第10話
第10話
"黒幕の存在"
和宮病院3階廊下…
「"光る"」
「"ルックス"」
「"滑る"」
「"ルーム"」
「"むせる"」
「"ルート"」
「"通る"」
「きぃ~!さっきから"る"ばっかりじゃないですかぁ!」
「しりとりの基本戦法だろう。お前弱いな」
3階の通路には患者が1体も居らず、達也と美咲はしりとりを始めるほど退屈していた。
そんな2人を見て、呆れる有紀奈。
「あなた達…、少しは緊張感を持ってくれないかしら」
「暇なんだからしょうがねぇだろ。…にしても、階段がバリケードに塞がれてるとはな」
達也の言葉通り、4階から降りてきてすぐ近くに あった階段は、机などで作られたバリケードの所為で通れなかった。
4人は仕方なしに階段を探していたが、どうやら今居る場所の反対方向にあるようだった。
「その所為で廊下の端から端まで移動…、いい加減足が痛くなってきましたよ…」
美咲がふてくされてそう言うと、その隣で晴香が溜め息を吐いた。
「あんまり弱音吐かないでよ…、こっちまで疲れてくるじゃない…」
「そんな事言われても、疲れてるんだから弱音ぐらい出るってば~」
その様子を見かねた有紀奈が、立ち止まって言った。
「はぁ…。仕方ないわね、少し休憩しましょう」
その言葉を聞くと同時に、達也は壁にもたれて座り込み、煙草を取り出した。
美咲が煙草を見つめていると、達也は冗談半分で煙草を差し出した。
「吸うか?」
「未成年に喫煙を奨めないで頂戴。…煙草を吸う人間の気が知れないわね」
「速水、お前だって酒は飲むじゃねぇか」
「お酒は良いのよ」
「飲みに行った時、店のガラス割った癖に…」
「う…うるさいわね。あれは事故よ」
晴香は心の中で納得した。
「(この人ならやりかねないな…)」
「…晴香ちゃん?」
「何も言ってないです」
その時、突然近くにあった病室の扉がゆっくりと開いた。
素早く銃を構える4人。
しかし、病室の中からは何も現れなかった。
「どうする?」
達也が銃を構えたまま言う。
「行くわよ」
「了解」
達也と有紀奈がゆっくりと病室へ近付いていく。
病室に入ろうとした瞬間、中から暴走状態の患者が飛び出してきた。
その患者は達也に激突し、そのまま馬乗りになる。
他の3人が患者に狙いを付けるが、達也に当たる可能性が高かったので引き金を引く事はできなかった。
達也に噛み付こうとする患者は、ひたすら暴れまわる。
達也は隙を見て、患者の顔を何度も殴りつけた。
そして、怯んだ患者の首を勢いよく捻じる。
患者は達也にもたれて動かなくなった。
「けっ…。脅かしやかって…」
達也が患者の死体を押し退けて立ち上がる。
「冴島!怪我は!?」
「…大丈夫だ」
「そう…。まさかいきなり飛び出してくるとはね…」
「すみませんでした…。何もできなくて…」
晴香が達也に頭を下げる。
達也は軽く笑いながら答えた。
「あの状況で撃っていたら、俺に当たってたと思うぜ。何もしなかったのが正解だよ」
「本当に大丈夫なんですか…?」
心配そうに訊いてくる美咲。
「大丈夫だって言ってんだろ?噛まれない限りは平気さ。それよりも、先に進もう」
達也の言葉に、他の3人は安心して歩き始めた。
その後ろで、達也が歩きながら腕を捲る。
二の腕に、患者の歯形が付いていた。
「(1時間…。運が良ければ2時間か…)」
和宮病院地下2階…
「この階、何も無いんじゃないの?」
歩き疲れた風香が、先頭を歩く武司に言った。
「…いや、患者の数から見て何かあるはずだ」
「何かって何よ?」
腕を組んで訊く茜。
「霊安室の死体を使って実験をしていた事は間違いない。その実験場所を特定したいんだ」
「確かにそこなら情報が得られると思うけど、容易く発見できる場所には無いでしょう」
「だから今探してるのさ」
武司はそう言うが、地下2階は複雑な迷路のようになっており、さっきから同じ所を通るばかりであった。
風香が茜の隣に行って、他の2人に聞こえないように小声で訊く。
「茜。実験場所知らないの?」
「私はD細菌の製作には関わったけど、D細菌を使った実験には関与してないわ」
「ふーん」
「…何よ、その目は」
「役立たず」
「なっ…!」
「どうした?」
武司が振り向いて茜を見る。
「…何でもないわ」
「…そうか」
武司は納得しない様子のまま、前を向いた。
茜が風香を横目で見る。
「…覚えてなさいよ」
「知ーらない」
その時、武司の後ろを歩いていた瑞希が突然、立ち止まった。
「あっ!」
「あー、びっくりした!…どうしたの?」
喫驚した風香が恐る恐る訊く。
「この部屋…"実験室"って書いてあります…」
瑞希が指差した扉には、確かに"実験室"と書かれたプレートが掛けられていた。
「本物か…?」
武司が疑いながら扉に手をかける。
すると、茜がその手を止めた。
「待って。本物だったら、中に患者が居る可能性があるわ」
「確かにそうだな。よし、3.2.1で開けるぞ。」
「…1の"後"?」
「え?」
「いえ、何でもないわ…」
扉の前で待機する4人。
そして、武司の合図と同時に実験室の中へ突入した。
「あら、どうやら本物のようね」
茜の予想通り、中には6体の患者が居た。
武司が2体の患者をショットガンで撃ち抜く。
風香と瑞希は、1体の患者を2人で一緒に狙って倒した。
茜は足元にあった丸椅子を蹴り飛ばし、正面に居た患者の頭にぶつけて仕留める。
更に近くに居た患者の腹を蹴って壁に押し付け、その場で跳躍して延髄を蹴りつけた。
そして最後の1体に、武司、風香、瑞希の3人が一斉に射撃する。
6体の患者は、あっという間に動かなくなった。
「全員、無事だな」
銃を下ろして仲間の安否を確認する武司。
「大丈夫です」
「物足りないね」
「同感」
「…まともに返事をしてくれるのは1人か」
武司は愚痴りながらも部屋を調べ始める。
それに続くように、他の3人も動いた。
その部屋には、いくつかの大きな机と、見たこともないような機械が数台置いてあった。
「なんか、実験室っぽいね」
機械を見ながら呟く風香。
すると、機械の横に書類が落ちている事に気付いた。
「何か見つけたの?」
瑞希が近寄ってきて、風香の手元にある書類に目を落とす。
「"D細菌試用実験"」
風香が書類の題名を読み上げると、武司と茜も集まってきた。
書類の内容を音読し始める風香。
「"先日入手した生物兵器、D細菌。それを当院の入院患者で実験する事が決定した。患者の遺族には病状の悪化による突然死と告げて誤魔化せば良い。実験の結果、D細菌は微量にして約1時間で人間を絶命させる威力を持つ事が判明した"」
「入院患者まで実験道具にしてたのね…」
茜が書類を見たまま、そう言った。
音読を続ける風香。
「"更に、檻に入れておいたその患者が突然立ち上がり、私の方を見ながら檻を叩き始めた。私は檻に近付きその患者との会話を試みるが、どうやら私の言葉は聞こえていないようだった。恐らくD細菌には宿主の細胞を支配し、身体を乗っ取ってしまう能力があると思われる"」
風香は無表情のまま、書類を読み続ける。
「"そこで、D細菌の感染能力が気になった私は、霊安室から死体を持ち出し、檻の中に入れてみる事にした。すると、患者が死体に噛み付き、肉を食いちぎって咀嚼し始める"」
「うっ…」
その光景を想像した瑞希は気分が悪くなり、手で口を抑えた。
それでも風香は顔色一つ変えずに、書類を読み続ける。
「"30分後、無惨に荒らされた死体は、最初の患者と同じように立ち上がった。このD細菌をテロ組織などに上手く売ることができれば、手に入れる為に注ぎ込んだ額を上回る、莫大な金額の金が手に入るだろう。その時が待ち遠しいものだ"」
「目的は金か…」
武司は風香から書類を受け取り、深い溜め息を吐いた。
「これを持ち帰れば、任務完了なの?」
「いや、後は犯人の拘束だ。もっとも、生きてるかはわからんがね…」
風香の質問に答える武司。
「生きていたとして、どこを探すの?」
続けて茜が質問した。
「まずはそこにある扉だ」
武司が近くにあった扉を指差すと、他の3人は揃ってその扉を見た。
「恐らく、あの部屋の中に、書類に出てきた檻があると思う」
「患者を閉じ込めた檻が…ですか?」
武司は頷き、扉の前に立って3人に合図する。
「行くぞ」
扉を蹴破り、4人は部屋の中に入って安全を確認する。
部屋の中に患者は居なかったが、大量の死体による酷い異臭が漂っていた。
「っ!?」
「瑞希、外出てなよ」
「う…うん」
「…患者は居ないな」
「あれが檻かしら」
茜が見つけた大きな檻には、2つの死体が入っていた。
その近くに転がっている、白衣を着た男の死体に歩み寄る。
「(D細菌…)」
茜は死体が手に持っていたアンプルを手にした。
「何か見つけたのか?」
訊いてきた武司に、アンプルを見せる。
「この死体が持ってたわ」
「これが、D細菌なのか…?」
「そうだとすれば、この男が犯人という事になるわね」
武司は死体を調べ始める。
「患者にやられたようだな」
「そうみたいだけど、何故感染していないのかしら」
「檻の中に居る患者も、何故か死んでいる。檻の扉が開いている事も気になるな」
2人が檻の中を見て考えていると、風香が何かを見つけて2人を呼んだ。
「ちょっと来て」
風香が見つけた物は、3つの薬莢だった。
武司が拾い上げて、温度を確かめる。
「…かなり前の物か」
「犯人を殺した人物が居るって事ね」
「あと、あんな物も見つけたよ」
風香が指差した物は、机の上にある空のアタッシュケースだった。
武司はそれを見て、何が起こったのかを察した。
「何者かが犯人を殺し、D細菌を奪ったって事か…」
「真犯人を探すのかしら?」
「もうこの街には居ないだろう。悔しいが、俺達も脱出しよう」
その時、出口の扉が開いて、泣きそうな表情の瑞希が入ってきた。
「ご…ごめんなさい…」
その後ろから、黒い軍服を着た男が、瑞希に銃を向けながら出て来た。
「D細菌をどこにやった!?言わなければこのガキを殺すぞ!」
茜は焦る様子も無く、男を見たまま嘲笑した。
「ありきたりなセリフね。それに、か弱い少女を人質にするなんて、あなた最低よ?」
「おい…、刺激するな…!」
武司が小声で言うと、茜も小声で返した。
「大丈夫、見てなさいって」
男は怒りを露わにして、瑞希の頭に銃口を押し付ける。
「何だとてめぇ!状況を良く見やがれ!」
「うふふ。その言葉、そっくり返すわよ」
茜がそう言うと、いつの間にか男の背後に忍び寄っていた風香が、男の首を銃で叩き付けた。
しかし、男は倒れずに風香に銃を構える。
素早く茜が近付き、その銃を蹴り上げた。
「相手が悪かったわね」
茜はニヤリと笑い、男の首に回し蹴りを放つ。
男は勢いよく倒れ込み、気絶した。
恐怖から解放された瑞希は安堵し、風香の胸に飛び込んで泣き始める。
「…真犯人か?」
武司の言葉を、茜は首を横に振って否定した。
「いいえ、この男が持っている銃の口径と、落ちている薬莢のサイズが一致してないわ」
茜は薬莢を拾って、男の持っていた銃の銃口に合わせてみる。
銃口に比べ、薬莢はかなり大きかった。
「ほらね?この薬莢、50口径のマグナム弾だと思うわ」
「なるほど。つまり、こいつは真犯人では無いのか」
「それでも、D細菌を狙っている組織の人間…とは言えるわ」
「ふむ…」
武司は真犯人の正体が気になったが、証拠品の書類を持って脱出する事を優先した。
「まぁ、この書類だけでも今回の事件が人工的だということは充分証明できる。脱出しよう」
「わかったわ」
茜は軽く返事をした後、手に持った薬莢に目を落とした。
「(まさか…ね)」
和宮病院2階通路…
2階に着いた3人を待ち受けていたのは、数十体の患者だった。
「どうする。こっちの階段も、バリケードが作られてるぜ」
「この階段は屋上に行く時に通ったはず…。何でバリケードが…?」
美咲は階段を塞ぐバリケードを見ながらそう呟く。
美咲の言葉に、有紀奈が答えた。
「誰かが私達の見ていない所でバリケードを作った、という事になるわね」
「そんな…。誰かが私達の邪魔をしてるって言うんですか?」
信じられない様子で訊いてくる晴香。
「そうなるわね」
「でもよ、短時間でこんなバリケードを1人で作るなんて無理だろう」
達也が有紀奈の推測を否定する。
すると、有紀奈は横目で達也を見て言った。
「1人じゃないとしたら?」
「…複数だって言うのか?」
「私はそう考えてるわ。…とりあえず今は、目の前の患者をなんとかしましょう」
「了解」
4人は横に一列になって銃を構えた。
患者が4人に気付き、ぞろぞろと近付いてくる。
それと同時に、戦闘が始まった。
1体1体、正確に頭を狙って倒しながら進んでいく4人。
患者の数が少なくなってきたと思ったその時、廊下の先にある階段から、盲目の患者が現れた。
舌打ちをする達也。
「くそ、厄介な奴が来たな…」
「みんな、撃つのを止めて」
有紀奈が銃を下ろす。
3人もそれに倣って銃を下ろした。
すると、盲目の患者が、廊下に居る患者を片っ端から殺し始めた。
「下がるわよ」
「なるほど、利用するのか」
「警戒はしておくけどね」
盲目の患者は、あっという間に廊下の患者を全滅させた。
その後、4人の居る方に歩いてくる。
「やり過ごすわよ…」
4人は4階でやったように、壁に背を付けて盲目の患者が通り過ぎるのを待つ。
その患者は4人の間をゆっくりと歩き、そのまま通り過ぎて3階への階段を登っていった。
「ふぅ…。今回は無事、やり過ごせたな」
「何で私を見て言うんですかね…」
達也は美咲を無視して、有紀奈を見た。
「よく思い付いたな」
「4階の階段前で、いきなり患者に襲い掛かった事を思い出したのよ」
歩きながらそう答える有紀奈。
「あの患者は、手当たり次第に何でも襲うんですかね?」
「音を立てるものなら…ね」
有紀奈は美咲の顔を見ながら答えた。
「ひどい!有紀奈さんまで!」
「4階で音立てて気付かれた事は事実だろ」
「うるさい!バカバカバカ!」
「美咲、顔真っ赤だよ?」
晴香が笑いながらそう言うと、美咲の赤い顔が更に赤くなった。
「も、もう!さっさと地下に向かいましょうよ!」
「はいはい…」
有紀奈は笑いを堪えながらそう返事した。
階段の元に辿り着き、1階へと降りていく4人。
1階には大量の患者が居る事を想定していたが、意外にも患者は数体しか居なかった。
「あれ…」
拍子抜けする美咲。
それは、他の3人も同じだった。
「さっき2階に居た奴らは、1階で大量に蠢いてた奴らだったのか」
「だとしても、私達が見たときに比べれば少なすぎるわ」
有紀奈は1階で患者に囲まれた時の事を思い出した。
すると、達也が苦笑しながら地下への階段を見て言った。
「残りは地下に行った…なんてな」
「…急ぐわよ」
4人は地下へと続く階段を降りていく。
地下の通路は既に、大量の患者に埋め尽くされていた。
「遅かったか…」
「冴島、山口に連絡してみて頂戴」
「わかった」
達也が無線機を取り出して武司に呼び掛けると、すぐに応答が返ってきた。
『どうした?』
「今、地下のどこにいる?」
『地下2階にある実験室という部屋だ。そこで、証拠品を手に入れたぞ』
「証拠品?」
『あぁ、D細菌の試用結果が書いてある書類だ。それを持って、今からエントランスに戻る。そっちは今どこにいる?』
「速水達と合流して、今4人で地下1階の入り口に居る。…患者が多すぎるんだが、どうやって抜けたんだ?」
武司は驚愕した様子で訊いてくる。
『患者が多すぎるだと?俺達が通った時は、数体居ただけだぞ?』
「…恐らく、おっさん達が居なくなった後、上の階に居た奴らが降りてきたって事だな」
『なるほど…。さて、困ったな』
「一応、こっち側からも患者を攻撃する。何とか戻ってきてくれ」
『了解。切るぞ』
達也は無線機を切り、有紀奈を見て言った。
「おっさんは無事だ。もう1つ下の階に居るらしい」
「そう…。つまり、この数を全滅させる必要があるのね…?」
有紀奈が、通路に居る大量の患者を見てそう言う。
達也は銃を再装填しながら答えた。
「そういう事だ。まぁ、一本道なら戦いやすいだろう」
「まぁね…。それじゃあ、始めましょうか」
有紀奈の言葉で、4人は通路に居る患者を撃ち始めた。
患者は4人に近付けないまま倒れていく。
しかし、患者が次から次へと現れて壁のようになっていき、4人は徐々に押されつつあった。
「数が多すぎます!」
晴香が患者の壁を撃ちながら、有紀奈に言った。
「一旦、退くか?」
アサルトライフルの再装填をしながら、達也も有紀奈に訊く。
しかし、有紀奈は後ろにある階段を一目見た後、こう答えた。
「山口達が来るまで退却はできないわ。何があっても、ここだけは死守するのよ!」
第10話 終




