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第94話 狂った軌間 ~傲慢のツケ、特急脱線~

 昭和52年(1977年)、晩秋。

 国鉄・横須賀線の線路は、悲鳴を上げていた。

 相鉄・京急連合を潰すため、国鉄が強引に大量投入した「特急型車両」や「長編成のグリーン車」。

 それらは、客室こそ豪華で快適だが、床下には巨大で重厚な台車とモーターを抱えた**「超重量級の鉄の塊」**である。

 ガコンッ!! ズドガンッ!!

 過密ダイヤを維持するため、運転士は容赦なくノッチ(アクセル)を入れる。

 重い特急が通過するたび、泥噴き(マッドパンピング)を起こして弾力を失ったバラストから、濁水が勢いよく吹き出す。

 水を含んで腐朽した「木枕木」は、巨大な「軸重」に押し潰され、レールを固定しているはずの「犬釘スパイク」が、ミリ単位で、しかし確実に上へと浮き上がり始めていた。

        * * *

 【午後5時・帰宅ラッシュ】

 東京駅を出発した下りの特別快速(特急型車両使用)が、満員の乗客を乗せて鎌倉・湘南エリアのカーブへと時速90キロで突っ込んだ。

「……よし、定通(定刻通過)だ」

 運転士が時計を見て呟いた、その直後だった。

 メキメキメキッ……!!

 遠心力によって生じた強烈な**「横圧(外側へ向かう力)」**が、カーブ外側のレールに容赦なくのしかかる。

 普段なら、深く突き固められたバラストと、しっかり打ち込まれた犬釘がその横圧を跳ね返す。

 しかし、今の国鉄のレールは「限界」を超えていた。

 バキィィィッ!!

 腐った木枕木が裂け、犬釘が宙に吹き飛んだ。

 固定を失った外側のレールが、特急の重みに耐えきれずに外側へと倒れ込む。

 車輪の幅よりも、レールの幅が広がってしまう致命的な現象――**「軌間拡大ゲージズレ」**の発生である。

 ドドドドドガァァァァンッ!!!

 行き場を失った巨大な車輪が、レールとレールの間に落ちた。

 凄まじい轟音と火花を散らしながら、重厚な特急型車両がバラストを削り、車体を大きく傾けながら脱線、停止した。

「……きゃああああああっ!!」

「……な、なんだ!? 事故か!!」

 幸いにも対向列車はおらず、横転こそ免れたものの、車内はパニック状態となった。

 驕れる巨大帝国・国鉄の「特急の暴力」が、自らの貧弱なインフラを完全に破壊し尽くした瞬間だった。

        * * *

 【数時間後・事故現場付近の高台】

 赤色灯の海に沈む国鉄の線路を、五代と高見(相鉄)は見下ろしていた。

 国鉄のダイヤは完全に麻痺し、復旧の目処すら立っていない。

「……五代さんの言った通りになりましたね」

 高見は、保線屋として背筋が凍る思いだった。

 もし、あそこに自分の家族が乗っていたら。そう思うと震えが止まらない。

「……インフラの限界を超えた力技は、必ず破滅を招く。……鉄道の安全とは、上の連中が机上で引いたダイヤや、豪華な車両が作るのではない。……現場の人間が、毎日泥まみれになって狂いを直す『レール』が作るのだ」

 五代の言葉に、高見は深く頷いた。

「……見てみろ、高見」

 五代がステッキで指し示した先。

 大混乱に陥り、行き場を失った数万人の国鉄の乗客たちが、煌々と明かりの灯る真新しい駅――相鉄のターミナルへと、まるで蜘蛛の糸にすがるように押し寄せていた。

 ホームには、相鉄の銀色のアルミ車両が、静かに、そして頼もしく客を待っている。

 狂いなき完璧なレールの上で。

「……国鉄の『特急神話』は今日、自らの重みで死んだ。……客は思い知ったはずだ。豪華な座席よりも、何事もなく定時に家へ帰れる『当たり前の安全』が、どれほど尊いものかをな」

 五代は、夜風にコートをなびかせながら、冷徹に勝利を宣言した。

「……さあ、受け入れてやれ。……国鉄に裏切られた難民たちを、我が相鉄と京急の『完璧なインフラ』で、都心まで安全に送り届けてやるのだ」

 昭和52年、晩秋。

 国鉄・横須賀線の脱線事故は、鎌倉・湘南エリアにおける「国鉄の絶対的支配」の終焉を意味していた。

 私鉄の泥臭い誇り(保線)が、傲慢な帝国を完全に打倒したのである。

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