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第98話 暴走する特権 ~国労のストライキと、乗客たちの反乱~

 昭和52年(1977年)、冬。

 深夜の線路で相鉄の保線員たちに「労働者の権利」を論破され、無様な姿を晒した国労(国鉄労働組合)の活動家たちは、怒りに震えていた。

「……あの私鉄の犬どもめ! 俺たち国労の偉大なる連帯をコケにしやがって!!」

「……こうなったら実力行使だ。俺たちが電車を止めて、国鉄なしじゃこの国が回らないってことを、会社にも私鉄にも、そしてあの生意気な客どもにも思い知らせてやる!!」

 翌朝。

 鎌倉・湘南エリアの国鉄の駅には、絶望的なアナウンスが響き渡った。

『……えー、本日は組合による安全確認闘争ストライキのため、横須賀線および東海道線は、始発から全面運休となっておりまーす。復旧のメドは立ってませーん』

 改札口はシャッターが下ろされ、その前には「スト貫徹! 資本家粉砕!」と書かれた赤旗を持った組合員たちが、ヘラヘラと笑いながら座り込んでいた。

 脱線事故の恐怖も冷めやらぬ中、またしても理不尽に足を奪われた数万人の通勤客・学生たちの群れが、駅前広場に溢れ返る。

        * * *

「……ふざけるな! 今日は大事な会議があるんだぞ!!」

「……先週は脱線して、今週はストライキか!? お前ら、客の命や生活を何だと思ってるんだ!!」

 怒号が飛び交うが、国労の組合員たちは鼻で笑って拡声器で言い返した。

「……うるせえな! こっちは労働者の正当な権利を行使してんだよ! 文句があるなら会社に言え! 電車に乗りたきゃ、土下座でもして頼んでみろ!!」

 その、客を完全に虫ケラ扱いした一言が――ついに、群衆の**「限界点レッドゾーン」**を突破した。

        * * *

「……ふざけんじゃねえぞ、国鉄ゥゥゥッ!!!」

 一人のサラリーマンが、手に持っていた革靴をシャッターに向かって全力で投げつけた。

 それが、暴動の合図だった。

 ガシャァァァンッ!!

「……やれ! ぶっ壊せ!!」

「……俺たちの税金で食ってる分際で、偉そうにしやがって!!」

 溜まりに溜まった乗客たちの怒りが、物理的な暴力となって国鉄の駅舎を襲った。

 投石で窓ガラスが次々と割られ、駅長室には火のついた発炎筒が投げ込まれる。改札機は蹴り倒され、ヘラヘラしていた組合員たちは顔面蒼白になり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

「……ひ、ひぃぃっ! やめろ! 警察を呼べ!!」

「……ストライキは労働者の権利だぞぉぉ!!」

 悲鳴を上げる国鉄職員たちを、数万の怒れる群衆が完全に包囲し、蹂躙していく。

 それは、長年「親方日の丸」にあぐらをかき、サービスとインフラの保守を怠り続けた巨大組織に対する、最も残酷で、最も必然的な「しっぺ返し」だった。

        * * *

 その地獄絵図のような暴動の光景を、歩道橋の上から見下ろしている二つの影があった。

 五代と、相鉄の高見だ。

「……ひどい有様ですね。……まるで戦場だ」

 高見は、炎と黒煙が上がる国鉄の駅舎を見て息を呑んだ。

「……自業自得だ。……特権階級だと勘違いした愚か者たちが、客という『本当の主人』の怒りを買っただけの話だ」

 五代は、冷酷な目で国鉄の最期を見届けていた。

「……さあ、高見。怒りに我を忘れた群衆を、我々が救済してやる時間だ」

 五代がステッキで指し示した先――国鉄の駅から少し離れた場所にある相鉄の真新しいターミナル駅では、この大暴動の中でも一切の遅れを出さず、冷房を効かせた銀色のアルミ車両が、静かに、そして完璧なダイヤで乗客たちを迎え入れていた。

 暴動に疲れ果てた乗客たちは、その煌々と光る平和な駅舎へ、一人、また一人と吸い込まれていく。

 昭和52年、冬。

 国鉄の駅が物理的に炎上し破壊される中、私鉄の流儀(当たり前の安全とサービス)は、鎌倉・湘南の住民にとっての「唯一の希望」として、完全にその覇権を確立したのである。。

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