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第4話 矛神の墓



 湯浴みの後。

 アシェルはジュダに「お前の部屋だ」と言い付けられた部屋にて、何やら何着もの衣服をジュダの手ずから見立てられていた。


「街でお前の身体の大きさに合いそうな物を、そこそこ買ってきたが――悪くねえな。これでいいだろ。後はお前が好きに着ろ」


 アシェルのために買ってきたという数え切れないほどの衣服がアシェルの身体にぴったり合うことを確認すると、ジュダはさっさとそれらの衣服を片付けていく。

 されるがままになっていたアシェルは、何となく遠隔魔力探知の術式を行使して、城内の魔力を探る。やはり、アシェルの思った通り――この城には、アシェルとジュダ以外の人間の気配が、確認できない。

 アシェルがいた、イスカンダルの第三皇子の城には、無数の使用人が居た。身分の高い人間には、たくさんの他人が付き従う。そういうものだと思っていたが、どうやらジュダは違うらしい。

 ジュダはメイヴェン公爵。しかもニミリエル王国の魔術師の頂点たる、〈六賢将〉という立場だ。皇子にも劣らぬ、相当の権力を持ち得ているはず。なのに、どうして誰も従えていないのだろう。

 アシェルは魔力探知の魔術を解除すると、こちらに背を向けて、未だにアシェルの衣服を整理しているジュダに、純粋な疑問を投げかけた。


「ここ……使用人とか、いないの?」


 そんなアシェルの問いに、ジュダは如何にも嫌そうな様子で眉を歪めて、アシェルを鋭く一瞥してきた。


「あ? そんな役にしか立たない人間、俺が手元に置くわけないだろ。使用人なんざ、その単語を聞くだけで鳥肌が立つ。気分が悪い。俺の前では口にするな」

「そう。ほんとう……変な人間……」


 嫌悪感丸出しの、今にも唾でも吐きそうな形相。そんなジュダに、思わずアシェルは本音が口をついて出た。アシェルの返しに、ジュダは「は。お前ほどじゃない」と鼻を鳴らす。

 アシェルはジュダの独特過ぎる価値観を、内心で考察する。


(ジュダはわたしみたいな無能、欲しくて……有能な人間は嫌い? ……やっぱり変)


 首を傾げるアシェルには結局、「ジュダは変人」という答えしか導き出せなかった。

 次にジュダは、アシェルを自分の部屋へと連れて行った。

 ジュダの部屋は、アシェルの部屋の何倍も広く、書斎や寝室など、いくつもの部屋が内包されていた。その中には何と、調理場まである。

 ジュダはアシェルを一人、円卓に着かせると、「しばらく待て」とだけ言い残して自分は調理場に入って行った。

 大人しくアシェルはジュダを待っていると、調理場から香ばしい匂いが漂ってくる。それから間もなく、ジュダはいくつもの料理を運んできて、アシェルと同じく円卓に着いた。


「は……?」


 円卓に並んだ豪勢な料理の数々に、アシェルは思わず驚愕の吐息を吐く。

 黄金色が眩しい、とろみがかったコーンのスープ。

 カビの見当たらないパン。

 様々な雑穀で彩られた野菜料理。

 異国の料理だろうか。ハーブのようなもので包まれ、臭みが全くない、焼いた猪肉。猪肉には香ばしいタレのようなものが漬け込んであり、香辛料のようなものをまぶしてある。

 先程も確認した通り、この城にはジュダとアシェルしかいない。

 つまりはこの豪勢な料理を作ったのは、紛れもない――ジュダ。

 アシェルは茫然としたまま、ジュダに視線を向ける。するとジュダは既に食事を始めていて、アシェルと目が合うと「? 何だ。早く食え」と顎を振って急かしてくる始末。

 流石にアシェルはほとほと困惑し果てて、恐る恐るといったように、ジュダに向かってふるふると首を横に振って見せた。


「あの……わたしは兵器。兵器の餌、こんな豪華じゃなくていい。そもそも作らなくていい。勝手に野草とか、食べるから……」


 アシェルの申し出に、ジュダは一つ目をしばたたかせると、口に含んだ食事をゆっくりと咀嚼し全て呑み込んで、再びアシェルに向き直った。


「流石は俺が見込んだ無能。お前、お前自身が何者かもわかっていないのか?」


 ジュダが長い脚を組んで、僅かに顔を傾けながら鋭い目を細めて、アシェルを不敵に見据えてくる。


「お前は兵器なんてご立派かつ大層なものじゃねえ。どこからどう見ても俺無しじゃ生きていけない、無能なポンコツ人間だ」


 ジュダはそう断言すると、如何にも偉そうに腕まで組んでふんぞり返った。


(わたしが……人間? この人……ジュダが、いないと。生きていけない無能……でも……わたし、人間としての生き方。何も知らない。わからない。無能、だし……)


 アシェルはやはり、己を「人間」として扱ってくるジュダがどうしても理解できなくて、茫然としてしまう。

 しかしそれに併せて、「人間」として扱われることによって途方もない不安感を覚えてしまって。アシェルは目を泳がせながら、半ば懇願するように、ジュダに問いかける。


「それなら……使命、ちょうだい。使命がないと、わたし……生きていけない」


 アシェルの生きる意味。生きる価値。今までそれらは全て、アシェルに与えられる「使命」という一本柱によって成り立っていた。使命が無い人生など、アシェルはどうやって生きていけばいいのかわからない。使命が無い生き方など、想像すらつかない。

 ゆえにアシェルは、ジュダに使命を乞うた。

 しかしジュダは、そんなアシェルの懇願の言葉に、今までに見たことが無いほどの嫌悪を露わにして、顔を歪めた。

 アシェルは初めて見るジュダの「拒絶」ともとれる表情に、思いがけず小さく息を呑んだ。ジュダはしばらくの沈黙を置いた後、盛大な舌打ちを鳴らして、低い声を投げやりに返してきた。


「役に立とうとするな。気色悪い。お前はポンコツ無能のまま、俺の飯を食って、クソして寝とけばいい。俺ならそれに加えて、万年昼寝をする。わかったら俺の飯を食え。冷めるだろうが」


 それ以降、ジュダはアシェルが食事を終えるまで一切取り合ってくれなかった。



 そうしてアシェルは、ニミリエル王国メイヴェン領に位置する「草原の城」にて。

 かつてのアシェル――人殺しの兵器〈矛神(ぼうしん)レゲンデーア〉を殺した男。

 無能となったアシェルを気まぐれに拾った男。

 アシェルの人生を大きく変えてゆくこととなる男。

 無類の「無能好き」で「有能嫌い」というおかしな価値観を持った、変人魔術師――ジュダ・ヴァルカラ・メイヴェンという男と共に。

 アシェルは新たなる人生を、歩み始めた。

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