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星屑降る夜、心奪われた 〜零落の魔術師と盾の魔女〜  作者: Nejime Kirimori
第二章 変人魔術師と無能の少女
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第8話 惹かれ合うは恋する星々


 ◇◇◇


 それから数日。アシェルは、何度もジュダに「星魔術(ほしまじゅつ)について教えてほしい」とお願いしたが、全くもって何も成果は上げられなかった。それほどまでにジュダは頑なで、強情極まりない男であったのだ。

 これでは「ジュダの星魔術(ほしまじゅつ)を有能に完成させる」という目的に近づくどころか、遠のいていく一方である。

 アシェルがどうしたものかと思い悩んでいた時。草原の城に再び、カロンが訪ねてきた。


「カロン!」

「あら、アシェル君。どうも~。さっそくまた来たよん」


 アシェルはジュダに「無視だ、無視。居留守を使うぞ」と言い付けられたことを無視して、カロンを草原の城に迎え入れた。

 そうして、片手をひらりと振って、相変わらず「にたにた」と怪しい笑みを浮かべながら、胡散臭すぎる挨拶をしてきたカロンに、アシェルはジュダとの間に起こった近日中のあれこれを報告する。

 それを聞いたカロンは糸目を更に細めて「なるほどねえ」と頷くと、しばらく間を置いた後に小さく息を吐き出して苦笑を零した。


「ほんっと、ジュダ君てめんどくさい男だよねえ……うん。これは俺の推測なんだけど、ジュダ君はたぶん他人に何かを教えるのが嫌いなのよね。ジュダ君には昔、弟子みたいな子がいてさ。ジュダ君があれこれ色々と教えたらその子、めちゃ有能に育っちゃったのよ。そういうこともあって、ジュダ君から星魔術の教えを受けるのは厳しいのかもしれない」

「そう、なんだ……このままじゃ、わたし。星魔術を何も知れない。何もできない……どうしよう」


 カロンの語る推測に、アシェルはしゅんと顔を俯かせる。

 星魔術を創り出したのはジュダだ。星魔術を完成させるのならば、星魔術の始祖たるジュダからの教えは是が非でも受けたかった。しかし、それはどうやら難しいらしい。

 己の使命を全うするため。これからはどうするべきか……とアシェルが、ひとりで悶々と悩んでいると。カロンがその場に跪いて、俯いていたアシェルの顔を覗き込むように語り掛けてきた。


「そうね。たぶんジュダ君の教えは受けられない。でもねアシェル君。ジュダ君の教えがなくても、星魔術を自ら()()()()はできるよ」


 カロンの言葉に、アシェルは微かに目を瞠って俯いていた顔を上げる。


「……星魔術を、まなぶ……?」

「うん。学ぶの。確かこの草原の城には図書室があるよね?」


 カロンの問いかけに、アシェルは小さく頷いた。

 カロンの言う通り、草原の城の中でもひっそりと奥まった場所には隠されるように設けられた図書室がある。


「その図書室が狙い目だよ、アシェル君。ジュダ君は星魔術の開発に、膨大な魔術資料を参考にしたんだ。そしてその魔術資料はきっと、ジュダ君の隠れ家でもあるこの草原の城に隠されてる……そこで一番怪しいのが図書室だ」


 カロンが「にやり」と怪しく笑って、内緒話でもするようにひそひそとアシェルに耳打ちする。


「俺はジュダ君とお仕事の話があるけど、なるべく早く抜け出してくるから――隙あらば一緒に図書室を漁ろう。アシェル君。そしてアシェル君は学ぶんだ。星魔術という魔術が何たるかを」


 カロンの糸目がより一層細められる。

 カロンの顔はいつも胡散臭いし、非常に怪しい。深読みをせずにはいられない。そうではあっても、何やらアシェルに隠し事をしているわけではなさそうだ。しかし、何か――アシェルを通して、企んでいることがあることは確かだと、アシェルは直感的に考える。

 そもそも、ニミリエル王国の魔法防衛大臣であるカロンは、星魔術の仕組みは理解しているに違いない。だというのに、カロン自身はそれをアシェルに教える気は毛頭もなさそうに見える。

 何とも妙な状況だ。

 それでもアシェルは、決めたのだ。

 ようやく見つけた己の使命を果たすのだと。誰の思惑に踊らされようとも。

 アシェルはそんなことを密かに考えながらも、カロンへと頷いて見せる。


「うん。わかった。わたし――ジュダの星魔術。まなんでみる」

「流石はアシェル君! ありがとね。俺も仕事の合間に色々手伝うからさ」


 こうしてカロンがほぼ毎日、草原の城へと足繫く通うようになり。

 アシェルはカロンとジュダが仕事の話とやらをしている中、図書室へと入り浸って星魔術がどのような魔術であるかを探る日々が始まった。



 魔術とは、人間族の体内に秘められている〈魔力〉という力を術式に流し込み、異能として外部に発動する術を指す。

 魔力は人間族だけでなく、その他の様々な種族、生物、植物、はたまた鉱石といったような無機物や自然物にも宿る力。

 一昔前までは、人間族は己の体内にある魔力しか操作することができないとされていた。しかし、現在は魔術の術式が格段に発展し続け、〈遠隔操作魔術〉という画期的な魔術の開発により、己以外の魔力を術式によって己の魔力と結びつけることが可能になった――つまりは、端的に言うと。

 自然に在る大地、風、水、鉱物、火、草木、獣といった森羅万象が、魔術によって操れるようになったのだ。土魔術、水魔術、風魔術、火炎魔術、鳥獣の使役魔術といったように。

 とはいっても、〈遠隔操作魔術〉は術式が非常に複雑で、習得するのが最も難しいとされる魔術であるため、これを自在に行使できる魔術師は現代においても極めて少ない。

 そして魔力は、この世界の根幹たる〈星〉の全体にも、血脈の如く流れていると云われている――。


 そう記された魔術書を読み終えたアシェルは、書物を棚の中に戻した。


(……初めて知ること、いっぱいだ。わたしは〈遠隔操作魔術〉、よく使ってたけど……あの魔術、すごく難しいんだ)


 アシェルはそう内心で独り言ちながらも、ぶんぶんと首を横に振って、小さく息を吐く。


(ちがう。今は、ジュダの星魔術がどういう仕組みなのか……まなばないと)


 アシェルは片手を口元に当てて、目を閉じるとうんうんと思考に耽る。

 おそらくジュダの星魔術は、〈遠隔操作魔術〉を経て星の魔力を操作する魔術なのだろう。

 改めて考えると、とんでもない神業だ。

 まだまだ未知なるものでしかない星の魔力と接続できる術式を創り上げることができたなど、人の成し得るものとは思えない。

 星の魔力はこの世界でもっとも巨大かつ、強力なのだ。下手を打てば、星の魔力と己の魔力を術式で繋げるだけで、脳が焼き切れてしまうだろう。

 それにしても、星の魔力というものがあまりにも曖昧すぎる。アシェルは天文学についても多少知識を蓄えたが、それでも何かが足りない気がしていた。

 星の魔力を術式に落とし込み、出力される異能とはいったい、如何なるものか――。


「アシェル君、アシェル君」


 不意に、耳元で名を呼ばれてアシェルは物思いから覚めた。

 呼ばれた方を振り向くと、そこには相変わらず胡散臭い笑みを浮かべたカロンがいる。アシェルは小首を傾げてカロンに尋ねた。


「カロン。ジュダとのお仕事、終わったの?」

「えーっと。終わったというか、俺がジュダ君にウザがられて追い出されちゃったというか……まあ、うん」

「いつもの。ってこと?」

「その通りです……ジュダ君ほんとひどい。まあ今の俺には都合がいいけど……っと、それよりアシェル君、大丈夫? 何度話しかけても反応無いから、ちょっと心配しちゃった。根は詰め過ぎないでね?」


 カロンが眉を下げてその場に跪くと、アシェルに目線を合わせてくれる。

 アシェルは思わず少しだけ視線を泳がせながら、控えめに頷いた。


「だいじょうぶ。だよ。だけどまだ……わたし、ちゃんとまなべてなくて」

「ええ? そんなことないと思うよ~? アシェル君、もともと感覚的に魔術を理解してたけど、今は更に論理的に魔術の理解度を深められてるから。とっても凄いことだよ」


 アシェルは度々、カロンと共に魔術に関する討論も行っていた。ゆえに、カロンはアシェルがどれほど魔術を学問の一つとして学んだか、よく知っている。

 そのうえで、カロンにそうは言われても、アシェルの焦りは収まらなかった。

 ちゃんと使命を果たさないと――でなければ、アシェルに生きている意味など、生きる価値もない。

 アシェルは己の衣服をぎゅっと握って、唸るように独り言ちる。


「だめ……わたし、全然だめ。だよ。星魔術を、ちゃんとまなべてないから……はやく、やらないと。もっとまなばないと。でも、先に進めなくて……」

「うーん」


 アシェルの尻すぼみになってゆく独り言を聞いたカロンが、一度首を捻ると、アシェルの肩をやさしくぽんと叩いて、諭すように微笑む。


「じゃあ、一度整理してみようか。まず、実際にアシェル君が見た星魔術、どんなものだった? よーく思い出してみて。そして、この図書館で学んだ知識と重ね合わせてみてごらん?」


 珍しく、今のカロンが浮かべている微笑みは、胡散臭く見えなかった。

 アシェルは促されるままにカロンに頷いて見せると、目を閉じて、初めて遭遇した〈星魔術〉を思い出す。

 星屑降る夜に。まるで天から巨大な手が下りてきて、「頭が高い」とアシェルの頭を、全身を大地に押しつぶしてくるような――否。あれは、大地に引き寄せられるような感覚でもあった。


『アシェルは星が好きなんだな。知っているかい? アシェル。この星と、遥か遠い宙にあるあの月は、常に惹かれ合っているんだそうだ。まるで恋するようにね』


 ふと、父の言葉が耳の奥で蘇った。

 月も星。

 月と星は惹かれ合っている。

 これらの言葉が、何だか強く、アシェルの胸に引っ掛かって離れない。


「おい。何してる」


 不意に、掠れた低い声が不機嫌そうにかけられた。

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