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星屑降る夜、心奪われた 〜零落の魔術師と盾の魔女〜  作者: Nejime Kirimori
第三章 澱みの魔術師と流転の少女
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第17話 星屑統べるは夜の怪物



 城の外に出たアシェルは、息を呑まずにはいられなかった。

 たとえ夜の闇が蔓延(はびこ)る世界だろうと、アシェルの赤々とした瞳はよく夜目が利いた。

「草原の城」の名前のもととなっているのだろう、見渡す限りの草原は、夜の微風(そよかぜ)に波打ち、(みどり)色の海のようにさざめいている。土と花草の入り混じった青臭くて甘い香りは、どこか懐かしい。

 そして闇空を彩るのは、満点の星々のきらめき。

 草原が(みどり)の海ならば、夜空はインクの黒い海だ。そのインクの海には、星という名をした光の魚の群れが鱗を輝かせ、悠然とこちらを見つめている。

 そんな海のような空を独り見上げていると、胸を突くような淋しさを覚える。


 花草に覆われた(みどり)の地平線。白い泡沫の如き星の大河が流るる夜空。

 そんな大地と空の境界線の上に、夜の怪物のような男――ジュダは立っていた。

 ジュダは獣の冬毛にも似た闇色のマントを羽織っていた。その大きな後ろ姿が、余計にジュダを夜の怪物たらしめている。

 ジュダはひたすらに夜空を見上げているようで、ふと、気まぐれに思い立ったかのように、片手に持っていた長杖を大地に突き立てた。長杖の装飾が「しゃらん」と鳴り、同時に草原へと大樹の根が一気に根付くように、巨大な魔法陣が広がって、淡い光を一瞬だけ放つ。

 その瞬間、アシェルの肌がぶわっと粟立って、総毛立つような感覚が稲妻のように全身を走った。

 遥か頭上から、足元の遥か深奥から――天地(あめつち)から、巨大な魔力がうねるように(うごめ)く気配を感じる。


(これ……星魔術(ほしまじゅつ)……!)


 アシェルがそう確信した瞬間、一筋の星屑が、美しい弧を描いて流れた。

 ジュダが地平線と空の境界の上で、指揮者の如く流麗に長杖を振るう。

 すると、次々に地平線への向こうへと、幾筋もの星屑の光が流れ落ちてゆく。

 美しい弧を描いた光の軌跡が、雨の如く降り注ぐ。


(ああ……!)


 ジュダの傍に行きたい。ジュダの傍で、この空を見たい――! そんな激情が「ばちばち」と火花の如くの脳裏で弾け、アシェルは堪らなくなって、降り注ぐ星屑たちと共に草原へと駆け出した。今も星屑降る夜を描いている、ジュダのもとをひたすらに目指して。

 そんなアシェルのことなどとうにお見通しだったのか、ジュダが流し目でアシェルを振り返る。

 ジュダの黒い左目だけと目が合った。ジュダの顔の半分はふさふさのマントに埋もれていて、表情はよく窺えない。それでも今のジュダは、絶対にアシェルから逃げないことだけはわかった。

 アシェルが息を切らしてジュダの隣に並ぶと、ジュダが短くアシェルに声をかけてくる。


「病人は帰れ」

「……やだ」


 アシェルはジュダの言い付けに、ぶんぶんと首を横に振って見せると、その場に膝を抱いて座り込む。

 ジュダが何度か「おい」「アシェル」と呼び掛けてくるが、アシェルは頑なに身じろぎ一つしなかった。

 そんなアシェルに、とうとうジュダは折れてくれたのか、呆れたような様子で小さく息を吐くと、アシェルへと己が身に纏っていた常闇色のマントを掛けてくれる。

 ジュダはいつもの高圧的な態度からは考えられないほどやさしい手つきで、常闇色のマントでアシェルの全身を覆い尽くすように(くる)む。

 獣にでもなってしまったかのようにふさふさのマントに埋もれたアシェルは、何度か目をしばたたかせると、ジュダをちらりと見上げて「……ありがとう」と告げる。


 そのままジュダは、無言で人一人分の間隔を空けると、アシェルの隣に片膝を立てて己も座った。

 草原に座り込んだ二人はしばらく、星屑降る夜を静かに見上げた。

 アシェルは、夜露に濡れた花草の艶々とした葉が、流れる星屑の光を燃えるように反射する様も視界の端に入れる。そしておもむろに小さく口を開いて、沈黙を破った。


「初めて出逢ったときから、ずっと思ってたけど……わたし。ジュダの星魔術(ほしまじゅつ)、好き。ジュダの星魔術(ほしまじゅつ)、とても奇麗で。すごく好き」


 アシェルはそう言って、ちらりとジュダの横顔を盗み見る。ジュダは星空に視線を縫い留めたままであったが、それでも僅かに目を瞠って、驚きと戸惑いが入り混じったような表情を浮かべていた。


「……そんなこと、初めて言われた」


 ジュダが低い声をぼそりと漏らす。そうして少しだけ間を置くと、どこか躊躇っているような息遣いをした後に、掠れた声だったがよく通る声でこう言った。


「奇麗、という感覚は理解できない。だが、星屑から目が離せなくなるのは――わかる」


 おそらく、随分と言葉を選んだのであろう発言。

 それでもその言葉は、アシェルに共感を示してくれる言葉に違いなかった。

 そんなジュダの言葉に勇気を貰ったアシェルは、緊張で震える息を短く吸って、ジュダの横顔を真っ直ぐに見つめたまま、ジュダに問う。


「ねえ、ジュダ」

「何だ」

「どうしてジュダは……〈無能〉が好き、なの? わたし……ジュダの〈好き〉が、知りたい」

「……」


 アシェルの問いに、ジュダは長い沈黙を置いた。

 永遠とも刹那とも思えた沈黙は、ジュダの深いため息によって(ほど)かれる。


「お前の『知りたい』は厄介だ……決して面白いものじゃないぞ。至極、つまらん答えになる」


 アシェルは間髪を容れずに、ジュダに応えた。


「面白いとかつまらないとか、どうでもいい。ただ知りたいんだ。どうしても、知りたい」


 そんなアシェルの有無を言わせないような言葉に、ジュダは「そうか」と短く返す。そして、酷く懐かしむような、酷く恐れるような目を伏せて、淡々と語り出した。

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