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救いの手7



 牢屋から戻ったクロフは、真っ先に女神官のいる部屋へと向かった。

 南の王との一件は、やはりクロフの中では納得できない点が多かった。

 ディリーアの処刑の話も含め、今一度理由を尋ねたいと思ったのだ。

「失礼します」

 部屋に入ると、女神官が炉ばたの側の椅子に腰を下ろしていた。

 炉の中の炎は赤々と燃え、火の粉を巻き上げている。

 女神官はクロフの姿に気が付くと、ゆっくりと顔を上げた。

「やはり、来ましたね」

 白い裾を揺らし、女神官は椅子から立ち上がった。

「明日の処刑の件で、考え直していただけないかと思いまして」

 クロフは離れた場所から、小柄な女神官を見下ろした。

 白い衣をまとった肩は細く、裾から垂れた手はしわが刻まれている。

 何年も会わないうちに、この親代わりの女神官はずいぶんと年老いたように見える。

「どうしてです? 彼女は罪人です。多くの人々を殺してきたのですよ。処刑されて当然だと思いますが」

「それはわかっています」

 クロフはためらいがちに答える。

 女神官は少し疲れたように、長い息を吐き出した。

「どうしてあなたはそこまで彼女にこだわるのですか? 太陽の女神様の神託のためですか? それとも他に理由があるのですか?」

「それは」

 クロフは口ごもりながら、言葉を探すように何度も繰り返した。

「それは、ぼくが彼女に助けられたからでは無いでしょうか? 彼女は確かに、大勢の人を殺しましたし、妖しげな術を使う魔女とも言われています。農地を沼地に変え、多くの民を苦しめました。だから処刑される理由はぼくにも十分理解できます。でも、それではいけないんです。このままでは、何も解決しない。それは家に閉じこもり、じっと身を潜め、耳や目をふさいで、嵐が通り過ぎるのを待っているだけのような気がするんです。それでは駄目なんです。もしかしたら、この先同じことが起こるかも知れない。上手く言えないけれど、何か、きっと何か、もっと別の方法があるはずなんです!」

 女神官は疲れたように息を吐きだし、ふっくらと微笑んだ。

「あなたは変わりましたね。そろそろそういう時期なのかも知れません」

 女神官はクロフにゆっくりと背を向けて、部屋の片隅にある木の箱に向かう。

 箱の中に置いてあった布包みを手に、クロフのいる炉ばたに戻ってきた。

「これを、持って行きなさい」

 クロフが手渡され布包みを紐解くと、中から一振りの剣と盾が現れた。

「これは」

 クロフは件を手に取り、輝く刀身を鞘からわずかに引き抜く。

 それはかつて南の王から与えられ、森の湖でヒーネとケーディンが失ったものだった。

「彼が、ロキウスが森の討伐に行ったとき、持ち帰ったものです。王はほうびとして彼に与えたのだけれど、彼はそんなものはいらないと言って、わたしに押しつけたのです。これはあなたが持って行きなさい」

 クロフはロキウスの仏頂面を思い出して、苦笑いを浮かべる。

「どうして、これをぼくに?」

 クロフは女神官の深いしわの刻まれた目元を見つめる。

「あら、だってこの先、女の子を守って旅を続けるのに、必要なものでしょう?」

 女神官は笑みを浮かべ、こともなげに言い放つ。

 顔からは冷たい雰囲気が消え、少女のような朗らかさが宿っている。

「今回の一件で、あなたが神殿に戻るべきではないとわかりました。あなたは今まで神々によく仕え、後輩の神官達に気を配り、神殿の雑事を一挙に引き受け、人々のためによく尽くしてきてくれました。太陽の女神様の神託だってそう。あなたは誰もがそうそう出来ることではないことをやり遂げたのですよ」

 クロフは首をゆっくりと横に振る。

「でも、ぼくは彼女を救うことは出来なかった。それに、森へ行く人々を思い止まらせることが出来なかった。神託だって、太陽の女神様のご期待には添えられなかった」

 女神官は節くれの手でそれを制す。

「まだ、諦めてしまうには早いですよ。あなたは若いのですから、まだまだ様々なことが出来るはずです。諦めてしまえば、そこで終わりです。大切なのは自分で考えること。自分で考えて、あなたが少しでも後悔しないと思える方へ進みなさい。わたしが助けてあげられるのもここまでです。さあ、行きなさい」

 白いものが混じった長い髪を揺らし、女神官は優しげに微笑む。

 クロフは剣と盾の包まれた布包みをしっかりと胸に抱き、女神官に一礼して小走りに部屋を出て行く。

 部屋を出る間際、クロフは女神官をわずかにかえりみた。

「ありがとう、義母さん」

 幼い頃何度となくそう言ってきたように、クロフは屈託のない笑顔で礼を述べた。

 女神官が手を伸ばす前に、クロフの姿は足音を残して廊下の向こうに消えていった。

「太陽の女神ラナンよ。これで良かったのですよね?」

 女神官は両手で顔を覆い、涙を流し石の床の上にしゃがみこんだ。


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