春はまたない
藍花は言うのです。
「すこしだけ、めんどうだわ」
ため息といっしょに吐きました。
わたしはすこしだけ、いやな気分になりました。
彼女がわるいわけではありません。
「そんなこといわないで」
藍花はみんなのアイドルなのです。
彼女に、たくさんの元気をもらう人がいっぱいいます。
わたしもそのなかのひとりです。
だから、彼女がそう思っていることは、悲しいことでした。
「弱音もダメなの」
「そんなことないけど……」
わたしは強くものを言えません。
ほんとうをはなせば、そんなことは聞きたくありませんでした。
でも、藍花だってひとりの女の子にすぎません。
弱音のひとつも、口からでてくるのはおかしくありません。
「ごめんね。すこし、つかれてるの」
そういって、藍花はわたしの肩にあたまを乗せました。
さらさらの髪が、わたしの頬に触れました。
なめらかで、いいにおいがします。
目をつむってちからを抜いた藍花は、幼く見えました。
髪をすくように、わたしはそのあたまを撫でます。
「それ、きもちいい」
「もっとやる?」
肩にあたまを乗せたまま、藍花はちいさくうなずきました。
わたしはしばらくのあいだ、そうしていました。
藍花がそのまま寝息を立てはじめると、近くのソファに横たえます。
みんなを元気にする藍花を元気にする。それがわたしの役目です。
でもわたしは、いつかみんなを元気にしてあげたいのです。
ねむっていてもキレイな藍花を見ると、そうできるようには思えません。
わたしは、それほどキレイじゃありません。
わたしは、それほどかわいくありません。
「おやすみなさい、藍花ちゃん」
ブランケットで藍花を覆います。
見えないふりをするのです。
きっと、ずっと。
でも、これでいいのです。
藍花だけはわたしを見てくれるから。
藍花がわたしのみんなです。
だからわたしは、藍花を元気にするのです。
これでいいのです。
いつか花が咲く。
それはきっと、わたしにではなく。