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星屑降る夜、心奪われた 〜零落の魔術師と盾の魔女〜  作者: Nejime Kirimori
第五章 星屑降る夜、心奪われた
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第30話 何光年遠く離れていても



 アシェルとジュダが、星魔術(ほしまじゅつ)と結界魔術を行使して間もなく。

〈飛空艇軍〉を全て失ったイスカンダル帝国軍は、素早く撤退を始めた。

 アシェルたちを取り囲んでいた魔物軍も撤退し、カロンとデメトリアがアシェルたちのもとへと軽く手を上げながら、ゆっくり戻ってくる。

 アシェルはカロンたちに手を振り返そうとしたが、不意に身体がふらついてしまって、その場に倒れ込む。だが、アシェルのか細い身体は、ジュダによって抱き留められた。

 ジュダがアシェルを抱きかかえたまま、その場に跪き、アシェルを覗き込んでくる。


「魔力切れだな。しばらく安静にしろ。軍から医術師を呼ぶ」

「わたしは兵器だから……放っておいても、大丈夫だよ」


 アシェルはジュダに心配と迷惑はかけまいと、力なく首を横に振る。

 そんなアシェルに、ジュダは目を細めて見せながら、静かに返した。


「お前は兵器なんぞじゃねえ――アシェル・レゲンデーア。そういう、一人の人間だろうが」


 ジュダが細く鼻から息を吐き出して、小さく笑う。


「何度言えばわかる」


 ジュダの言葉に、アシェルは大きく目を瞠った。


(そう、か。そうだった……ジュダはわたしのこと、ずっと人間として見てくれてたんだ。わたし、人間に成っても……いいんだ)


 アシェルはようやく己のことを「兵器」ではなく「人間」だと認めることができて、思いがけず嬉しくて堪らなくなって、左目だけからぽろりと一筋の涙を零す。

 星屑の珠のような涙だった。


「ありがとう、ジュダ……ジュダがわたしを、人間にしてくれたんだ」

「馬鹿を言うな。お前は最初から人間だった」


 ジュダが呆れたように鼻を鳴らした。

 アシェルは魔力切れのせいで朦朧とする意識の中、己を今もやさしく抱いてくれるジュダへと、少しだけ震える声で問いかける。


「ねえ、ジュダ。ジュダは……無能じゃないわたし、嫌い? 出逢った時から変わってしまったわたしはもう、必要ない……?」


 アシェルは目を伏せて、両手の指を胸の前で組み合わせる。


「それでもわたし……ジュダを守りたい。役に立ちたい、の。星屑みたいなジュダがすき。ジュダをもっと知りたい。もっとずっと、ジュダと一緒に居たい」


 アシェルの赤い睫毛が震えて、ゆるゆると赤い()が上げられた。


「人間に成れたから、かな……やっとぜんぶ、伝えられた。ジュダも教えて? わたしは貴方が拾ってくれた、貴方のアシェルだから。憎しみでも嫌悪でもいい。ジュダがわたしをどう思っているのか。わたしをどうしたいのか。教えて欲しい」

「……」


 アシェルの穏やかな問いかけに、ジュダはしばらく沈黙を置いた後。視線を逸らしながら、どこか躊躇いがちに答える。


「……俺はもう、お前なんぞ大嫌いだ。結局お前も有能だったし、よりにもよって俺の星魔術(ほしまじゅつ)を有能へと仕立て上げた。お前が俺にとって最悪の人間に成ったことは間違いねえ」


 アシェルは薄っすらと微笑みを浮かべてジュダの言葉を聞いていた。

 そんなアシェルを一瞥したのか、ジュダがすっと深く息を吸って、微かに震える吐息を吐き出すと、低い声を絞り出す。


「それでも俺はお前を……アシェルだけは、手放したくない」


 ジュダは迷うように視線を漂わせつつ、そうして、惑うように言葉を選びながら、慎重に己の意志を紡いでいるようだった。


「星屑に似ている――終末を迎える星屑の色をしている、お前の髪と目。星屑は嫌いじゃない。流れても願掛けする暇は無いに等しい、できたとしても願いが叶うわけがない。あれはただ消えゆくだけの星の残り滓。何の役にも立たない塵」


 ジュダが連ねる言葉は、どこか覚束なくて、子どものようなたどたどしさだった。ひたすらに、己の頭の中に浮かんだ言葉を、必死になって紡ぎ出しているようだった。

 それでもアシェルは、ジュダの言葉を、ジュダの想いを、何でもすべて聴けるのが堪らなく嬉しい。何よりもの喜びだった。

 ジュダがちらりと、珍しく窺うようにアシェルを一瞥してくる。


「アシェル。お前は有能だ。それでもやはりお前は、星屑に似ている。何故だか目を離せないところが……ゆえにたぶん俺は、お前を手放したくないと。思ってしまう」


 そこまで言って、ジュダは片手で己の黒髪を掻き乱すと「ああクソ……! 考えが纏まらねえ」と悪態を吐く。そのまま片手で、悩ましげに片目を覆い隠しながら、小さく呟いた。


「とにかく……俺は今、俺の中の何かしらが変化の渦中にある。その変化の先が、お前を拒絶するか、受け入れるかは……正直俺にもわからねえ」


 ジュダは片手を下ろして、ようやくアシェルを真っ直ぐに見る。その瞳はひたすらに迷って、惑って、様々な複雑な激情に翻弄されているようだった。


「それにだ。今夜の戦果を経て、十中八九、俺はこれから何年かはイスカンダルとの戦争の前線へと強制的に引っ張り出される。不本意極まりないがな。そしてそこに、ガキのお前を連れて行く気は毛頭も無い。ゆえに……」


 それでもジュダは、今度はアシェルから目を逸らさなかった。


「俺が戦争を終わらせるまで。考える時間をくれ――途方もなく長い時間だ。待たなくてもいい」


 そんなジュダの言葉を遮るように、アシェルはジュダの手を握る。


「待つよ。だから無理しないで。ゆっくり考えて。絶対に、死なないで」


 アシェルは徐々に、己の視界が霞んでいくのがわかって、酷く惜しいと唇を嚙む。

 まだまだずっと、ジュダと話をしていたいのに。


「どんなに遠く離れていても……わたしはジュダを守る、から……」


 最後にこれだけは伝えたいと、アシェルは声を振り絞って、重くて抗えない目蓋をゆるゆると閉じた。


「……俺なんぞを守ると(のたま)うのは……お前が初めてだ」


 そんなジュダの独り言と、ジュダが一度だけ強く抱きしめてくれる感触を最後に。アシェルの意識は泥のような眠りの中へと溶けていった。


 ◇◇◇


 意識を失ったアシェルをカロンに任せると、ジュダはデメトリアと共に自軍へと戻った。

 本陣に戻る道中。ふと、隣を歩くデメトリアが、何やら珍しく弾んでいるような声色で問うてくる。


「ねえ、先生。どうしてわたくしのことは手放して、わたくしと同じように有能になられたアシェル様のことは手放せないのかしら? どうして、アシェル様からは目が離せなくなってしまわれたの?」


 どうやら、先程のアシェルとの会話をカロンと共に盗み聞きしていたらしい。

 ジュダは一度半眼になって呆れたように息を吐くが、すぐにデメトリアの問いを頭の中で反芻すると、何だかぼうっとしてきて、ぽつりと独り言ちるように答える。


「……生まれて初めて、だったから……『守りたい』と言われるのが。俺なんぞを、迎えに来てくれて……守られたのが初めてだった、から」


 ジュダの脳裏には未だに、星屑降る夜を背負う、星屑のような少女の笑い顔が鮮烈に焼き付いていて、焦げ付いていて、離れない。


「誰かに迎えに来て欲しいと。ずっと、そう星屑へ無様に祈り続けていた俺の願いを、アシェルが叶えてしまったから」


 ジュダの答えに、デメトリアは「まあ。まるでアシェル様は先生の〈願い星〉ですわね」と穏やかに返すと、更に何処か楽しげな様子で、ジュダを見つめた。


「わたくし、大変驚きましたのよ。あの戦争嫌いの先生がこれから、イスカンダルとの戦争に参戦されるご意志を固められたこと……わたくしが思うに。それはきっと、イスカンダルにも対抗できる結界魔術を持っていらっしゃるアシェル様が、国王陛下に目を付けられ、ニミリエルの兵として戦争に出されてしまうことを回避するため。全てはアシェル様を守るため……先生は、戦われるのですね?」

「……」

「もう。図星だからって、そんなにわたくしを睨んで、お黙りにならないでくださいまし」


 デメトリアは「ほほほほ」と優雅に笑みを零し、誰かを愛おしむように、しかし酷く寂しげに目を細める。

 そんな表情にもかかわらず、次いでデメトリアがジュダに投げ掛けた言葉は明らかにジュダを弄ぶような、小娘の揶揄いだった。


「ふふふ。戦場での愛の告白だなんて。なんてロマンティックなのかしら。憧れずにはいられませんわ、わたくし。先生、羨ましい」

「うるさい。もう黙れ」

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