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星屑降る夜、心奪われた 〜零落の魔術師と盾の魔女〜  作者: Nejime Kirimori
第二章 変人魔術師と無能の少女
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第7話 子猫とひよこのステップ


 ◇◇◇


 カロンと共にジュダの星魔術を完成させることを決意した、翌日。

 アシェルはまず、ジュダが開発したという星魔術を、もっと詳細に知らねばならないと思い至る。

 魔術を完成させるにはまず、魔術の構造、術式、魔力の操作方法など、魔術に関する様々な分野への理解度を深めることが必須だ。

 そのためには、百聞は一見に如かず。

 とにかくこの目で、ジュダの行使する星魔術を観察したい。

 そういうわけで、アシェルはジュダを捜していた。この時間帯には自室の書斎に籠っているのであろうジュダのもとへと、足早に向かいながら、アシェルは少しだけ高鳴っている己の胸を片手で押さえる。


(星魔術のこと。ジュダに教えてもらわなきゃ……それに、わたし。ジュダの星魔術……もっと、見てみたい)


 そもそもアシェルは、初めてジュダに出逢った時からずっと、ジュダの魔術をもう一度見たくて堪らなかったのだ。

 今でも目を閉じれば鮮明に、目蓋の裏に蘇る。

 地平線の向こうへと流れ落ちていく、色とりどりの星屑。

 そんな宝石の雨のような星屑降る夜を率いるように――まるで〈星空の王〉のような、不可思議かつ緻密な魔力を漂わせて現れた、ジュダの姿。

 あの夜。ジュダの星魔術を目の当たりにし、この身に受けたアシェルは確かに――己の中の何かが、大きく動いた気がしたのだ。

 それはまるで、アシェルの心や魂が丸ごと、生まれ変わってしまったかのような。

 アシェルは目蓋の裏に焼き付いて未だ離れない、星屑降る夜のジュダの姿から我に返ると、いつの間にか目の前に迫っていたジュダの書斎室の扉を開いた。


「ノックも無しに他人様が居る部屋へ押し入ってくるとは。今日も変わらず無能で結構」


 書斎机で何やら古い書物を読みふけっているジュダが、アシェルを目だけで一瞥した後、表情も変えずにアシェルの無能さを喜んだ。

 あれは決して皮肉などではない。本当にジュダは純粋に、アシェルの無能っぷりを喜んでいるだけなのだ。

 それにアシェルは、やはりいつもの如く何とも言えない気持ちになりながらも、ふるふると首を横に振りつつ、ジュダのもとに駆け寄った。


「あの……ジュダ」

「何だ」


 何となく手持ち無沙汰で、アシェルは両手の指を胸の前で絡ませながら、ちらりと覗き込むようにジュダを見上げて小さくジュダを呼ぶ。するとジュダは、書物に目を留めたまま、短くアシェルの声に応えた。

 アシェルはこくりと息を呑むと、絡めた両手の指を白くなるほどに握って、ジュダに己の願いを打ち明けた。


「わたし、ジュダの星魔術を知りたい……ので。ジュダの星魔術、いろいろ教えてほしい……お願いする。ます」

「……」


 アシェルの覚束ないお願いの言葉に、ジュダがぴくりと片方の柳眉を動かした。

 そして、書物からアシェルへと視線だけを向けてくる。濃い隈に縁取られた、死んだ魚のように精気の無い目を以て、ジュダはしばらくじっとアシェルを無言で見つめていたが、すぐに呆れたようにため息を吐き出すと、半眼になって口を開いた。


「何故、イスカンダルの出であるお前が俺の星魔術を知っている。カロンに何か吹き込まれたか」

「あ……」


 ジュダの問いかけが予想外のものだったこと。しかも図星であったため、アシェルは思いがけず細い声を上げてしまう。アシェルが内心で「しまった」と呟き、両手で口を押えた時にはもう遅い。

 ジュダはまた盛大なため息を吐き出して、もう興味を失ってしまったかのように、視線をアシェルから書物へと戻した。


「偽ることもできないその無能っぷりは良い。だが、カロンからの何かしら良からぬ入れ知恵があるのであれば、それは死ぬほど気に喰わない。黙秘する」


 ジュダの拒絶にも似た返事に、アシェルは己の心臓がきゅっと苦しく絞られたような感覚がして、それに耐えるように下唇を嚙み締める。

 だが、こんなところで引き下がるわけにはいかない。アシェルが新たに掴んだ使命を──生きる意味を、そう易々と諦める訳にはいかないのだ。

 アシェルは爪が食い込むまでに指を組み合わせた両手を握って、ジュダへと言い募った。


「で、でも! わたし、どうしても……ジュダの星魔術、知りたくて……!」

「うるさい。だがそうやって無駄に(さえず)っているのは流石の無能さだ。良い。一人でもっと(さえず)っていろ」

「うぅ……」


 ジュダは頑なだった。ついでに頑なに、アシェルの無能さをたっぷり味わっていた。

 アシェルは小さく唸りを上げると、タタッとジュダが座っている席の真横に小走りで回り込む。次いで、組んでいた両手の指を解き、固く小さな拳をぎゅっと握って、ジュダに構えて見せた。


「こう、なったら……力尽くで……!」


 現在のアシェルは、「不殺の呪い」によって魔術は使えない。それならば、最終手段として手も出し足も出すしかないと――アシェルは体術の構えを取ったのだ。

 アシェルの小さくて白い両手の拳は胸の前でちんまりと構えられ、踏ん張っているつもりのか細い両足は、若干内股になっている。

 ()()()が威嚇しているかのような様相。


「……みっ!」


 アシェルは()()()()()()そっくりな()()()()()を上げて、ジュダの分厚い肩に左拳を打ち付けた。いつも羽織っているふさふさの黒いマントが無いジュダの肩は、驚くほど硬く、びくともしない。

 何だこれは……鋼鉄でも入っているのではないか? と思いがけずアシェルは内心で慄いた。

 しかし、ここで怯んではいられないと、アシェルは再び拳を構える。


「くっ……!? まだ、まだ……! み、み、みっ!」


 アシェルは交互に、左右の小さな拳をジュダの肩に渾身の力を以て打ち込む。拳を打ち込む度に、無意識の内に子猫の鳴き声が零れ出た。


「み、み、みっ……はあ、はあ、は……これで、どう? ジュダ……わたしの体術。こわいでしょ? だから、星魔術も見せてくれる気に……」


 アシェルが息を切らしながら拳を振るい続けてそう促していると、次第にジュダの肩が微かに震えだした。


(わ……! やった! 結界魔術がないからこわさは半減。だけどわたしの体術、ジュダに効いた! これでジュダも、わたしに星魔術。見せてくれるはず……!)


 希望が見えたと、アシェルは内心でほっと息を吐く。

 しかし不意に、ジュダの肩に振り上げられたアシェルの左拳が、大きな手に容易く受け止められて包み込まれた。

 アシェルが息を切らしながら顔を上げると、書物を置いて、ジュダがこちらを見つめている。そのジュダの大きな身体は、何かを耐えているかのようにふるふると震えていた。

 そしてジュダが思いがけずといったように空いた片手で口を押さえると、顔を背けて「ぶは」と噴き出す。

 アシェルは思わず、びくっと身体を揺らして驚いた。それにも構わず、ジュダが顔を背けたまま微かに震える声で、ぼそぼそと語り出す。


「おいおいおいおい。魔術が無ければ身のこなしもポンコツ化するとは……最高か? 良し、もっとかかってこい。その無能っぷりを存分に発揮しろ。もう俺はお前のことが大好きだ」


 そう言ってジュダはアシェルに再び向き直ると、不気味なほどに嬉しそうな死んだ魚の目でアシェルを見下ろし、アシェルのか細い肩に両手を置いた。

 アシェルは終始、茫然としていた。

 ジュダはいつも死んだ魚のような目をしているし、無表情なので極めてわかりにくいことこの上ないのだが――今のは明らかに、笑っていた。ジュダは無表情のまま笑っていたのだ、アシェルのことを。


 その笑みは、アシェルがとんでもなく無能な行動を目の当たりにしたことによる喜び。


 つまりは、アシェルが「ジュダをちょっと怖がらせて、星魔術を教えてもらおう!」と企んで起こした行動は、全て「無能好き」なジュダを喜ばせるだけの、無能なものでしかなかったということ。


 アシェルは思わずがっくりと肩を落としてしまった。そして、何だか沸々と胸の深奥から苛立ちや不安にも似た奇妙な感情がごちゃ混ぜになって湧き出てきて、アシェルの頬を無意識の内に膨らませてゆく。


「むう……なんか、やだ。無能のわたし、ジュダに喜ばれるの……もやもや、する」


 ジュダはアシェルを傍に置いて、アシェルの「無能」にいつも喜んでくれる。

 自分の存在が誰かに喜んでもらえることは、素晴らしく素敵なことだと、かつて父が言っていたことをアシェルは思い出した。

 しかし、それでも――ジュダに、アシェルの無能さを喜ばれることへと、アシェルは何とも言えない居たたまれなさや、不満感を抱かずにはいられなかった。

 こうしてその日のアシェルは、胸の内を蔓延るもやもやを消化しきれず、不貞寝してしまう。ジュダの星魔術を知るまでの道のりはまだまだだと、思い知らされた。

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