救いの手12
クロフは手早く傷口に布を巻き付けると、ディリーアの腕に手をかけた。
「おい、見ろよ。おれの槍が魔女に当たったんだぞ」
クロフの背後から兵士達の叫び声が近づいてくる。
兵士達の先頭を歩く男が、腕を大きく振り上げわめき散らしている。
「わかった、わかった。今回はお前の手柄にしといてやるよ。ただし、後で酒をおごれよな」
かがり火の焚かれている広場のちょうど中央。
クロフは四方を見回し、兵士達に取り囲まれていることを見て取った。
兵士達はそこで初めてクロフに気が付いたかのように足を止める。
かがり火のそばにいた兵士達も、槍を手に二人の周りを瞬く間に取り囲む。
「魔女め。一度ならず、二度までも、神官様をたぶらかすとは」
兵士の叫びに、クロフがそちらに顔を向ける。
すると兵士達の間をかき分けて、見知った人物が歩いてきた。
「やはりな」
白い衣を揺らし、ロキウスはクロフに歩み寄る。
ロキウスは長い杖をクロフの眼前に突きつけ、静かな怒りのこもった口調で尋ねる。
「何故、魔女の牢を開け、逃げるための手助けをした?」
クロフは黙ったまま、赤金色の瞳でロキウスを見上げる。
「気でも狂ったか? それとも魔女にたぶらかされたのか? そのどちらもか。まあいい。その理由は 神殿に戻ってから、ゆっくり聞かせてもらおう」
ロキウスは手を一振りし、高らかに叫ぶ。
「二人を捕らえろ!」
槍の先が高い金属音をたて、武具の触れ合う音が広場に響く。
兵士達の二人を取り囲む輪が徐々に小さくなる。
クロフは大きく息を吸い込み、剣の柄に手を伸ばした。
クロフは音もなく鞘から剣を引き抜くと、自分を取り囲んでいる兵士の槍の穂先を振り払う。
わずかに金属の触れ合う音がしただけだった。
それだけで槍の先は蜂蜜のように溶けて、根本から折れ地面に転がった。
「動かないでください」
素早く立ち上がり、近くにいた兵士の一人に剣を突きつける。
「誰も、動かないでください」
クロフは自分を取り囲んでいる兵士を見回した。
「どうか、今回は見逃してもらえませんか?」
クロフは炎に照らされた兵士の顔を順番に見回し、白い衣を着たロキウスを見つめる。
ロキウスは眉を寄せ、怒りをあらわにする。
「どうしてそこまでその女のために尽くす。その女が一体お前に何をしてくれたというのだ」
クロフは寂しげに微笑んだ。
「本当に助けられていたのは、ぼくの方だったんです。ただ彼女が化け物になり、人間を憎むようになった理由が、ぼくにもほんの少しわかるんです」
兵士に突きつけた剣先が月明かりに白く光る。
「だからと言って、魔女を逃す理由にはならん」
それはロキウスの発した言葉ではなかった。
暗闇から響く声に、クロフは振り向いた。
「少ない手勢で、よく持ち堪えた」
ロキウスは頭を垂れ、道を譲った。
数名の家臣を従えた南の王は長い衣を揺らしゆっくりとクロフの前まで歩いてくる。
城壁の上に数百の兵士が姿を現し、一斉に広場に向かって弓を構える。
「春の祝祭の前とは言え、兵達を集めておいて正解だったな」
王はあごひげをさすりながら、クロフを値踏みするようなに眺め回す。
「王様の手を煩わせて申し訳ございません。今回の件はすべてこちらの不手際でございます」
「ふむ」
南の王は槍の先を折られ戸惑っている兵士達を見回し、クロフへと目線を戻す。
「神官は皆良識のある方々であると思っていたが、あのような非常識な輩もいるとは」
「申し訳ございません」
ロキウスは頭を下げる。
クロフは兵士に剣を突きつけたまま、南の王をにらみつけている。
「その責任、神殿の側で取ってもらいたいものだが。いかがかな?」
「はい、承知しております」
ロキウスは王の前に進み出て、クロフに杖を向ける。
「お前の命まで取るつもりはないが、少し頭を冷やせ。お前には休息が必要なのだ。神殿に戻り、心身をゆっくりと休めるがいい」
ロキウスは杖の先をクロフに向け、朗々と詩を唱える。
「木々のざわめき 梢を渡る
獣の叫び 荒野を渡る
風は岩山を上り 木々をなぎ倒し
つむじ風を伴い 空へと駆け上がれ」
ロキウスが高らかに詠い上げ、杖を天に掲げると、突如広場のかがり火の炎が揺らめいた。
ごうごうと強い風がわき起こり、黒い雲が夜空の月を隠す。
クロフがまばたきをする間に、その体は強風にあおられ足が地面を離れる。