第14話 不奪の「知りたい」
◇◇◇
「それでは本日より、俺たち三人による結界魔術共同研究会を発足しまーす! はい二人も盛り上がって~! いえーい!」
「いえーい」
「クソ……何で俺まで……」
カロンが片手の拳を突き上げて「いえーい!」と楽しげに声を上げるのを真似して、アシェルも両手を握って腕を突き上げると「いえーい」といつもと微塵も変わらない無機質な声を上げた。その表情も至極真顔。
アシェルの隣に座るジュダは、死んだ魚の目を更に濁らせて、如何にも嫌そうに片手で頭を抱えながら盛大なため息を吐いている。
イスカンダル帝国の魔物軍襲撃事件から、はや半月ほど。
街の復興作業にかかわる仕事を終えたジュダとカロンだったが、その直後にカロンが間髪を容れずジュダを半ば強引に説き伏せ、アシェルも加えた三人で結界魔術の共同研究をすることになった。その真の目的は勿論――ジュダの星魔術の欠陥を補う、防御結界魔術を開発するため。
この開発研究には、カロンによるとどうしてもジュダの知識や魔術見解が必要らしい。確かに、星魔術に耐え得る防御結界魔術を創るには、星魔術の始祖たるジュダの知恵は不可欠だろうとアシェルも思い至る。
そういうことでアシェルとカロンは、「星魔術を有能にする」という最終目的を隠したまま、ジュダを共同研究に引き込んだのだった。
三人は現在、例のごとく図書室にある円卓の席に着き、円卓上に広げられた魔術資料を各々に読み漁っている。そこで不意に、ジュダが訝しげな色を含んだ低い声を以て、口を開いた。
「そもそも……何故、結界魔術の共同研究なんてものをする必要がある? 先日までは、星魔術を探っていたようだが。どういう風の吹き回しだ。お前らは」
じろりと、粘着質な疑念の籠った半眼を、ジュダがカロンに向ける。
カロンはいつも通りの胡散臭い笑みを「にたにた」と浮かべたまま、ジュダの疑いに答えた。
「ジュダ君も見たでしょ。魔物軍襲撃事件の時、アシェル君が行使した防御結界魔術――あの結界魔術のおかげで、死者はゼロだった。これはとんでもないことだよ。結界魔術は、イスカンダル帝国の軍勢への、大きな対抗手段の一つになると証明されたんだ。だけど、現代の結界魔術の研究はどの魔術の中でも最も遅れている。だから俺は魔法防衛大臣として、結界魔術をもっと研究すべきだと判断したわけ」
ぺらぺらと流暢に、カロンはあらかじめ考えておいた建前を披露する。詐欺師顔負けの口の上手さも相まって、完璧な「魔法防衛大臣」を演じきった。流石はカロン。あの生まれ持った胡散臭さと詐欺師面は伊達じゃない。アシェルは内心で深く感心した。
そうは言っても、ジュダの疑り深さも人一倍強いもの。ジュダはカロンの答えを聞いても、やはりどこか怪訝そうな顔をしたまま、次はアシェルに視線を向けてきた。
「じゃあ、お前は? お前は何故、結界魔術の研究などをしたい」
ジュダの問いに、アシェルは何度か目をしばたたかせる。
視界の端で、カロンが微かに心配そうな目を向けてきたが、それにも構わず。アシェルは一切誤魔化すことはなく、己の真意をジュダに語った。
「わたしが、〈守る〉結界魔術をもっと知りたいから。それだけ」
今までアシェルが使ってきた〈矛〉の結界魔術ではなく、〈盾〉と成る結界魔術を知りたい。それは紛れもない事実。そしてその延長線上にあるのは――ジュダの役に立ちたいという想い。きっと、誰にも知られてはならない。そんな禁忌的な想い。
密やかなる想いを胸の奥にひた隠して。けれども、「知りたい」という真実は大いに開け放って、アシェルは真っ直ぐにジュダの黒い目を見返す。
「……星魔術の時とは違う。カロンの入れ知恵は無い。本当に、知りたいだけか」
するとジュダは、どこか意外そうに軽く目を瞠ったかと思えば、小さく息を吐き出してぼそりと独り言ちる。
そうして目を伏せて円卓に頬杖をつくと、しばらく沈黙を置いた後に、アシェルへと淡々と言葉を返した。
「人の知的好奇心を奪うことは、神すら能わず――わかった。結界魔術において、何か知りたいことがあれば俺に訊け。教えてやる」
「!」
ジュダの言葉に、アシェルは驚きのあまりその場に立ち上がって、カロンに目を向けた。すぐに目が合ったカロンも「信じられない」と書かれた顔で、糸目をこれでもかと見開いている。
「……!」
アシェルは声も出せずぱくぱくと口を開閉させながら、再びジュダを凝視する。
だって、あのジュダがアシェルに「教えを授けてやる」と言ったのだ。
一体全体どんな心境変化か、有能嫌いのあのジュダが、アシェルに己の知識を分けてやると!
「……おい。何だその目は。何か不満か?」
目も口もぽかんと大きく開いたままのアシェルに、ジュダが眉を顰めて尋ねてくる。
アシェルはぶんぶんと首を横に振りつつ、若干しどろもどろになりながらも、ジュダに答えた。
「う、ううん。えと、その。不満は、なくて。ただ……ジュダ、有能になるの嫌い、だから。わたしに教えを授けてくれること。びっくり、して」
両手の指を胸の前で組んで、その指を忙しなく動かすアシェルを流し目で一瞥したジュダが、高圧的に鼻を鳴らして見せた。
「確かに俺は有能が嫌いだ。だが――魔術は嫌いじゃない。この世には役に立たない無能な魔術もごまんとあるからな。現代の結界魔術も、時流では無能魔術の一つだ。ゆえに、それを知りたいのなら、俺が教えてやる」
ジュダがおもむろに円卓から立ち上がり、傍にある黒板の前に立った。
「役に立たない知識を学ぶことほど楽しいものはない。アシェル。お前も存分に、その脳みそをこの世では〈無能〉と吐いて捨てられる知識で満たせ。教えるのに、俺は容赦しない。覚悟しろ」
珍しくジュダが精気の無い目を鋭く光らせて、教鞭をとった。
アシェルは思いがけず、目をきらきらと星の瞬きの如くきらめかせながら、何度もジュダに頷いて見せる。
「わあ……! あ、あいがとお! ジュダ!」
興奮のあまり、「ありがとう」を思いっきり嚙んでしまった。それでもアシェルは堪らないといった声を漏らして、円卓の席に着く。
「わたし、役に立たないこと。いっぱい知りたい! よろしくお願いする……ます! ジュダ!」
未だに覚束ないアシェルの丁寧な言葉遣いを合図に。
三人による結界魔術の共同研究が始まった。




