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第87話 緑の盾の強化 ~小田急の資金力と、江ノ電・軌道改良計画~

 昭和51年(1976年)、冬。

 相鉄の鎌倉侵攻を「景観保護運動」でせき止めた小田急の冷将・御子柴は、すぐさま次の一手を打った。

 **『江ノ電・近代化および輸送力増強計画』**の発表である。

「……相鉄さんの巨大なコンクリート高架線など、古都・鎌倉には不要です。……我々小田急グループは、市民に愛される江ノ電の軌道を全面的に改良し、輸送力を大幅に引き上げます」

 記者会見の席上、御子柴は堂々と宣言した。

 親会社である小田急電鉄から、莫大な資金が江ノ電に注入される。

 戦前から使われていた細く軽いレール(30kgレール)を、幹線用の重く頑丈なもの(50kgレール)へ交換。木の枕木をコンクリート製に変え、路盤の砂利も深く突き固める。

「……これにより、より大型の車両を、より短い間隔(高頻度)で走らせることが可能になります。……景観を守りつつ、通勤・観光の足としても完璧な役割を果たす。……これこそが、鎌倉の未来です」

 市民とメディアは、この「愛ある近代化」に拍手喝采を送った。

 相鉄という『外敵』から街を守り、さらに利便性も高めてくれるというのだから当然だ。

        * * *

 【数日後・江ノ島電鉄 沿線】

「……五代さん。……これ、マズいんじゃないですか?」

 相鉄の高見恭平は、真新しいバラスト(砂利)が敷き詰められた江ノ電の線路を見下ろしながら、焦りの色を隠せなかった。

「……小田急の本気です。……彼らが本腰を入れて江ノ電のスピードと本数を上げたら、『やっぱり相鉄の新しい線路はいらないじゃないか』という世論が完全に固まってしまいますよ」

 五代は、コートのポケットに手を突っ込んだまま、カンカンと鳴る踏切の音を聞いていた。

 目の前を、緑色の電車が通り過ぎていく。

「……高見。……鉄道の『輸送力』を決めるのは、レールや車両だけではない。……何だか分かるか?」

「……え? ……信号システム、とかですか?」

「……**『環境』**だ」

 五代は、線路沿いの風景を顎でしゃくった。

「……よく見てみろ。……この江ノ電の線路の異常さを」

 高見が改めて周囲を見渡す。

 そこは、幹線鉄道ではあり得ない光景だった。

 線路と民家の軒先が、文字通り「数十センチ」しか離れていない。電車が通るたびに、家の窓ガラスがビリビリと震えている。

 さらに異様なのは、踏切の数だ。

「……五代さん。……あそこ、遮断機も警報機もないのに、人が線路を渡ってますよ!?」

「……**『勝手踏切』**だ」

 五代は冷たく言った。

「……沿線の住民が、自分の家から道路に出るために、勝手に線路の上に板を渡して通路にしている。……法律上は違法だが、昔からの『黙認』で成り立っている無法地帯だ。……江ノ電の沿線には、あんな勝手踏切が何百ヶ所もある」

        * * *

 五代は、真新しく太いレールを靴の裏でコツンと叩いた。

「……御子柴は、数字(輸送力)と大義名分(景観保護)しか見ていない。……重いレールを敷けば、大型電車がビュンビュン走れると思っている」

「……走れないんですか?」

「……今は『のんびり走っている』から、住民もこの距離感と勝手踏切を許容しているんだ。……だが、もしここを、都会の通勤電車並みのスピードと頻度で、重い鉄の塊がひっきりなしに通り抜けるようになったら……?」

 高見はハッとした。

「……騒音、振動……それに、線路を渡れなくなった住民の生活が破綻する……!」

「……そうだ。……『景観を守れ』と叫んだ連中自身が、近代化された江ノ電の**『物理的な暴力(本数とスピード)』**に耐えられなくなる」

 五代の顔に、底意地の悪い笑みが浮かんだ。

「……止めなくていい。……むしろ応援してやれ。……御子柴に、どんどん金を使わせて、江ノ電を立派な『通勤路線』に仕立て上げさせろ。……奴らが調子に乗って本数を増やせば増やすほど……この街の平穏は崩壊する」

 昭和51年、冬。

 小田急の莫大な資金による江ノ電の軌道改良。

 それは、江ノ電という「古き良きローカル線」を、自らの手で首を絞める**「近代化の罠」**へと引きずり込む第一歩だった。

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