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第95話 振替輸送の衝撃 ~難民たちの目覚めと、私鉄の底力~

 昭和52年(1977年)、晩秋。

 国鉄・横須賀線の「軌間拡大ゲージズレ」による特急列車の脱線事故は、帰宅ラッシュの鎌倉・湘南エリアを未曾有の大パニックに陥れた。

「……本日は全線で運転を見合わせます! 復旧のメドは立っていません! 邪魔だから改札から出ろ!!」

 国鉄の駅員たちは、パニックに陥る乗客たちに向かってメガホンで怒鳴り散らしていた。

 怪我人こそ出なかったものの、暗闇の線路を歩かされ、駅に放り出された数万人の乗客たち。彼らは疲労困憊のまま、駅員が吐き捨てた「振替輸送」という言葉だけを頼りに、夜の街をゾロゾロと歩き始めた。

 向かう先は、開業したばかりの**「相模鉄道」の真新しいターミナル駅**である。

        * * *

「……どうせ私鉄の駅なんて、国鉄の客を捌ききれずに地獄絵図になってるに決まってる……」

 スーツを泥で汚したサラリーマンたちは、愚痴をこぼしながら相鉄の駅前広場へと辿り着いた。

 しかし、そこで彼らが目にしたのは、予想だにしない光景だった。

「……国鉄線をご利用のお客様、大変な災難でございました! 本日は我が相鉄と、直通先の京急線が、皆様を都心まで責任を持って送り届けます! こちらの誘導灯へお進みください!!」

 ピカピカに磨き上げられた駅舎の前では、相鉄の駅員たちが整然と並び、拡声器ではなく「肉声」で、深く頭を下げながら客を誘導していたのだ。

 怒号も、混乱もない。まるで高級ホテルのエントランスのような完璧な客捌きだった。

「……な、なんだこの対応は……国鉄と全然違うぞ……」

        * * *

 改札を抜けた乗客たちを待っていたのは、煌々と明かりの灯るホームと、すでにドアを開けて待機している銀色のアルミ車両の列だった。

「……どうぞ、車内は冷房を入れて涼しくしております。お疲れでしょう、お座りください」

 乗客たちが恐る恐る車内に足を踏み入れると、そこは別世界だった。

 国鉄の蒸し暑く、タバコ臭い車内とは無縁の、清潔で冷涼な空気。

 全員が乗り込むと、ドアが静かに閉まり、電車は発車した。

 スゥーッ……。

 無音。そして無振動。

 先ほどまで乗っていた国鉄の特急が、泥噴きのバラストの上で「ガコン! ズドガン!」と激しく揺れ、最後は脱線して死の恐怖を味わわせたのとは対極の、氷の上を滑るような走りだった。

「……おい、嘘だろ……。全然揺れないぞ……」

「……特急料金を払って乗ってたあの重い鉄の塊より、この私鉄の通勤電車の方が、何倍も快適じゃないか……」

 座席に深く腰掛けた乗客たちの間に、静かな、しかし決定的な「価値観の崩壊」が広がっていく。

 長年、彼らを縛り付けていた『東京へ行くなら国鉄が一番』という洗脳が、相鉄の完璧な保線(狂いなきレール)と、京急へと繋がる圧倒的な輸送力によって、完全に解け落ちた瞬間だった。

        * * *

 その様子を、横浜駅の指令室から見守っていた五代は、受話器越しに高見(相鉄)へと言った。

「……ご苦労だったな、高見。完璧な振替輸送だ」

『……五代さんのおかげです。国鉄が自滅した時のために、臨時ダイヤと車両の手配を事前に組んでおいたのが功を奏しました』

「……鉄道は、日常ダイヤを守るだけでは客の心は掴めない。……非日常トラブルが起きた時、どれだけ客に寄り添えるか。それが私鉄の存在意義だ」

 五代は、指令室の窓から眼下の巨大なターミナルを見下ろした。

 国鉄から逃げてきた数万人の難民たちが、相鉄から京急の赤い快特へと、まるで濁流が清流へと浄化されるようにスムーズに乗り換えていく。

「……これで、鎌倉・湘南の住民は思い知ったはずだ。……国鉄は『命を預けるに値しないボロ鉄』だということをな。……さあ、次はメディアを使って、あの傲慢な帝国を骨の髄まで叩いてやる」

 昭和52年、晩秋。

 国鉄の脱線事故がもたらした振替輸送は、結果として「相鉄・京急連合の圧倒的なインフラとサービス」を、数万人の国鉄信者に無料で体験させる、最大かつ最強のプロモーションとなったのである。

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