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1ページ  作者: ぴーせる
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梅雨のページ

 

 梅雨なんて大嫌い。


 雨ばっかり降ってじめじめするし、家中がカビ臭くなって嫌だ。


 一応ファブリーズするんだけど、臭いは消えても湿っぽさはなくならないわけよ。


 だから本当にダメ。


 気まで滅入っちゃう。


 それに、部活が中止になっちゃうのも痛すぎる。


 せっかくサッカー部のマネージャーになったばかりっていうのに、活躍する場も作らせちゃもらえないんだよ?


 まったくやってられないね。




 でもさ、確か今日は晴れるって天気予報のお姉さんが言ってた気がしたんだよ。


 梅雨が明けて初夏に入ります、だとかなんとか、すっごく明るい笑顔で。


 そんなことを夕べ聞いたような気がしたからさ、今日は珍しく傘を持っていかなかったんだ。


 しっかしまあ神様ってのは難儀だね。


 だって、こんなときに限って土砂降りの大雨にしてくれるんだから。




 男のときだったら、土砂降りだとしても走って帰ったと思う。


 濡れることもいとわず、カバンを頭の上にして猛ダッシュ。


 ワイシャツや制服をビショビショにしても、ハンガーにかけて風呂場で干しとけば乾くかなって。


 そんな程度の認識しかなかった。


 でも、俺はもう女なんだよね。


 申し訳程度でも胸は膨らんでるし、膨らんだ胸のために下着も着けている。


 雨に濡れたら当然それがワイシャツから透けて見えちゃうわけで、女として馴染んでしまった俺からしたら、それはとんでもないことなわけよ。




 まあ運が良いのか悪いのか雨が降り出したのは放課後だったんだけど、それでも俺はどうやって帰ろうか昇降口で佇んでたの。


 傘をパクろうにも、こんな雨じゃパクれる傘はみんなパクられ済みだろうし、カバンには教科書入ってるから傘代わりには出来ないだろうし。


 って、そんなことを思いながら曇天を仰いでたら、後ろから声が掛かったわけ。


 何してんだあ? ってのん気なあいつの声。




 あいつには先生のところに学級日誌を提出させに行かせてたはずだから、それから戻ってくるまでの時間、俺はずっと呆けてたみたい。


 ずっと呆けてたことに恥ずかしくなったけど、それでも傘を忘れてたことを正直に話したら、あいつ、ムカつくことに大笑いしてきやがんの。


 ダッハッハって腹抱えて。


 あいつが言うに、せめて折りたたみ傘だけでも用意しとけよ、だって。


 これにはもう恥ずかしさを通り越して怒りが有頂天だね。


 あれ、怒りが有頂天っておかしな日本語なんだっけ?


 まあいいや。




 とにかく、猛烈に怒った俺はあいつの顔面を殴ろうとしたわけよ。


 しかし相手はあの長身野郎。


 俺が顔面パンチしようとしたのを察したのか、顔を反らすように少し引いたの。


 そしたら見事に俺の怒りの鉄拳パンチが届かないわけ。


 目一杯背伸びして腕を伸ばしても、あいつの肩に当たるかどうかってぐらい。


 悔しいからジャンプして殴ろうともしたんだけどさ、あいつ異常に背が高すぎ。


 何食ったらあんなにデカくなれんだろってぐらいデカくって、マジありえない。




 結局のところ、俺の努力空しく殴るには至れなかったのよ。


 肩は何度も殴れたけど、あいつの骨が硬いせいで殴った俺の手の方が痛くなったし。


 でもさ、そんなことで怒りが収まるわけないじゃん?


 そこで俺は、あいつが右手に持ってた傘に狙いをつけ、それを奪って逃げたわけ。


 正直、これはチャンスだと思ったね。


 まさかあいつとしてもあのタイミングで傘を奪われるとは思わないだろうし、予測してなかったんならそれだけ行動が遅れると思ったわけよ。


 それに、女の俺ならいざ知らず、男のあいつから傘を奪っても濡れながら帰らせればいいかな、って。


 男って本当に楽だからさ、ガキみたいに無茶させても無理は利くってことが経験上分かるんだよね、俺の場合。




 でもさ、なんで男と女ってこんなにも差が歴然としてるわけ?


 俺だって傘を差しながらでも必死に逃げたはずなのに、校門に着くというところでもう追いついてきやがんの、あいつ。


 もうね、あっという間。


 さすがサッカー部だわ、とか思ったんだけど、すぐに傘取られちゃうの、俺。


 ひょいっと簡単に傘を取り上げられちゃった。




 でも、取り上げられたからといってすぐに諦めるわけにはいかないのよ。


 周りは視界も通らぬほどの大雨。


 そんな中、近くで雨宿りできるのはさっきの昇降口ぐらいなもので、でもそこまでは結構遠いのよ。


 俺だって逃げるために全力疾走したわけだからさ、あっという間といってもそれなりに距離があるの。


 濡れるのは嫌だし、下着を透けさせるわけにはいかないから、俺だって必死。


 顔にパンチが届かないぐらいだから、さすがに高くまで上げられた傘を取ろうとは思わなかったけど、それでも傘が雨を防いでくれる領域にはいようって頑張ったの。


 あいつが高くまで傘を上げていたおかげで、雨に濡れない場所がそれなりにあったからね。




 でもさ、そこは性格の悪いあいつのこと。


 すぐに俺の目論みもバレちゃって、なんとあいつ、全力で逃げやがった。


 酷くない?


 全力で逃げてた俺をあっという間に追い詰めたあいつが、今度は全力で逃げるんだよ?


 追いつけるわけがないじゃん。


 必死に「待ってー!」って声を掛けたんだけど、それで待つようなやつならこんなことをするわけがない。


 気が付いたらあいつの後姿すら見えなくなっちゃって、俺は途方に暮れたわけよ。


 うわぁ、どうしよう。ぐっちょり濡れちゃった、って。




 くそ、あいつがあんな真似しなきゃ教科書を濡らさずに済んだのに。


 今新聞紙の上に置いて乾かしてるけど、あとで絶対ぶよぶよになるな、これは。


 ったく、ふざけんなよ。


 あのときに傘に入れてくれればこんなに濡らさずに済んだのに、あいつときたら……今度弁償させなきゃな。




 で、その続き。


 大粒の雨に打たれながら、それでも俺は下着が透けるのだけは避けようってカバンを胸元に抱いて歩いたんだよ。


 でもそのカバン、考えてみたら結構濡れてるわけ。


 傘を持って逃げるあいつを懸命に追いかけたんだから、その間に濡れてたの。


 濡れたカバンを胸に抱いたんだから、ワイシャツが透けて下着が見えちゃうのは言うまでもないよね。


 俺ってバカだなって反省したけど、あんな土砂降りじゃどっちみち防げないわけよ。


 つまりあいつが俺を置いていったせい。


 ぜーんぶあいつのせい。


 うん、間違いないね。




 まあそんな風にイライラしながら歩いて角に差し掛かったとき、なんとあいつが待ち構えるように立ってたんだよ。


 びっちゃびちゃ濡れてた俺とは違って、普通に傘を差して平然とした態度で。


 しかもさ、あいつ俺を見てこう言ってきやがんの。


 下着透けてエロイなお前、って。


 いやあ、あれは今考えても会心の一撃だったと思うね。


 怒りの正拳突きたる俺の拳が、あいつのみぞおちをとらえたの。


 あの抉るような手ごたえは、今もこの手に残ってるよ。




 その必殺技で大悪党たるあいつを倒せたんだけど、これがまたしつこいのね、あいつ。


 火事場の馬鹿力ってのを出したはずなのに、あいつってばすぐに起き上がってくるの。


 しつけえなって思ったけど、ピンと閃いた俺はこう言ったのよ。


 反省したなら傘に入れろ、って。


 まあ俺としては最大限の妥協案なわけよ。


 既に濡れてはいるものの、これ以上教科書を濡らしたらマズイと思って焦っててさ。


 それなら、ムカつくけどあいつと一緒に帰ればいいんじゃないか、って。




 もちろん返事はイエスにさせてやったよ。


 また殴るぞ? って言えば一発だったね。


 やめやめ! 入れてやるから殴るのだけはやめれ! ってさ。


 それでめっちゃビビッてたあいつが情けねえったらありゃしない。


 もちろんそのあとはちゃんと傘にも入れてもらい、濡れずに帰れた。




 でもさ、あいつの傘って、あいつの身長の割に思いのほか小さかったんだよね。


 一人で入るのは十分だったけど、やっぱ二人で入るには少し狭かったの。


 だから俺がその半分以上を使って、傘からはみ出たあいつの肩をたっぷり濡らしてやったよ。


 いやあ爽快爽快。


 ざまあ見ろって感じだったね。


 肩だけとはいえ、濡れた俺の気持ちを思い知れって感じ。


 それに、俺んちの方が学校から遠いから、最終的には傘を借りて帰ってやったよ。


 風邪引いちまえー、が別れの挨拶。


 ま、元はと言えば透けた下着に鼻の下伸ばしたあいつが悪いんだからな。


 仕方ねえよ、うん。


 ……でも、よく考えたらあれって相合傘だったんだよねえ。

 

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