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星屑降る夜、心奪われた 〜零落の魔術師と盾の魔女〜  作者: Nejime Kirimori
第三章 澱みの魔術師と流転の少女
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第20話 見て見ぬふりの変人


 ◇◇◇


 翌日。

 昼下がりの頃。ジュダは草原の城のテラスに出て、一人書物を読み耽りながら茶を飲んでいた。

 アシェルはまだ自室で眠っている。ほとんど今朝まで起きていたようなものなので、起床時刻が遅れてしまうのは仕方のないことだろう。

 最も、アシェルには今の健康的すぎる生活は止めていただき、もっと万年昼寝生活を送ってくれればジュダとの生活時間が大幅にずれて手がかかるので、ジュダとしては大変喜ばしい限りなのだが。


「へえ? ジュダ君がティータイムだなんて珍しい。お邪魔しちゃおっと」


 そんなことを考えていると不意に、カロンがジュダの向かい側の席に遠慮の欠片も無く座った。そういえばカロンは今日もジュダに仕事を押し付けるため、今朝から城に押しかけて来ていたのだった。

 ジュダは思いっきり眉を顰めて、向かい側に座るカロンを睨みつける。


「邪魔するなら帰れ」

「たまにはいいじゃない」


 カロンはジュダの冷たい視線もものともせず、勝手に自分で茶を入れて優雅にくつろぎ始めた。

 ジュダは忌々しげに舌打ちをするが、もう構っているのも面倒なので、黙って再び書物に目を落とす。

 だが、カロンは懲りずにジュダへと話しかけてきた。


「ジュダ君。アシェル君のこと避けて、彼女泣かせたでしょ」

「……」


 カロンの言葉にジュダはぴたりと動きを止めて、咄嗟に下唇を薄く嚙んだ。

 しかし、平常を装って、ジュダは開いていた書物をテーブルに置くと、カロンを鋭く見返す。


「……何が言いたい」

「アシェル君と自分のことを重ねちゃうの。気持ちはわからなくもないけど、二人にとってあまり良くない事だと思うから気を付けなよって話。アシェル君の変化に戸惑っちゃうのは仕方がない。だけど、彼女を傷つけちゃうような言動はやめな?」

「……わかってる」


 カロンの最もな言い分に、ジュダは苦々しげにため息を吐き出しながら、一言だけを絞り出した。

 しかし、その絞り出したジュダの一言が、カロンにとっては非常に意外なものだったらしい。カロンは胡散臭い糸目を丸くして、「ふーん?」と鼻を鳴らした。


「意外。いつもなら『うるさい黙れ有能詐欺師』って言われるとこなのに」

「うるせえ、黙れ。有能カス野郎」


 ジュダは盛大に舌打ちして、カロンを睨む。カロンは気にした風もなく、何故だか嬉しそうに糸目を細めて、テーブルに頬杖をついた。


「アシェル君の成長は目を瞠るものがあるけど。ジュダ君も、アシェル君と出逢って変わったね?」

「……別に」


 ジュダは、初めて出逢った時のアシェルを想う。

 あの時のアシェルは子どもながらもまさに〈殺戮兵器〉そのもの。人殺しの能しかない、心が壊れてしまった人間だった。使い捨てられるだけの道具も同然の扱いを受けていた。

 そんなアシェルがまるで──かつてのジュダのようだと思ってしまった。

 アシェルを初めて目にした時、そんな既視感がジュダの心臓を突き刺し、胸を掻きむしって叫び出したくなるような激情をジュダに覚えさせた。

 血反吐を吐くような、苦痛と不快感と、それらと相反する懐古がジュダを突き動かし、気が付いたらアシェルを傍に置くことを決めていた。


 そしてジュダは、アシェルから唯一無二の天賦の才〈人殺しの能〉を奪い、正真正銘の無能にした。無能になったアシェルは、実に面白いポンコツ人間だった。

 一人で食事をするのも、湯浴みをするのも、服を着ることさえままならない。

 ジュダがずっと求めていた、最高の無能人間。それがアシェルだった。

 だというのに、最近のアシェルは自ら新しい魔術式を生み出したり、凡人では決して辿り着けないような分野での結界魔術の研究に没頭している。

 魔術学の学会にでも連れて行ったら、ジュダのように「天才」などと持て囃されそうだ。それはならない。アシェルには無能で在ってもらわないと困る。


 しかし、そこまで思い至って――ジュダは何となく、違和感を覚えた。

 ジュダは有能は嫌いで、無能なものが好きだ。それは絶対に変わらない。

 だというのに――何故だろうか。


 匙の持ち方は歪なままだが、食べこぼしが少なくなってきたアシェル。

 ボタンの掛け違いや、衣服の裏表を間違えることが少なくなってきたアシェル。

 濡れた髪を拭くのはやはりずっと下手くそだが、それでも一生懸命に己の真っ赤な髪を拭って、ジュダに「みてみて、ジュダ! 今日はきれいに拭けた?」といちいち披露しに来るアシェル。


 そんな、〈何もできなかった無能〉から徐々に成長していくアシェルの姿からは、何故だろうか――目が、離せないのだ。


 魔術書を読み耽って、わからないところは逐一素直にジュダに教えを乞うてくるアシェル。

 新しい魔術式を開発したら、赤い瞳を星のようにきらきらさせながら一番にジュダへと報告しにくるアシェル。

 そして、昨夜。ジュダが気まぐれに星魔術を使った、星屑降る夜。

 じっとジュダの顔だけを見ていたかと思えば、暗がりによく映える真白で丸い頬を微かに赤らめさせて――はじめて、ジュダに笑いかけてくれたアシェル。

 あんなにも、壊れた人形のように表情の無かったアシェルが、花がほころぶように笑ったのだ。

 ジュダはアシェルの笑い顔に釘付けになってしまいそうになって、すぐに目を逸らして事なきを得た――否、半分くらいは既に手遅れだったかもしれない。

 ジュダは今現在、人生で最も不可思議な思考に陥っている。


(俺は無能が好きだ。成長とは、無能からの逸脱だ。そのはずなのに、何故俺は……日々、成長してしまうアシェルから、目が離せない? アシェルが有能になってしまうのは、駄目だろうが)


 ジュダはそこまでぐちゃぐちゃの思考を巡らせると、心臓が妙に気持ちの悪い具合になってきた気がした。

 己の黒髪を片手で掻き乱し、ジュダはそのまま頭を抱えながら大きくため息を吐く。

 向かい側に居るカロンが、何やら「何でもお見通しだよん」とでも言いたげな穏やかな声を以て、気色の悪い微笑をジュダに向けて来た。


「どうしたの、ジュダ君。悩める子羊よ」

「……うるせえ。ただ……」


 ジュダは半ばやけくそになって、小さく独り言ちた。


「ずっと……目が離せなくなってしまって。心臓が気持ち悪い」


 アシェルの燃えるような赤髪と赤い瞳は、何かに似ている。アシェルが世界をきらめかせているかのような色から、日々移り変ってゆくアシェルから──無性に、目が離せない。

 この感情の名前は、何と言うのだろうか。

 何となく、きっと名前など無いのだろうとジュダは思った。

 感情とはままならない。

 その名前の無い感情はどうにも手に余って厄介極まりないので、今は見て見ぬふりを決め込もうと、ジュダはひっそり目を背けた。

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