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星屑降る夜、心奪われた 〜零落の魔術師と盾の魔女〜  作者: Nejime Kirimori
第五章 星屑降る夜、心奪われた
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第28話 願い星の少女、降る


 ◇◇◇


 バカン原野東部。太陽が地平線へと沈んだばかりの、夜の目覚め。

 侵攻してきたイスカンダル帝国軍の右翼は(ことごと)く――全滅していた。

 帝国兵の多くは白目を剝いて泡を吹いたような様子で昏倒しており、大地に平伏している。その中でも、昏倒した帝国兵たちが、山のように積み上がっている箇所が一つだけあった。

 そんな帝国兵の山の(いただき)に、ジュダは長杖を肩に担いで座り込んでいる。ジュダは長杖に寄りかかるような姿勢で、眠るように目を伏せ、身じろぎの一つもしない。

 そんなジュダのもとへ、デメトリアがゆっくりと歩み寄ってきた。


「こちらの帝国兵の皆様。どうなさるおつもりですの?」


 デメトリアの問いかけに、ジュダは目を伏せたまま答えた。


「捕虜にする。イスカンダルとの駆け引きとやらに使えるだろ。知らないが」


 不意に。ジュダが殺さず制圧した帝国兵たちへと、攻撃魔術の光線が降り注ぎ、木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 ジュダは思わず眉を顰めると、大きくため息を吐き出して伏せていた目を上げた。

 上空には既に、〈飛空艇軍〉の何隻かがまるで空の支配者の如く我が物顔で進軍しており、(いかずち)、炎、風といった多種多様な属性の攻撃魔術を雨の如く降らせてこちらに迫ってきている。

〈飛空艇軍〉の一隻が、その舳先(へさき)をジュダの方に向け、光線と化した雷の攻撃魔術を放ってきた。

 ジュダは築いた帝国兵の山から飛び退き、攻撃を避ける。光線を受けた帝国兵の山は、ばらばらになって飛び散り、生きていたはずの兵たちは跡形もなく焦げた肉塊と化した。

 ジュダが攻撃を避けても、〈飛空艇軍〉はジュダを狙って、次は巨大な炎の矢を放ってきた。

 それをジュダは、「しゃらん」と長杖を振るって、瞬時に顕現させた水魔術の槍を衝突させることで相殺する。

 ジュダは長杖を片手で構えたまま、次々に降ってくる攻撃魔術を己の魔術で相殺迎撃しながら、徐々に集結し始めた〈飛空艇軍〉を見上げた。


「……味方を自ら全滅させてでも、俺たちを殺したいらしい」

「そのようでございますわね」


 呆れたように息を吐いたジュダに、デメトリアも水魔術で攻撃を受け流しながら淡々と同意する。

 明らかに〈飛空艇軍〉はジュダたちを狙い撃ちにしており、ジュダたちが捕虜として生かしたまま捕らえた帝国兵たちもお構いなしに、攻撃を仕掛けてくる。

 イスカンダルはどんな犠牲を強いてでも、ジュダとデメトリアというニミリエル王国の最高戦力を消したいのだろう。

 ジュダとデメトリアは無言で目配せを交わすと、ジュダは前に出て、〈飛空艇軍〉の攻撃の一切を引き受ける。

 一方、ジュダの背後に回ったデメトリアが、長杖を高く掲げた。するとデメトリアの頭上に巨大な水の槍が顕現し、その穂先が〈飛空艇軍〉の一隻を捉える。


 デメトリアが掲げた長杖を振り下ろせば、水の槍は真っ直ぐに〈飛空艇軍〉へと撃ち放たれた。

 しかし、水の槍はデメトリアから距離が遠く離れるにつれて、その勢いが減速していく。そうして、遥か上空に群れる〈飛空艇軍〉までは届かず、水の槍は水滴となって霧散してしまった。


(……やはり、デメトリアの魔術でも〈飛空艇軍〉は射程圏外か。〈飛空艇軍〉に刻まれた古代魔術式は未だ解明できていないゆえに、遠隔操作魔術による書き換えも不可能)


 まさに無敵艦隊。しかもその無敵艦隊の数は、数隻から十、数百へと増えつつある。

 ジュダは〈飛空艇軍〉を睨み上げ、忌々しげに舌打ちした。

 ジュダの隣にきたデメトリアが長杖を下ろし、いつもよりも乱暴な手つきで金色(こんじき)の髪をかき上げると、乾いた笑いを零す。


「……勝機は見えますかしら。先生」


 デメトリアの珍しく覇気のない声に、ジュダは一つ息を吐いて、淡々と答えた。


「勝機はゼロ。デメトリア、お前はなるべく多くの自軍を率いて王都まで退()け。殿(しんがり)は俺がやる。星魔術(ほしまじゅつ)なんぞを恐れてる奴らの標的は俺だろうからな」


 ジュダの答えに、デメトリアが弾かれたように振り向いて、青い目を大きく見開いた。

 ジュダはデメトリアを一瞥することもなく、〈飛空艇軍〉をひたすらに睨み上げる。


「それと途中で、俺の別荘からカロンとガキを拾って行け。ついでだが、忘れるなよ」

「いけませんわ、先生。死ぬおつもりですか!? そんなの、先生らしくありません! もっと、何か他に良い策が……!」


 思いがけずといったように、デメトリアが反論しようと声を張り上げるが、それをジュダは片手を上げて制する。

 そうしてジュダは、地面に視線を落としながら、ぽつぽつと低い声を零した。


「俺だって、誰かのために命を張るなんて大恥を晒したうえで死ぬなどごめんだ。誰かの役に立つ最期。考え得る中で、最も俺が嫌悪する最期。たった独り、戦場で地面とキスする死に様。散々だ。それでも……」


 ジュダの長杖を持つ手の力が、強くなる。長杖の石突が「ぎし」と大地に食い込み、嫌な音を立てた。


「どれだけ、嫌で嫌で仕方なかろうが……結局俺は、戦場ではこういう死に方しか選べない。だから嫌いなんだ、戦争は。俺が俺じゃなくなる……最悪だ。クソが」


 吐き捨てるように零したジュダの言葉に、デメトリアが押し黙る。

 ジュダはまた大きくため息を吐き出しながら、血が(のぼ)ってしまった頭を少しでも冷やそうと、軽く目を伏せた。


『ジュダ』


 ふと、鈴を転がすような声が、ジュダの鼓膜の奥に蘇る――アシェルの声だ。

 暗い目蓋の裏にも、まるで焼き付いているかのように鮮やかに浮かび上がる。

 波打って光沢のある赤毛。

 ひたすらに真っ直ぐ、ジュダを見つめてくるのはきらめく真紅の瞳。

 何故だろうか――こんな、最悪な最期を迎えようとしている今。ジュダの鼓膜を揺らす錯覚を覚えさせるのはアシェルの声で、ジュダの目蓋の裏に焼き付いて離れないのは、アシェルの鮮烈な色。


 最期に思い出されるのは、想ってしまうのは――アシェルの顔だった。


 出陣する直前。アシェルには別れ際、散々子どものような暴言をぶつけてしまったというのに。

 ジュダは振り返る。どうして己は、アシェルにあんなことを口走ってしまったのか。

「役に立ちたい」など、今までデメトリアにも散々言われてきたことだ。その度に、ちゃんと躱してきただろう。

 だというのに何故、アシェルにはあそこまで言ってしまったのか。


(……俺は……少しでもアシェルに戦場を思い出させてしまえば、アシェルがまた、兵器だった頃のように壊れてしまうのではないかと思った……そうだ。危惧、したのか)


 アシェルがようやく取り戻しつつあった心が、再び失われてしまうことを恐れた。


「アシェル……」


 ふと、アシェルの名を虫が鳴くような声で呟いてしまって、ジュダははっと息を呑み、咄嗟に片手で口を強く押さえた。

 今、己は――何を言おうとした。何を口に出して、言いかけた。


(今更阿呆か。俺は。くだらない。あいつは、俺が最も嫌悪するような〈有能〉だぞ?)


 ジュダは必死に「何か」から目を背けようと、罵倒の言葉を連ねる。

 しかし、どう足搔いてもその「何か」をまざまざと自覚してしまって、ジュダは「は」と短く自嘲する。

 強く、目を瞑って、片手で押さえた口の奥で、割れんばかりに歯を食いしばる。

 何とも自分勝手で、都合の良すぎること。

 それでもジュダは、心の内で、その言葉を零さずにはいられなかった。


(もう一度、お前の顔を見たい)


 これは何の意味も成さない。〈願い星〉のような祈り。

 二度と己の前にその姿を見せるなと言っておいて、何を身勝手にほざいているのだろう。

 ほとほと己に呆れ果ててしまうのに、そうであってもジュダは、祈らずにはいられなかったのだ。

 どおん!

 不意に、大地を揺るがすような衝撃と音が轟いて、ジュダは一瞬の物思いから我に返る。

 空を見上げれば、ジュダたちの遥か頭上に数百の〈飛空艇軍〉が迫り、攻撃魔術を砲弾の如く降らせていた。

〈飛空艇軍〉は照準をジュダたちに合わせたようで、無数の攻撃魔術の光が、ジュダたちを狙い定める。

 ジュダとデメトリアは即座に並び立って、長杖を構えた。お互い、最期の言葉は口にしない。

〈飛空艇軍〉から、光線の雨が降り注いでくる。


 刹那――ジュダとデメトリアの頭上に、魔法陣が顕現した。

 魔法陣は美しい硝子細工のような〈盾〉の結界へと変化し、光線の雨を容易く防ぎ切る。

 ふと、茫然としているジュダの視界の端に、赤くきらめいて流れる、何かが見えた。ジュダはそのきらめきの先を、弾かれたように振り向く。


 そこに在ったのは、幾つも展開させた結界魔術を足場に、崖の上から飛び降りてくる赤い少女の姿――アシェルだ。

 アシェルがよく通る声を以て、凛と叫ぶ。


「ジュダを死なせたりしない――わたしがジュダを守る!」


 アシェルのその言葉に、ジュダは心臓を槍で貫かれたような感覚に陥った。

 ジュダの今まで昏く澱んでいた魂が、火花を散らして燃え上がるような感覚も覚えた。

 こちらに向かって降ってくるアシェルの背後。その遠い夜空で、一筋の星屑が流れるのをジュダは確かに見る。

 その星屑を目にした瞬間、何故かジュダは、己の永き悲願が――母が、否、()()()己を迎えに来てくれる――そういう悲願が、ようやく叶ったと思ってしまった。


(赤く燃える髪。赤くきらめく瞳……そうか。アシェル、お前は、直に終末を迎える星屑と同じ色をしているのか)


 ジュダは、空から降ってくるアシェルに釘付けになったまま、内心で独り言ちる。


(俺は有能が嫌いだ。何よりも嫌悪している。そのはずだ。だというのに、何故――アシェルからは、目が離せない……?)


 星屑降る夜。

 星屑のようなその少女に。ジュダは、心奪われてやまなかった。

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