救いの手5
「処刑が執り行われて、初めて彼らの心は癒される」
年老いた家臣が白いひげをしごきながらつぶやく。
「他に言い分はあるか?」
南の王の重苦しい声が響く。
クロフは片膝を付いたまま、うつむき拳を握りしめた。
「ありません」
クロフはかろうじて声を絞り出し、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめた。
「失礼しました」
吐き捨てるようにつぶやき、王に十分な礼も取らないまま、クロフはその部屋を後にした。
クロフは暗い気持ちのまま、廊下を歩いていた。
うつむき今にも倒れそうな青白い顔で歩いていたので、すれ違った人々は目を見張り、進んで声をかけようとする者はいなかった。
「おい!」
行く手を阻むように腕が差し出され、クロフはぼんやりと顔を上げる。
目の前にはロキウスが不機嫌な顔で立ちはだかっている。
「突然部屋を飛び出したから、心配してきてみれば、案の定だな。あの魔女のことなら、もう諦めろ。王に異議を申し立てても、今更判断は覆らない」
クロフは黙ってロキウスの脇をすり抜けた。
「あの女のことはもう忘れろ。お前は神託の通りに行動した。今更お前を責める者などいない。太陽の女神様も、神託の通りに行動したお前をお許しになるはずだ」
「うるさい」
クロフは吐き捨てるようにつぶやく。
「神託、神託って、ぼくがそのためだけにここまで来たと思っているのか? 神殿でずっと一緒に育ってきたお前まで、ぼくがそれだけの理由でここまで来たと、本当に思っているのか?」
クロフはロキウスをにらみつける。
その赤金色の瞳には、怒りとも諦めとも付かない感情が浮かんでいる。
「神殿にいた頃、ぼくがどんな気持ちでいたか、太陽の女神様の神託を受け、火の神の生まれ変わりとしての宿命を背負わされた子供がどんな気持ちでいたか、一緒にいたお前でさえ本当のところはわからなかったというわけか」
ロキウスはクロフの静かな怒りに気圧され、わずかにたじろいだ。
「神殿の中でも神々の声を聞き、人には見えないはずの使者の姿が見えることが出来る人間は数少ない。それに加え、他の生き物と話が出来、詩も唱えず神々の奇跡を自在に操ることが出来る者など、今では万に一人いるかどうかだ。それをどうだ、生まれながらに太陽の女神様の寵愛を受け、軽々と神々の奇跡が行える子供が平民にいる。果たして周りの人々はその子供をどう思うか。平民風情がと、気に入らない人間もいるだろう」
クロフは深いため息を吐き出した。
「ぼくが子供だったからと言って、神殿内の出来事を何も知らないと思っているのは間違いだ。ぼくは知っている。それを巡り神殿内でどんな争いが起こり、どれほどの心ある無実の人間が罰されたかを」
クロフは悲しげに微笑み、ロキウスに背を向け歩き出した。
「動物や木々の言葉がわかると言うことは、人々の感情にことさら敏感ということなんだ」
それだけ言うと、クロフはロキウスを振り返らず、逃げるように早足で歩き去った。