第24話 瀑布戦姫は師を愛す。ゆえに、
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自軍を率いたデメトリアは草原の城を通り過ぎて、イスカンダル帝国軍が待ち受けるバカン原野を目指し、進軍している。
しかしデメトリアは、つい先ほど出逢ったばかりの少女アシェルのことが気がかりで、馬上から草原の城を一度だけ振り返った。
(わたくしは、彼女のことを何も知りません。ですが、彼女のジュダ先生を見るあの眼差しを見れば、わかりますわ。彼女は先生を大切に思っていらっしゃる。きっと、何よりも)
あの幼気な少女は――アシェルはずっと、ジュダに手を伸ばし続けていた。失うことを酷く恐れるように。哀しみに濡れているようで、図り知れないほどの激情が燃える眼差しから、その小さな身体に抱えきれない大いなる感情を幾つもぼろぼろと溢れさせて。
そんなアシェルを、ジュダは拒絶した。
二人を直に目の当たりにしたデメトリアは思う。
アシェルを拒絶したジュダの眼差しが、デメトリアには――アシェルと全く同じもののように見えてならなかった。
ジュダがアシェルに向ける眼差しも、数え切れないほどの激情が火花を散らすように迸って、溢れ出していた。
しかし、それがどんな想いなのかまでは、今のデメトリアはわからない。デメトリアはジュダとアシェルの関係性を、何も知らないからだ。
それでもデメトリアには、「ジュダをこのままにしておいてはいけない」という女の直感がこれでもかと胸を突くのだ。
ゆえにデメトリアは、己の前を馬で進んでいたジュダの隣に駆け寄ると、ジュダへと真っ直ぐに問い詰める。
「先生――どうしてあのような、心にもないことをアシェル様に仰いましたの」
「黙れ」
ジュダが半ば遮るように、デメトリアの問いを一蹴した。
それでもデメトリアは、凛と目を細めて、ジュダを見つめながら再び問い詰める。
「黙りませんわ。だって先生、珍しく大嘘を吐いていらっしゃったんだもの。ねえ、どうしてですの?」
「……」
ジュダが頑として無視を決め込む。
ジュダの無視は慣れていると言わんばかりに、デメトリアは優雅な仕草ながらもジュダの胸倉を引っ掴み、ジュダへと問いと共に事実を突きつけた。
「どうして、そんなにも耐えがたいような――とてもお苦しそうな顔をしてまで、アシェル様にあのような大嘘を吐かれたのです。先生」
「……」
ジュダは己の胸倉を掴んできたデメトリアの手を、黙って振り払う。だが、その力はらしくもなく弱々しい。間もなくジュダは、細く長い息を吐き出した。
その吐息が微かに震えているように思えたのは、決してデメトリアの錯覚などではない。
「あいつは子ども……無能の兵器、だぞ」
ようやく口を開いたジュダの表情は、目にかかる黒い髪によって隠されてよく窺えない。
それでも、カロンほどではないが、そこそこ長い付き合いであるデメトリアにはわかる。
ジュダはアシェルのことを「兵器」などと思っていない。心にもないことを言っている声だと、すぐに悟った。
「ほんの少し前まで、俺が居ないと生きていけないような。一歩でも間違えれば容易く死んでしまう……そんな、ただの無能だったんだ。あいつは」
今までに聞いたことが無い、覇気のない声でそう語るジュダの声は、まるで己に言い聞かせているようにも思えた。
「ゆえに……あいつを戦場には連れて行かない。絶対に。何があろうともだ。あんな無能な子ども……戦場になど連れて行けるか。あいつだけは、戦場に連れて行ってはいけない」
繰り返しジュダは「アシェルだけは、戦場には連れて行かない。連れて行けない。連れて行ってはいけない」とぼそぼそと零す。
どこか戸惑っているような声でありながらも、確かに頑なな声だった。
(まあ……先生ったら。ご自身のお気持ちがどのようなものなのかすら、未だわからないままなのですわね。それゆえに、そこまでに惑って、頑なでいらっしゃるのですね。本当に、貴方という人は……)
デメトリアは金糸のような睫毛を伏せて、陰のある笑みを浮かべつつも、呆れたように「ほう」と息を吐く。
「殿方って、本当にお馬鹿さんですわね――先生。貴方がアシェル様を見る目、ただの兵器やら煩わしい子どもを見るような目では到底ございませんでしたわよ」
「それ以上、知ったような口を利くな。黙れ」
ジュダが低い声を唸らせる。まるで逃げ道を探しているかのような、心許なさそうな声。
「これ以上……俺の頭をおかしくしようとすんじゃねえ」
ジュダが大きな片手で、目を覆い隠すと顔を俯かせる。
そうして、どうしようもなく苦しそうな、悩ましげな吐息を長く吐き出すジュダを横目に、デメトリアは思いがけず苦笑を零しながら胸の中で固く誓う。
この人を――このどうしようもなく愛おしい、己の師を。
何としても、もう一度アシェルの前に引き摺り出してやらねばならないと。




