


「絶対…、生き残れよ…!」


「…はい!」


美咲は涙を流しながらも笑顔を作って達也を見た後、振り返って階段へと走り出した。


5人が見えなくなった後、達也は血まみれの手で手榴弾を3つ取り出す。


「さぁ、最期の置き土産だ…!」


大量の患者に囲まれる中、達也はニヤリと笑って手榴弾のピンを3つ同時に引き抜いた。



和宮病院地下1階…


「数が減ったわね」


通気孔の中から下の様子を見る茜。


「確かに減ったが、相手にできる数じゃないぞ」


武司が今にも飛び降りようとしている茜を引き止める。


しかし、茜はそれを平然と無視して飛び降りた。


「行くわよー」


「人の話を聞け!…あーあ、本当に行っちまった」


武司は心底呆れながらも、茜の後を追って飛び降りた。


「あなたは階段の方をお願い。私はこっちを足止めするわ」


「了解」


ほとんどの患者が有紀奈達を追いかけて地上に行ったので、さっきと比べれば数は少なかった。


茜が、降りてきた武司のナイフケースからナイフを抜き取る。


「借りるわよ」


「…ご自由に」


武司は前を見たままそう言うと、階段を阻む患者を撃ち始めた。


「手には取ったけど、正直ナイフは使い慣れないのよね…」


「じゃあ何故手にとった」


武司がショットガンに弾を込めながら訊くと、茜はナイフを回しながら答えた。


「ノリよ、ノリ」


「ノリで刃物を触らないでくれ…。あと、危ないから回すな」


「楽しいのよ。これ」


茜はそう言ってナイフを逆に持ち替えると、目の前の患者の首を突き刺した。


素早くナイフを抜き取り、近くに居たもう1体の患者の心臓を高速で3回突き刺す。


そして虫の息になった2体に、回し蹴りを放って止めを刺した。


「さ、次!」


ナイフを構え直し、目の前に来た患者を連続で斬りつける。


3秒間に10回という速さだった。


「おい姉さん。こっちは片づいたぞ」


「ご苦労様」


茜は患者を蹴り飛ばし、武司と共に階段を登っていった。


エントランスに到着し、辺りを見渡す。


「あら、あの子達どこいったのかしら」


「患者に追われてたからな。脱出したか、上に行ったかだな」


「上?」


「速水は仲間を置いて脱出する奴じゃないんだよ」


「ふーん。見た感じはツンツンしてたけど、デレる事もあるのね」


「…何だって?」


その時、2階の方から爆発音が鳴り響いた。


「な…何だ!?」


「…上からね。行きましょう」


胸騒ぎを感じながらも、階段を登り始める茜。


しかし、彼女は予想以上の惨状に思わず息を飲んだ。


「何よこれ…」


達也が手榴弾を使った直後の廊下は、大量の患者の死体が転がっており、爆発の影響でかなり焦げ臭かった。


更に、廊下の中央部分には瓦礫が積み重なっており、遠目から見ても通り抜けられない事がわかった。


「…行くぞ」


2人は患者の死体を避けながら、静寂に包まれている廊下を進む。


すると、武司が積み重なった瓦礫の近くである物を見つけた。


「冴島の銃…か」


「…そうなの?」


武司が拾い上げたハンドガンを見つめて訊く茜。


「あぁ。肌身離さず、持ち歩いてたはずなんだがな…」


茜は武司が言った言葉の意味に気付き、気まずそうに俯く。


武司は達也の物だったハンドガンを見ながら、心の中で喋った。


「(冴島、お前が何で死んだのかはわからねぇが、無駄死にじゃなかった事は何となくわかる。…ゆっくり休みな)」


そして、そのハンドガンをポケットにしまって目の前の瓦礫を見る。


「あばよ」


武司は小声で、そう呟いた。



和宮病院3階廊下…


達也の犠牲によって無事3階へと到着できた5人は、誰一人口を開こうとしないまま、ひたすら廊下を歩き続けていた。


その重い沈黙を破るように、有紀奈の無線機が鳴り出す。


『俺だ』


「わかってる」


『…冴島は残念だった』


「その事は…言わないで…」


有紀奈は、蚊の鳴くような声でそう言った。


『すまん…。今、何処にいるんだ?』


「3階よ」


『瓦礫があって通れないぞ』


「ふん。冴島の奴、余計な事を…してくれたわね…」


『…泣いてるのか?』


「…バカ言わないで。屋上からそっちに行くわ」


『わかった。…用心しろよ』


「ありがとう。切るわよ」


「…屋上に行くんですか?」


無線の内容を聞いていた晴香が、武司との遣り取りを終えた有紀奈に訊いた。


「えぇ。2階が通れなくなってるらしいの」


「あの…。この病院って、何階建てなんですか?」


瑞希が訊くと、有紀奈は階段の数を思い出しながら答えた。


「5階よ」


「5階…ですか」


瑞希は平気な振りをして頷いたが、体は正直に反応した。


ふらついた彼女を、晴香が咄嗟に支える。


「だ、大丈夫?」


「す、すみません…。ちょっと疲れてきちゃって…」


有紀奈はその様子を見て、他の4人が10代の少女だという事を思い出した。


「(そろそろ、限界かしら…)」


更に時刻は深夜の2時を回っており、普段ならとっくに床に就いている時間だった。


「みんな。5階に着いたら、朝まで休みましょう」


「いいんですか…?」


遠慮気味に訊く晴香。


「疲労と睡魔に耐えてまで急ぐ必要は無いわ」


「ありがとうございます…」


その後、彼女達は雑談をしながら、それぞれのペースで階段に向かう。


しかし、1人だけ他の4人とは様子が違った。


「美咲ちゃん…」


有紀奈が、俯きながら歩いている美咲に話し掛ける。


美咲は力無く笑い、独り言のように呟いた。


「冴島さん、何も死ぬ必要は無かったんじゃないのかなぁ…」


それを聞いた有紀奈は、懐かしむように話し始めた。


「…結構前の話なんだけどね。冴島に、"銃を試し撃ちさせてくれ"って言ったら、"この銃は誰にも触らせない"って、断られた事があったの」


美咲は銃を見つめながら、何も言わずに有紀奈の話を聞いていた。


「正直、驚いたわ。死に際に銃を誰かに渡すなんて。…あなた、信用されてたのね」


「冴島さん…」


美咲は銃を強く抱き締める。


こぼれた涙が、銃に落ちた。


「私…、絶対生き残ります…!」


有紀奈は立ち直った美咲を見て安心した後、思い出したように無線機を取り出した。


「山口、話があるんだけど…」



和宮病院2階階段前…


「話?」


『えぇ。この子達の体力が限界なのよ。朝まで休んでもいいかしら?』


武司は階段を降りながら、腕時計を見て答えた。


「まぁ、この時間ならしょうがないか…」


『恩に着るわ。じゃあ、非常階段から屋上に行って、そこから5階に来て頂戴。切るわよ』


「おい…」


武司が言葉を発する前に、有紀奈は素早く無線を切った。


「屋上か…。やれやれ」


「え、屋上に行くの?」


茜が髪の毛を掻き上げながら訊く。


武司は溜め息を吐きながら答えた。


「2階は通れないから非常階段を使え、だとさ」


「人使い荒いのね…」


エントランスに着いて、すぐに外へ出る2人。


夜の闇に包まれた街は、さっきまでとは違った雰囲気になっていた。


「夜に行動するのは危険ね」


「同感だ」


非常階段のある場所に向かう途中、武司が突然立ち止まった。


「待て。暴走状態の患者だ」


正面に獲物を探してうろついている、暴走状態の患者が1体居た。


「…まだ気付かれてないわね。任せて」


「おい…!」


茜は武司の制止を聞かずに、患者の背後に忍び寄る。


そして、患者の首に勢いよくナイフを突き刺した。


「一丁上がりね」


「頼むから話を聞いてくれ…」


2人は非常階段を登り始めた。


第11話 終




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