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救いの手10



 城壁に白い月がかかり、館を見下ろすように闇夜を照らし出している。

 月には霞がかかり、月は虹色の燐光をまとい光り輝いている。

 月明かりの照らし出す中庭に出たクロフは、木陰に立つ幾人かの人影に立ち止まった。

 人影は青白い光に照らされた草地を、こちらへとゆっくりと近づいてくる。

 クロフはディリーアを背中にかばい、持っていた盾を体の前に構える。

 クロフは剣の柄を握りしめ、いつでも剣を引き抜けるように身構えた。

 人影との距離があと数十歩というところで、突然彼らが声を上げ走り寄ってきた。

「ああ、やっぱりそうでしたか」

 クロフは聞いたことのある声に警戒を解き、構えていた盾を下ろす。

 白く輝く草地の上に立ち並んでいたのは、見知った男達の顔だった。

「お兄ちゃん!」

 小さな人影が彼らを追い越し、クロフの前に走り出た。

 人影はクロフと共にこの一年の間土地を耕した五人の奴隷達だった。

 少年はクロフの足にしがみつき、顔を上げる。

「よかった。お兄ちゃんが助かって。ぼく、太陽の女神様に一生懸命お祈りしたんだよ。お兄ちゃんが、助かりますようにって」

 顔を上げた少年は、クロフの後ろにいるディリーアに気づき、目を丸くした。

「あれ、お姉ちゃんも一緒なの?」

 少年は不思議そうに首を傾げる。

「こらこら、お二人をあまり困らせるんじゃない」

 追いついてきた体格のいい男が少年の肩をつかみ、クロフの足から引き離す。

 男の後ろから、奴隷達が次々と歩いてくる。

「皆さん、どうしてここへ?」

 クロフは奴隷達を見回し、驚きの声を上げる。

 体格のいい男はくすぐったそうに頭の後ろをかいた。

「族長が、あなた方に一言別れの挨拶がしたいと言うもので」

 体格のいい男は後ろから歩いてくる老人を振り返った。

 腰の曲がった老人は白いひげを撫でながら、二人を仰ぎ見た。

「この夜が、あんた達と会うことが出来る最後の夜だと思ってな。もしわしが同じような境遇なら、逃げ出す時は大きな祝祭のある前日の、こんな月夜だと思ってな。あんた達を待っておったんじゃよ」

 老人は昔を懐かしむように目を細めた。

「またまた、族長ったら、そんなこと言って。現役を引退するのは、北の国に戻り、引き継ぎの儀式をしてからにしてください」

 若い男が軽口を叩く。

「こら、よけいなこと話すんじゃないの」

 中年の女が肘でつつく。

 体格のいい男はばつが悪そうに頭をかいた。

「まあ、気にしないでください」

 老人は快活に歯を見せて笑う。

「ははは、かまわんじゃろう。いやいや、あんた達二人を見ていると、わしらも他人事のように思えなくっての。わしも若い頃は戦場を駆け巡り、南の国の奴らをあっと言わせたもんじゃ」

 老人は白くなった眉の下から、鋭い目でディリーアの顔を伺う。

「お嬢さん、あんたは北の国の出だろう? 恐らくあんたの父親はわしらと同じ、戦場で捕虜となった兵士じゃろう。可哀想にな。あんたが南の国の奴らに復讐しておったのは、大方仲間達の弔いのためじゃろうに」

 老人は白いひげを節くれの指でしごく。

 ディリーアは青い瞳でじっと老人を見つめている。

「族長」

 辺りを油断なく見回していた体格のいい男が、小声で老人に耳打ちした。

「そうだな、あまり二人をお引き留めしても悪い。それにそろそろ辺りが騒がしくなってきだしたしのう。全く、ゆっくり別れの挨拶もできんとは」

 老人は名残惜しそうに二人を見上げる。

「わしらはあんたの残した土地を耕す仕事があるしのう。その仕事はフィエルナ姫が引き継いで、やってくれるそうじゃ。そのためまだしばらく北へは戻れそうもない。もし北へ行く機会があったら、子供達にそう伝えておいてくれんかの? わしらは南で元気にやっていると」

 老人はクロフを見て、歯を見せてにっこりと笑う。

 深いしわに刻まれた顔に、少年のような朗らかさが宿る。

「わかりました。伝えておきます」

 クロフが赤金色の瞳で見返す。

 老人は満足したように何度もうなずいた。

「さあ、早く行ってください」

 体格のいい男が二人の背中を押す。

「じゃあね。元気でね、お兄ちゃん」

「お気をつけて」

 奴隷達に見送られ、クロフとディリーアは中庭の草地を走り去った。

 奴隷達はいつまでも二人を見送り、手を振っていた。

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