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第6話 カロン・バロン同盟

 城に戻れとは言われたが、どうしても気になってしまい、アシェルはしばらく、ジュダとカロンが話している姿を見守ることにする。

 ジュダとカロンは何やら長く言い争っていた。

 ついには、ジュダが「あ?」と低い声を唸らせる凄まじい形相でカロンの胸倉に掴みかかり、一方カロンは「え、うわ、ちょっ……ひえ……」と胡散臭い笑みを力なく浮かべながらも、どこか泣きそうな様子。まさに一触即発というもの。


「おい、カロン。お前今、俺が『必要』だと言いやがったか?」

「はいはいはいはい! そうです! イスカンダルからの侵略防衛戦に、ジュダ君の力が()()()()()なの! だからお願い。俺も一緒に行くから、戦争に参戦して? じゃないと俺、また貴族院議会で虐められちゃう!」

「知ったことか。それより、俺の存在を『必要不可欠』なんざ有能なものにすんじゃねえ。殺すぞ。今ここで」

「も~~~このド変人魔術師! 話通じない!」


 気が付けばアシェルは駆け出していて、今にもジュダがカロンへと一方的に襲い掛かりそうな言い争いをしている二人の間へと割って入った。


「あ、の! ……ジュダ、だいじょうぶ……?」

「……」


 カロンの胸倉を掴むジュダの手に、アシェルが小さな手を添えた。

 するとジュダは、ぴたりと動きを止めて無言でアシェルを一瞥する。そうして、小さく舌打ちをしたかと思えば、カロンの胸倉を突き放した。

 カロンは少し咳き込みながらも、やはり胡散臭い笑みを浮かべて、アシェルに向き直った。


「はあ~~……怖すぎ。死ぬかと思った……ごめんね、お嬢さん。助けてくれてありが、と……」


 ふと、アシェルとカロンの目が合う。僅かに見開かれたカロンの糸目の奥にある瞳は、涼しげな水色をしていた。

 カロンはどこか茫然としたような、または酷く驚愕したような様子で、小さく呟く。


「……目が覚めるような赤髪に赤い目の女の子。そして、術式みたく精密に練られた魔力……きみ、〈矛神(ぼうしん)レゲンデーア〉?」

「え。あ、う……はい」


 カロンの茫然自失とした問いに、アシェルは思いがけず頷いてしまう。そんなアシェルに、カロンはますます細い糸目をこれでもかと見開いて、ぐりん! とジュダを振り向いた。


「どうして〈矛神(ぼうしん)レゲンデーア〉が、ジュダ君のとこに? 俺はメイヴェン閣下が処分したって聞いてたんだけど」

「別に。そのクソジジイに押し付けられた。あとこいつ、思った以上に無能だったから。気に入ったんで、傍に置いてる」


 ジュダが相変わらずの不遜な態度で鼻を鳴らし、堂々とカロンの問いに答える。それを受けたカロンは「はあ……?」と声を漏らし、品の良い仕草を以て、片手で口を押さえた。


「う、嘘でしょ……大の有能嫌いかつ人間嫌いのジュダ君が……? 他人と共同生活? 信じらんない……明日、世界終わっちゃう……?」

「お前にしては珍しく、馬鹿馬鹿しいことを考えるな。なかなかの無能思考だ。いいだろう、そのひとつまみ程度の無能さに免じて半殺しに留めてやる」

「ええ……何か気持ち悪……そして半殺しも勘弁して……」


 アシェルは何となく新鮮な気持ちで、ぽんぽんと投げ返される二人の会話を聞いていた。

 ジュダも、こんな風に賑やかに話すことができたのかと。少し意外に思うのと同時に、何だか、胸が擽られるような心地がした。

 そして、おそらくジュダとの付き合いが長そうなカロンの発言からして。

 やっぱりジュダは、人の役に立つような「有能」を嫌悪しており、アシェルのような何もできない「無能」を好む、紛れもない変人であることをアシェルはひとり確信した。

 アシェルがひとりで、そんな思考に耽っていると、ジュダと言い合いをしていたカロンが「これは今日も説得は無理そうかな……それなら」と小さくため息を吐いた後、アシェルの方を振り向く。そして、アシェルの視線に合わせるように身をかがめて、笑みを浮かべて見せた。


「初めまして。俺はこの国の魔法防衛大臣、カシアン・カロン。自由に呼んでね。そこのジュダ君とは昔からの腐れ縁。さっきは失礼な呼び方しちゃってごめんね。きみの名前、教えてくれないかな?」


 糸目が更に細められた笑みは、「にたぁ」としていて、とんでもなく胡散臭かった。しかしアシェルは、カロンから敵意も悪意も一切感じなかったので、きっとこの笑みは無害なものなのだろうと結論付ける。

 アシェルはカロンの問いに、小さく頷きながら答えた。


「わたし、アシェル」

「アシェル君ね。教えてくれてありがとう。よろしく、アシェル君」

「うん。あの……カロンは、ジュダに何の用?」

「ああ、実はね……ってジュダ君!?」


 カロンが声を上げたので、何事かとアシェルはジュダの方を振り向く。するとジュダは「俺は城に帰る。お前もそんな有能なぞ捨て置いて、早く戻ってこい。そしてカロンはとっとと失せろ」と言い残して、足早に城へと帰って行ってしまった。

 隣にいるカロンは頭を抱えて、長いため息を吐き出していたが、すぐに「いやこれはちょうどいいんじゃない? 今のうちに……」と何やら呟いて、再びにこやかにアシェルに向き直った。胡散臭い。


「アシェル君はさ。ジュダ君が六賢将の〈零落公(れいらくこう)〉ってこと、知ってる?」


 カロンの問いに、アシェルはこくりと頷く。


「うん。六賢将はニミリエル王国の魔術師の頂点……つまりジュダは、王国でいちばん強い、魔術師のひとり」

「そうそう! それでね、ジュダ君の二つ名〈零落公(れいらくこう)〉の由来なんだけど。これはジュダ君が人類史上初めて開発した、とある魔術からきてる。それは星の魔力を操作する魔術――〈星魔術(ほしまじゅつ)〉って呼ばれてる。この魔術は、イスカンダル帝国が誇る無敵艦隊〈飛空艇軍〉に対抗できる唯一の魔術とされてるんだ」

「!」


 アシェルは思いがけず、カロンの話に息を呑んだ。

 まず、ジュダが操っていた正体不明の魔術。あの魔術がまさか、ジュダ自身が人類史上初めて開発した魔術で――星の魔力を操作するものだったとは。

 星の魔力を操る術式など、聞いたこともないし、想像すらできない。何て、とんでもない発想の上で生み出された魔術なのだろうと、アシェルは圧倒された。

 そしてその星魔術が、イスカンダルの飛空艇軍に対抗できるほどの力を秘めていることにも、酷く驚愕した。


 イスカンダル帝国に長く身を置いていたからこそ、アシェルは痛いほど知っていたのだ。この世界において唯一無二の「空の支配者」たる飛空艇軍に敵う魔術など、存在しないと。飛空艇軍を手に入れたイスカンダル帝国が、どれほどの国々を滅ぼし、支配してきたことか。

 アシェルが生まれた国も、飛空艇軍によって滅ぼされた数え切れない国々の一つだ。


矛神(ぼうしん)」と恐れられたアシェルの結界魔術を以てしても──現在の人類が使えるどのような魔術を以てしても。

〈空〉には届かない。

〈空〉から雨の如く攻撃を降り注がれれば、どんな屈強な人も、魔道具兵器も、国も、為す術なく滅ぼされることは必至。

 故に、〈飛空艇軍〉とは国滅ぼしの神にも等しいと遍く国々と人々に恐怖されているのだ。


 そんな、今現在この世界の絶対的な強者たる飛空艇軍に、ジュダの星魔術は対抗できるかもしれない。そんな微かな希望を、ニミリエル王国は抱いているのだろう。その希望を、アシェルは――心の底から、見てみたいと。思わずにはいられなかった。

 魔術を扱い、魔術の真理を知りたいと願わずにはいられない魔術師として。

 その深淵を覗きたいという知的好奇心を、抑えることはできない。


 アシェルは自然と感嘆の息を漏らし、ぶるりと興奮に身を震わせる。

 そんなアシェルの様子に「にたり」と更に怪しい笑みを深めたカロンだったが、すぐにカロンは神妙そうな顔をして、アシェルにひそひそと語り掛けてきた。


「だけどねぇ。実は……ジュダ君の星魔術(ほしまじゅつ)には、致命的な欠陥があるんだ。その欠陥がある限り、飛空艇軍を倒すことは絶対にできない。だからジュダ君は、歴史的な偉業を果たしたにもかかわらず、落ちぶれた六賢将――〈零落公〉と呼ばれてる。まあ、あと。本人の性格が()()すぎて爵位を継いだ時から『落ちぶれ公爵』って嫌われてたのもあるけどね、うん……」


 最後の方は、心なしかカロンが遠い目をしていた気がする。

 それにしても、ジュダの星魔術には重大な「欠陥」とやらがあるらしい。確かに、大きな欠陥がある魔術は紛れもない「無能」だと、ジュダが大変好みそうではあるとアシェルは思った。


「大きな欠陥を抱えたままの星魔術じゃ、いつかジュダ君が戦場に立った時。ジュダ君は飛空艇軍に殺されちゃうだろうね――そこで、アシェル君。きみの出番ってわけ!」


 ふと、カロンがやはり品の良い仕草で、アシェルをひらりと片手で指し示してくる。アシェルは目をしばたたかせて、小さく首を傾げた。


「わたしの、出番?」

「そう! ジュダ君を守るため。アシェル君――今は無能なジュダ君の星魔術を完成させて、()()とするべく。俺に協力して欲しい! アシェル君もジュダ君に劣らず、魔術への探求心や理解度が凄まじく深いものだと俺は思ってる。アシェル君の力が必要なのよ」


 カロンの提案に、アシェルは思いがけず大きく目を瞠った。

 そして、今まで(かすみ)がかかっていたような、己の視界が、己の()()()()()()が――途端に晴れ渡って、鮮やかに色づいた気がした。


(やっと、みつけた)


 アシェルは内心で確信する。

 ジュダの星魔術を完成させること――これが、己の生きる意味。己の新たな使命なのだと。

「どうかな?」と小首を傾げて窺ってくるカロンに、アシェルはすぐさま「うん。やる。協力する」と頷いて見せた。するとカロンは一等胡散臭い笑みを「にたぁ」と零して、アシェルの手を取る。


「うわ~! 嬉しい! ありがとね、アシェル君! それじゃあ、改めまして。これからジュダ君のために、一緒に頑張ろ!」

「うん……! がんばる!」


 こうしてアシェルは、己の新たな「使命」を胸に抱き。

 カロンと共にジュダの星魔術を完成させることを、深く決意した。

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