第99話 鎌倉事件 ~崩壊する帝国と、伝播する狂気~
昭和52年(1977年)、冬。
後に**「鎌倉事件」**として昭和鉄道史に暗黒のページを刻むことになるその暴動は、国労の無軌道なストライキを起点として爆発した。
「……ぶっ壊せ!! 偉そうな国鉄をぶっ壊せェェェッ!!」
投石により鎌倉駅、大船駅など、国鉄の主要駅の窓ガラスは粉々に砕け散った。
改札機は引き抜かれて線路に投げ込まれ、駅長室からは黒煙が上がっている。
国鉄には「鉄道公安隊」という警察権力を持つ強力な警備組織が存在したが、数万規模に膨れ上がった怒れる群衆の波の前には無力だった。公安隊員も、ストを煽っていた国労の組合員も、血を流して逃げ惑うしかない。
午前7時。通勤ラッシュのピーク。
国鉄・横須賀線と東海道線の機能は、物理的な「破壊」によって完全に沈黙した。
* * *
しかし、群衆の「怒り」は、国鉄を破壊しただけでは収まらなかった。
暴徒と化した彼らの目は、血走っていた。遅刻すればクビになるかもしれない恐怖。自分たちだけが理不尽な目に遭っているという被害妄想。
その彼らの視界に、少し離れた高架線を走る「相鉄の真新しい銀色の電車」と「京急の赤い電車」が映った。
「……なんであいつらだけ、涼しい顔で動いてるんだ……!」
「……俺たちがこんな目に遭ってるのに! ふざけるな!! 止めろ!! 全部止めちまえ!!」
集団心理という名の狂気は、ついに矛先を「私鉄」へと向けた。
暴徒の一部が相鉄や京急の駅へと雪崩れ込み、線路に立ち入り、走行中の電車の窓ガラスに向かって、無数の石を投げつけ始めたのだ。
ガシャァァァァンッ!!!
「……きゃあああああっ!!」
相鉄のアルミ車両の窓ガラスが割れ、車内に悲鳴が響く。運転士は緊急ブレーキを引き、列車は駅と駅の間で立ち往生してしまった。
運転台にまで石が飛んできて、操作機器が破壊された車両も出始めた。
* * *
【京急・相鉄 連合指令室】
「……五代さん! ダメです! 暴徒がウチの線路にも雪崩れ込んできました! 電車の窓が割られ、緊急停止が相次いでいます!!」
高見(相鉄)が悲痛な声を上げた。
「……警察はどうした!?」
「……国鉄の暴動鎮圧で手一杯で、私鉄には回せないと! ウチの警備員を派遣しましたが、彼らには国鉄公安隊のような逮捕権限(武力)がありません! 暴徒に押し込まれています!!」
私鉄の脆弱性。それは「国家権力(警察力)」を持たないことだ。
窓は割られ、電車は止まり、駅には暴徒と怯える一般客が入り乱れる地獄絵図。
国鉄の自滅によって生まれた狂気は、私鉄をも道連れにして鎌倉・湘南エリアの交通を完全に麻痺させようとしていた。
「……五代さん、このままでは乗客の命が危ない! 一旦、全列車の運行を見合わせますか!?」
高見の問いに対し、五代は受話器を握りしめ、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「……冗談を言うな」
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