第19話 私の星屑
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「――つまりは。俺が売り飛ばされたのは、当時の俺が〈有能〉だったゆえだ。それ以上でも以下でもない。あと勘違いはするな。俺は別に兄と母を恨んではいない。むしろ俺は今も、兄と母が健やかにあればいいと思う」
ジュダが伏せていた目をゆるりと上げ、細く長い息を吐き出す。
「そして、俺が星魔術を創り出したきっかけも、今話した過去と繋がっている」
ジュダは再び首を傾け、己の魔術によって美しくきらめいている星屑降る夜を見上げた。
「俺が公爵家に来てまだ日が浅い頃。とある御伽噺をよく思い出していた。それは、幼い頃から母に何度も聞かされていた『願い星』――流れ星に祈れば、願いが叶うという御伽噺だ。あの頃の俺は酷く心許なくて、『母が迎えに来てくれますように』と、数え切れないほどの眠れぬ夜に流れ星を探して、祈った。先ほどのお前のようにな、アシェル」
「!」
アシェルはジュダの「祈るか……かつての俺への、当てつけのようだ」という言葉を思い出して、はっと息を呑む。
やはりアシェルが思っていた通り、ジュダにも、誰かに逢いたいと祈る夜があったのだ。
ジュダが星屑の光の軌跡を目だけで追いながら、話を続ける。
「しかし、母は迎えに来てはくれなかった。当然だ。ただ消えゆくだけの星屑に、人の願いや祈りを聞き入れて叶える力などあるわけがない。まさに『願い星』とは――〈無能〉だ。ゆえに俺は無能の象徴として、星魔術を創った。星屑が流れるだけの魔術など、誰の役にも立つまいと」
ジュダが眉根を寄せて目蓋を閉じ、己に言い聞かせるように低い声を唸らせる。
「俺は〈無能〉で在りたかった。〈有能〉によって、誰かにいいように使われる人生など糞喰らえだ。甚だ気に喰わない。ゆえに俺は――〈無能〉が好きだ」
語り終えたのだろう。
ジュダは大きく長い息を吐き出して、「は」と自嘲の笑みを吐き捨てた。
「やはり滑稽な話だ。笑えばいい」
「ううん。わたしが、どうしても知りたかった話だ。話してくれてありがとう、ジュダ」
ジュダの自嘲に、アシェルは間髪を容れず首を横に振って見せる。
そんなアシェルの返しに、微かにジュダが息を呑んだ気配がした。次いでジュダは流し目でアシェルを一瞥すると、「おかしな奴だ」と小さく呟いた。
アシェルは密かにジュダを想う。
きっとジュダはやさしすぎるのだ。たとえ〈有能〉であっても、他者の言うことなど聞かなければいい。さすればいいように使われることも無い。
しかしジュダは、他者の言葉を、助けを、願いを――聞かずにはいられない。生まれながらの強者であるからこそ、弱者を助けずにはいられないのだ。
まるでジュダこそが〈願い星〉のよう。
そんな生来のやさしさと、過去の「道具」として扱われた心的外傷が衝突し合って、ジュダの中で苦悩が生まれてしまい、酷く矛盾したような葛藤を抱かせている。
そして何よりもジュダは、母と兄と生き別れてしまってからずっと――たった今も、寂しくて、淋しくて、堪らないのだ。
だから今もこうして星魔術を以て星屑を降らせ、〈願い星〉にきっと祈っている。
深く、強く、願っている――恋しいあなたに、逢いたいと。
(ジュダは生まれながらに、誰かを守ることしか知らない。だから色んな人に利用されてしまう。でもジュダはそれが気に入らない。そしてさみしがり屋。色んな傷を抱えて、独りで苦しんでる。そんなジュダのことは、いったい誰が守ってくれる? 否……ああ、そうだ。それなら、わたしが――)
己の生きる意味。果たすべき使命。生きる価値。
アシェルの人生の支柱となっていたそれらが、たった今、跡形もなく消し飛んだ。
アシェルの目の前には、壮大な宇宙が広がってゆく。その宇宙の中でも、一際きらめく、尾鰭を引いて燦然と流れている彗星が在った。
そうして新たに、アシェルの魂に刻まれた彗星とは――何よりも叶えたい願いであり、祈りだ。或いは、アシェル自身の手で、叶えるべき希望だ。
アシェルの太陽にして月。
アシェルの一等星。
アシェルの星屑。
(わたしがジュダを、守りたい)
アシェルは魂が震えるほどに痛感した。
自分こそがこの手で、ジュダを守りたいのだと。
(ジュダのこと、知れてよかった。もっと、もっともっともっと……ジュダのこと知りたい。知りたくなった)
改めてアシェルは思い知る。
きっと、ジュダの傍に居るには――ジュダの傷ついた心を慰めるには、自分は〈無能〉で在るしかない。
おそらくジュダは、アシェルが魔術を学んでいく様を過去の自分と重ねてしまったのではないだろうか。ゆえに、〈有能〉への拒絶反応が出て──本能的にアシェルを避けた。それだと、ジュダの行動に得心がいく。
しかし、それでもアシェルはジュダの役に立ちたいと思った。
ジュダに守られるだけの〈無能〉のままではいられないと強く思った。
この手でジュダを守りたいと、そんな想いを抑えられそうになかった。
そしていつか、己のこの想いの全てをジュダに明かしたい。そのうえで、ジュダの傍に居たい。
でも今はジュダに拒絶されてしまうかもしれないという可能性が、何よりも恐ろしくて、怖くて堪らなくて――打ち明けることはできないとも思った。
アシェルはふと、隣に居るジュダを再び見つめる。
星屑降る夜を見上げるジュダの黒い目に、幾つもの宝石の雨のような光が反射して、きらめいていた。
星屑に光るジュダの目は、何よりも穏やかで、少年のようで、冷えているようで熱っぽくて、酷く淋しげだった。そんなジュダの横顔に、アシェルは釘付けになってしまう。
(星屑を見てるジュダが……いちばん、奇麗だなあ。ずっと、見ていられる)
今のアシェルには、自身が内心で何を呟いたのかもわかっていない。
ついさっきまでは星屑に夢中だったのに、今のアシェルは星屑よりもジュダに夢中。そんな自分が何だか可笑しく思えて、アシェルは小さく吐息を漏らす。
「……ふ」
そんな吐息を聞かれたのか、ジュダが何やら随分と驚いた様子でアシェルを振り向く。ジュダの黒い瞳が零れ落ちんばかりに見開かれていた。星雲のような目で、やはりジュダは奇麗だと、アシェルは思う。
しかし、すぐにジュダから顔は背けられた。
アシェルはもう、顔を背けられたことにも構わず、朝焼けでジュダの顔が染まるまで、ひたすらにジュダの横顔を見つめていた。
ジュダが零した「……笑えるのか」という独り言すら耳に入ってこない。
きっとこれが、心奪われる、というものなのだろう。




